夜にお客が来た
カレーは旨かった。
何度もおかわりしたくなる位、最高に美味だった。
カレー粉のレシピは覚えた。今度からは簡単に作れるようになるだろう。
デカい寸胴で作ったので、まだ半分くらいは残っております。
カレーは一晩寝かせてからの方が美味いんですよ。
あぁ、朝が楽しみだね。
どれだけ味が整っている事やら……ところで、ジャガイモは最初から煮込む方ですか?
俺はジャガイモと分けて作る方です。
だってさぁ~、朝になると澱粉で固まるじゃん。それも美味しいんだけどね。
個人的な好みとして言えば、じっくり煮込まれた野菜スープ的な感じが好きなんですよ。
無論カレーの滲み込んだジャガイモも嫌いではありません。
ですが……それ以上に、じゃがいもが溶けて台無し感が出るのが納得いかないのです。
別に敵対する訳ではありませんよ? 好みの問題の話です。
石は投げないでくださいね?
「良い発見をした。明日からの料理のレパートリーも増やせるかな?」
カレー粉は良い物だ。
現在この家では料理は俺が担当している。
メリッサも作るけど、最近は俺に任せきり。
モーリー? 生後二週間もたってないベイベーに作らせろと? 鬼ですか?
あ、俺も似たような者でした。
近い内にモーリーのレベルアップを始めた方が良いんですかね?
スキルのレベルが上がると色んな事が出来るようになんのよ。
例えば魔法、【ファイアー】の魔法が【ファイアーボール】に変化する。
当然、前の【ファイアー】も使えるんですが、【ファイアーボール】が使えるようになった時、何故か学んだ覚えのない知識が沸き上がります。
同様の事が錬金術でも起こるんだが、これが魔法薬のレシピだったり加工技術だったりするんだよね。
レベルが上がった瞬間に何が起きてんだ?
考えるだけに怖いですな。この知識は何処から来るのか黄金バットです。
ネタが古い? 何言ってますかね?
この間作った武器の中にありましたよ? 黄金バット。
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【黄金バット】 ランク3
聖属性の魔力が込められた黄金に輝くバット。
アンデットに対して有効な打撃を与える金色の鈍器。
試練されたフォルムが打撃率を上げる働きがある。
バットに刻まれた有名メーカーのロゴが別の意味でヤバイ。
基本的にメイスやロッド扱い。
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ねっ? しかも以外に軽くて頑丈なのです。
スイングすると重心がブレないで振り抜けるんですよ。
やったねっ! パパ。明日はホームランだ!
武器では無く、鈍器と書かれているのが妙に生々しいが……。
さて、明日の朝食のために、ナンでも焼きますかね。
カレーも少し薄めて、重たく無い様に味付けを調整するのがコツです。
ポテトサラダも作っておきますか。
家には重度のマヨネーズ症候群の方が居りますので……。
野菜も刻んでおけば、明日は盛り付けるだけです。
冷蔵庫に入れて於けば長持ち。
因みにこの世界の冷蔵庫は、鉄の箱に氷を入れて冷やすタイプだ。
しかもデカい。
魔石に魔法を封じ込めて使うタイプは高いそうです。
魔導具は中々に手に入らないそうですよ? 一般庶民には……。錬金術師って、一般庶民?
口では無く手を動かしましょう……。
トマトジュースでカレーを薄めて……チーズがどっかで売ってないかなぁ~。
昆布出汁も欲しいし、これはサハギンに聞いてみないと駄目かな?
カツオ節も欲しい。製造するしか無いか?
