神域の川辺で、お魚さんに~出会った~
神域。
それは神の生み出した不可侵の領域。
何人たりとも踏み入れてはならない禁断の聖域。
神の住む聖なる地。
その筈なんだけどね。
その管理者である神様が不在がちで、この地を離れて人の街中で生活しておりますとです。
ハイ、俺の事ですね。
でも、今は正式な神でなくごぶりんです。
ゴブリンでは無く、ごぶりんですよ? もっと格調高く(?)愛情込めて呼んでください。
今いる場所は牛さんの村から離れた河の畔。
この河は意外に大河のようでして、水脈はメルセディア聖国の山脈地帯から流れてきている。
ちょうど大陸の端っこから横断する形で魔獣聖域に流れ、ノセール山岳を削り取り海に出る。
グラードス王国は魔獣領域に隣接した国なので、ちょうどこの神域のお隣さんという事になる。
ははは、長い歴史を持つ国より、俺の支配領土の方が広いのですよ。
何でこうなった・・・・・・。
別に領地が欲しいとか、他人の上に立ちたいとかいう野心なんてありませんよ?
だって、面倒じゃないっスか。
そんなオイラが爆走状態で王様になりましたとです。
何事も無く平穏に暮らしたいものですね。
兎も角、僕ちゃんはサハギン達に会うべく、再び神域に足を運んだとね。
「来ましたぞ」
「・・・・・・アレがそうなのか? スゲェ水飛沫をたててんだけど……」
「アレがそうですじゃ。彼等は泳ぐ事が得意なので、荷物を船に積んで自分達で引いて来るのです」
「得意とか、そういうレベルじゃねぇぞ?!」
よく目を凝らしてみると、クロールにバタフライ、バサロに背面、平泳ぎに犬掻きまで全て揃っていらっしゃる。
しかも異常なまでに速い。ありえねぇー!
オリンピックに出たら優勝を搔っ攫うほどに速い。
きっと水の抵抗が低いんでしょうねぇ~……納得いかんけど。
どうでも良いけど、あの速度で進んでたらこの場所通り過ぎるんじゃね?
そう思ったら、彼等は一糸乱れぬ統制で速度を落としていく。
オイオイ、シンクロでも世界目指せんじゃね?
こちらを発見すると、まるでペンギンのように水面から飛び跳ねて岩場に着地して行く。
彼等の姿を一言でいうなら、半魚人でした。
それも三流ホラーで出て来そうな感じのモンスター、よく見ると性別があるようで、腰や胸元にボロ布を巻いております。
恐らく女性でしょう、胸もあるみたいですが……哺乳類なのですか?
男は腰布だけですよ? 胸元に布は巻いてません。
そんなのがいたら、きっとオネェに違いない。
「よく来たな、ウォード」
「ヒサシブリダ・・・チョウロウ・・・」
片言でした。
意思疎通は問題ないけど、聞き取り辛い。
「チュウモンノシオト、ヒモノダ……ソチラハ?」
「うむ、干し肉に干した山菜、ショシュにミジュク、肉の塩漬けもあるぞ?」
「チョウドキラシテイタトコロダ、アリガタイ……」
基本的に物々交換のようだね。
どうやら互いに協力し合っているようだ。
渡る世間はギブ・アンド・テイク。
仲良き事は美しきかなですわ。
「シテ、カノオカタトハ、オアイデキルノカ?」
「うむ、直ぐそこにいらっしゃるのが我等が神、レン・オーガ様じゃ」
「オォ、キョウダイナケハイガアルコトハワカッテイタガ、コノヨウナオソバニオラレタトハ……」
「話は聞いてる。準眷属では無く、正式な眷属になりたいという申し出だったな?」
「アツカマシイネガイトハオオモイデショウガ、ナニトゾハイカノマッセキニオイテクダサレ」
「いいぞ?」
「ハァ?」
あっさりOK出したら驚いてやんの。
別に敵対しなければいいだけだし、海の幸も欲しいからねぇ~。
『水鱗族を眷属にしました。【鬼神の祝福】が【鬼神の加護】に変化します』
はい、来ました。脳内アナウンス……、いつもスタンばっているんですかね?
