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 勇者コースケの追憶

「そっちへ行ったぞ、逃がすなっ!!」

「くそっ、はえぇーっ!!」

「魔法で奴の動きを止めろっ!!」


 俺、小鹿浩介を含む六人パーティーは、現在キラーバット討伐の依頼を受けて森の中を疾走していた。

 何でも村近くの洞窟で大量繁殖したらしく、依頼達成報酬も安い事から誰も討伐に来てくれなかったらしい。

 その結果として村が二つほど壊滅し、生存者は数えるほどしかいなかった。

 冒険者達は依頼の報酬で仕事を選ぶため、結果としてこのような被害が度々起こるらしい。

 そんな訳で、これ以上被害を出さないために俺達〝勇者"に白羽の矢が立ったわけだ。

 この世界に召喚された勇者は14名、全員がパーティーを組んでいるわけでは無く、現地の冒険者と共に討伐依頼を請け負っていた。

 俗に言うレベル上げ。


 このパーティーには勇者は俺のほかにもう一人しかいない。

 後はこの世界の駆け出し冒険者だ。

 みんな気の良い連中なので然程問題も無く順調に強くなってきている。

 そろそろ冒険者のランクも上がるかもしれないと思っているのは、俺の思い込みだろうか?


「コースケ、そっちに行ったぞ!!」

「はいはい、セイッ!」


 剣を一振りして、キラーバットを真っ二つにする。

 このモンスター、素早いだけで大して強くは無いんだけど、いかんせん数が多すぎる。

 魔法で焼き払えれば楽なんだけど、残念な事に森林火災を超す訳には行かないんだよね。

 ならば……。


「トルネードっ!!」


 魔法で竜巻を発生させてキラーバットの動きを阻害する。

 空を飛ぶという事はモンスターの比重は軽い事になる。

 気流が乱れればそれだけ飛ぶのが困難になるはずだ。

 ついでにダメージを与えられるから一石二鳥。


「ぐあっ! 噛みつきやがったっ!!」


 不味い! このモンスターは毒持ちだ。

 直ぐに回復させないと、マジで命に係る。

 残念な事に毒消しのポーションは買い込んでいなかった。


「亜里沙さん、クートに回復!! 他の皆は防御陣形を敷いて二人の援護を!!」

「任せろ!!」

「厄介な能力よね、まったく……」

「回復します」

「済まない……ドジった」

「動きが早いのが厄介だね。どれだけ粘ればいいの?」

「クートの毒が消えるまで……大夫数も減らしたし、後は各個撃破で終わらせられると思う」


 亜里沙さんは一見して俺より年下の女の子にしか見えない。

 年齢的にして見れば、12.3歳前後だと思う。

 ただ、見た目が幼いけど、これでも18歳なんだよね。

 まぁ、これは召喚時に起きた事故の所為なんだけど、彼女はケガをしていた為にこの世界に召喚された時に若干若返った。

 あの時彼女は重傷患者だったため、この世界に送られる前に神様が回復したんだけど、その所為で本来の姿より若返りしたらのを俺は見た。

 本来なら死んでいてもおかしくは無かったんだ。

 俺の兄貴はその時に死んだ……。


 この世界に転生しているみたいだけど、もう俺の事なんか覚えていないだろう。

 勇者召喚は世界の理を破壊する禁忌と神様は言っていた。

 異なる事象世界を繋げるという事は、異なる摂理を繋げるために空間的に相反作用が発生する。

 その次元振動で事故は起き、兄貴は死んで彼女は重傷を負った。

 正直、兄貴を殺したこの世界の連中の手助けをする気は毛頭ない。

 

