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 王様と間接的?にお話した。

 あー暇だ。

 あんまり暇なんで、今日も楽しくゴリゴリしています。

 店番をしながらですけどね。

 メリッサとモーリーも傍にいますがね。


 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり……


 無言です。

 無言で三人でゴリゴリしてるんですよ。

 何? このシュールな光景。


「なぁ、メリッサ……」

「・・・ん・・・・」

「暇だな・・・・・・」

「ん」

「お客さん来ませんねぇ~……」

「ん」

「「「・・・・・・・・・・」」」


 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり……


 再び無言。

 今思ったんだが、ギルドで店の宣伝したっけ?

 いや、してねぇよな?

 販売に夢中になってた気がするんだが、どうなんだ?


「モーリー、つかぬ事を聞くが?」

「何ですかぁ~? ご主人様」

「店の宣伝したか? 俺は見てただけで何もしていないから、聞く権利なんてないけどさ。念の為……」

「そう言えば、してませんね? この店、お客が居ないんですかぁ~?」

「先代が死んでから客足が遠のいているのが現状だ。少し客を戻さないと飢え死にしかねん」

「そうなんですかぁ~、大変ですねぇ~」

「「「・・・・・・・・・」」」


 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり……


「えっ? お客、居ないんですか? マジですかっ?!」

「遅ぇよっ!? 気づかなかったのか? 今まで……」

「それ、ヤバイじゃないですか!! 何を呑気にゴリゴリしてるんですっ!!」

「お前、そう言えば普通に喋れたよな?」

「そんな事はどうでも良いんですっ!! 何で店の宣伝をしないんですかっ、師匠っ!!」

「・・・・ん・・・めんどう・・・」

「メリッサに宣伝が出来ると思うか?」

「・・・・・無理、基本的にマイペースみたいだし」

「だろ?」

「今度、ギルドに行ったときに宣伝しないと駄目ね」

「理解してくれて嬉しいよ。売り上げの全てを素材にしちまうから……」

「それってダメじゃんっ! 死活問題じゃんっ!!」

「・・・・しょぼぉ~ん・・・・」 

「「「・・・・・・・・・・」」」


 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり……


「今度、宣伝しましょう。私達の方が死んじゃう」

「飢え死には洒落に為らんしな……」

「レン君・・・・お金持ち・・・・」

「働かざる者、食うべからずだぞ? ただ魔法薬を作ればいいと云う訳じゃないんだ」

「・・・・・・・しょぼぼぉ~ん・・・・・」

「落ち込んでるんだよな? 反省してんだよな?」

「・・・・ん・・・次・・・頑張る・・・」


 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり……


「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」


 結局、元の鞘に戻るのかよ。

 この沈黙、耐えられねぇ……。

 アイリーンさんからは連絡来ねぇーし、彼是三日暇してる。

 

 鬼神の能力の一つに【聖約】と言うのがある。

 この能力は制約を掛ける者に対し条件をつけ、その制約が果たされるまで効果は続くと言う物だ。

 聖約を破れば条件に合わせて罰が与えられる。

 俺が課した罰は一週間ほど麻痺で動けなくなるという軽い物だ。

 条件の内容は……


 =================


 1. 鬼神が与えた物を王であるフレアランスの元へ届ける。

 2. その内の一つ、【剣】を王の前に掲げ聖約の言葉を唱え、鬼神に準備が整ったことを知らせる。

 3. 契約を交わした者は、鬼神の精神と僅かな力を受け入れる依代となる。

 4. 王と対話中は例え不利益な事でも一切の干渉をしてはならない。

 5. 対話中は依代の身の安全を優先する。しかし聖約が果たされた後は関与しない

 6. 対話の結果はどうあれ事が成し遂げられた時、鬼神は依代を開放する。


 =================


 まぁ、こんな感じ。

 これが終わらんと動けないのよねぇ~、俺。

 早くしてくれんかな? 待ってるのって辛いのよ。

 因みに聖約見ればわかると思うけど、自分の意識と力の一部をアイリーンさんに憑依させる。

 成功すると良いんですが……。


『連絡来たぜっ、俺に対しての当てつけかよっ!! これから女の所にシケ込むんだろっ? ケッ!!』


 またお前かぁ―――――――――――――――っ!!


