8.いきなり壁にぶつかったな
ルシエラを倉庫に乗せて、彼女の指示のもと、俺はバギーを爆走させた。
うん、ごめん、ちょっと話を盛った。安全運転第一なんだ。転んだりしたら怖いからね。
俺は運転手となっているため、ルシエラたちの状況はエンジン音に紛れた声でしか判断できないけど、ネーナとの仲は良好のようだ。
ルシエラの種族……冥府の民だったかな。その先入観があったにも関わらず、彼女は全てを捨ててルシエラとにこやかに接している。偏見を捨てるって大変なのに、本当に凄い子だね。
ルシエラも会話が嫌いという訳ではないみたいで、ネーナと楽しげに会話する声が聞こえてくる。その間に飛び込んでくるコタロの騒ぎ声が一番大きかったけれど。
コタロがはしゃぎまわってルシエラにも臆することなくじゃれつくから、空気がなごんでるんだね。本当に人懐っこ過ぎて、これが原因で攫われたんじゃないかと不安になる。
リラはルシエラのことがまだ怖いようで、ネーナの背中に隠れっぱなしだ。種族とかじゃなくて、本当に人見知りする子なんだろうね。気持ちは分かるぞ。頑張れ、リラ。
バギーを走らせること数十分。
大きな街が見えてきて、俺は感嘆の声をあげた。
「わあ……なんか海外の歴史ある街って感じだ」
フランスとかイタリアとか、そういう国の中世時代的建て物ばかりと言えばいいのか。
世界史の授業で写真で見るような建物の数々に俺は感動の声をあげていると、背後から倉庫を飛び降りたルシエラに指摘を受ける。
「ここから先はその乗り物は止めておけ」
「へ? なんで?」
「目立ち過ぎる。詳しい事情は知らないが、お前のその乗り物とこの扉の魔法は初めて見る力だ。人間は理解できないものに恐怖し、排斥しようとする。悪目立ちしたくなければ、その乗り物は引っ込めておけ」
可愛らしい声で厳しい指摘を行うルシエラ。
そうか、それは正直盲点だった。異世界には異世界の人間がいて、誰もがネーナたちみたいに受け入れてくれる訳じゃない。
最初から下手に悪目立ちをすれば、それこそ変な噂が広まったりして商売どころではなくなるかもしれない。
指摘をしてくれたルシエラに俺は心から感謝してお礼を言う。
「ありがとう、ルシエラ。何も考えずにこのまま街にいくところだった」
「いい。それと、街に着いたら、まずはネーナたちに服を買ってやれ。お前たちの事情を無理に聞きだすつもりはないが、下着の上に襤褸一枚纏っただけで街は歩けない」
「あ……」
ルシエラの指摘にネーナは納得の声をあげた。
確かに、ちょっと刺激的すぎるよね。なんというか、その、えっちだ。
それを顔に出さないようにしつつ、明後日の方向を見つめながら、俺はどうしたものかと思考する。
「やっぱり、まずは何をするにも最初にまとまった金を集めないといけないな……当面の生活費と、宿泊する場所、そして衣服を揃えないといけないし。街について早々商売しないと」
「……なんだ。リツキは金を持っていないのか。女、子どもを連れて旅をしているのに、それは情けないぞ。甲斐性なしだ」
甲斐性なし。
まさか十五の年齢で同世代っぽい女の子にそんなことを言われるとは思わなかった。
地味にショックを受けている俺に、ルシエラは容赦なく追い打ちをかけていく。
「この街で商売を始めて金を稼ごうとしているなら、最初の三日は無理だぞ」
「どうしてですか?」
「商売を始めるなら、街を治める人間に申請を出さなければならない。旅の商人がこの街に滞在して認可が下りるまで、三日は掛かると聞いているぞ」
「そうでした……役人と税の取り決めなどの話し合いがあるんでしたね」
……もしかして、ネーナってしっかり属性プラスうっかり属性みたいなのがあるんじゃないだろうか。
天使の新たな一面を垣間見つつ、俺は困り果てたと頭を悩ませる。どうしたもんかな。
商売を始めるには、今から三日も時間がかかる。
逆に言えば、その間は街で物を売れないってことだ。ルシエラの話振りからして、取り締まりとかあるんだろうな……いきなり異世界で犯罪者とかは嫌だな。
生きることだけ考えれば、三日間この倉庫に引き篭もっていればなんとでもなるんだろうけど……そんな思いを三人にさせるのもちょっと。
頭を悩ませている俺をじっと見つめる紅の瞳。
無言のまま、ルシエラが俺を見つめていたかと思うと、倉庫内に戻っていった。
そして、倉庫内をぐるりと見渡し、俺に問いかけてくる。
「これがお前の用意した商品か」
「あ、うん。これらを売って日銭を稼いでいくつもり」
「そうか」
そう言って、ルシエラは倉庫内を歩き回りながら、一品一品手にとっては品物を確認していく。何をしてるんだろう、この娘。
ルシエラの動きに興味を示したコタロが、犬のように彼女の後ろを元気よくついて回り、彼女の真似をして物を拾っては大はしゃぎ。おばか可愛いなあ、コタロ。
歩き回ること数十分。
手に二つの商品を握って、ルシエラが俺たちの元に戻ってきた。
その手に握られていたのは、シャベルとスコップだ。
それらを俺の前に突き出し、ルシエラは真剣そのものの目で俺に口を開いた。
「この二つの商品を私が買う。値段を教えろ。いくらだ」
「……は?」
ルシエラの声に変な声を出してしまう俺。
いや、だって、何でシャベルとスコップ? どうしてよりによってこの二つ?