普段、何もしてない時はどうしてるんでしょう?
脳内に聞こえる人の声からして、複数いるみたいなんですけど……
おや? 翌々考えると、俺ってアブナイ人みたいじゃね?
『へへへ……女に騙されたよ…。あの女、四股かけてやがった。もう、女なんて信じねぇ……』
またアンタかよ。
その女にフラれた腹いせに、俺を散々シバいたの?
それ以前に粘着質で陰険な性格を何とかしなさいよ。
いい男だったら、そもそもフラれたりなんかしないでしょう?
さぞかし都合の良い男だったんでしょうね?
『ちくしょ――――――っ!! 神も仏もありゃしねぇ、居るのはリア充ばっかりだっ!!』
―――ゴキッ!!
『失礼いたしました。今後このような事が無いよう、しっかりと躾けてまいる所存です』
いや、今『ゴキッ!!』って……もの凄い音したよね?
アンタら人の脳内で何してんの?
つーか、あんた誰よ? 女性みたいだけど、上司?
それよりも躾けって?
『こちらの業界の問題なので、あまりお気になさらずに……ではまたお会い致しましょう。ごきげんよう』
業界って?
脳内アナウンスって業界なの?
この世界ってどうなてんの?
ちょい、待てやっ!
「「「「ヌオォォォォオオオオオオオオオオオッ!?」」」」
ハッ! 何事っ?! て、半魚人さんが進化始めてるっ?!
牛さんの時もそうだけど、神の加護を受けると急速進化を遂げるのか?
どうなってんでしょうね? この世界の摂理って。
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【鬼神の加護】
【鬼神の祝福】の上位スキル。
鬼神の眷属となる証でもある。
この加護を受けた者は、個人の性質によって様々な恩恵を受ける事が出来る。
特殊なスキルは勿論の事、今まで進化出来なかった者達が、更なる高みへと至る資格を得る事が許される。
加護を受けた者が魔物の場合に限り、存在自体が希薄な性質を改善され、確固たる生物へと固定される事になる。
また、成長にも幅が広がり、環境や状況に応じてその性質を極限にまで変質させる。
加護を与えた神の任意で、与えられた者の加護を外す事が可能。
一般的に【祝福】が聖人、【加護】が眷属を現す。
信仰心により、思いの強さに応じて効果が変動する。
強い信仰心により、自動的に発動する事がある。
【神】に至った者だけが得られる特殊固有スキル。
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ohー、想像以上に厄介な能力でした。
つまり、俺の意思にかかわらず勝手に発動する訳ね。
て、事は……お魚さんは?
「な、何と言う奇跡…。我等の姿が……」
「おぉ……まるで人間のようでは無いか。これならグラードス王国と交流も可能になるぞ」
「力も先程とは比べ物にならないほど強くなってる。もう、弱いだけの存在じゃないわ」
マジで? 皆さん、完全に人間と変わりがないです。
魚類から哺乳類に進化したみたいだ。
耳に魚の鰭の様な物がある以外は、殆ど人と区別がつかないだろう。
種族も【水妖族】に変化してる。
ステータス?
もう見たくありません。
アレは個人のプライバシーを暴きかねない物です。
今更ですが、眷属にして良かったんでしょうか?
もの凄く軽~い気持ちで眷属にしてしまったんですがね。
無責任ですね、すみません。
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【水妖族】
水の力を操る鬼の一族。
体を水中に適応した姿に変化させる事が可能。
見た目の華奢な外見とは異なり、強靭な肉体を持っている。
一般的な魔物とは比べ物にならない鬼神の眷属。
水に対して強い親和性があり、サイクロプス程度なら数人で楽に倒せる。
大気を操る事も可能で、集団で行えば嵐を引き起こせる。
環境や状況に応じて変質する事がある。
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コレ……その辺の魔物が上位種になっても楽に勝てんじゃね?