 だから、何があったんだよっ!! 何で俺を目の敵にしやがるっ!!

 まぁ、こいつはどうでも良い。

 さて、では意識を飛ばしますか。


「ちょっと眠るからな?」

「ん」

「お休みぃ~」


 では、意識を飛ばしまーす。


 * * * * * * * * * * * * *


 王宮ではフレアランスが病をおして玉座に着き、後継者問題に決着を突かせる場へと押し出されていた。

 事の発端はセリザリーヌ第二王妃だが、メルセディア聖国の企みを知った今では消極的になっていた。

 しかし、時すでに遅く根回しは完了していて、結果的に滅びの一手を自分の手で打ってしまった。

 ここでフラフースが次期国王になれば、グラードス王国は滅亡確定になり、この国はメルセディアの手に落ちる事になる。

 セリザリーヌ王妃も出来れば止めたい所だが、最早その猶予は無くなってしまった。

 目先の事に捕らわれ、その先にあるものを見通す事が出来なかったため、最早滅びの道を行くしかない。

 唯一残された道は噂の鬼神に王位を譲り、民だけを守るしか無い。

 しかし、貴族に生まれたセリザリーヌはそれを受け居る事など出来なかった。

 謁見の間は喧騒に包まれ、互いの派閥が言い合いを始めている。


「フラフース殿下では心もとない。無難でも、アクティオン殿下かアルテミス殿下に任せた方が良いのではないか?」

「アクティオン殿下では諸外国に対して強硬姿勢はとれますまい。フラフース殿下は未熟なれど強気に出れる、殿下の周りは我等で補えば良かろう」

「それを言ったらアルテミス殿下でも構うまい? 我等で支える事が出来れば時が解決してくれるでしょう」

「その前に他国の使者に対して不祥事を起こされたらどうする。あの御気性では、いつ使者の方々を斬り捨てるか分からぬぞ?」

「フラフース殿下も自尊心が強すぎて他国の者を見下す傾向が強ければ、下手をすれば外交問題に発展しかねぬわっ!」


 どの家臣達の言い分も尤もであり、この国を憂いての事なのだが、残念な事に決定打に出来る要素が無いに等しい。

 この場には三人の次期後継者も居るが、三人は発言権を持つ事は出来ない。

 何故なら王族ではあるが今は只の後継者候補止まりで、事実上後継者では無い。

 何よりも三人の内二人は自分の欠点をよく知っていたのだ。

 二人は只静観するしか無い。


 しかもこの会議は【セント・イルモール教会】の神官まで出席している。

 彼等はこの国に建国して以来定住している【豊穣神イルモール】の信者だが、一部の者達は裏ではメルセディア聖国と繋がっている。

 だが、この場に出席している者達の中に、神の真実を知る者はだれ一人居なかった。

 グラードス王国が亜人族との交流をしている事をメルセディア聖国は異端として見ているが、原理主義の教会がある為に大きな行動が出来ない。

 繋がっていると言っても、互いの協議をする上で世間話をする程度のものだが、それだけでもこの国の内情を教えてしまう事に繋がる。

 彼等は大国を相手にするのには純粋過ぎたのである。

 正しい意味で敬虔な信者なのだ。


『やはり……鬼神に全てを委ねるか、彼の者なら民を苦しませるような真似はせぬであろう』


『勝手に、一方的な期待を押し付けるなっ!!』とレンなら言うだろう。

 だが、その様な決断に悩ませるほどに、フレアランスは追い込まれていたのである。

 そんな折、一人の騎士が謁見の間に入る所を目にする。


「協議中、失礼します。陛下の命を受けた王室女給長、アイリーンが只今帰城しました」

「何っ? 丁度良い所に戻った。直ちに通すがよい」

「御意」


 一度騎士が扉の外側に姿を消し、再び扉が開かれた時、そこにはフレアランスが待ち望んでいた者が居た。


 アイリーンはフレアランス王の前まで行くと跪き、王宮での礼を執る。

 彼女が来ているのは女給(メイド服)の衣装であり、この場に集った貴族達は何事かと頭を捻らせた。

 本来ならば王宮女給長が謁見の間に現れる事がおかしいのだ。


「戻って来たか、アイリーンよ」

「ハッ! 陛下の命を受け、件の鬼神と無事、接触に成功いたしました」

「御苦労。して、其方は鬼神をどう見たのだ?」

『『『『『!?』』』』』


 まさか国王自らが鬼神に接触していようとは思わなかった。

 病床の身の上でも、やはり王なのだと云う事を改めて知る。


「……アレは王です。紛れも無く覇者とも言える最強の……いえ、そんな言葉すら生易しい恐るべき相手です。こちらの内情も全てお見通しでした」

「其方がそう申すか、人格的にはどう見る?」

「何者にも縛られぬ絶対強者。基本的に温厚ですが、苛烈な一面が垣間見えました。迂闊に手を出せば此方が危ういでしょう。何よりも自由を求めておりますれば、如何なる権力にも屈しない存在かと存じます」

