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7.勘弁してくれないかな

 



 黒髪の美少女が紅い瞳をじっと俺に固定したまま不動で佇んでいる。

 ビビリでチキンの俺にはそれが威圧しているように感じてならない。

 本当なら今すぐ後ろの倉庫へ逃げ帰って、能天気なコタロを弄り回して何もかも忘れてしまいたいけれど、ネーナの前で流石にそれは情けない。

 こちらが先に声をかけてしまったということもある。

 覚悟を決めて、俺はその美少女(化物の生首所持)におずおずと訊ねかけた。


「あの、俺たちマルシェリアって街を探しているんだけど、どっちにあるか知らないかな?」


 俺の問いかけに、黒髪の女の子は微動だにしない。え、反応無し……?

 再び質問を繰り返すか悩んでいた俺だが、待つこと十秒、黒髪の少女は右手に持っていた翼虎の生首を後ろに投げ捨て、そっと指を彼女から見て斜め後ろ右を指差した。

 どうやらそっちにあると教えてくれたらしい。

 そして、多分だけど、虎の生首に俺が怯えていることも把握したようで隠してくれたらしい。どうやら無口ではあるが、良い人のようだ。


「ありがとう、助かったよ。それでは俺たちはこれで」

「待て」


 お礼を言ってバギーに跨って去ろうとしたら、背後から呼び止められた。

 初めて聞いた黒髪の少女の声は、その鋭い美しさとは裏腹に可愛らしい声だった。

 ……なんだかギャップあるな。ネーナよりもっと子どものように聞こえる。アニメ声って言うんだろうか。そのギャップが可愛くて面白い。

 にやつきそうになる自分を律し、俺は少女に向き直った。


「な、何かな?」

「お前、怖くないのか」


 何を言っているのだろうか。

 初対面の人に面と向かって怯えるほど、俺はコミュニケーション能力に欠乏していない。虎の生首は流石に怖すぎるけれど。

 ……あ、もしかしてそのことだろうか。

 彼女の言いたいことを聡く理解した俺は、正直に質問の答えを返した。


「怖いよ。そんな化物の生首なんて生まれて初めて見たからさ。背後に隠してくれて配慮してくれたんだよね? ありがとう、正直助かった」

「そうじゃない。私のことが怖くないのかと訊いている」


 ……全然意味が分かんない。なんで俺が初対面の女の子に怯えなきゃいけないんだ。

 確かに威圧感を感じて息は詰まるけど、怖いという表現はちょっと違う気がする。

 怒られでもしたり、罵倒でもされたらそりゃ怖いだろうけれど。

 そんな素直な胸の内をしっかり伝えてみた。


「怖がる理由がないよ。何も知らない初対面の相手をどうして怖がるのさ」

「……私の種族を知らない訳じゃないだろう」

「いや、知らないけど……」


 俺の答えにぽかんとする少女。あ、やべ、地雷踏んだ。見当外れなこと言ったかもしれない。

 慌てて後ろを振り向いて、ネーナに助けを求めようとしたが、ネーナはコタロとリラをなぜか倉庫の奥へと避難させて、扉の影から心配そうに俺を見つめていた。なんでさ。


 やってしまったものは仕方がない。

 俺はその少女に正直に簡単な事情を説明する。


「いや、ごめん。実は俺、遠い国からここに来たばかりでさ、あんまりここの常識とか知らないんだ。君の種族のこと何も知らなくて、嫌な想いをさせたなら申し訳ない」

「……本当に知らないのか? 冥府の民を」

「知らないんだよなあ……でも、なんか響きが格好良いね」

「お前、馬鹿だな。そんなことを私に言う奴なんて初めて見た」


 馬鹿。初対面の相手にそれはひどい。

 でも、何が面白かったのかは分からないけれど、黒髪の少女は小さく笑っていた。

 なんだ、笑ったら普通に可愛いんだな。重圧とか威圧から解放され、ネーナみたいに突き抜けた美少女の笑顔って感じだ。まあ、楽しそうなら何よりだ。

 笑い終えて満足したらしく、少女は俺に再び口を開いた。


「普通はそこの女のような反応をするものだ。冥府の民は人の魂を連れ去る種族として、戦闘以外では人間から敬遠されている。普通は私の目を見て怖がるものなんだぞ」

「へえ、そうなんだ。時代的に中世っぽい雰囲気だし、そういう迷信もいっぱいあるんだろうね。紅い目ってウサギみたいで何かいいね」

「ウサギとはなんだ」

「知らない? これくらいの小さくて可愛い小動物。目が赤くて可愛いの」