何気に鬼神の眷属ってついているだけで、かなり厄介な種族になってんじゃね?
完全に水陸戦闘特化型究極生物に進化してるよな?
牛さんの方も見るんが怖いぞ……。
「「「「我等が神よ、今後我等は貴方様の為にこの身を捧げます」」」」
「だから、大袈裟にすんなよ。普通に平穏に生きてくれれば良いて、固い事は苦手なんだからよ」
「おぉ、なんたる寛大な……魔王共は軍門に下れたとし言わぬのに、広い慈悲」
「我等が御仕えするに値する素晴らしき御方だ。戦えと言わぬのが素晴らしい」
「戦うべき時は戦うさ。だが、強要してその辺に喧嘩しかけるほど馬鹿じゃないぞ?」
良いのか? そんなに単純で。
裏があるとは思わないのか? 別にないけどさ。
こうなると、こいつらの村に行っても宴会に発展しそうだな。
けどねぇ~、新鮮な海の幸も欲しいし。
仕方が無い……行きますか!
「ところで、おたく等の住んでいる村に行ってみたいんだが、案内してもらえるか?」
「な、なんとっ!? 我等の村に来て下さりますか?」
「海の幸に興味があるからな、案内頼むよ。宴会なんかしなくていいぞ、俺がどんな魚介類があるのか興味あるだけだからな?」
「海の魚に興味がおありで?」
「生で食えるなら尚良い。熱い飯の上に乗せて、醤油をたらす」
「おぉっ! わかっていらっしゃる。新鮮な魚の味を知ったら、他の料理にも拘りが出て来ますからなっ!」
なんだろ?
このウォードて奴、味に拘りを求めている様な……?
いや、まさか……。
「ウォード……まさか、料理人か?」
「いえ、まだ料理人と言うほどの物ではありません。ですが、何れは全ての食材を制覇したいと思っております」
な、何と言う壮大な夢なんだ。
自堕落に流れるままに生きている俺とは格が違う。
だが、それは棘の道だぞ?
「わかっているのか? それは果てしなき荒野を歩き続ける試練の様なものだぞ?」
「承知の上です。私は、この本に書かれた全ての料理を超えてみたいと思っています」
「そ、それはっ!?」
彼の手にした本は、【美食の経典】。
嘗て勇者が至高の味を求め、大陸中を駆け抜けた料理の書の最高峰だ。
多分、写本なんだろうけど、何故そんなものを持っている?
「な、何故そんな本を……」
「だいぶ前に沈没した船より回収いたしました。実に素晴らしき料理書です」
「文字も読めるのか?!」
「まだ拙い程度ですが、助け出した船員に教えて貰いました」
異種族交流、万歳っ!!
どこぞの国にも教えてやりてぇ!
素晴らしき会話による文化交流。
世界はグローバル化を求めているっ!!
「素晴らしい……。是非とも頑張ってくれ」
「ハッ! この命賭けまして、至高の料理を完成させてみせましょう!!」
「別に命は賭けなくていいから、自分の進むべき道を進んでくれ」
「何と云う寛大なお言葉……。必ず至高のレシピを完成させてみせます!」
「お、おう……期待している」
あれ? 俺、火に油注いじゃった?
ものスゲェー、バーニングしてんだけど……気のせい?
「燃えて来たぁ~。滾るぜ、バーニングッ!!」
うん、やっちまった……。
俺、そんなにたいそれた存在なわけ?
「サハギンの村……興味ありますね、ご主人様?」
「あぁ、どんな食材があるか楽しみだ」
「・・・・マヨネーズ・・・・残しておけばよかった・・・」
はい、後悔先に立たずですよ?
俺は止めたよね? でも欲に負けたのはメリッサですよ?
食材調達も難しいのに、問答無用で思いっきりぶっかけましたよね?