因みにメリッサとモーリーなのですが、既に夢の中に居ます。
慣れない仕事をして疲れたんだろうな。
夕食の後、直ぐに眠りに着いた。
てなわけで、オイラは一人寂しくお片付けでやんス。
「・・・・まだ寝るには早いよな?」
時刻は地球時間で七時くらいか? 俺は眠たくありません。
この世界の住人は、日が暮れたら夕食を取り就寝に着く。
日が昇れば起き出して仕事を始めるのだが、のどかな生活を送っているようだな。
別の意味で規則正しい生活を送っているとも言える。
時間に縛られた地球の生活に比べれば、穏やかとも言える時間であろう。
その分、生活水準が低いけどね。
風呂が無いのが痛いのですよ。
そんな訳で、ゴリゴリします。
ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり……
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【神仙丹】 ランク8
【万病丹】の上位薬。神の秘薬。
如何なる病をも癒し、身体破損すら直す奇跡の秘薬。
エリクサーを作る手間を考えると、こちらの方がお得。
滋養強壮栄養補給、衰弱回復心身強壮、身体強化身体改善。
能力強化性質変化、増血効果破損再生、精力増強回春効果。
毒物昇華肉体改善、免疫強化悪種撲滅。
製薬者の御利益があるかもしれない。
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おや? またエリクサーのありがたみを破壊しうるお薬が……?
ごりごりして魔力を注ぎ、粒状にして丸めただけだから、エリクサーよりも手間は掛からない。
製造コストとしてみれば、確かにエリクサーは要らないね。
瀕死の人間はこれだけで復活するし、死者蘇生は自然に反する技だだと思う。
どうも死者蘇生は、死んで三日以内でないと復活させるのが難しいそうです。
それ以降だと逆にアンデットを生み出してしまうそうで、かなりヤバイ。
けど、モンスターは直ぐに消えるのに、人間は数日死体が残るなんてどういう事でしょうね?
しかも倒した魔物の一部はアイテムボックス内に残るのだ。
大きさによっては残される一部の量も変わり、倒した魔物が巨大なほどドロップアイテムも増えて行く。
その分、倒すのが困難だという事だけどね。
どうも、物質とエネルギー体の均衡が保たれていない歪な世界に思える。
若しくは、物質世界からエネルギーだけの高位次元に変化していく過程途中の世界か? 何れにしても、この世界が俺の知識と異なる法則である事には違いない。
それは兎も角……。
「いつまでそこに隠れてる積もりだ? いい加減に出てきて欲しいんだがね。落ち着かないから……」
俺の背後のドアの陰で、こちらの様子を窺っている奴がいる。
実を言うと先ほど玄関の鍵をピッキングして侵入して来たんだよね。
泥棒なら殲滅しようと思ったんだけど、部屋を物色する様子も無いから様子を見てました。
おや、少し動揺しているみたいだな。
何にしても、この家に侵入しようとする奴等には限りがあるからな。
たぶん二通りの選択肢があるけど、どっちだろうね?
「で? アンタはどっちの派閥だ? 国王派? それとも馬鹿王子派?」
侵入者が息を吞んだ気配がありました。
そんなに驚く事かね?
