66.親の想いかな
おかしい。非常におかしい。
リムルさんの実家、ラダッツ工房にお邪魔してはや五時間。もう太陽なんてとうの昔に沈んでしまっている。
リムルさんはとっくの前に店に戻ったというのに、俺はどうして未だにこの場……リムルさんのお父さん、アルバラルダさんの部屋に残っているのだろう。それどころか、一緒に夕食や晩酌に付き合っているのだろう。
「少し前までこんなチビ助だったあいつが、いつの間にかあんなにでかくなっちまって……本当、子どもの成長はあっという間だ。おい、ちゃんと聞いてるのか?」
「はい、もちろん聞いてます。男手一つでリムルさんをあんな素敵な人に育てたアルバラルダさんを心から尊敬します」
「だろう? リムルは立派だろう?」
「はい」
今日何度目か分からないアルバラルダさんの問いかけに、俺は疲れ果てたように機械的に返答する。うん、もう本当……このやりとり、何回目だろうね。
豪快に酒を飲み続けるアルバラルダさん、酔いが回っているのか、夕食を過ぎたあたりから口数が加速的に増えていった。寡黙さが消える代わりに、増えていったのは愛娘であるリムルさんの自慢話。やれ、何歳のころにどんなことがあって、どれだけ優しい子で、云々。
俺はその話にひたすら相槌をうって会話の相手をし続けていた。いや、本当は帰りたいんだけど、アルバラルダさんが帰してくれなくて……帰るって言いだせない俺も悪いんだけどさ。
あと、コタロとリラが喜んでいるのも帰れない理由の一つだった。
アルバラルダさんや工房で働くお姉さんたちが次々に二人の好きそうなお菓子やら何やらを持ってきてくれるものだから、二人も大喜びで残ってるんだね。この五時間くらいで相当量を食べてるんだけど、みんな半獣人はそういうものだって分かっているから微笑ましそうに笑うだけ。ううん、良い人たちばかりだ。
そんな訳で、二人が楽しんでいる以上、俺から帰りますとも言いにくい。とりあえず、アルバラルダさんが満足するまで話し相手に付き合って、それから帰ろう。お店には工房の人が帰りは遅くなりそうですって伝えてくれたみたいだし。
心の中で小さくため息をついていると、いつの間にかアルバラルダさんのリムルさん自慢の話が終わっていて、俺の方をじっとみつめていた。あれ、何か気に障ること言っただろうか。恐恐としていると、アルバラルダさんは酒の入った筒をテーブルに置き、ゆっくりと口を開いた。
「俺がリムルを連れ戻そうとしていること、どう思っている?」
「どう、とは」
「言葉通りだ。お前の感じたまま、思ったままを口にしろ」
鋭い眼光を向けられ、俺は軽く身震いをしながらも一度深呼吸。落ち着け、見た目は確かに泣きたいくらい怖いけど、アルバラルダさんは決して悪い人じゃない。怖い人ではあるけど、決して悪い人じゃないんだ。度を超えた親馬鹿のような気がしないでもないけれど、それは置いておこう。
俺は軽く息を吐き出して、自分の正直な気持ちを口にする。
「正直、親としては至極当たり前な意見だと思っています」
「ほう」
「リムルさんが鍛冶の才能があり、武器一本で数千万リリルという価値の物を生み出せる。そんなリムルさんが鍛冶をする手を止めて、見ず知らずの人間のところへ家出をした。親なら止めようとして当然ですし、リムルさんがこれから先も鍛冶職人として歩んでいくのなら、ウチで働く時間は勿体ないと思います」
俺の話をアルバラルダさんは黙って耳を傾けている。
そうなんだ、アルバラルダさんは言い方ややり方こそ強引だったけれど、親として決して間違っていないんだ。大切な一人娘が家を飛び出して、素性も分からない男の店に転がり込んだともなれば、不安に思わない方がおかしい。
ましてやリムルさんには鍛冶職人として突き抜けた才能があるんだから、その貴重な時間を費やさせることも親として、何より鍛冶職人のトップとしても止めたいと思って当たり前だ。
そう、アルバラルダさんの言葉は何一つ間違っていない。
親として、鍛冶職人としてリムルさんのことを考えるなら、今すぐにでも家に連れ戻すのが正しいんだろう。それが正論なんだろう。
――でも、それでも。
俺は小さく拳を握りしめて、アルバラルダさんに向き直り、『もうひとつ』の本音を口にした。