貴女は大切な物を使い切りました。それは、マヨネーズです。
そんな悲しい顔で見つめてもダメ、無い物は出せません。
諦めてください。
「お主達、この後はどうするのじゃ?」
「村にこの荷物を運ぶだけですが? これでしばらくは肉料理が堪能できます」
「すっかり肉の味に目覚めたのぅ、これも進化のたまものか?」
「えぇ、以前は味と云う物が判らなかったのですが、最近では調理をするのが楽しくて仕方がありませんよ」
「全てはレン様のおかげじゃな」
「まったくです。感謝してもし切れないほどの大恩ですよ」
だからって拝むなよ。
鬼神だけど、まだ普通のごぶりんですよ?
完全になるのは当分先ですって。
「この船には、まだ乗れるのか?」
「えぇ、数人程度なら余裕でしょう」
「わたし、いきたぁ~い!」
「・・・ん・・・素材あると良い・・・・」
三人確定ですな。
いつものメンバーだけどね。
「三人で村に行くけど、大丈夫か?」
「お任せを、我等が責任をもってお送りいたしましょう。なぁ、みんなっ!」
「「「「「オッ―――――――――――――――っ!!」」」」」
この時、俺達は重大な過ちを知る事が無かった。
それに気づいたのは、船で運ばれていた時である。
俺達は忘れていたのだ。
ここにいる三人は、船に乗った経験が全くない事に……。
軽い気持ちで船に乗り込んだ俺達は、のちに来る地獄を知る事となる。
つまり……
「うぷっ、酔った……まさか………これほど、揺れるとは…うぉえっ!」
「・・・お婆ちゃん・・・・・・久しぶり・・・今?・・・死にそう・・」
「目が回るぅ~……ぎぼぢばどぅい……おぷっ!」
普通に船酔いした。
だってさぁ~、船の速度がハンパね―のよ。
山岳地帯に入ったら河端が狭いの、激流なのって。
しかも、曲がりくねった河をドリフトかます様に曲がるんだぜ?
振り落とされない様にしがみ付くので精一杯さっ☆(キラリ)
しかも、水中移動モードのこいつ等、マーメイドみたいな姿なんだぞ?
魚類から哺乳類に俺様ライドしやがりましたよ。
スピードが出るわ、加速するわ、アクロバット状態だわ。
急流下りの超怖いのよ。
メリッサが踏み込んではいけない世界に片足ツッコんでいます。
お願いだから返ってこ―――――――――いっ!!
そっちに行ったら戻れませんよっ?!
流されてるね。色んな意味で……河だけに。
巧い事言った? でもね、もう限界。
あ、河の先が無い……って、まさか……
「「滝ぃ~~~~~~~~~~っ!?」」
体にかかる浮遊感。
意外に落差がある滝でした。
30メートルはあると思います。
彼等はこの滝をどうやって昇ったのだろう?
ヤベ…そろそろ意識が………
あ・・・・・・・・・・・・
* * * * * * * * * * * * *
激しく打ち合う鋼の音が響く。
屈強な騎士に挑むのは一人の青年。
いや、地球の常識で見れば少年と言ってもおかしくは無い年頃だ。
呻りを上げて迫る大剣を、少年は巧みに剣で受け軌道を逸らし、空いた懐に瞬時に飛び込む。
体制を整える僅かな隙を逃さず、僅かな動作で自身の体勢を引き戻し間合いに入った。
振るわれた剣が騎士の脇腹に直撃する。
―――ガンッ!