* * * * * * * * * * * *
彼女には名前は無かった。
物心ついた時には人を殺す技を教えられ、道具としての役割以外は何も望まれなかった存在だ。
与えられた命令を実行するだけ、人形と変わりがない。
毎日を人殺しの技の過酷な修練を課せられ、味気の無い食事を与えられてはただ体を癒すために眠る。
そんな毎日の生活に疑問すら起きなかった。
いや、疑問に思う情報を与えられなかったと云うのが正解であろう。
虐待とも言える訓練と、残飯の様な味気の無い食事だけを与えられ行かされる。
当然の事ながら死ぬ仲間もいた。そんな仲間を見て下品に嗤う人達がいたのも今なら嫌悪感を覚えるが、当時の彼女達には疑問すら起こらなかった。
そんな生活も時期に終わりを告げる。
突然武装した集団が侵入し、自分達を嘲笑っていた者達が全員殺されたのだ。
その集団は騎士団であった。
後になって分かった事は、自分達空いた場所は暗殺者を育成する場所であり、この国最大の犯罪組織が潰された事を伝えられた。自分達は被害者なのだと……。
救出された時に与えられた食事は、今まで自分達が食べた物よりも遥かに美味しかった。
あまりの美味しさに泣いたほどである。
それから孤児院に預けられ、今まで教えられなかった様々な事を見て知る事が出来た。
あの地獄の様な場所と比べれば、遥かに天国の様な場所である。
綺麗な服に美味しい食事、知らない事は親切丁寧に教えて貰え、好きに遊ぶ事が出来る。
自由がこれほど素晴らしいと思ったのは初めての事だ。
だが、困った事に自分達には名前が無い。
救出された仲間の数が多すぎて、名前を付けるのに苦労したようだった。
その名づけの日に初めてフレアランス国王陛下と出会う事になる。
この名づけの日に、フレアランス国王は自分に『アイリーン』と名前を付けてくれたのだ。
この日から彼女は番号では無くアイリーンになった。
アイリーンは成人(女の場合、成人年齢は十三歳)する日まで孤児院で過ごし、これから孤児院から巣立つ自分達にどんな仕事に就くかを尋ねられた。
彼女は迷わず『陛下の為に働きたい』と答える。
仲間の一部では、自分と同じ答えを出した者達が大勢いたらしい。
孤児院の先生達は困惑したが、この要望は以外にも簡単に受け入れられる事になる。
元々暗殺者としての仕事をさせるために育てられていたので、国の諜報専門の騎士団に身を置く事になる。通称【黒翼騎士団】である。
存在しない騎士団ではあるが、フレアランス国王直属の特殊専門騎士団である。
同時にそれは、自分が捨てた筈の暗殺者としての仕事に、自分の意思で戻る事を意味した。
国王の命により生き死にを決められ、任務に失敗するようなら自分の意思で命を絶つ。
そんな覚悟を求められたのだ。
だが、アイリーンは迷う事は無かった。
ある程度の自由は保障され、家庭を持つ事も出来る。
主な任務は市井の裏に居る犯罪組織の摘発や、権力で民を苦しめる様な貴族達の内定調査である。
暗殺は飽くまで最終手段であり、その決断は陛下自信が行う。
つまりは国王と一心同体であり、これほど誇らしい仕事は無かったのだ。
国に蠢く悪意の芽を、国王と共に潰して行った事は彼女にとっては勲章の様な物である。
決して認められない裏の仕事だが、自分を含めた仲間達を救ってくれたフレアランスの恩に報いて来た。
だが、それも長くは続かなかった。
三年の月日が流れ、第一王妃マルグリット王妃が病に罹り病死。
それを契機に第二王妃であるセリザリーヌの派閥の動きが活発化したのだ。
横暴な振る舞いが目立つようになり、そこから発生する貴族達の傲慢とも取れる行動が目立ち始めた。
当然国民にもそれは伝わり、中には堂々と街の中で権力を振りかざす愚かな貴族達が増えて行く。
日増しに貴族に対しての国民の目が厳しくなる。
このまま続けば他国の介入を招く恐れすら出て来たのだ。
更に悪い事は続く。
マルグリット王妃と同じ病に、よりにもよってフレアランスが罹ってしまったのだ。
それからというもの、第一王子であるフラフースが国政に介入し出し、国内の派閥情勢が大きく変動し始める。恐れていた事が現実のものになって来た。
そこに飛び込んで来た鬼神の情報。