「ふむ、フラフースが配下にしようと動いていたようだが、あ奴に使いこなせるか?」

「不可能です。真っ先に滅ぼす事を宣言いたしましたれば、顔を見せただけで殺されるでしょう」

「であろうな。でなければ魔王を一柱を滅ぼさんだろう。アレはフラフースに対する警告、いつでも滅ぼせると言う意思の証明なのだろうな。いや、我等に対してもか……」


 後継者の問題以外にも厄介な問題が存在していた。

 国内を自由に歩き回る魔王以上の存在。

 意志を持った災害が好き勝手に歩き回っているのだ。


「自由を愛するか……羨ましい事よ。他にどのような事を話した?」

「鬼神は陛下と対話を望んでおります。つきましては陛下、多少礼に欠く事を致しますが、御了承頂きたく存じます」

「ふむ、鬼神との対話か……何をするのだ?」

「鬼神より預かりし【剣】が御座います。これを用いる事が対話の条件となっております」

「面白い。許そう」

「有り難き幸せ」


 謁見の間が俄に騒ぎ立つ。

 鬼神との対話がどのような物かは知らないが、これは王と神との対談であり、歴史に残す異業でもある。

 誰もが固唾を呑んで見守った。


 アイリーンはアイテムボックスから一振りの【剣】を取り出すと、それを掲げ聖約の言葉を唱える。


『かくも猛き荒ぶる御霊。かの地に住まいし猛き焔の如き荒魂よ、聖約の元アイリーンの名に於いて願い奉りし、御身が御霊わが身に宿りて、その詔を賜りたく願い来たり給え』


 神職の方々が読めば些か間違っているかも知れないが、アイリーンは聖約の言葉を告げる。

 誰が考えたのかは知らないが、実際にレンの脳裏に流れたのがこの聖約の言葉なのだ。

 意味が合っているのかどうかすら疑わしい。

 だが、その聖約の効果は絶大であった。


 突如として膨れ上がった強大な気配に多くの貴族達は腰を抜かし、誰もが恐怖に恐れ慄き言葉すら発せられないでいた。

 膨大な神力は王宮内を震撼させ、大気は震え地は鳴動する。

 そして、嵐の中心にいるアイリーンの顔つきが変わる。


「ふむ、僅かな力とは云え意識ごと此方に送れるようだな。アンタが国王フレアランスか?」

「い、如何にも……アイ、いや、其方は鬼神か?」


 声はアイリーンだが、その気配は既に別人…いや、それ以上の存在に体の支配を奪われている。

 放たれている気配から、その存在の大きさが改めて分かった。

 フラフース如きでは手も足も出ない。


「あぁ、王宮に来るのも面倒なんでな。こうして話をする為に色々小細工をさせて貰った」

「彼女は無事なのか? 何か、害になる様な……」

「時間が掛かるほど害にはなるな。人の身で俺を受け入れるのはキツイだろうから」

「ぬっ……」


 古来より、神卸とは心身ともに負担をかけるものである。

 ましてや神の御霊を降ろすとなると、相応の修業が必要となる。

 アイリーンにもその負担が直接かかるのだ。


「時間が無い、この体の持ち主にも負担が掛かるから手早く行くぞ? フレアランス王よ、病を治したいか?」

「!? な、治せるのか? この病を……」

「多分な、ある秘薬を使えば治るかもしれん。なに分、使った事が無くてな。いきなりの実験になる」

「治る可能性はどれくらいなのだ?」

「秘薬が完璧なら速攻で癒せるが……だが、これは俺を信じるかどうかの問題だ。何より、俺はアンタに試練を与えねばならん」

「し、試練だと?」

「簡単だ。俺の手にある【剣】を引き抜くだけで良い」

「!?」


 今のフレアランスに剣を抜く力は無い。

 急速に力奪われ続け、次第に痩せ細って行くのだ。

 立つだけで精一杯の自分に、今では恨み言しか出ないのだ。


「王として考えろ? アンタは鬼神である俺の力を頼るという事、それは即ち……」

「豊穣神の信仰を捨てる事になる……そういう事か?」

「俺はイルモールでも魔王の配下でも関係は無いがな、アンタらはその体面が重要な意味を成すだろ?」