「だけど、それを分かっていても、俺はアルバラルダさんには賛同できません。リムルさんをリリネコ商店から連れ戻すことには断固として反対します」
「その理由を訊かせてもらおうか。俺相手にそこまで言い切ったんだ、舐めた理由じゃ承知しねえぞ」
親として、職人の長としてアルバラルダさんは鋭い視線をぶつけてくる。
だけど、俺だって引き下がれない。怖いけど、逃げるわけにはいかない。
だって、俺は見てしまったから。リリネコ商店の倉庫で、物作りをして心から楽しそうに笑うリムルさんの姿を。
「リムルさんはリリネコ商店で物作りをして『楽しい』と言ったんです」
「む……」
「材料を集めて、見よう見まねで再現して、それが成功した時……本当に楽しそうに笑っていたんです。自分の作ったものを街の人たちに触れてもらって、驚く顔や楽しそうに笑う顔が見たいって言っていたんです」
元の世界の技術に触れ、やっとやりたいことが見つかったとリムルさんは言っていた。作りたいもの、やりたいことがおぼろげながら見えてきたんだと胸を張っていた。
リムルさんには確かに鍛冶の才能があるんだろう。それこそ俺の想像もつかないくらい芸術的な武器が彼女には作れるんだろう。
でも、そこにリムルさんの喜びはないじゃないか。リムルさんは言っていた、武器作りでは職人としての『心』が見つけられなかったと。武器を褒められても何一つ心動かなかったけれど、今は違うんだと。
リムルさんが今、リリネコ商店で働くことを心から望んでいるなら、俺は店長として居場所を絶対に守らなきゃいけないんだ。それが俺の店長として……リリネコ商店で働くみんなのために、頑張れることだから。
「アルバラルダさんの気持ちは痛いほどに分かります。娘を想う気持ちも、職人として憂う気持ちも。ですが、ですがリムルさんはリリネコ商店で働きたいと望んでいるんです。彼女がそう思ってくれるかぎり、笑顔を見せてくれるかぎり……俺は彼女の居場所を守ります」
「ふん……二十年も生きてねえガキが言い切ったな。守るなんて重い言葉を簡単に吐きやがる」
「大口を叩いているというのは自覚しています。ですが、守るということの重さは少なからず理解してきたつもりです」
そう言って、俺は膝の上に座るリラとコタロを優しく抱きしめる。
異世界に来て三カ月、未だに頼りないし情けない俺だけど……それでも守りたいもの、守らなきゃいけないものが沢山できたんだ。
何千人って大地の民をまとめるアルバラルダさんにとっては小さいかもしれないけれど、俺にとっては守る意味の重さは変わらない。
二人を抱きしめる俺。なぜか笑顔で抱きしめ返してくるコタロと、俺の頬をぺちぺちと叩くリラ。そんな光景を眺めながら、アルバラルダさんは酒を口に運びながら再びゆっくりと口を開いた。
「……リリネコ商店だったか。店のことは入念に調べさせてもらっている。お前らが出店から店を持つまでの流れや、その半獣のガキどもを世話している理由もな」
アルバラルダさんの言葉に驚きはない。
大切な一人娘が家出した先のお店だ、アルバラルダさんほどの権力を持つ人が下調べをしない訳がない。
そして、顎髭を撫でながら話をゆっくりと続けていく。
「調べれば調べるほど興味深い情報が出てきやがる。あのオードナの野郎が気に入り、ラリオのクソジジイまで孫娘を預けているって話じゃねえか。客の評価も悪くねえ。何よりてめえの人柄をどいつもこいつも口を揃えて面白い評価をしやがる」
「そうなんですか? 俺のことはなんて……」
「どこか頼りのない、底なしのお人好し野郎ってな」
客のとんでもない評価に俺は全力で落胆する。まあ……そうだよね、普段の俺ってそんな感じだよね。ネーナやメルの方がよっぽど店長しているもんなあ……俺はタヌ子さんと同格か。
そんな俺に、アルバラルダさんは口元を歪めるように笑って言葉を付け加えた。
「その評価を聞いたからこそ、俺はリムルに猶予を与えた。褒めるつもりなんざサラサラねえが、リムルに好機を与えたのはお前の功績だと思ってくれていい」
「えっと、それはどういう……」