魔王クラスら遥かに凌駕する闘いの神の存在に、フラフースが手を出そうとして来たのである。
アイリーンが勅命を受けたのもこの時だ。
だが、鬼神は思っていた以上に狡猾であった。
ギルドに接触し自分の意思を伝えさせ、更に魔王の一角である色欲王をたった一人で殲滅したのである。
これは警告であり、下手に手を出せば国が滅び兼ねない事態となったのだが、フラフースは鬼神を手に入れる事を諦めてなどいなかった。
このままでは国が亡びる可能性が高い。
セザリーヌの派閥よりも先に鬼神に接触せねばならない。
幸い、ギルドでは鬼神に対しては厳しい情報管理がなされているようで、未だ表側には知られてはいない。
だが、何れ鬼神の居場所をしれれる可能性が高く、そうなれば破滅しかない。
セザリーヌの派閥より先に、何としても接触する必要があった。
そして、仲間達の賢明な操作により見つけた鬼神の潜伏先。
そこは商店街から離れた一軒の道具屋であった。
報告ではフレアランスの容体は想像以上に進み、立つ事すら困難となって来ている。
何としても勅命を果たす必要が出て来た。
アイリーンは闇に紛れこの家に侵入を開始する。
裏の仕事をする以上は気配を隠す事が前提であり、何よりも他人の介入を受ける訳には行かない。
音も立てずドアに近寄ると、鍵穴に針金を刺して開錠する。
慎重に中へ忍び込み、明かりが点いた部屋を見つけその様子を窺った。
部屋には一人の少女が胡坐をかき、薬剤の調合を行っている様であった。
一瞬この家の持ち主かとも思ったのだが、どう見ても年齢が合わない。
この家の持ち主は成人している。そうなるとこの少女は何者なのか?
答えは分かり切っていた。
「いつまでそこに隠れている積もりだ? いい加減に出てきて欲しいんだがね。落ち着かないから……」
気配を消すのは完璧だった。
しかし、侵入した事は既に見抜かれ、その上で泳がされていた事を知る。
アイリーンは息を吞んだ。
格が違い過ぎる。フラフース如きにどうこう出来る存在では無い。
「で? アンタはどっちの派閥だ? 国王派? それとも馬鹿王子派?」
こちらの事情すら知られていた。
想像以上に頭が回る。これが本当に生まれて間もない魔物なのだろうか?
いや、ある意味では正しいのかもしれない。
想像を超えた者であるからこそ魔物なのだ。
アイリーンは命を捨てる覚悟をした。
「お初にお目にかかります。私はグラードス王国特務騎士団、【黒翼騎士団】に所属しますアイリーンと申します。貴殿にお願いがあって参りました」
「特務騎士団ね。諜報専門の部隊か、となると国王派てところか? 馬鹿にそんな騎士団を動かす力は無いだろ?」
鬼神の姿を見た時、アイリーンは生まれて初めて衝撃を受けた。
あまりにも愛らしい姿。しかしそこで自分が勘違いをしていた事に気付く。
少女では無く、少年であると言う事実に。
動揺を抑え、話を続ける事にする。
でないと、何やらとんでもない真似をしでかしそうになる欲求に呑まれそうだったからだ。
「お察しの通りです。私はフレアランス国王陛下の密命で参りました」
「そうとう信用されているようだな。密命を直接言われたんじゃね? 俺に接触してとなると、『馬鹿が動いているから怒り狂っても国の民だけは助けてほしい。その代わり馬鹿の首と、馬鹿を野放しにした自分の首を差し出すので勘弁してくれ』そんな所じゃね?」
「そこまでわかりますか?」
「それしかねぇだろ、聞いた話じゃ有能な王様らしいじゃん。なら全責任を自分自身で引き受けようとすんじゃね? 中々に好ましいな」
アイリーンは安堵する。
幸いな事に、フレアランス国王の印象はこの鬼神には好印象のようである。
しかし、それだけに余命が無いと言う事実が悔しくて仕方が無い。
「しかし病気ね……。何とかなるかもしれんが、俺にメリットがねぇしなぁ~」
「陛下の病が直せるのですかっ!?」
「おぉうっ?!」
思わず叫んでしまった。
何故なら、鬼神が何気に言った言葉は全てを改善させる起死回生の一手になるからである。
「出来るけど? けどさぁ~、俺にメリットがねぇんだよ。馬鹿は蹴散らせばいいだけだし」
「ですが、陛下が病から回復できれば、その手間も省けます」