 今でも覚えている……兄貴が死んだ時の事を。

 いつも夢で見る。

 笑って自分の死を受け入れ転生して行った兄貴の事を……。



 * * * * * * * * * * * * *



 その日、俺は兄貴の車で新しい住居に向かっていた。

 高校に合格し、新たに一人暮らしに期待を膨らませていたが、俺が住む場所は兄貴が買ったマンションだった。

 兄貴の名前は小鹿蓮司。正直、俺は兄貴が嫌いだった。


 頭は良いし良く女性にモテる。

 幼馴染も兄貴にぞっこんだし、その所為で俺がフラれたのも嫌な思い出だ。

 そんな兄貴のマンションに住む事になるのは、俺には苦痛以外の何物でもなかった。


「何、不貞腐れてんだ? 念願の一人暮らしだろ?」

「何で兄貴のマンションなんだよ、別に何処かのアパートでも良いだろうに……」

「別に共同生活する訳じゃないし、部屋も別なんだから構わんだろ? 家賃がいくら掛かるか分かってんのか? お前が金出す訳でも無いだろ?」

「そうだけど、何か納得できない……」

「恨むなら未成年な自分を恨め。自立してこそ一人前なんだからな?」

「むぅ・・・・」


 無職の兄貴に言われたくは無い。

 むかつく事に兄貴は株式投資で金を作り、その金で競馬をしたら万馬券が大当たり、更に宝くじが当選して5億円をせしめた悪運の強さ。

 その金で格安のマンションを購入し、現在悠々自適な生活を送っている。

 生活は極めて質素で自炊しているらしく、料理の腕前はプロ級。

 ついでに実家の武術【小鹿紅月流武術】の免許皆伝者。

 リアルチートを地で行くような人だった。


 背も高く、眼鏡を掛ければ知的な印象を与え、良く女性達の視線を一心に集めていた。

 これでオタクじゃ無ければ、直ぐ結婚できたんじゃないかと思う。

 夏休みに兄貴の部屋に行ったけど、言葉に出来ないほどデンジャーな部屋だった。

 同居しろと言われたら、俺は迷わず高校を捨てアルバイト生活を選ぶよ……マジで。


「兄貴は恋人とかいないの?」

「はっはっは、俺に彼女が出来ると思うか? このオタクな俺様にっ!」

「威張るなっ! それはそれで悲しいだろっ!!」

「最初はさぁ~、皆好意的なんだよ。けどさぁ~、俺の趣味を知ると皆逃げて行くんだ……」

「重度のオタクだからな、兄貴は……」

「エロゲ―良いじゃん。美少女や魔女っ娘アニメ良いじゃん……夢を求めて何が悪いんだ……」

「普通はキモイよ、それ……」

「腐りきった物質文明に夢があると思うか? 俺はファンタジー世界で生きたかった……」

「頼むから前を見て運転してくれっ!! アブねぇーだろっ!!」


 何でもそつなく熟す癖に、どうしようもない駄目人間だ。

 この時ばかりは自分が普通で良かったと正直に思う。

 だが、その当たり前だった日常は次の瞬間に吹き飛んだ。


「なっ?!」

「何だぁ?」


 前方を走っていたタンクローリーが、突如として空中に舞い上がった。

 いや、タンクローリーだけで無く、他の車やバスまでもが宙に浮き、やがてこちらに落下して来たんだ。


「チッ!!」


 兄貴がハンドルを切りつつアクセルを吹かす。

 落下してきた車を辛くも避け、歩道に乗り上げ閉鎖していたテナントに突っ込む。

 平穏だった日常が一転して地獄と化した。


 落下してきた車は他の車を押し圧し潰し、辺りには血とガソリンの臭いが漂う。

 即死した者や、重傷を負い呻き声をあげる者、痛みで泣き叫ぶ者達がが大勢目に留まる。

 信じられない光景だった。


「浩介はここにいろ。俺は少し人命救助して来る」

「あ、あぶねぇぞ、兄貴っ!!」


 凄惨な事故現場に兄貴は走り出していた。

 俺は、ただ茫然とその背中を見ている事しか出来なかった。

 兄貴は転がっていたコンクリートを手に持ち、車のガラスを割って無事な人達を引きずり出して行く。

 そんな兄貴につられて、他の人達も救助に回った。


 バスからは高校生や小学生を救助し、意識の無い人には首に手を当て脈を図り、生死を確認している。

 いつもの兄貴とは違う真剣な表情に、正直格好良いとさえ思えた。

 不謹慎なのは分かっている。

 けど、その時は本当にそう思えたんだ。


 兄貴は黒い乗用車に近付くと中を確かめる。

 何か嫌な予感がしたので、俺はそこに走り出していた。

 良く解らないけど、急がなければいけない気がしたんだ。


「兄貴っ!!」

「浩介、手伝えっ!! 女の子が取り残されてる!!」


 兄貴は既に上半身を車内に押し込み、シートベルトを外す作業をしていた。