「実際に今日、てめえと会って話してみて、俺も同じ結論に至った。だからこそ、リムルを強引に止めることをしなかった。もしかしたら、てめえはリムルが殻を破る切っ掛けになるかもしれねえと思ったからだ」
少し早口でそう告げるアルバラルダさんだが、俺には彼の言っている言葉の意味がちっともピンとこない。
首を傾げる俺、それを見上げる犬耳二人。そんな二人を撫でる俺に、アルバラルダさんが自己完結したように一度話を切り、再び俺に試すような視線を向けながら問いかけた。
「リムルがリリネコ商店に残る条件は、リムルに提示した通りだ。生誕祭までにリムルが俺や街の連中の心を掴むような物を作れたならば、このまま働き続けることを認めてやる。それができなきゃここに連れ戻す」
「……リムルさんなら、絶対にやり遂げてみせますよ。まだ出会ってそんなに経っていませんが、彼女が負けず嫌いで頑固だっていうのは理解しましたから」
「当然だ。なんたって俺の自慢の娘だからよ」
そう言って静かに笑うアルバラルダさんは本当に娘想いな父親の貌で。
ただ、アルバラルダさんは決してその条件を譲るつもりはないらしい。ならば、リムルさんは彼の用意した壁を乗り越えるしかない。そうしなければ、リリネコ商店に残れないんだ。
なら、俺がやるべきことはリムルさんの力になることだけだ。
どんなことでもいい、リムルさんがこの課題を乗り越えるために必要な助力を積極的にやっていこう。
決意を胸に誓った俺だが、そんな俺の足元でゆっくりと船を漕ぎだしたコタロとリラ。
そうだね、もう夜も遅くなってきたし、眠たくなる時間だね。お腹もいっぱいになったから、眠気がきたんだね。流石にそろそろお暇しなければ。
「すみません、アルバラルダさん。コタロとリラがもうすぐ眠る時間ですから、そろそろお暇させて頂きます」
「ふん、別にウチに泊まって行っても構わんぞ。部屋ならいくらでも余っている。ガキどもはそこのベッドに寝かせてやれ。俺はほとんど使ってねえが、国の貴族連中が使うものと同じ高級品だ、寝にくいってことはねえだろう」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいや、それは流石に……そ、そうです! この子たちはネーナ、うちで働いている女の子と一緒じゃないとぐっすり眠れなくて……」
ナイスアイディアとばかりに言った言葉を俺は数秒で後悔することになる。
アルバラルダさんは工房で働く人を呼び出して、何かしらの要件を伝えた。何事かと思いつつ、必死に帰ろうとしていた数十分後、室内に現れたのは一人の少女……うん、ネーナだったんだね。わざわざ店まで行って、ネーナに来てもらうようにお願いしてきたらしい。
頭を抱える俺に、ネーナは嬉しそうに微笑んでコタロとリラを用意された部屋に寝かせつけてくれた。俺はネーナにひたすら頭を下げるしかない。いや、俺が断りきれないばかりに、本当にごめんよ……
そんな俺たちの姿を見ながら、アルバラルダさんはぼそりと物騒な言葉を口にした。
「心配はいらねえと思うが……あんな良い嫁をもらっておいて、罷り間違っても俺の娘に手を出すんじゃねえぞ。手を出したら、てめえのを金槌で叩き潰すからな」
「何をですか!? 俺の何を潰すんですか!? ていうか、出しませんよ! 出せませんよ!」
「てめえ、リムルが手を出す価値もないって言うのか?」
「言ってませんよ! というか、どう答えてもこれ駄目ってことじゃないですか!」
最低最悪の絡み方をしてくるアルバラルダさんに俺はひたすら頭を抱え続けるのだった。
結局、その日は夜深くまでアルバラルダさんの晩酌に付き合わされ、俺が眠りについたのは朝五時前になってからだった。
次の日、俺の目の下が恐ろしいことになっていたのは言うまでもない。
アルバラルダさん……気難しい堅気の職人さんだけど、酒が入るとこの人、オードナさん以上に無茶苦茶過ぎる。
翌日の朝、アルバラルダさんが直接門まで見送りにきてくれたことに門番さんは心底びっくりしていた。こんなことは初めてらしい。
二人に見送られ、俺たちは朝焼けのなかリリネコ商店へと戻るのだった。本当に色々あった一日だったけれど……とりあえず、今日はみんなに土下座して午前中は休ませてもらおう。少しだけ、寝かせてください。