「ん~……。けど、国王はかなりの高齢だろ? 長くて十年先延ばしにするだけだしなぁ~、結局馬鹿が表に出てくんだろ? 意味がねぇ」
確かに後継者として見ればそうなるだろう。
必要なら暗殺してでも王位を継がせないという方法もあるが、フレアランスの心を考えると其れだけは為るべくしたくは無い。
どれだけ愚かでも、敬愛する国王の子息なのだ。
「国王が今より少し若ければ……あ…」
「な、何かあるのですか? 陛下をお救い出来る何かが!!」
「いや、でもなぁ~……。当人の意思を無視して勝手にやるのも……まぁ、馬鹿の相手をせずに済むのは良い事だが……しかし」
「如何なる代償をも払う覚悟です。どうか、どうか陛下をお救い下さい!!」
「ん~……。之ばかりは国王自身が決める事だぞ? アンタが勝手に決めて良い訳じゃない」
「ではどうしろと……」
鬼神は何かを考えている様子だった。
そして…
「うん、何とかなりそうだな。その代わり、アンタにも手伝ってもらうぞ?」
「私で出来る事なら何なりと……」
「俺自身は王宮に入れないからな、アンタの体を一次的に借りる事になる」
「はっ?」
「なに、国王と話をする間だけだ。けど覚悟はしておけ、下手をすればメルセディア聖国と戦争になり兼ねん」
その言葉を聞き絶句した。
フレアランス国王を救う事は自分達の願いである。
まさか、その所為で大国と戦争になる事になるとは思っても居なかった。
しかも、その理由が判らない。
「な、何故あの国と戦争に……」
「当然だろ? この国にの信仰神は【豊穣神イルモール】だろ? 一神教だろ? 他の神に頼っていいの? 絶対に難癖つけて来るに決まってんじゃん」
「あ……」
確かにこの国も【豊穣神イルモール】を信仰している。
しかし、高い治療費を払わないと怪我人すら見てくれず、高額の寄付金を要求する守銭奴である。
更にはセザリーヌ派の貴族達に取り入り、勢力拡大を狙っていた。
鬼神に頼るという事は、同時にイルモールを捨てる事を意味する。
つまり、豊穣神では無く軍神を信仰すると宣言する事になるのだ。
「まぁ、国王自身が決める事だからな。何かあったら俺が出て叩き潰しても良いし、結局の所は巻き込まれるんだよなぁ~……メンドくさ」
「メルセディア聖国との戦争に介入するのですか?!」
「あの国が勝手に瓦解してくれれば良いんだけどね。今は暴走状態でしょ? 神が居なくなったのに欲に狂ってさ」
「なっ?! 豊穣神が居ない? それは本当なのですかっ?!」
「聖域の力が急速に弱まってるな。少なくとも200年くらい前からは居ないんじゃないのか? もうじき聖域に限界が来て崩壊すると思うぞ?」
「な、何故そのような事に……慈悲深い神との話でしたが…?」
「俺と同じで亜人種から進化した神だからじゃね? この世界の歴史はまだ知らんけど、そう考えると納得が行くんだよね」
アイリーンはこの大陸の歴史を一通り学んでいる。
任務の上では必要になる知識も多く、特に歴史から来る文化や風習は役に立つ事が多い。
そして、鬼神の言った通り200年前から始まった亜人種の迫害。
聖域が弱体化し始めた年と時間的にも符合する。
こうなると、メルセディア聖国は神を僭称する背教者とみなされるだろう。
国が滅び兼ねない真実を知ってしまった。
「戦争は免れませんね」
「だろうね。馬鹿みたいに魔王に拘ってるみたいだけど、魔王よりも自分達の心配をすればいいのに」
「それで、私は何をすればいいんですか?」
「うん、今説明する。それはだな……(コショコショ)」
「!?」
アイリーンは鬼神の提案を受け入れた。
全ての選択肢はフレアランス国王自身に委ねられる事になる。
同時に鬼神から預けられた宝物をアイテムボックスに収め、彼女は王宮へと全力で急ぐ。
この国の未来の為に。
* * * * * * * * * * * * *
う~ん。厄介事が起きそうな気がするね。
戦争は免れないだろうし、魔王よりもこの国に侵攻してきそう。
まぁ、賽は振られたし、結局は俺も戦場に出る事になるんだろうね。
のんびり暮らしたいのに面倒な……。
まぁ、メリッサもこの街が好きなんだろうし、守る事に関しては問題ないよ?
