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64.逃げられないのかな

 



 二階のリビングにて、俺たちはリムルさんの実家で何があったのか、その話に耳を傾けていた。

 現在、リビングには俺、リムルさん、コタロ、リラに加えてネーナの姿もある。

 さっきのリムルさんの様子から、ただ事じゃないと判断したネーナは、リムルさんの話を後でメルたちに伝える役としてこの場に来てくれたそうだ。というより、メルもタヌ子さんも何事か気になっているらしい。まあ、当たり前だよね……


「家に帰てから、お父さんにリツキのお店で働き続けるから戻らないて伝えたの。そうしたら、『そんな筋の通らない説明があるか、そのリツキて奴を連れてこい』て」

「いや、そりゃお父さんはそう言うよね……家出した娘がひょっこり帰ってきて、第一声がそれだったら、お父さん激怒だよね……ねえ、リムルさん、俺、お父さんに心から会いたくないんだけど……」

「会てもらわないと困るの。お父さん本当に頑固で、一度言いだしたら絶対ぜたいに曲げないの。リツキに迷惑をかけて本当に申し訳なく思てるの……でも、お願いなの、私この店にいたいの。ずと働いていたいの」


 リムルさんのお願いに、俺は深いため息をつきつつ、『頑張るよ』と答えを返した。

 自他共に認めるチキンの俺としては、こんな恐ろし過ぎるイベントご免こうむりたいけれど……でも、これはチャンスでもあるかもしれない。

 俺がちゃんとリムルさんのお父さんに話ができれば、リムルさんがウチで働くことを納得してもらえれば、リムルさんとお父さんの親子喧嘩も解消されるかも……いや、駄目か。リムルさんとお父さんの喧嘩の原因は、あくまでリムルさんが武器作りを止めたことが原因なのだから、この件はまた別問題だ。


 とにかく、リムルさんのためにも、お店のためにもリムルさんのお父さんに会いに行こう。娘さんを預かっている以上、店長としてしっかり話をつけにいこう。

 何、前向きに考えよう。よくよく思い返せば、俺は店員の家族への挨拶という修羅場を何度か潜り抜けているんだね。メルは祖父であるラリオさんに、ネーナは兄であるレイに。今回も同じことだと考えればいいんだ。

 そう考えると、ちょっとだけ元気が出た。俺は気合いを入れ直し、リムルさんに言葉をかけた。


「よし、それじゃ行こうか。リムルさんのお父さんに、リムルさんの希望を理解してもらえるように店長としてしっかり話すから」

「ありがとうなの、リツキ! 凄く凄く嬉しいの!」


 花開くリムルさんの笑顔。リムルさんは年こそ三つも上なのに、こうして見せてくれる綻んだ笑顔はコタロやリラみたいに幼く可愛らしい。それを口にすると怒られることが分かり切ってるから絶対に言わないんだけど。リムルさん、童顔だってこと気にしてるからなあ……可愛くてとてもいいと思うのに。

 俺は長椅子から立ち上がり、ネーナに店のことをお願いする。


「それじゃネーナ、お店を空けることになるんだけど、お願いできるかな」

「もちろんです、リツキ様。お店のことは私たちに任せて、どうかリムルさんの力になってあげてくださいね」


 優しく微笑んでくれるネーナにありがとうと頭を下げる。

 そして、俺を見上げてくるコタロとリラにも頭を下げて事情を説明する。


「ごめんな、コタロ、リラ。一緒に遊ぶ予定だったけど、兄ちゃん、これからリムル姉ちゃんの家に行かなきゃいけなくなったんだ。家に帰ったらまた遊ぼうね」

「リムル姉ちゃの家! 僕も行きたい! 兄ちゃと一緒がいい!」

「私も一緒に行く。リツキと一緒」

「えええ……いや、それは」


 両手をあげてピョンピョン跳ねるコタロ、そしてじっと見上げてくるリラ。

 どうやら、二人の中では今日は完全に俺に甘える日になってしまっていたようだ。一週間の内、二日くらい定期的に俺かネーナに全力で甘える、こういう日があるんだけど……参ったな。流石に二人を連れていく訳には……でも、俺が出る以上、ネーナは店長代理として店に出ないといけないから、二人に構ってあげられない。