ルシエラのやりたいことは分かる。お金を得る方法がない俺たちに、商品を買うことで一時的なお金を与えてやろうという優しさだ。
本当に良い娘だと思う。無愛想な口ぶりから想像できないくらい優しい女の子だ。声は可愛過ぎるけど。
ただ、何故にシャベルとスコップなのだろうか。
突き出された商品についている値札をじっと見つめる。
パイプ柄ショベル丸型、ガーデニング用スコップ。値段はそれぞれ二千円と五百円。
二つ合わせて二千五百円なら、ルシエラにとってそこまで負担じゃないか。
なぜその二つなのかは分からないけれど、俺はまあいいかと深く考えることなく、値段を告げた。
「大きい方が二千円、小さい方が五百円になるよ」
「エンとは何だ。異国の金か。通貨はリリルで頼む」
「あ、そうか……じゃあ、二千リリルと五百リリルで」
「馬鹿にしているのかお前は」
「うえええ?」
目を細め、ルシエラは額が触れ合うほどに俺に顔を近づけてきた。いや、なんでさ。
思わず謝ろうとした俺だが、軽く息をついて顔を離したルシエラが呆れた理由を語り始めた。
「見た限り、相当業物の戦斧と短刀とみた。それが二千五百リリルで売る馬鹿がどこにいる」
「戦斧と短刀って、どれが?」
「これらだ」
「……いや、それ、ただの穴掘り用の道具なんだけど」
「お前、私を本気で馬鹿にしているのか」
「し、してないから!」
どうやらルシエラにはシャベルとスコップが武器に見えるらしい。
……まあ、異世界だからそう見えるのかもしれないね。
というか、彼女、これらを武器にして戦うつもりなのだろうか。
シャベルとスコップを手にして魔獣相手に大立ち回り。ちょっと見たい。
呆然とする俺だが、彼女は値段を言えと催促してくる。困ったな……二千五百リリルじゃ納得して買ってもらえないらしい。
そんな困り果てた俺に、横で話を聞いていたネーナ先生が救いの手を差し伸べてくれた。
「では、これらの値段を私が決定してもよろしいですか?」
「あ、うん……お願い」
「新品の対魔物用武器としての市場価格など、様々なことを考えて、その戦斧の方が二十万リリル、短刀の方が五万リリルでいかがでしょうか」
「安い。その三倍は普通払うものだ」
「もちろん私もそう考えています。ですが、ルシエラさんは私たちを助けるために購入しようとしてくれている点を見過ごすことはできません。逆に言えば、ルシエラさんに購入して頂ければ私たちはそのお金で三日間なんとか乗り越えることができます」
「それだけの理由じゃない。本当に良い物だから私は欲しいと思ったんだ」
「そこでお願いしたいのです。ルシエラさんは相当の力を持つ冒険者だと判断しました。サーバリアゲイタを単独で倒すなんて、誰もができる訳ではありません」
おお、なんだか凄いぞネーナ。ルシエラ相手に怯むことなく交渉続けている。
もしかしたら、俺じゃなくてネーナが店主としたほうが上手く回るかもしれない。そんなことを考えながら、俺は二人の論戦をじっと見つめていた。
「そこで、ルシエラさんにお願いしたいのは、その二つの武器をこれからの魔物退治でどんどん使って欲しいのです」
「ほう?」
「それほど特徴的な武器はなかなかありません。ルシエラさんほどの使い手が見たこともない武器を用いて戦い続ければ、嫌でもその武器が目立つはずです。そして、その武器のことを訊かれたら、リツキ様のお店のことを広めてほしいのです。面白い商品を色々取り扱っている、と」
「私を広告代わりに使うつもりか」
「すみません、失礼なことを言っているとは思うのですが……」