神域と繋がっているから、いざと為れば逃げられる。
その前に戦力を集めますか。
どこかに良い人材はいませんかね?
今の所うちの戦力は牛さんしか居ませんし、他の連中も仲間に加えた方が充実しそうだ。
そうなると亜人種辺りに狙いを定めて、こちらの陣営に組み込んだ方が良いかな?
君臨すれども統治ぜず。うん、無責任の極みですな。
けどね。どれか一方に肩入れする訳にも行かんのですよ。
何にせよ、数日は大人しくしているしかありませんな。
カレーのレシピでも考えますか。
あ、マヨネーズを作らなきゃ……。
攪拌するのがめんどくさいんだよなぁ~……明日の朝にしよ。
「あぁ~、面倒な事になった」
この世の理不尽を恨みながら二階へ上がる。
不貞腐れて寝るのだ。
嫌な事は寝て忘れるに限る。お休みなさい。
* * * * * * * * * * * * *
「私に……後継者を宣言せよと言うのか?」
「そうですわ陛下、御病気が快復すると信じてはいますが、万が一の事が御座います。王族として後継者を宣言しておけば、糊口の憂いもございませんでしょう」
「・・・・・・・・」
抜け抜けと言い放つセザリーヌ第二王妃に腹正しくも思えるが、言っている事は至極真っ当な事である。
自分の余命は後僅かと知り、かと言ってこのまま継承権を先延ばしにすれば、国は二つに分断する事になる。
自分が死んだ後の事を考えると、我が子らに政務を任せるのはあまりに頼りなかった。
事実、長兄であるフラフースは愚劣極まりない無能者であり、第二王子のアクティオンは文才に秀でてはいるが芸術家肌で、部屋に引き籠り絵画に勤しんでいる。
第一王女であるアルテミスに至っては女だてらに剣を振り廻す武人肌であり、政治よりも騎士としての才能に優れていた。
誰が王に相応しいかと言えば第二王子なのだが、気弱な性格が災いして王に相応しくない。
そうなると第一王女のアルテミスなのだが、残念な事に性格が苛烈過ぎて王になるのは無理だった。
しかも、いい意味で馬鹿なのである。
そうなると必然的に長兄のフラフースになるのだが、彼は悪い意味で馬鹿だった。
どちらにしても、フレアランスの子が王になるには問題ばかりが多い。
「いっそ、鬼神にでも王になってもらうか」
「なっ?! 何を言っているのですか陛下っ!? 人ならざる化け物に、王の資格などありませんわっ!!」
「いいや、資格はある。自らに迫る悪意を知り事前に策を置いて於く狡猾な軍才、魔王すら殲滅する圧倒的な力。更に言えば敵対する者は容赦なく殲滅できる覇王の資質。申し分はあるまい」
「よ、弱気になられては困りますわ!! 人に非ざる者を誰が受け入れると言うのですっ!!」
「民は受け入れるだろう。何しろ、永劫に生き続け統治できるのだからな。敵対しなければ恩恵の方が大きい」
「国を化け物に売り渡すと言うのですかっ!!」
「その方が民も幸せかも知れんな。現に鬼神は民の中に潜伏し、気ままに生きておる」
「気まぐれなだけかも知れませんわよ? 何かの拍子にその力の矛先がこちらに向けられたら、いったい如何するのですかっ!!」
「貴族など要らんと言うならそれも良い。王や貴族など居なくても民は生きられるのだからな」
厄介な事を言いだし、セザリーヌは焦った。