 頭を悩ませる俺だが、横で話を聞いていたリムルさんが何でもないように解決案を口にした。


一緒いしょに行くといいの。ラダツのみんな子ども好きだから気にしないの」

「いいの? リムルさんのお父さんと話をする時、問題になったりしない?」

「その時は私が二人と一緒いしょにいるの。リツキとお話しするときは二人きりでするて断言してたから、私はもともと参加させてもらえないの」


 なんてことだ。

 コタロとリラを連れていけるという嬉しい情報と共に、とんでもなく重い未来を知ってしまった。

 てっきり、俺とリムルさん、そしてリムルさんのお父さんの三人で話し合いするものとばかり思っていたのに……まさかの一対一。駄目だ、胃が既に痛すぎる。異世界に来て一番の修羅場かもしれない、俺、リムルさんと何かあった訳でもなければ、後ろめたいことなんて何一つないのに。

 きゃっきゃと大喜びしてリムルさんに抱きつくコタロ、ぺこりと頭を下げるリラ。そんな二人に笑って頭を撫でてあげるリムルさん。ううん、なんだか歳の近い兄弟って感じだ。ちょっとだけ癒された。

 俺は軽く息をついて、再びネーナにコタロとリラのことを伝えた。


「そういう訳で、コタロとリラの社会見学……って感じで行ってきます」

「二人のこと、お願いしますね。コタロ、リラ、リムルさんやリツキ様の言うことをしっかり守ってね」

「あい!」

「うん」


 ネーナお母さんに元気よく返事をする二人。元気の比率はコタロとリラで九と一くらいだけども。

 こうして俺とリムルさんに加え、コタロとリラという可愛い二人の同行者がついてくることになったのだった。

 ……うん、頑張ろう。リムルさんはもとより、コタロやリラの前で情けない姿なんて晒せない。兄ちゃん頑張ってリムルさんのお父さんと話し合いするからね。














 ……なんていう俺の誓いはものの十数分後に崩れ去ることになった。

 リムルさんに案内され、たどりついた場所、それはマルシェリア西区外れに存在する巨大な建物だった。

 広大な土地、それこそ野球場何個分ってくらいの土地と、いたるところに並び立つ建物たち。それを呆然と見つめながら、俺は震える声でリムルさんに訊ねかけてみる。


「あの、リムルさん……もしかしなくても、この敷地、全部ラダッツ工房……?」

「そうなの。あれは工房、あれは居住区、あれは輸送車整備区、あれは輸送動物飼育区……ウチは国内外様々な人と取引をしているから、色々と設備が必要だたの」

「凄いね……何人くらい、人がいるんだろう」

「大地の民で鍛冶職人を目指す人や働き口を探している人の全て受け入れているから……全部で千人は超えていると思うの」

「せっ……」


 あいた口がふさがらないとはこのことだろうか。

 リムルさん、貴族でこそないけれど、やっぱりとんでもないところのお嬢さんだった。

 でも、当然と言えば当然かもしれない。一本数千万リリルなんて剣が簡単に売買される世界だし、元の世界の工場によく似た働きやすいようにというシステムが導入されているんだろう。