「……メルセディア聖国か…戦の口実を与える事になる……」

「信仰なんて人其々だろ? だが、奴等はそれを許さない。神に見放されても権力に溺れる愚物だ」


 くだらないとばかりに言い放つ鬼神の言葉に、フレアランスは一瞬思考が止まった。

 神を信仰する大国が、その神自信に見放されたと言う。

 信じられない事実である。


「な、神に見放されただと? だが、あの国には聖域が……」

「後一年かそこらで崩れるさ。だから焦ってんだろ? 自分達が見捨てられたと知られる前に、魔王を滅ぼして大義名分立てたいんだよ。今更だな、イルモールを裏切ったのは自分達なのになぁ~」

「それはどういう事なのだっ! 奴等が神を……馬鹿な……」

「イルモールは俺と同じだと思う。亜人種から神に進化した。こう言えば意味が解るだろ?」

「……自分の種族と眷属を迫害している」

「こうなると、俺が魔王を倒した事も裏目でたか? 新たな神の出現は奴等にはさぞ痛いだろうさ。強硬な手段に出る可能性が高い」


 神が明かす知られざる真実は、誰もが言葉を失うに十分だった。

 

「で、アンタには倒れられると困るんだよ。俺はのんびり暮らしたいだけだからな。だが、立場的のはタダで何かを渡すのは如何なものか、何もせずに救いを待つだけの奴は嫌いでな。それで試練だ」

「剣を握る事すら出来ぬ私に、剣を抜けと言うのか?」

「覚悟を見せろよ。民を守り、国を守る王としての自分の誇りを見せろ。それだけだ」

「闘いの神か……私に戦えと言うのか……」

「生きている事自体が戦いだろ? 今日と云う日を生き、明日の糧を得るために汗を流す。単純だがこれも一つの戦いだ。王と云う奴はその頂点に君臨する、逃げる事など許されない」

「・・・・・その試練、受けよう」

「では見せてみろ。この剣を抜いた時、これはアンタの物だ」


 レンの憑依したアイリーンが【鬼神の大剣】を渡す。


 ズシリと圧し掛かる剣の重さ、だがフレアランスは再び剣を手に出来る事が嬉しかった。

 苛むかの様に体が弱り始め、今では剣を両手で持たねばならぬほどに衰弱している。

 ましてや、片手で引き抜くなど不可能なほど筋肉は弱り果てているのだ。

 更に言えば両足で立つのさえ困難。

 それでもフレアランスは両足で立つ。

 剣を杖の様に使い支え、右手で剣の柄を掴み持てる力を加え引き抜こうとする。


「?! こ、これは……」


 剣を抜こうとした時、僅かに湧き上がってくる力に驚く。

 だが、それでも弱り果てた体に剣は重かった。

 後は気力との勝負である。


「ヌゥ……フォ…ゥォォォオオオオオオオオオオッ!!」


 持てる力を全て出し、大剣を引き抜いた。


「「「「おぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」


 周りのギャラリーが活気付く。

 だが、フレアランスは剣を持ったままその場に座り込み、呆然とその大剣を見つめる。

 ミスリルやオリハルコン製の剣とは明らかに異なる独特の輝きを放っている。

 目を奪われるかのような美しい剣の輝きに、フレアランスどころか周りのギャラリーたちも息を吞む程の美しさであった。

 何の飾り気も無いただの大剣の筈なのに、言葉に出来ない感動を与えて来る。


「き、鬼神よ……この剣はいったい……?」

「あ? ただの神鉄製の剣だ。幾つか作った内の一振りだから気にすんな」

「なっ?! 神鉄だとっ?! それでは……聖剣ではないかっ!!」

「そうなのか? まぁ、やると言ったんだから受け取ってくれ。要らんと断られても、俺の立場がねぇしな」

「聖剣を……私が……」

「そろそろ時間だから帰るわ、後の事はアイリーンに任せてある。秘薬を二種類ほど渡してあるんで、しっかり国を守れや。ヤバそうになれば俺も出るかも知れんが、巻き添え食わんように逃げてくれ」