 そして、何とか彼女の体を抱えると、引っ張り出す為に全身に力を入れる。

 不安定な体制の為に思うように引き出せず、作業は難航しているようだ。


「俺を引っ張れ、浩介!!」

「わ、分かったっ!!」


 引きずり出した彼女を見て驚いた。

 某芸能事務所所属のアイドル歌手で、【樋波ありさ】だった。

 俺もファンの一人です。はい……。

 そう言えば、ドラマ撮影でこの辺の街に来ているという話だったな。

 多分、これから別の仕事に向かう途中だったんだろう。


「あ……ありが…とう…」

「礼はまだいい。無事避難できてからだ」


 くそっ、また兄貴の一人勝ち……。

 ありさちゃん、顔が真っ赤ですよ。


「ボーとしてないでその子を背負え、俺は他に救助者がいないか探す」

「あ、兄貴、周りを見ろっ!!」


 事故車から火の手が上がった。

 その火はガソリンに燃え移り、次第にその範囲を広げて行く。


「クソッ、ここまでか……走れっ!!」

「お、おうっ!」


 俺はこのとき気付くべきだった。

 兄貴が俺の後ろを走っている事に……。


「不味い、伏せろ浩介ぇ――――――っ!!」

「「!?」」


 突如襲った大爆発。

 タンクローリーの重油に引火したんだ。

 その時見た……。

 兄貴が俺達を庇って盾になっていた事を……。

 俺の目に映ったのは、何かの破片で頭部が吹き飛んだ兄貴の姿だった。


 そして俺は気を失った……。



 * * * * * * * * * * * * *



 気が付くと、そこは白い空間だった。

 何も無いただの白い世界。

 そこには俺だけでなく、数名の人達が変わった服を着た人達と話をしていた。

 ここは何処なんだろうか?


「おっ? 浩介、気が付いたか?」

「あ、兄貴、ぶじ……な、何で体が透けてるんだよ?」

「ん? 如何やら死んじまったみたいでな、これから転生するのに手続きが必要なんだそうだ」

「なっ?! 何でそんなに軽いんだよ、死んだんだぞっ!!」

「んな事言われても、しょうがねぇだろ。次の人生は平穏に生きるさ」


 いつもの兄貴だった。

 死んだ事も受け入れて、いつもの様に飄々としている。

 何で納得してんだよ……。


「あ、あの……」

「あー……確か車から助けた…誰だっけ?」

「私は井上亜里沙と言います。あの、助けてくれてありがとうございます」

「お礼ならさっき聞いたけど? 別に気にしなくても良いぞ、勝手にやった事だからな」

「で、でも……私を助けなかったら、死ぬ事は…」

「運が悪かっただけだ。幸い苦しまずに死ねたんでな、其れだけが救いかな」


 何で、今HOTなアイドルを知らねーんだよ。

 あ、オタクだったっけ……ならしょうがね―か…。


『話し中すまんがのぅ、手続きを済ませてくれんか?』

「お手数をおかけします……て、この分厚い本は何?」

『これにはお前さん達がこれから行く世界で必要となるスキルが掲載されておる。魂の質によって得られるスキルの効力が変わるから、よく吟味して選ぶが良いじゃろう』

「ゲームみたいな世界なんすか?」

『うむ、物質世界から事象変革を起こしそうな変革期に入るからのぅ、事象構築が不安定な世界なんじゃ』

「成程……ある程度なら見ただけでその性質が判別できる、高位次元て事ですか?」

『ほぅ…分かるのかね。君と出会えたのは怪我の功名じゃろう、新たな神に至る者よ』

「まぁ、何となくわかるんですけどね。何故かは知りませんけど」

『君の魂はここにいる者達よりも遥かに質が良い。神の領域に至れるほどにのう』

「何となくわかりました。で、スキルを選んで向こうの世界で自由に生きればいいんですね?」

『話が早くて助かる。他の連中は喚くわ、生き返させろと駄々をこねるわで手を焼いておる』


 そうだろうね。

 理不尽に死んだんだから感情的にもなるよ。

 兄貴がおかしいんだ。


「あっ、浩介も死んだんですか? そこの亜里沙さんも?」

『いや、二人は生きておるよ。そこの娘は重傷を負っただけじゃが、蘇生させて向こうに送る事になる。多少若返る事になるが、そこは我慢してもらうしかあるまい』

「普通にケガだけを直せばいいのでは?」

『失った体を蘇生させるには質量が足りん。その欠損を他の体の部分から集め再生させるため、結果的に若返ってしまうんじゃ』

「おまけに、あなた方の力が強力すぎる為、加減しても変な影響が出かねないと?」

『理解が早くて助かるのぅ……で、スキルは何を選ぶのじゃ?』

「あー……【神眼】【成長促進・神】【経験値倍加・神】でお願いします」


 それ、チートじゃね?