鈍い音と共に騎士が吹き飛び、そのまま倒れ込む。
幸い剣には刃引きがされており、当たり所が悪くない限りは死ぬ事は無い。
しかし、これは実戦を想定した鍛錬であり、重傷を負う騎士も少なくは無かった。
周りには手当をされている騎士達が居り、この鍛錬がいかに苛烈な物であるかを伺わせている。
これも、たった一人の少年に引き起こされた物であった。
「次っ、準備せよ! 私はまだまだ戦えるぞ!!」
「陛下、少しは加減をしてください。このままでは騎士達が先に倒れてしまいます!」
「むぅ……仕方があるまい。少し休息をとる」
多くの騎士達から安堵の溜息が漏れる。
少年―――いや、彼はこの国の王である齢70歳になる老人、フレアランスであった。
先の鬼神との邂逅のおり、彼は病を克服すると同時に若さまで取り戻したのだ。
その溢れる活力を持て余し、久しぶりに剣の鍛錬に挑んだのがこれである。
総勢70名を超す騎士達を相手に、たった一人で長時間動き続けたにも拘らず、彼の額には僅かな汗しか見えなかった。
この人数に三度も戦い続けているというのに、彼の活力は衰える事すらない。
寧ろ、欲求不満が堪る一方であった。
「……物足りぬ。もう少し動きたかったのだがな……全力とまではいかぬか」
「アレで全力では無いのですかっ?!」
「うむ、まだ余裕がある。今度は複数と相手にしてみるか?」
「御身体を御自愛くださいっ! まだ、病み上がりなのですぞっ!」
「そうは言うがのぅ、ここ数年寝たきりじゃったからな、体を思いっきり動かしたいのだ」
「気持ちは解かりますが、他の者達が持ちませんよ」
騎士達は今のフレアランスに畏怖と尊敬の念が溢れていた。
嘗て、若い頃のフレアランスは文武両道にして質実剛健。
常に自分を磨くべく研鑽を積み続け、第二王子と云う王位継承権第二位から実力で王になった。
当然ながら継承権をめぐり、王族争いに発展する所を寸前に叩き潰した策士でもある。
若き日々からその存在が圧倒的にずば抜けており、国の内外問わず多くの信頼を勝ち得るまでに至った。
そこで付いた二つ名が【獅子賢王】。
メルセディア聖国の法王よりも遥かに知名度が高かった。
「さすがです、父上。まさか、これほど御強いとは思いませんでした」
「アルテミスか。お主、今日は近衛騎士達と共に鍛錬をすると申しておらなんだか?」
「えぇ、ですから父上の技の冴えを見せていただいたのです。驚嘆に値する素晴らしい強さ、見ているだけでも十分に研鑽となります」
「まだまだよ、体がどうにもついて来ない。鈍っておるのは確かじゃな」
「アレで鈍っておられるのでしたら、他の騎士達など然程相手にはならないでしょう」
「悩ましき事よ。我がままだと思っておるのじゃが、どうにもじっとしておれん」
「騎士達の代わりに私がお相手いたしましょう」
「ほぅ?」
アルテミスもフレアランスの血を引いており、武の才には恵まれていた。
決して驕らず、自分自身に真摯に向き合う。
彼女が女性でなければ、間違いなく次の王として国民に知らせたであろう事は明白である。
ある意味、最もフレアランスに近い性格なのである。
「そなたが何処まで研鑽をつんだのか、見せて貰うかのぅ」
「謹んでお相手いたしますわ。父上」
アルテミスはフレアランスよりも血の気が多かった。
気高い者には力の強弱を抜きにして敬意を払う、それだけの器と才がある。
しかし、それを抜きにしても考え方が苛烈であり、相手が少しでも下劣な行為を見せれば、それだけで辛辣な態度をとる傾向がある。
下手をすれば他国の使者に対しても容赦なく斬り捨てる、それ程までに激しい気性であった。
要するに、好みの好き嫌いが激しく、嫌いな者に対しては何処までも冷血なのである。
そんな血の気の多い親娘の手合わせは、多くの騎士達に憧憬の念を沸かせたのである。
フレアランスの剣技は何処までも鮮烈でありながらも気品に満ち、アルテミスの剣技は烈火の如く燃盛る炎のように激しいものであった。