「いや、気に入った。お前、良い女だ。その点リツキは全然駄目だ。もっとしっかりしろ」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
怒られた。素直に謝った。コタロも謝った。なんでさ。
どうやら、ネーナの提案は満足いくものだったらしく、ルシエラは腰袋から一枚の紙切れと羽ペンのようなものを取り出し、その紙に何かを書いていく。
そして、その紙を俺に渡してきた。書かれている文字は……全然読めなかった。異世界だなあ。
そんな俺に、ルシエラはそれが何なのかを教えてくれた。
「街の北にある魔物討伐斡旋所の人間にそれを渡せ。二十五万リリルもらえる」
「ああ、なるほど、小切手みたいなものか……ありがとう、ルシエラ。何から何まで」
「気にするな」
可愛い声で無愛想に返事をしながら、ルシエラは倉庫から飛び出した。
どこにいくのか、そう訊ねようとした俺を制して、ルシエラはシャベルを肩に担ぎながら言う。
「早速切れ味を試してくる。どれほどの切れ味なのか楽しみだ」
「いや、絶対切れないから。それ、掘るものだから。穴掘りする道具だから」
「街で落ち着いたら魔物討伐斡旋所に顔を出せ。討伐に向かっていないときは大抵私はそこにいる。住居が決まったら教えろ。いいな」
「ああ、分かったよ。ありがとう、ルシエラ。これからもよろしくお願いするよ」
「……初めてだな。人間によろしくなどと言われたのは。またお前たちと会いたいと思うから不思議だ。また会おう、リツキ、ネーナ、コタロ、リラ」
アニメ声でそう言い残し、ルシエラはシャベルを担いで歩いて行った。
どうみてもこれから一仕事に向かう人にしか見えないけど……いや、魔物退治もある意味一仕事か。本当に不思議な女の子だったな。
しみじみとそんなことを考えていると、ルシエラが踵を返して戻ってきた。
やばい、変なこと考えてるのがばれたんだろうか。
そんな不安を蹴り飛ばすように、ルシエラはシャベルを大地に突き刺しながら、俺に問いかけてきた。
「お前たちの店を広めようにも、名前を訊いていない。お前たちの始める店の名前は何だ」
「店の名前……?」
そんなこと考えたこともない。
困った俺はいつものようにネーナ先生に視線を向けるが、彼女は『お任せします』とにっこり。
……俺が決めなきゃいけないのか。まあそうだよね。
うーんうーんと数分迷ったものの、いつまでもルシエラを待たせる訳にもいかないので、適当に考えついた名前を言ってみた。
「――リリネコ商店ってどうかな」
「リリネコ?」
「リツキ、リラ、ネーナ、コタロの頭から一つずつ取ってみただけなんだけど……」
俺の言葉に、驚いたような表情を見せたネーナだが、やがて満面の笑みで同意してくれた。
『素敵です』、と。思わず見惚れてしまった俺は悪くないと思う。
コタロもきゃっきゃと笑って大賛成。リラもネーナに抱きつきながらこくんと頷いてくれた。そんな光景を眺めて、ルシエラは静かに笑って感想を言ってくれた。
「良い名前だ。リリネコ商店、その名をしっかり広めておこう」
そう言い残して去って行ったルシエラはどこまでも格好良かった。
……肩にシャベルを載せて色々とあれなのは気にしないことにした。
これにて第一部『異世界来訪編』は終わりとなります。
次話から第二部『出店奔走編』が開始となり、商売が始まると思います。
まだまだ始まったばかりですが、これからも何卒よろしくお願いいたします!
お気に入り1500突破、本当にありがとうございます!
心より感謝いたします! とても力になりました!
少しでも皆様とご一緒に楽しみながら物語を描いていけるよう、誠心誠意これからもしっかり楽しく頑張ります!