「なっ、お待ち下され! これほどの事をされて、どの様な礼をすれば……」

「基本的に俺は『狼は生きろ、豚は死ね』が方針だから、誇りある狼にはそれなりの事をするさ、気にすんな。後、このまま巧く行けば、イルモールの祝福位は受けられるかもな。じゃぁな!」


 鬼神の気配が一気に消え去る。

 同時にアイリーンが尋常では無い疲労と衰弱により倒れそうになる。

 それを必死に堪え、フレアランスの元へ近づいた。


「へ、陛下…鬼神より賜りし秘薬……聖約により、お渡しいたします……」

「アイリーンよ……其方、大丈夫なのか? 私より衰弱しておるではないか」

「陛下に…お渡しするまでは……倒れるわけに・・・は、まいりません。これを……」

「大義であった。アイリーンよ、ゆっくりと休むが良い……誰ぞ、忠誠を示したこの者を丁重に休ませよ」

「「ハッ!」」


 アイリーンは鄭重に騎士達の手で運ばれて行く。

 フレアランスの手に残されたのは、紙の袋に包まれた丸薬と、ガラスの瓶に入った半透明な薬の二種類であった。

 彼は息を吞む。

 医者や錬金術師が匙を投げた病が、これで治るかもしれないのだ。


「へ、陛下、その薬が本物かどうか、疑問が残りますぞっ!!」

「もしかすれば、あの者の芝居やも知れませぬっ!!」

「芝居か…では聞こう。あれ程の力を持つ存在が、人如きの芝居で出来るのか? 城を震撼させうる程の力をどう説明するのだっ!」

「「そ、それは・・・・・・」」

「私は……命を懸けた配下の者の忠誠と、それに報いた鬼神を信じようっ!!」


 フレアランスが丸薬を口にし、ガラス瓶を一気に煽る。

 全てを飲み干した彼の体に異変が起きたのは直後の事であった。

 

「グッ?! グォォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 全身に湧き上がる力と、同時に引き起こされる激痛が彼を襲う。

 だが、その痛みは決して不快では無く、寧ろ新たに生まれ変わるかの様な清々しさを感じていた。

 

