7話 救援要請
「……なるほどねえ。それで黒髪の騎士団長さんはあんなにも殺気立ってたのね」
エルの話を聞き終えたディーは、納得がいったとばかりに頷くと、組んでいた脚を解いてどさりと背もたれに身をもたせかけた。
「姫モ理性ト感情ノ狭間デ苦悩シテイル。ソレハ黒ノ団長モ理解シテイヨウ」
「自分の思うように動けない辛さはよく分かるわ」
尻尾を一度揺らしたエルに、ディーはもう一度頷いた。
本当はもっと色々な場所に赴いて、直接指示を出したりしたい。危険な獣が村の周辺に現れたと聞けば、そこに行って剣を振るいたい。
だが、自分の立場がそれを不可能にする。国で一番偉い人間は、国で一番自由のない人間なのだと、王になってディーは思い知った。
“王”という地位が足枷となって自由を奪うのだ。
叔父はよくこんな面倒でもどかしくて煩わしい地位を欲したなと、ディーは思う。誰かに譲れるものなら譲ってしまいたいくらいだ。
――亡き友に立てた誓いを破れるはずもなかったが。
ローディスの騎士団長も自分と似た思いをしているのではないだろうか。
地位が足枷となり、行動を束縛される。誰にもぶつけられない怒りを、外に漏らさぬよう必死に抑え込んでいるはずだ。そして、己にとっての正義とは何なのかと自問し続けているに違いない。
少しは仲良くなれるかもしれないな、とディーは自分を睨みつけてきた黒髪の騎士団長に、親近感のようなものを覚えた。
「しっかし、ライカちゃんを捜すとして、もし彼女が自らの意思で姿を隠してたら見つけ出すのは難しいんじゃない? 『闇』とかいう地下組織の一員だったんでしょ? 変装もしてるだろうし」
「委細承知シテイル。容易デアレバ我ハ王ノ前ニ姿ヲ現シテハ……誰カ来ルゾ。随分ト急ヲ要スル用件ノヨウダ」
ぴくりと耳を動かしたエルは、話を途中で止めて執務室に続く扉に顔を向けた。
「地の民ってのは耳がいいんだねえ」
自分では何も変化を感じなかったが、ディーは立ち上がって執務室へと移動した。
一番の側近である文官のバンミッドに昼食を頼んだが、そんなものを持って走ったりはしないだろう。というか、彼が走っているところをディーは見たことがなかった。
どんな事態になれば初老の文官は慌てるのだろうか。そんなことを考えていると、ばたばたと廊下を慌ただしく走る音が聞こえ、やや乱暴に扉が叩かれた。
「失礼致します! いらっしゃいますか、陛下!」
ディーが許可する前に扉が開き、息を切らした男が入って来る。左腕に着けられた金色の腕章と純白の鞘が、彼が特務部隊の一員であることを示していた。
「はいはい、いるわよ。何があった?」
執務机に浅く腰掛けてディーが訊ねると、男はさっと腕を後ろで組んで姿勢を正した。
「はっ、ザハーノ隊長より緊急の文が届きましたのでご報告申し上げます! “ケルニード山の調査を行っていたところ、火の民と遭遇。戦闘は回避したものの、火の民は我々を敵と判断。彼らが呼び寄せた閻孤により、退路を断たれ脱出が困難な状況にあり。負傷者二名、救援を求む”とのことです!」
特務部隊隊員の報告が終わっても、ディーは口を開こうとしなかった。眉間に皺を寄せて、無精ひげの生えた顎を撫でる。
指示を待つ特務部隊隊員の額には汗が浮かび、一部が頬を伝って床へと落ちた。
「…………わかった。すぐに指示を出すから君は待機してて。あと、外の兵士にバンミッドを呼びに行くよう伝えてくれる?」
「承知いたしました!」
特務部隊隊員は踵を鳴らし、早足で執務室から出て行った。
入れ替わりに奥の部屋からエルが姿を現す。
「相変ワラズ彼奴ラハ粗暴ナヨウダ」
「その言い方だと火の民と会ったことがあるみたいね」
「百年ホド前ニナ。彼奴ラニハ、我ラ地ノ民ヤ風ノ民ノヨウナ知性ガナイ。戦ウコトシカ知ラヌ低能ナ一族ヨ。デアルニモ拘ワラズ、彼奴ラハ己ラガ地上デ最モ優レテイルト思ッテイルノダ。呆レルホド愚カトシカ言イイヨウガナイ」
不機嫌そうにぐるるる、と喉を鳴らし牙を見せるエル。
「火ノ民ノ眷属デアル閻孤ノ爪ニハ毒ガアル。死ニ至ルモノデハナイガ、シバラクハ身体ガ動カナクナルダロウ。閻孤ノ包囲ヲ突破デキナイノハソノセイデハナイカ?」
「なるほどねえ…………一つ質問してもいい?」
執務机から離れ、ディーはエルの前に屈む。
「何ダ?」
「地の民って火の民と話せるの?」
「…………ソレハ交換条件カ?」
「へ、どういうこと?」
エルの放った言葉の意味が分からず、ディーは訊き返した。
「彼奴ラト話スコトガ、ライカヲ捜ス手助ケヲスル条件ナノカト訊イテイル」
「そんなつもりじゃ……いや、うん、そう、そうしようかな」
一度は否定しかけたディーだったが、思いなおしてこくこくと頷いた。
エルの優しさに気付いたからだ。
「ヨカロウ。デハ火ノ民ノ寝床ニ向カウトシヨウ」
ゆっくりと頷いたエルは、くるりと向きを変え奥の部屋に向かって歩き出す。
その後ろ姿に向かってディーが小さな声で叫んだ。
「あ、ちょ、ちょっと待って。俺も一緒に行くから!」
「……何ダト?」
振り返ったエルの眼は、かつてないほどに大きく見開かれていた。