 何処までも運がいい兄貴……何で速攻で決められるんだよ。


『名前はどうする。人で生まれ変わる確率は低くは無いが、異なる種族に転生するかもしれんし』

「あー……モンスターに生まれ変わる確率もあるのか、じゃあ【レン・オーガ】で頼みます」

『ほいほい、本当にスムーズじゃのぅ』


 自分の名前をもじっただけじゃん。

 安直すぎるだろ。


「記憶の方はどうなんです? 俺はこのまま記憶を持ち越せるんですか?」

『人として生きた記憶は消えるが、知識だけはそのまま残るじゃろう。お主の魂はそれ程高位に変質しておる。物質世界ではあり得ぬほどじゃて』

「もしかして……知らないうちに事象改変を起こしてましたか?」

『理解が早すぎる。確かにお主は自分の状況を無意識に変質しておった……思い当たる事が記憶にあるじゃろう?』

「やけに運がいいと思っていたけど、成程ねぇ~」


 言っている意味が分かんないけど、もしかして兄貴は自分の都合の良い様に世界を書き換えていたのか?

 だとしたら人の力じゃないだろ。

 しかも無意識って……自分じゃ制御できないって事じゃん。


『さて、次はお主ら二人じゃが、サクサク進めてほしい。儂らも暇ではないからのぅ』

「んな、適当な……」


 分厚い本を広げると、そこには無数の文字が並んでいる。

 ご丁寧に説明分もあり、どうやら俺達が行く世界で体に補正が掛かるみたいだ。

 よく見ると、『ヤッホーっ!! 勇者召喚だっ! チート最高っ!!』と喜んでる馬鹿がいる。

 ん? 勇者召喚?


「あの、俺達は召喚されるのですか? 勇者って……」

『うむ、あの世界の神官共は、自分達の欲望を満たすために多くの命をエネルギーに変換して、時空間に穴をあけよった』

「……それ、普通にヤバいですよね?」

『無論じゃ。同じ世界で召喚するなら兎も角、異なる世界からとなると次元バランスを破壊して次元連鎖崩壊を引き起こしかねん。事象相反作用によって無数の世界が消し飛び兼ねんのじゃよ』

「その所為で犠牲者が出たと……ふざけやがって……」

『それ程のエネルギーを生み出すために、犠牲になった魂を回収する作業に追われておる。腐りきった連中がする事はいつも同じじゃな』


 その所為で兄貴は死んだのかよ……。

 腐りきった連中の所為で…。


「んー……浩介なら通常スキル『武術』と『鑑定』、特殊スキルに【魔導士の極み】【成長促進】【経験値倍加】を俺は勧めるぞ? あ、料理も出来た方が良いなぁ~」

「何、勝手に決めてんのっ?! 『スキル簒奪』も良いじゃん!!」

『アレは特殊スキルは奪えんし、通常スキルが変質する事も無いからのぅ。格上には通用せぬし、実際は大したスキルでは無い』

「ほらな? 最後のお節介ぐらいさせろよ、浩介」

「最後って……あっ?」


 忘れてた。

 兄貴は転生したら俺の事は忘れちまう。

 もう、俺との繋がりは無くなっちまうんだ。


「兄貴……」

「何だ?」

「何で……あの時、俺を庇ったんだ? 兄貴なら逃げられただろ?」

「弟を助けるのに理由が必要か? お前が背負う必要は無いぞ、勝手にやった事だからな」

「・・・・・・・・・・」


 自分が情けなかった。

 俺は兄貴が嫌いだったはずなのに……けど、兄貴は……。


「ま、縁が在ればどこかで会うだろ。そん時は楽しくやろうや」

「兄貴……ごめん……。俺、兄貴の事嫌いだった……」

「ひでぇな。まぁ、予想はしてたけどな」


 苦笑いを浮かべている兄貴。

 もう会えないかと思うと涙が出て来る。

 今思うと、もっと話せばよかったと後悔して来る。

 兄貴は俺の事をちゃんと見ていたのに……俺って……馬鹿だ。


「あ、あの……」

「何かな、亜里沙さん?」

「もし、向こうで出会えたら、け、結婚してくださいっ!」

「ブッ!! いや、男に生まれ変わるとは限らんぞ? 記憶が無くなるのに約束は出来んよ」

「それでもです。女の子だったら友達になれますし……」

「どうなるかは分からんよ。敵になる可能性もあるしな」

「その時は、真っ先に裏切ります」


 それはどうよ……、それより…。


「兄貴……」

「何だ?」

「俺、やっぱり兄貴が嫌いだ。何時も美味しい所を持っていきやがる……」

「そうなのか? あ、老婆心ながら一つ忠告しておくぞ?」

「なんだよ……」

「召喚されたら、奴等から与えられる装備には注意しろ。奴隷にされる可能性が高い」

「確かに……あり得るな。他人の命を平気で犠牲にする連中みたいだし……」

「勇者なんてのは都合の良い言葉遊びだ。奴等は気持ちのいい言葉で懐柔して来るだろうから気を付けろ、平気で目的の為に人を騙して、都合の良い正義を押し付けて来るだろうからな」


 何で笑っていられるんだよ。

 もう、会えなくなるんだぞ!