 それは歓喜であった。

 それは言いようの無い悦楽であった。

 彼の体は次第に活力に満ち溢れ、その姿は変貌を遂げて行く。


 老いた白髪は、獅子の如き鬣の様な金髪ブロンドに。

 痩せていた体は漲る力で見る間に屈強に変わり、次第に絞らり抜かれた均整の取れた肉体へ。

 深い皴の刻まれた相貌は、まるで彫像の様な精悍な顔つきに若返って行く。

 今のフレアランスは十代後半の青年へと姿を変えたのである。


「「「「なっ?! 何ですとぉ―――――――――――――っ!?」」」」


 謁見の間に驚愕の叫びが響いた。

 そんな彼等を無視し、フレアランスは【鬼神の大剣】を手に取り、無造作に振るう。

 信じられない速さで振り抜かれた剣は、美しい軌跡を描き見る者を魅了した。

 それはまるで、御伽噺のような英雄誕生の瞬間でもあった。


「何だ、これは……まるで若返ったかのようだ」

「「「「「いや、実際に若返ってますからっ‼‼‼‼‼」」」」」

「何を馬鹿な事を」

「だ、誰かっ!! 誰か鏡を持てっ!!」

「陛下が、陛下が若返った!!」

「鬼神は本当に陛下をお助けにっ!? しかもこのような祝福までっ!!」

「これでこの国は安泰じゃぁ!!」

「こ、これが鬼神の祝福……いや待てっ! 確か鬼神は、豊穣神の祝福も得られるかも知れぬと言っていた」

「では陛下は……神に選ばれし英雄王という事かっ!?」


 謁見の間は一転して歓喜の場へと変わる。

 最早、後継者問題に頭を悩ませる必要が無くなったからだ。

 その中で、フラフースだけが憎しみの目で実父を睨んでいた。

 その目に映るのは羨望と嫉妬。

 彼は鬼神にすら見向きもされず、逆に死んで欲しいと願った父が祝福を受けた。

 それは憎悪となって彼の心に渦巻いている。


「何故だ! 何故、余では無く陛下なのだっ!!」

「僕は納得できたけどね。父上が健在なら王位を継がなくて良いし、好きなだけ絵を描ける」

「ち、父上……何て勇ましくも猛々しい♡ 母上が愛してしまうのも分かる」

「お前達は何とも思わないのかっ!! これで余の王位が遠のいたのだぞっ!!」

「別に……兄上は王に相応しいとは思わないし、寧ろ鬼神を怒らせただけだよね? 妥当な状況じゃないかな?」

「そうね。父上が健在なら私は傍で支える位の事は出来るし、国が守れるなら些細な問題ね」

「クソッ! あの愚物が余計な事を吹き込んで来なければ、今頃……」

「「鬼神に殺されてたんじゃない?」」


 あまりの愚かさに呆れ果て、アクティオンとアルテミスは率直な感想を言う。

 兄妹同士だと二人は遠慮が無い。


「それにしても鬼神、良い事言うわね。信仰したい位よ」

「例の『狼は生きろ、豚は死ね』て事?」

「そうよ? 誇り高い狼は生きるべきなのよ。欲に溺れた豚は淘汰されるべき、実に解り易くて良いわね」

「テミスはやり過ぎるからね。感情のままに走る傾向があるから……」

「兄さんが慎重すぎて消極的過ぎるのよ」

「臆病だからこそのやり方もあると思うよ? 勇気と蛮勇は違うと思うけどなぁ~」


 言っている事は正しくとも、その勇気を出すべき時を逸したら元もこうも無い。

 アクティオンは動くべき時に動けない性格なのだ。


「それにしても・・…あの剣、本当に美しいわ。私も欲しい♡」

「苛烈な試練を与えられるのがオチだと思う」

「聖剣を得られるなら、どんな試練も受ける覚悟よ?」

「止めて欲しいよ。妹の国葬になんて参加したくないからね?」

「何で死ぬのが前提なのよっ!」

「だって、父上に対しても容赦なかったし……相当な無理難題を言われるに違いない」

「神の試練が受けられるだけでも名誉だわ」


 アルテミスは何処までも脳筋だった。

 血の気が多すぎて常に暴走状態なのである。

 そんな妹を見て、アクティオンは深い溜息を吐いた。



 * * * * * * * * * * * * *


 謁見の間が祝福ムードに包まれる中、心穏やかでは無い者達も居た。

【セント・イルモール教会】神官達である。

 鬼神から齎された情報は、彼等の信仰を大きく揺るがす程のものであった。


 逸早く謁見の場から抜け出し、彼等は教会へと急いで戻る。

 グラードス王国城内には、彼等神官達の拠点が存在する。

 拠点と言うには小さい建物だが、彼等は毎日の様に【豊穣神イルモール】に祈りを捧げ、民の安寧を願い続けていた。

 だが、今回鬼神より齎された物は、彼等の信仰を大きく揺るがす最悪の物である。

 彼等は敬虔な信者出るが故に、どうしても確かめねば為らぬ事が出来てしまったのだ。


「イストルー枢機卿はおりますか?」

「これは如何いたしました? パウス神官長。何やら顔色が優れない御様子ですが?」

「貴殿にお聞きしたい事が出来ましてな。急いで戻って参りました」

「聞きたい事ですか? 私で解る事でありましたら、何なりとお教えしましょう」


 イストルー枢機卿はメルセディア聖国から派遣された神官の一人である。

 人の良さそうな好青年の枢機卿だが、パウスは彼を信用出来ないのではと疑念を抱いていた。

 物腰も柔らかく精錬された彼だが、パウスにはどうしても心内では決して相成れぬ者と云う印象があった。

 しかし、パウスはその黒い感情を内に潜め、今までは世間話をするように普通に接した。

 飽くまで『今までは』であり、現時点ではこの青年に対して疑念の色を隠せない。


「では、お聞きいたしましょう。聖域の力が急速に弱まっていると言うのは、真実でございましょうか?」

「!?」

「どうやら……真実のようですな…」

「い、いえ、いきなりとんでもない事を聞かされたものですから、驚愕して。その様な偽りを誰にお聞きになられたのですか?」

「イルモール様に続く新たなる神、闘いを司る神が降臨なされました。そして我等の前でこう告げられました『聖域は後一年で崩壊する』と……。貴殿等を『権力に溺れる愚物』とも申されておりましたな」