二人の剣のぶつかり合いで芽生えた感情は、彼ら騎士達のやる気を奮い起こさせ、今日の鍛錬は予想以上に激しいものとなる。
この日を境に、グラードス王国は富国強兵国家としての道を突き進む事となるのである。
* * * *
練兵場から戻ったフレアランスは、当然ながら国の政務に着く。
有り余る活力にモノを言わせ、最近は溜まりに溜まった仕事を一気に片付け、フラフースの内政で混乱した状況を巧みに修正して行く。
健康な体を取り戻した王の指導方針は的確で、フラフースの様な政務に感情が入る事は一切ない。
まさに理想の国主を体現している様な物である。
まぁ、取り戻したのは健康だけでは無いのだが……。
だが、それを快く思わない者達も大勢いる。
特に、魔獣聖域に侵攻を開始しようとしているメルセディア聖国がその傾向が強かった。
彼等の求めている物は崩れかけた権力の復権であり、豊穣神イルモールの聖域が崩壊するのを防ぐための行為なのだが、それがあたかも神の意志であるかの様に誇張する彼等に対し、フレアランスは確固たる意志を以て挑んでいた。
「…こ、これは陛下、御病床からの御快復、誠におめでとうございます」
「うむ、これも全ては神のなせる御業よ。私は今まで神などを信じた事が無かったが、今は彼の御方の慈悲に感謝するばかりぞ」
「たしか、鬼神でしたか? 彼の存在は真の神なのでしょうか? 俄には信じがたいのですが……」
「そなた達が神で無いと言うのであればそうなのであろう。しかし、私にとっては神である。それだけの些細な事よ」
イストルー枢機卿は平静に見せているようで、内心フレアランスの姿を見て驚いていた。
病で痩せ細っていた初老の王は、今は見る影も無く健康そのもので若々しい姿なのである。
しかし、彼の目に宿る眼光はとても見た目の青少年の物とは思えない、射貫くような鋭い気配を放って威圧して来る。
最初は苦し紛れの逸話を捏造し、こちらの好きなように交渉を誘導できない様、影武者を立てたのかとも邪推した。
都合の良い空想の類であったが、それが現実であればどれほど楽であった事か。
しかし、いざ当人と対面してみると、其れが紛れも無くフレアランス国王であると分かる。
イルモールの加護が途絶え百年余り、他の神より新たな加護を受けた者が現れた事を、嫌が負うにも実感した。
「して、此度のお主達メルセディア聖国の要請なのじゃが、残念ながら見送る事にした」
「な、何とっ?! 我が国の嘆願を断ると申されるのですかっ!」
「うむ、今まではそなたたちが豊穣神イルモールの信託を受けたものとして我慢してきたが、此度の出兵に関しては不可能に近い。更に言えば、我等はイルモール神の怒りに触れたくは無いのだ。その意味、お主なら解るであろう?」
「まさか、鬼神なる邪神の言う事を信じると申されるかっ!」
「言葉を慎め、イストルー卿。そなた達には邪神でも、余にはこの命を救って頂いた神ぞ? この場の発言には気を付けるが良い、二度目の慈悲があるとは思うでない」
「し、失礼いたしました……」
イストルーは心の内で舌打ちをする。
鬼神によりメルセディア聖国が秘匿とした真実が既に知られており、此方からは強気で出る事が叶わない。
更に言えば、白魔術を使う身であるが故に、フレアランスから僅かに洩れる鬼神の神力を感じ取れてしまうのだ。
フレアランス王は間違いなく神の祝福を受けている事が判ってしまう。
「もう一つ言えば、ひと月前にそなた達の同胞であるブカーヨク枢機卿に寄付金を強請られてな、その資金を捻出した為に軍備が整えられぬのよ。何でも『神敵になるつもりか?』と脅されたらしくてな、今は内政を整えるのに専念したい」
「……し、しかし、其れと之とは……」
「それとも、そなた達は我が国の民の事など同でも良いと申すのか? この国にも多くの豊穣神を信奉する神の信徒が居るのだぞ? 彼等の生活を圧迫してでも我等に兵を出せと申すのか?」
「それは……」
