69.考えるんだ
異世界生活百二日目。
「全然駄目なの!」
倉庫内に今日何度目となるか分からないリムルさんの叫びが木霊した。
作り立ての剣を放り投げ、完全に余裕を失った声でリムルさんは言葉を続ける。
「こんなのじゃ、絶対にお父さんは認めないの……もう一度、もう一度最初からやり直しなの!」
「リムルさん、朝からずっと休みなしなんだから、一度休憩をとらないと」
なんとか休ませようと提案してみたが、そんな俺をリムルさんはギロリとにらみつける。
夜も碌に眠れていないのか、かなり眠そうな瞳で怖くはないんだけど……それが逆に心配を増加させる。いや、これ絶対無理しすぎだよ……
今日は店休日だから、リムルさんはそれこそ日が昇る前から倉庫で鍛冶作業をしている。それを心配して、気づけば倉庫内にリリネコ商店メンバー全員が集まって見守っている訳なんだけど……ルシエラ以外、誰もが俺同様に心配そうにリムルさんを見つめている。
ルシエラはまあ……マイペースだから、うん。
「リツキ、私には休んでる暇なんてないの。あと五日、あと五日しか猶予は残されてないの。それまでの間にお父さんが認めるようなものを作らないといけないの!」
「いや、もちろんそれは分かってる。だけど、それが原因でリムルさんが倒れたら元も子もないというか……」
「リツキ様の言う通りです、リムルさん。ここで無理して倒れでもしては、武器作りだってままならなくなります。焦る気持ちは分かりますが、体を休めないと……」
うまく説得できない俺をフォローするように、ネーナがリムルさんに声をかけてくれる。
そして、ネーナに続いてほかのみんなも次々にリムルさんへの説得を続けてくれた。
「そうですわ、リムルさん。その気持ちは同じ経験をした身として十分に理解できますが、無理をして倒れたら、あとで大きく後悔しますのよ」
『そうですよっ! 聞けば昨日の夜も遅くまで作業をされていたそうではないですか! 夜遅くに寝て、太陽が昇る前に起きて……あれ、それって本当に全然寝てないってことですか? だだだ、駄目ですよ! そんなことはこのタヌ子が許しませんよ!』
「リムルねーちゃ、お昼寝しよ。僕も一緒にお昼寝するから!」
「……私も一緒に寝るよ?」
メルやタヌ子さんに加え、ちびっこ二人にも寝るように諭され、言葉に詰まるリムルさん。
俺たちだけだったら意固地に突っぱねるだろうけれど、コタロとリラにまで心配されてはリムルさんも反応に困るしかない。
あと一押し、もう少しでリムルさんを説得できる。なんとかリムルさんを休ませるための次の一手を考えていたとき、これまで沈黙を保っていたルシエラが動いた。
欠伸を噛み殺しながら、ルシエラはこれまたゴーイングマイウェイな言葉を口にするのだった。
「面倒だな。リムル、今日はもう鍛冶は終わりだ。私と寝るぞ」
「へ? ちょ、ちょと何するの!?」
ずかずかとリムルさんへ足を進め、問答無用とばかりにルシエラはリムルさんをわきに抱えてしまう。
いや、リムルさんは確かに小さいけど、ルシエラだって大柄な訳じゃない。
それなのに、あんなにも簡単に片手で持ち運ぶって……凄いな、冥府の民。いや、もうなんだか冥府の民だからとかじゃなくて、単にルシエラが規格外なだけのような気がしてきた。
「は、離すの! 私には時間がないの! 鍛冶を続けてお父さんに認めてもらえるくらい凄いものを……」
「無理だな。これまで散々作ってきて、満足いくものが一つもできなかったんだろう。疲労と睡眠不足が重なって、集中力が散漫になっている状態でなにができる」
「そ、それは違うの! むしろこうして自分を追い込むことで、集中力をギリギリまで研ぎ澄ませている最高の状態を保ているだけで……」
「造る者ではなく、使う者である私が見ても分かるくらい質が落ちている剣を作っているのにか? 三流職人ならばともかく、お前なら先ほど自分が作った武器がどれほど質が落ちているのかくらい分かるだろう」
「う、ううう! でもでもでも!」
淡々と、実に見事にルシエラは理詰めでリムルさんの反論を封殺していく。
でも、武器の質が落ちてきているなんて俺には分からなかったな……なんだかんだいって、やっぱりルシエラって凄いんだな。普段はラジコンだったりゲームだったりプラモだったりで遊んでいるけれど、この世界で指折りの戦士は伊達じゃないんだね。
けれど、リムルさんも引くつもりはないらしく、必死にルシエラに食い下がっている。
腕の中でじたばたする、駄々っ子のようなリムルさん。そんな彼女に、ルシエラは溜息を大きくついて、そっと人差し指を彼女の額に当てて詠唱。
「【風の精霊は穏やかな風と踊る――眠れ】」
「な! る、ルシエラ、それは反則な……の……」
ルシエラの指先が淡く緑に輝いたかと思った刹那、リムルさんはルシエラの腕の中でゆっくりと意識を落として眠りについてしまった。