「小動物……戦場の悪鬼と恐れられた私が小動物」


 例えが微妙過ぎたらしい。

 複雑な表情をしている女の子に、そういえば自己紹介がまだだったと思い直し、俺は名を名乗る。


「今更だけど、俺の名前は神楽立輝かぐらりつき。家名がカグラで名前がリツキ。マルシェリアで商売を始める予定だから、街で見かけたときはよろしく」

「ルシエラ・ヴェザードリだ。マルシェリアを拠点にしている。リツキか、覚えたぞ」


 挨拶を交わし合い、俺は視線をネーナへと向けた。

 ネーナは迷信を信じているようで、多分ルシエラを怖がっているんだと思う。

 流石にそんな娘を無理矢理自己紹介させるのも申し訳ない。どうするか視線で訊ねようとしたが、それより先にネーナは自ら彼女に近づいて深く頭を下げて挨拶をしていた。


「ネーナと申します。先ほどは勝手な先入観だけで怖がって申し訳ありませんでした」

「いい。それが普通だ。むしろリツキが馬鹿だ。普通は怖がる」

「馬鹿……いや、確かにそうなんだろうけど、もっとこう、優しい言い方が」

「馬鹿は馬鹿だ」


 まあ、アニメ声で馬鹿馬鹿言われても何も堪えないんだけど。

本当に容姿と声のギャップが激しいな。声のせいで恐怖なんて微塵も感じないや。本人には言えないけど。

 しかし、ネーナは現地人だから、その冥府の民に関してすり込まれた先入観があるだろうに、それを乗り越えてちゃんと頭を下げて挨拶するって凄いね。

 俺はどうだろう。現実世界で、バリバリの不良さんと評判の人相手にこんな風に挨拶できるだろうか。……無理だな、俺、ビビりだから。

 心の中でネーナを尊敬しつつ、俺はルシエラに問いかけた。


「ここからマルシェリアって遠いのかな」

「歩いて三時間くらいだ。私も今、討伐を終えて街に戻るところだった」

「討伐って、その……」

「サーバリアゲイタは良い金になる」


 そう言いきってルシエラは背後の生首へ視線を送った。

 いや、もちろん俺はそれを見ないけど。生首怖い。

 そんな俺に笑いながら、ルシエラは腰の麻袋のようなものを開けて、そこに虎の生首を放り投げた。いや、最初から入れとこうよ、本当に……

 しかし、彼女も街に戻るところだったのか。それなら折角こうして知り合えたんだし、一緒に街まで行くのがいいかもしれない。

 話す限り悪い人じゃない感じだし。むしろ実直で融通があまりきかないイメージだ。

 なんとなく武士というか、女騎士というか、そんな感じだ。

 俺の考えに気付いたのか、ネーナもこくんと頷いてくれた。


 ……まあ、正直善意だけじゃないけど。打算もある。

 これから知らない街で生きていく以上、知り合いは一人でも多い方がいい。

 ましてや、ルシエラはどう見ても強そうだ。そんな人脈は積極的に築いていくべきだと思う。できるだけのことはしよう、うん。

 そんな訳で、俺は早速ルシエラに提案。


「これから街に戻るなら、一緒に戻らないか? 俺たちと一緒なら、多分歩くより早く帰れると思うし」

「それはこの不思議な乗り物たちのことか?」


 ルシエラはバギーと倉庫を指差して訊ねかけてくる。やっぱり気になってはいたらしい。

 コタロのように興味津々な彼女に、俺は頷いて応えた。


「詳しい事情は言えないんだけど、俺の魔法みたいなものかな。不思議な力であっという間にマルシェリアまで連れていくよ」

「いいのか? 私は助かるが」

「というか、正直そうしてもらえると助かるね。マルシェリアの位置が詳しく分からないから、案内してもらえると嬉しい」


 俺の問いかけに少し考える仕草をみせ、やがてルシエラは『いいだろう』と頷いてくれた。

 ……偉そうに言っているはずなのに、声のせいで全然そんな風に感じない。

目をつぶって声だけ訊くと、子どもが必死に背伸びして大人ぶった発言をしているみたいで微笑ましい。そんなこと、絶対本人には言えないけど。

 ルシエラから無事同意をもらい、俺たちは一緒にマルシェリアまで戻ることとなった。


 ルシエラ・ヴェザードリ。

 鋭い美貌と威圧的な空気とは裏腹に、声のせいでイメージ台無しな美少女だった。

 いや、性格はイメージ通りではあるんだけど。しかし、声が可愛過ぎるってのも不思議な感じになるんだなあ。




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