「無論、そなた達の言いたい事も分かる。しかし、かの領域には魔王クラスがどれほど存在しているか分からぬ。迂闊に踏み入れる事がいかに困難か知らぬわけでもあるまい?」
「ですが、あの領域が開拓できれば多くの民の安住の地になります。今やらねばこの先も……」
「勝てぬ戦に兵を出す積もりは無い。それに……民の安住の地と申したが、それは何処の国にとっての安住の地なのだ? そこに亜人種達が含まれておるのか? 勇者と呼ぶ者達はそれ程使える存在なのか? その辺りも聞いてみたいのぅ」
確信を突かれイストルーは言葉を失う。
勇者召喚は秘密裏に行われたはずなのに既に知られ、亜人種に関しては今までの様に奴隷として扱うつもりである。
更に言えば侵攻に成功して得られた土地を他国に渡す積もりは無い。
全てはメルセディア聖国の威光を知らしめる為の物であったが、ここに来て手の内がバレてしまい、その目論見が大きく外れつつある。
ましてや新たな神が存在し、今もこの国にいる可能性が高い。
「我らは鬼神に信託を受けておるからのぅ、お主達に協力する事がイルモール神の意思に沿う事なのか疑っておる所じゃ。明確な回答を要求させてもらうぞ?」
「……わ、私からは何とも……。本国に連絡を取り、出来るだけ早く回答を要請するしか出来ません」
「ふむ……出来る限り早くした方が良いぞ? 既に新たな神域が生まれておる以上、お主達にも時間はあるまい?」
「し神域? 聖域ではないのですか?」
「どうやら鬼神殿は、イルモール神よりも高位の神のようでな。彼の御方は人であろうが亜人種であろうが、ましてや魔族であろうとも加護を授けるそうだ」
「なっ!? それは邪神と言っても過言では無いではありませんかっ、その様な存在を何故放置しておられるのです!」
「何を申して居る。神とは元来、公平な者であろう? 自分達に都合の良い存在を神と呼び、それ以外を貶めるのはそなた達の都合であろう。彼の御方は『気高き者に祝福を、心卑しきものには死を』と申して居った。生きとし生ける者に平等な存在なのであろうな」
初めて気づく鬼神の厄介さ。
イルモール神よりも高位の存在となると、新たに宗教として大頭して来たらタチが悪い。
求められるのは心の高潔さであり、欲に溺れたメルセディア聖国では絶対に加護は受けられない。
仮に認められたとしても、恐らくは穏健派と呼ばれる者達に力を与える可能性が高いだろう。
そうなればイストルーの立場も危うくなる可能性が高いのだ。
「時は常に動いておる。我等の計り知れない何かが、もう既に起きているのかもしれぬな……」
「新たな神々が誕生する。そう仰りたいのですか?」
「既に誕生しておろう? これは始まりに過ぎぬのやもな、進化の鍵は神に掛かっておる」
「我等は魔物ではありませぬ。進化するのは非生命体である奴等にしか出来ない筈ですぞ?」
「残念じゃが、それは間違いじゃ。余もまた進化の可能性を手に入れた」
「な、何ですと?!」
「神の祝福や加護によって、我等もまた高みに至れる。嘗て居た【ハイ・ヒューマン】も加護を得て進化した可能性が高いのぅ」
イルモール神が進化によって誕生したとするなら、鬼神もまた同様だと考えられる。
人が進化を辿れない以上、神の恩恵でしかその可能性は開花しない。
神を敵に回した自分達は、その可能性すら与えられないのだ。
メルセディア聖国は権力を求めた故に、更なる高みの可能性を捨てたのである。
そして、フレアランスがその資格を得たのが何よりの証拠であった。
この世界の常識では、【神の加護】と呼ばれている強力なスキルが無ければ神の領域には至れないと言われている。そのスキルを保有するのが大半が亜人種や召喚された勇者、転生者と魔物である確率が非常に高い。
スキル効果により、魔物である場合は魔王へと進化し、亜人種である場合は神に至ると考えられているのだ。この【神の加護】を得るために過酷な修行をする者達がいるが、今のところ成功を確認された試が無いのが現状である。これは【魂】の質が左右されているとされるのだが、それを裏付ける確証は得られていない。