 何か言わなくちゃ……何か……。


「浩介、俺よりも長く生きろよ? あと、もし元の世界に帰れたら、親父達に親不孝で済まないと謝っておいてくれ」

「そ、そんなの自分で伝えろよ! 俺には無理だっ!!」

「しょうがないだろ? 俺はもう死んでるんだし、次に会う時は別人だからな」

「あ、兄貴がそう簡単に変わるとは思えねぇ―よ」

「ははは……そうだな。じゃぁ、そろそろ逝くわ。またな……浩介…」

「ま、待てよ、兄貴ィ!!」


 俺の目の前から兄貴は消えて行った。

 これから転生するんだろう。

 最後に笑いながら手を振って消えやがった。

 まるで散歩にでも行くかの様に、いつもの調子で……。


『さて、次はお主等の番じゃ……準備は良いかのぅ』

「俺はね……亜里沙さんは?」

「私も準備は出来ました……必ずあの人を見つけてみせます」

「そうだね。兄貴の事だから、絶対騒ぎを引き起こすさ」


 なんせ、あの性格だから直ぐに見つかるだろう。

 俺達の足元が光り出す……。


 次の瞬間、眩しい光に包まれた。



 * * * * *


 そこは広大な敷地の一角だった。

 周りには純白の建物が並び立ち、如何にも神聖な場所である事が伺えた。

 観光気分でどっかの神殿を訪れたらこんな気分だろうか?


 そんな俺達の周りに、白い衣装をまとった人達が並んでいる。


「ようこそ、我等が世界へ。勇者様……」


 綺麗な女性だった。

 お約束ならこの女性はあくまで懐柔役なんだろう。

 この世界の連中はまだ信用できない。


「勇者? 私達は召喚されたのですか?」

「はい、現在我等が世界は多くの魔王によって脅かされています。その魔王を倒すべく私達は貴方方を召喚いたしました」

「何故、貴方方で魔王を討伐しないのですか? 異世界の人間がそれ程役に達とは思えませんが?」


 サラリーマン風の人が勝手に交渉してるよ。

 この人、口元が僅かに力が入ってる。

 きっと今の状況を楽しんでいるに違いない。

 あれ? そう言えばこの人見かけなかったな?

 先に召喚準備を終えたのかな?


「現在魔王たちの力が強く、我等が神の力が及ばなくなってきているのです。その為、止むを得ず異世界から勇者様をお招きした次第です」

「成程……しかし、私達がそれに応じる義理は無いと思いますが? 何せ、そちらの都合で呼び出されたのですからね」


 話を詳しく聞いていたのかな?

 この人、まともな交渉をしている。


「仕方が無かったのです。私達には最早、勇者様達におすがりするしか手段が残されていないのです」

「成程、事情は分かりましたが、私達はこの世界の事を何も知りません。一概にすべてを信用する事が出来ないのですよ、何せ誘拐された身ですからね」 

「わかっています。私達に出来る事は何でも致しますので、どうか御力を御貸しください」

「では……今夜は貴女と燃える夜をプリ―――――――――――ズっ!!」

「「「「コイツ、最低だぁ―――――――――――――――っ!!」」」」


 勇者全員からの総ツッコミ。

 少しでも真面だと思った俺が馬鹿だった。


「最低な人ね。弱みに付け込もうとするなんて……」

「全くって……亜里沙さん?!」

「そうですけど?」

「随分と小柄になって……」


 亜里沙さんは小柄な美少女……いや、幼女に見えなくも無いが、見事に縮んでいた。

 俺、ファンだったのに、これはあんまりじゃね?

 グラビアポスターも持ってますが、凄いナイスバディ―がツルぺタに……。


「あの人は0歳児ですよ? 多少でも若返っておかないと不公平です」

「Ohー見事なまでのつり橋効果……羨ましいぞ、兄貴……」


 何でいつも兄貴ばかり……見つけたら殴ってやる。


「では、皆さんのお力を確認させていただきます」


 神官たちが水晶球を持って俺達の元に来る。

 アレで俺達のステータスを見るのか?