フラフースは未だに鬼神の力を諦めていない。しかし強大な力を持つ存在が、矮小な生き物に従う筈が無いのである。
事実、魔王は時折戦乱を引き起こし、この大陸に大規模な破壊を齎していた。
無論、何もしない魔王も存在するが、その魔王ですら何時暴れ出すかなど分かった物では無い。
鬼神とてそれは変わりないのである。
更に、フラフースと鬼神が相対すれば、負けるのは確実に此方であった。
何しろ魔王の軍団をたった一人で殲滅した化け物なのだ。これほど恐ろしい存在などいないだろう。
まさか、化け物が実の子の対抗馬になりそうだとは夢にも思わなかった。
「へ、陛下は弱気になられているだけですわ!」
「いいや、充分正気だ。何れこの国はメルセディア聖国に呑み込まれるだろう。ならば、民を守れる存在なら誰でも良い。魔王を滅ぼせるほどの力なら申し分は無かろう? 勇者などよりも十分な抑止力になる」
「我が子の事がそれ程信じられないのですかっ!!」
「我が子だからこそ死なせたくは無いのだっ! フラフースは己を知らぬ愚か者、アクティオンは内向的で政治には向かん。アルテミスは直情的で逆に戦乱を起こしそうだ。王になる資格が尽く欠落している」
「だからと言ってっ!」
「あの国を甘く見るな。他国を食い潰す為ならどんな手でも使う、その牙にお前達が既に掛っている事を気付いていないとでも思ったのか?」
「・・・・・・・」
セリザリーヌを含む多くの貴族は確かにメルセディア聖国の支援を受けていた。
だが、それがこの国を乗っ取るための布石とは思ってもみなかったのだ。
また、神官達が自分達を欺くほどの知恵を持ち合わせているなど、考えすらいない。
此方の都合の良い金を捻出させているとの考えが、実は貴族達を貶める布石なのである。
「奴等は民の前でこう言うだろう。『彼等は敬虔なる神の信徒である我等に対して、あさましくも権力で金を得ようとして来た。しかも彼等は貴方方が苦労して集めた寄付金を欲の赴くままに使っているのだ』とな。借用書がその証拠として使われ、お前達は民の敵に変わる。そして内側から瓦解させる」
「な、何ですってっ?! そ、そんな事を……」
「最早、手遅れであろうな。怒りに染まった民を奴等は扇動し、貴族全てを葬るのだろう」
「・・・・・・・・・・・っ!!」
「私が死んだ後にでも行動を起こす積もりであろう。『病床の王の隙を突いて、好き勝手に欲に溺れた』とか言い出してな。今この地に来ている神官共を吊るし上げても無駄だぞ? 彼等は善意で来ている使い捨ての神官なのだからな。彼等を殺せば、それこそ戦争になるだろう」
セリザリーヌは青褪める。
善意の神官たちすら捨て駒として使い、国を滅ぼす為の策を練る。
既にそれは神官のするべき事では無い。
それを信じ招き入れてしまった自分達が、いかに盲目であったかを突きつけられてしまった。
そして、フレアランスの死を望んでいたセリザリーヌは、彼の死後自分達に未来が無い事を知ったのである。
「……最も……鬼神が王になる事を望むとも思えないが……」
自分の居ないこの国の未来を思い、フレアランスは諦めに似た深い溜息を吐いた。
一日おきに弱まって行くこの体が、彼は憎悪に近い思いで受け止めていたのである。
「後50年若ければ……」
怒りとも悔恨ともつかない思いを彼は呟いた。