その為、人間であればランクは最高値が6より上がらず、ステータス内に記された【進化】が変動する事が少ないのが一般的である。
現在確認されている【神の加護】保有者は、召喚された勇者たちの中にいた【聖女】が2つ保有している事が確認されていた。先代聖女は1つしか保有しておらず、フレアランスは初めて確認された【神の加護】である【鬼神の祝福】を得ているのだ。
更に聖剣を直接賜っている以上、聖人とみなされて間違いない存在になってしまった。
イストルー……もといメルセディア聖国にとって、最早この国に口出しできる権限が無いのである。
国王自身が聖人となってしまったのだから……。
「鬼神殿は、外の世界から召喚され魔物に転生したらしいのぅ。彼の者が現れた時と、勇者を召喚した時期が重なっておる。恐らくは成長を急速に促す【神の加護】だろうな、最大で3つの【神の加護】を得ているらしい」
「?!」
勇者たちの話を聞けば、召喚されたとき大規模な事故が引き起こされたと聞いている。
当然、死傷者も数多く出ているのだから、この世界に転生していたとされてもおかしくは無い。
つまり、自分達が召喚をし結果的に殺した者が、神へと進化した可能性が出てきた事になる。
仮に鬼神が転生者だとすれば、勇者召喚をしたメルセディア聖国を恨んでいる事も視野に入れなければならなくなった。
恐ろしい事に、その鬼神がフレアランスに接触してしまっていた。
聖域崩壊という禁忌を伝えると言う形で……。
結果としてメルセディア聖国はグラードス王国に弱みを握られた事となった。
「鬼神が転生者であると言うのは既に知られておる。幸い前世の知識はあるが人としての記憶が無いという事だが、怒らせるのは得策では無いな」
「……その話が誠なら、我が国に招きたいのですが……」
「う~む、それはやめておいた方が良いのぅ」
「何故ですかっ、我等が行った召喚で転生したとするなら、誠心誠意をもってお詫びせねばなりますまい」
「彼の御方の話を聞くと…どうも、そういった形式を好まぬ性格の様でのぅ……『めんどくさい』と言うじゃろうな。自由奔放で掴み所が無いようじゃし、それが出来るのであれば既に余が城に招いておるわ」
「な、なるほど……」
出来れば鬼神と接触し、何とかこちら側に丸め込もうと考えたが、それ以前に性格に問題があると判明した。
召喚された勇者達も正直に言えば一部の者が素行が悪く、更に召喚に関して具体的な知識がある始末で、彼等を巧く制御できないのが実状であった。
何故なら召喚したその日の内に彼等を隷属させようとしたのだが、『最初に貰える装備には注意した方が良い。奴隷にされて自由を奪われる可能性がある』と言い出した者が居て、計画を未然に潰された経緯がある。更に問題なのが、全員が冒険者として行動を開始した為に、彼等の行動が予測出来ない状況になったのだ。
ついでに、彼等は召喚において発生した余波による問題を知られており、メルセディア聖国自体が信用されていないのだ。
結果的に見ても召喚の議を行った事は悪手であった。
幸いな事にグラードス王国はこの事実を知らないのが救いである。
その後、イストルーは何とか交渉に持ち込もうとしたが失敗し、謁見の間を力無くうなだれながら後にする事になった。
そんな彼の後姿を見て、フレアランスを含めた家臣達は密かにほくそ笑んでいた。
以前から度々国力にモノを言わせた脅迫御布施に、彼等は計り知れない程の怒りを感じていたのだ。
そして、弱みを知った事でその恨みが爆発し、反抗に出たのである。
イストルーたち聖王国側は真実を知られてしまっただけに強気に出れず、グラードス王国側はいつでも聖王国を潰せる切り札を手にしため、見事なまでに攻守が逆転してしまった。
この日以降、メルセディア聖国はグラードス王国はに対して、強気の姿勢で出る事が出来なくなったのである。
国民の血税を脅迫によって搾り取っていたのだから当然の結末であろう。
―――金の恨みは怖い。