 結局俺は兄貴の言ったスキル編成にしちゃったけど、他の人はどうなんだろう?


「はっはっは、俺は最強の【スキル簒奪】だぜ、お前等は俺に逆らえねぇぞ! 自分の力を奪われるからな」

「あ、そのスキルはハズレらしいぞ? 特殊スキルは奪えないし、格上の相手には効果なし。ついでに、奪ったスキルは変質しないから同じスキルを持った相手に奪われる確率が高いそうだ」

「うそぉ~ん?! チートじゃねぇの?!」

「この世界で見たらチートだろ、俺達には意味ないけどな。説明読まなかったのか?」


 馬鹿がいた。

 説明によると、スキルはレベルが上がると特殊スキルに昇華するそうだ。

 だが、スキル簒奪で奪い取ったスキルは特殊スキルに変化はしない。

 あくまで他人のスキルであって、自分で極める訳じゃないから変化しないらしい。

 俺は無難だけどね。


「おぉ?! こ、これは……【神の奇跡】と【成長促進・神】両方共に神の祝福を受けておられる!」

「聖女だ……聖女様だ……」


 亜里沙さんのスキルだな。

 兄貴は三つだったけどね……それ程騒ぐほどの物か?

 因みに俺の場合は見向きもされなかったよ。

 鼻で笑った神官を殴りたかった。

 鑑定序でに、神官たちは指輪を俺達に渡していく。

 何だ、これ? 鑑定……。


 =================


【偽祝福の指輪】 ランク3


 僅かに攻撃力と素早さが上がる指輪。

 ほんの僅かなステータス向上能力なのであまり意味が無い。

 寧ろ装着者を洗脳する隷属の効果がメイン。

 悪意ある偽聖職者が作った一品。


 =================


 こいつ等……何処までも馬鹿にしやがって!


「亜里沙さん。この指輪は洗脳道具の一つだ、装備しない様にしてくれ」

「えっ? じゃぁ……」

「兄貴が言った事が現実になったな……ふざけやがって」


 あれだけの被害を出しておきながら、こいつ等は……殺してやりてぇ!!


「皆さんに渡した指輪は祝福の指輪と言いまして……」

「待った! この人達ら貰える装備は信用しない方が良い。迂闊に装備して洗脳されたら困るからな」

「なっ?! 何を……」

「俺は鑑定持ちでね、この指輪を鑑定したら【偽祝福の指輪】と出たぞ? しかも、洗脳効果がメインとな」


 勇者一行は俄に騒ぎだし、指輪を真っ先に捨てた。

 どうよ、あんた等の目論見は崩れたぞ?

 さすが兄貴、だてにラノベは読んでねぇな。


「あんた等はこの召喚でどれだけの命を犠牲にしたんだ? しかも神が怒り狂ってたぜ? 世界を崩壊させる気かってな」

「何を言っておるのだ、そんな出鱈目な……」

「この世界に召喚される途中、俺達は世界を管理する神々に会ってるんだよ。召喚するためには多くの命を犠牲にし、その行為は禁忌だってな。あんた等は神に使える神官だろ? 何で神々の怒りに触れるような真似をしてるんだ?」


 おぉ、焦ってるぞ?

 俺達が何も知らない馬鹿だとでも思っていたのか?

 そう簡単に思い通りになって堪るかよ。


「ついでに言えば、お前等の召喚の所為で俺の家族が死んでるんだ。その辺はどう落とし前つけるんだよ?」

「あの事故は召喚の所為で起きたのかよ!!」

「ついでに洗脳しようとしやがっただと?! ぶっ殺してやる!!」

「そ、そんな……勇者召喚が禁忌だったなんて・・・・」

「そんな演技に騙されると思うか? この世界に住む人達の命を犠牲にするんだ、禁忌以外の何物でもねぇだろ。馬鹿なの? お前等そんな事も分からない馬鹿なの?」

「くっ……黙れ、何の証拠が有って……」

「奴隷にする指輪を渡したのは何故だ? 俺達を思う通りに動かしたいからだろ? そんな連中の言う事が信用できるとでも?」


 さぁ、どう出る?

 アンタらの思惑は全部ばれてんだぜ?