 イストルーの顔に驚愕と焦りの色が浮かぶのを、パウスは見逃さなかった。

 と言うよりも、仮面を被る事すら忘れるほど衝撃を受けたのである。


「馬鹿な…イルモール様以外に神がいる等と……」

「新たに生まれたのですよ。魔王を無傷で滅ぼす闘いの神が……」

「そ、それは邪神では無いのですか? イルモール様こそ唯一の神である筈ですぞ! 騙されてはなりませぬ」

「悪しき神が、陛下に聖剣を与えると御思いで? 陛下に試練を課し、その試練に見事打ち勝ち聖剣を手になされたのですぞ? 我等の目の前で」

「聖剣……? し、試練とはいったい……」

「弱り果てた体で聖剣を引き抜く事。陛下に『王としての誇りを見せよ』と告げられたのです。立つ事すらままならぬ弱り果てた体で、見事に聖剣を引き抜いて見せました。正に神の試練でしたぞ?」


 イストルーは以前、フレアランスの治療を受け持った事がある。

 その容体を見ても、とても剣を振るえるほどの力は残されていなかった。

 そのフレアランスに剣を引き抜けと言うのは、無理難題を言っている様なものである。


「更には神の秘薬を呑み病を癒したのみならず、若々しい肉体を得たのですぞ? これを奇跡と言わずして何だと言うのです?」

「・・・・・・あり得ない・・・その様な事が・・」

「更にこうも申しておりました。『イルモールは自分と同じ亜人種から神化した』と、これの意味する事はお分かりですね?」

「穢れた者達を迫害したから……見捨てられたと?」

「『穢れた』ですか…? イルモール様から見たらどう映るのでしょうな? ご自身の同胞を、自分の信者が迫害いたしているのですからな……」

「その場に居なかった私には…なんとも言えませんよ……」

「そうですな。ですが、神は既に降臨なされておられる。何れイルモール様とお会いするやも知れませんな」

「神々の邂逅……まさか! 仮にそんな事になれば……何を齎すのか…」

「大きな変革の時を迎えているのかもしれませんぞ? 今後の行動次第では我等は神の敵となりかねません。お互いに気を付けましょう……。そう言えば、陛下はイルモール様の加護を受けられるかも知れないとも申していましたな。良い国王に使えられて素晴らしき事です。では、これで……」


 パウスは一礼して部屋を後にした。

 彼等の姿が見えなくなるとイストルーの表情は醜く歪む。


「ふざけるなっ、新たな神だとっ!? 何故この様な時に降臨するのだっ!! このままでは我等が神国が滅びてしまうではないかっ!! 魔王すら無傷で倒す化け物なぞ、誰が勝てると言うのだっ!!」