その光景を見届け、唖然とする俺たち。ただ、ルシエラは何事もなかったのように、リムルさんを両腕で抱え直し、お姫様抱っこの状態で俺たちに告げる。
「リムルを寝かせてくる。ついでに私も寝る。夕飯まで起こすな」
「あ、うん……というか、ルシエラ、今のって」
「簡単な催眠魔法だ。冥府の民なら子どもだって使える単純な魔法だが、今のリムルに抵抗する力なんてないだろう。そういう訳で、寝る」
「僕も寝るー! 一緒に寝るー!」
「私も」
そう言って、リムルさんとちびっこ二人を連れて、ルシエラは倉庫の出口へと歩いていく。
方法はともあれ、リムルさんが無事休息をとれたことに俺たちは安堵する。
そんな俺に、ルシエラは一度立ち止まり、顔だけをこちらに向けて忠告するように口を開く。
「あくまで一時しのぎだ。こいつのことだ、目覚めたらまた鍛冶に戻るぞ。そして無理をして同じことの繰り返しだ。五日後までに父親を認めさせるものとやらを作るため、リムルはどこまでも無理をするあろう。この店の、リリネコ商店の店員としてとどまるために」
ルシエラの言葉に俺は何も返せない。
そうだ、リムルさんが無理をする理由は、この店に残るためなんだ。
この店での時間を大切に思ってくれたリムルさんが、これから先もずっとこの店と、みんなと一緒にいたいと願うからこそ必死になっているんだ。
そんなリムルさんのために、俺に何ができるのか。リムルさんの力になるために、何をすればいいのか。
これまでは、リムルさんが鍛冶に集中できるように動き回った。だけど、それでは駄目だった。リムルさんは大きな壁にぶつかってしまい、乗り越えられず苦しんでいる。
では、これから俺はどうするべきか。大事なのは、次の一手を考えて行動に移すこと。
リムルさんのために、『本当に』すべきことは何なのか。思考する俺に、やがてルシエラは小さく、だけど確かに優しく笑って、穏やかに言葉を紡いだ。
「その顔ができるなら、いい」
「顔?」
「攫われたリラを助けたり、心折れたメルに踏み込む決意をした時と同じ顔だ。リツキのその顔を見ると、安心する。こいつなら、何とかしてくれるんじゃないかという妙な安心感がある。普段は微塵も頼りにならない、優柔不断なくせにな」
「そ、それは言い過ぎじゃないかな……俺、優柔不断かな」
俺とルシエラの会話に、やがてみんなから笑いが起こる。
そんなことはないですよとフォローしてくれるネーナの優しさが身に染みるよ。
ルシエラは視線を俺から外して、倉庫の出口に向かいながら最後に言葉を送ってくれた。
「考えろ、リツキ。考えて考えて考え抜いて、そして動け。私たちでは解けない難題も、お前なら何とかできるかもしれない。私たちとは『視点』の違う、積み重ねた『引き出し』の異なるお前なら、考えもしなかった答えが叩き出せるかもしれない」
「責任重大だね……でも、何とかしてみせるよ。リムルさんがこの壁を乗り越えるために、リムルさんがこの先もずっと一緒にいられるために、俺にできる精一杯を……ううん、違うね。頑張るだけじゃない、『結果』を必ず叩き出すから」
俺の返答に、ルシエラは満足そうに笑い、リムルさんやちびっこ二人を連れて倉庫から去って行った。
そんなルシエラの背中を見届けながら、大きく溜息をついて微笑むのはメルだ。
「結局のところ、ルシエラさんの言ってることはリツキさんに丸投げってことなんですけれど……でも、言いたいことは分かりますわ。私もネーナも、ほかの誰でもないリツキさんの頑張りに救われたのですから」
「それは大袈裟だよ。でも……うん、頑張るよ。リムルさんのためにすべきこと、自分が考えるべきこと、打つべき一手、とにかくできることは何でもしなきゃ」
『うー! 燃えてきましたよ! 職場の大切な後輩の窮地を見ているだけなんて、先輩としてできません! リツキさんとともに、私もリムルさんのためにできることを探します!』
「リツキ様、絶対にリムルさんを守りましょうね。私たち、みんな揃ってリリネコ商店なのですから」
ネーナの言葉に力強く頷き、俺たちは日が沈むまで、リムルさんのことについて話し合った。
とにかく、リムルさんに関する情報、どうすれば彼女の力になれるか、また、この状況を乗り越えられるのか。その欠片を拾い集めるために。
その行動、一つ一つは小さな砂粒のようなものだけれど……必死にかき集めれば、大きな砂山にだってなる。そして、その山の中にはリムルさんの力になるための大切な情報が埋もれているはずだから。
リムルさんのために、いったいこれから何をすべきなのか。
国王生誕祭まで――残り五日。
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