 テメェらの所為で兄貴は死んだんだ、下らねぇ真似したら殺してやる。


「申し訳ありません。隷属の指輪は勇者様の中に素行の悪い方がいる可能性がありまして、我等でもそのような方を擁護する訳には行かず、止むを得ず……」

「へぇー……じゃあ、亜人種達を生贄にして召喚したのは何故? あんた等人間至上主義なんだろ? 他の種族は食い散らかしても構わねぇと思ってんだろ? 神様方はお怒りだったぞ?」

「そ、それは…彼等があまりにも野蛮で・……」

「種族が多ければその分文化が異なるのは当然だろ? あんた等は彼等を理解しようとしたのか? ただ武力にモノを言わせて来ただけじゃねぇのかよ? そこん所はどうなんだ?」


 兄貴だったらこう言うだろうな。

 スゲェ睨んで来てるけど、知った事か。

 これは只の誘拐で、洗脳でもあり、テロでもあるんだからな。

 しかも、神々が不快に思うほどの大罪。

 あんた等には正義何てねぇんだよ。


「ま、魔王に脅かされているのは事実で……我々は……」

「それは、あんた等の事情だろ? 何で俺達がそれに付き合わなければならないんだ?」

「・・・・・・・・・」

「まぁ、いい……あんた等には当面の資金を援助してもらう。俺達を呼び込んだのはそちらの都合だし、俺達もこの世界で生きなきゃ為らないからな。だが、装備の類は俺達で選ばせてもらうぞ? 信用できないからな」

「わ、分かりました……」


 恨めしそうだね、いい気味だ。

 これで勇者は野放し状態になる。

 俺は転生した兄貴を探すからな、お前等なんかに構ってる暇は無いんだよ。


 おぉ、早速勇者の何人かが詰め寄ってるな。

 困れ、困れ、自分達が招いた事なんだからな。

 しかも勇者召喚はもう出来ない。

 なんせ、本気で神様がむかついてるからな。

 これ以上、馬鹿な真似は出来ないだろう。


 ザマ―! 



 * * * * * * * * * * * * *



「クソッ!! あのカス共が、調子に乗りおって……」

「し、しかしながら、彼等はどうやって我等のした事を知ったのでしょうか? 何者かが前もって教えなければこの様な事には……」


 勇者召喚をした神官達は予想外の出来事に混乱していた。

 まさか、自分達の目論見がばれているだけでなく、何も知らない勇者達はかなり高い交渉術を持っていた。しかも、早速能力を使い指輪の効果を調べた事から、彼等が召喚に対して高い知識を持っている事が判明した。

 更にタチの悪い事に、他の神官達の居る前で神の存在を明かす事で、自分達の保身を図ったのである。

 召喚が禁忌であると判明した以上、これ以上召喚を行う事が出来なくなる。

 それどころか、あの場にいた穏健派の神官達は真っ先に彼等に接触を図る。


 勇者を手駒にする積もりが、逆に危険な敵を増やす事になってしまったのだ。

 これでは魔王を全て駆逐し、広大な領土を手に入れられなくなってしまう。

 聖域の存在が消えかけている以上、自分達に残された時間はあまりなかった。


「チッ……グラードス王国の状況はどうなっておる?」

「フレアランス国王は現在療養中です。後継者であるフラフース殿下が大頭立っておりますが、何れは此方に靡きざるを得ないかと……」

「それだけが救いだな。あの国が動けば、他の小国も動かざるを得ない……全く、思う通りには行かぬものよ」

「法皇様へのご報告は如何いたします?」

「私が行こう。何れあの無能者を引きずり落としてくれる」


 様々な野心が渦巻くメルセディア聖国は二つの派閥で揺れ動いていた。

 穏健派と強硬派。 どちらも互いの意見を譲らず、穏健派は亜人種達にも寛容とするべしと旗を掲げ、強硬派は人間至上主義を掲げている。

 良くある派閥争いなのだが、現時点では強硬派が優勢だった。


 彼等は必要なら暗殺も辞さない狂信者の集まりであり、穏健派にとっては脅威であった。

 しかし、彼等の思惑は、新たな神の存在で予想外の状況へ転がって行くのである。

 それから半月後、グラードス王国のフレアランス国王が病床から快復し、その姿を国民の前に姿を現した。

 その姿は青年にまで若返り、闘いの神の慈悲によって命を長らえた事を宣言したのである。

 その結果、メルセディア聖国は信仰その物が揺れ動く事になる。


 強硬派の目論見は、予想を超えて大幅に狂いだしたのであった。


 