 善意でこの国に派遣されている神官達の中で、彼だけは法王の命でこの地に来ていた。主な任務はスパイである。

 鬼神の存在は既に情報を得ている。だが、魔王の上位種だと思っていた。


 しかし、それが新たな神だとなると話は変わって来る。

 ただの化け物であれば良かったのだが、メルセディア聖国の抱える問題を、よりにもよって他国へと流したのだ。一部の者しか知らない真実を……。


 それは、神は決して味方では無いという事だ。

 現にイルモールは姿を消し、聖域は既に力を失いつつある。

 イルモールの加護を受けるのは亜人種ばかりであり、自分達には一切加護を与えてはくれない。

 だが、その理由を今更ながらに知る事になる。

 イルモールは亜人種から生まれた。そう考えれば全てに辻褄が合う。

 聖域が力を失い始めた頃と、亜人種の迫害が始まった歴史的時期が見事なまでにが一致する。


 つまるところ、自業自得である。

 そんな事が広まれば信者たちは不信を覚え、やがては反乱を引き起こす事になる。

 そこに新たな神の存在が加わればどうなるか、最早予想が出来ない。

 更に言えばグラードス王国は亜人種の迫害はしておらず、そこで信奉する教会の教義も原初のままである。

 イルモールの加護を受けられる要素は充分にあった。


「このままでは不味い、何としても本国に伝えねば……」


 メルセディア聖国の内情を知った以上、グラードス王国はこちらの思惑に乗る事は無いのは明白。

 魔王を倒して神の権威を広めようとしたが、こちらには魔王すら蹴散らす神の存在が見え隠れしている。

 一つの石の為に、全ての計画が連鎖的に崩れようとしていた。



 数日後、鬼神の存在が公に国民に告げられ、その存在を広める事になる。

 新たな神の出現に、メルセディア聖国は衝撃を受ける事になった。

 知られざる真実すら公に曝されたのだから。

 イストルーの行動よりも早く事態は最悪な方向へ行く事になる。



 * * * * * * * * * * * * *


「な、何だ、これは……」


 意識を体に戻してみれば、自分がとんでもない格好をさせられている事に気付いた。

 白いワンピースに麦わら帽子、長い髪の先端を一纏めにし、小さな赤いリボンで結わえてある。

 いつの間にか女装をさせられていたのだ。

 こんな真似をするのは、メリッサとモーリーに違いない。


「……人が寝てる時に、何してくれてんのっ!?」

「・・・・ん・・・レン君・・・可愛い♡」

「似合ってますよ? ご主人様♡」


 似合うのは解かってんだよっ!! いや、不本意だけどさ。

 人が寝てるときに何してんのよ、二人ともっ!!


「・・・・ん・・・オシャレ・・・可愛いは正義・・・」

「男の娘を極めましょうよ、ご主人様♡」

「極めたくねぇ―よ?! 人としてダメじゃん!!」


 ヤバい、この二人は俺にカマ道を極めさせる積もりだっ!!

 何て恐ろしい事を考えるんだ。俺に人の道から外れろと言いやがる。


『フレアランスに【鬼神の祝福】を与え……か、可愛いなんて思ってないからね? 別に何とも思ってなんかいないからねっ? 萌えてなんかいないんだからっ!』


 お前……いつも嫌がらせして来る奴だろ?

 何、ツンデレしてんだよ……キモイよ。 

 

『何で男なんだよ、チクショ――――――――――――――――ッ!!』


 ………泣くほどに萌えたの?

 そんなに彼女が欲しいの?

 婚活しなよ、安くても三万円くらい払えば出来るよ?

 けどさ、アンタ粘着質だからストーカーになりそう。


「こんな服、いつの間に買ったんだよ……」

「・・・ん・・・私の・・・お古・・・」

「ハグしても良いですかぁ~? 一緒にベットで寝ましょうよぉ~……ムフッ♡」


 ヤバァ~い。何か狙われてるよ、俺っ!?


「着替える…」

「・・・ん・・・ダメ・・させない・・・」

「!?」


 いつの間にかワイヤーで雁字搦めにっ?!

 つーか、これは見た目は凄く危険だぞっ!!

 メリッサさん、何してくれてんのっ!?


「・・・お昼寝・・・レン君・・・・枕・・・」

「ご一緒します、師匠♡」

「すんなぁ―――――――――――っ!! 離せぇ――――――――っ!!」


 店のドアを閉め鍵をかけるモーリーと、俺を引きずるメリッサ。


 幼女をワイヤーで縛り付けるなんて、何処で変態的プレーをを覚えてしまったのでしょう。

 メリッサさんはイケナイ趣味に目覚めたのですか?

 そしてモーリーよ、なしてホクホクしているのですか?

 どうなるの、俺! 美味しく食べられちゃうんですか?

 逃げられない。ピーンチッ!! 誰か助けてぇー!!


 こうして俺はドナドナされたのでした。


 この日、俺は、生まれて初めて黒歴史を刻んだ……。


   

 補足。レンは【進化】と言ったけど、パウスは【神化】と解釈しました。

 決して間違いではありません。


 レン君、とうとう女装……もう少し後にしようと思ってたんですけどね。

 モーリーは若干腐女子だし、メリッサは精神的に幼い。

 寝ている隙に悪戯は有りだと思います。


 楽しんでいただけましたでしょうか?

 今後も頑張って行きたいと思います。

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