 * * * * * * * * * * * * * 


「「「「「「かんぱ~~い!」」」」」」」


 依頼を達成した俺達は、漸く冒険者ランクDにまで上がった。

 仲間達の喜びと共に、祝いの席を馴染みの食堂で行っていた。

 正直危ない所もあったけど、依頼を達成できて俺達はご満悦であった。

 報酬は安いけどね。


「いやぁ~今回はマジでヤバかった」

「クートは壁役なんだから、重装備にした方が良いんじゃない?」

「そうしたいけどよ。セリアが金貸してくれんのか?」

「いやよ」

「じゃぁ、マルスは?」

「俺も欲しい装備があんだよ」

「……ゴートン」

「俺はこの間、剣を買った。金なんかない!!」


 期待を込めた目で俺達を見るクート。


「無理、暫く稼がないとヤバイ」

「回復薬を揃えないと危険だと思います」

「誰か、錬金術師のスキル取れよ……」


 何でみんな一斉に顔を背ける?

 必要なスキルだよな?


「私がスキルを取りましょうか? まだ余裕がありますし」

「俺も挑戦しようかなぁ~、回復薬が作れたら節約にもなるからな」

「「「「先生方、お願いします!!」」」」


 調子の良い連中だよ。

 思わず苦笑いが出てしまう。


「次はどんな依頼を受ける?」

「俺は他の国に行きたいからな、少しでも金を稼いでおきたい」

「コースケは他の国で仕事したいの?」

「私も同じ意見です。探したい人がいますから……」

「へぇ~……それってぇ~、アリサの好きな人?」

「はい。この世界で転生している筈なのですけど、まだ赤ちゃんかもしれないので探し出せるかどうか・・…」


 仲間達は俺が勇者召喚で召喚された異界人である事を知っている。

 そんな事すら受け入れて仲間として扱ってくれる彼等の存在は、正直ありがたかった。


「少し、気になる存在がいるんだけどね」

「誰々、何処の子よ?」

「女じゃねぇよ。いや、女かもしれないが……」

「へぇ~……興味あるわねぇ~……」


 何故どや顔をしているんだ?

 セリア……本当に噂好きだな。


 俺が気になるのは鬼神。

 噂の闘いの神だ。

 もしかしたら、これが兄貴かもしれないと思うのは俺の気の所為か?

 何か知らないけど、あの兄貴が転生したら成長過程なんか吹き飛ばしそうな気がする。

 だって、リアルチートだったんだぞ? 可能性がありまくりだ。

 何よりも、人間に転生してるとは限らないからな。

 亜人種かもしれないし、最悪モンスターかもしれない。

 そもそも、あの兄貴が転生したんだ。騒ぎを起こさない筈が無い。

 それに……あの時神様は言っていた。

 兄貴を『新たな神に至る者』と……。


「お前、神に会いに行く気かよ……」

「例え記憶が無くなっても、俺の兄貴だったんだよ。一発殴っておかなけりゃ気がすまん」

「仲、悪かったのか?」

「俺が一方的に嫌ってただけだ……今にして思えばいい兄貴だったよ」


 そうさ、良い兄貴だったんだ。

 だから会いに行くんだ。

 そして言ってやる。『見つけたぞ、馬鹿兄貴っ!』てな。

 多分、変な顔をされるかもしれないけど、生まれ変わってもあの性格が直るとは到底思えない。


 何処までもお節介で……それでいて飄々としたあの性格が……。


「待ってろよぉ、馬鹿兄貴ィ――――――――――――――っ!!」


 思わず叫んでしまった俺、食堂のお客さんの注目を一身に浴びました。

 スゲェー恥ずかしかったとです。


 ……これも兄貴の所為だ。 

 

 

 

 本編から少し外れました。

 レン君が生まれたその背景の話です。


 勇者、何人召喚されたのか決めてないです。

 一応十四名にしましたが、この世界にも勇者は居ます。

 大勢いてもめんどいし、少なすぎても問題あり。

 何より、名前を考えるのがめんどくさい!


 取り敢えず二人の召喚された勇者を出しましたが、現在は冒険者をやってます。

 優秀だけど人として駄目な兄貴、その兄貴が魅せる意外な一面に、弟君は衝撃を受けます。けど、結局は兄弟なので性格が似てるんですよね。

 妙に面倒見がいいんです。この二人は……

 再会を果たした時、浩介君は何て言うんでしょうねぇ~……。

 イケメンチート兄貴が、今や男の娘です。

 どう話を持っていくか現在考察中。


 楽しんでいただければ幸いです。


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