 そんな巨大工房の敷地へ入ろうと足を進めるリムルさん。未だに呆けるしかできない俺。

 肩車しているリラから顔をぺちぺちと叩かれ、ようやく俺は我に返って手をつないでいるコタロと一緒にリムルさんを追いかける。

 敷地の入り口に立っている警備のおじさんは、リムルさんの姿を見て、破顔して声をかける。


「お帰りなさい、お嬢。帰ったと思ったらまたすぐ飛び出すんですから、何事かと思いましたよ。また親方と口論になったんですかい?」

「口論にはなたけど、大丈夫なの。私が世話になているお店の店長を連れてきたの! これでお父さんに文句を言われる筋合いはないの!」

「おお、とすると、アンタが噂の……」


 警備員さんに視線を向けられ、俺は小さく頭を下げる。

 ただ、警備員さんはなぜか少しばかり難しそうな顔をしていた。いや、そりゃお嬢お嬢って可愛がってるお嬢様がこんなの連れてきたら訝しげな顔もするよね。

 顎に手を当てながら、警備員さんはリムルさんに眉を寄せて訊ねかけた。


「お嬢、いくらなんでも子持ちの男を恋人として親方に紹介するのはちと拙いんじゃないですかね。この男が親方にハンマーで頭カチ割られても知りませんよ?」

「カチ割ら……いやいやいやいやいやいや、違います違います違いますから。俺はリムルさんの恋人じゃないし、この子たちは俺にとって弟や妹みたいなものですから」

「そうなの。馬鹿なこと言てるんじゃないの。リツキは私の働いている先の店長、それだけなの。確かに性格は悪くないけど、ちょと頼りないから異性としてはアレなの」

「そうです、俺は異性としてアレなんです」


 男としてのプライドなんて、今は遠くに捨ててしまおう。

 誤解のせいでハンマーで頭を鏡割りになんてされてはたまらない。

 否定する俺たちに、警備員さんは快活に笑って勘違いの理由を説明する。


「そうなんですかい。いやいや、ウチの女房やら女どもがリリネコ商店の店長とお嬢は良い雰囲気でそういう関係だって言うもんですから」

「ミュヒやラーチェルは店に来る度にそうやて囃したてるから困るの。何度否定してもニヤニヤ笑うだけだし……今度注意するの」

「まあ、そういうことにしときやしょう。ささっ、親方がお待ちですぜ。そこのええと……」

「リツキです。リツキ・カグラ、リリネコ商店の店長です」

「リツキ、お嬢のこと頼んだぜ。それとお前さんのところの『めろんぱん』、あれはいいなあ。ウチの女房がよく買ってくるんだが、息子と一緒に毎朝食わせてもらってるぜ」

「いつもごひいきにありがとうございます。休みの際にはぜひぜひ、当店に足を運んで頂けると嬉しいです。その際はサービスいたしますので」

「おう! 今度の休みに女房子ども連れていくからよ!」


 笑いあって警備員さんとお別れをする。

 大地の民の人も討伐者の人たちのようにさっぱりした人ばかりだね。ハキハキと言いたいことをバッサリ言ってくれるタイプは俺的に本当に好ましい。

 敷地内に入り、リムルさんを追いかけてながら俺はリムルさんに訊ねかけた。


「これから工房に向かうのかな?」

「ううん、お父さんは家で待てるの。だから向かうのは私たちの家。あれなの」

「ああ、うん……鼻水が出そうになるくらい大きいね……」


 リムルさんが指さしたのは、どこの市役所かと思うほどに大きな建物。

 大きさだけなら、それこそラリオさんの屋敷に勝るとも劣らないレベルだ。

 もはや驚き過ぎて言葉も出ない俺に、リムルさんは理由を教えてくれた。


「大地の民のみんながみんな職人をして生計を立てている訳じゃないの。職人をしない人や引退した人が働けるように、ああやて大きな家を作たの」

「なるほど、使用人としての働き口を作ったんだね。リムルさんのお父さん、本当に凄いね……」

「国から出た大地の民をまとめている人なの。お父さんのことは本当に尊敬しているの。でも私のことになると頑固で全然分かてくれないの」

「まあ、娘のことになると父親ってそういうものなんじゃないかな……それだけリムルさんが可愛いってことで。愛されてるんだね、リムルさん」


 俺の言葉に、リムルさんは肯定も否定もしなかった。

 ただ、ちょっと照れたらしく、顔が少しだけ紅に染まっていた。

 そう、口喧嘩したりしているけれど、リムルさんは父親が嫌いって訳じゃないんだよね。むしろ父親を大切に思っている父親想いな人だ。

 リムルさんのやりたいこと、お父さんがリムルさんにやらせたいこと、その隔たりのせいで少し溝を作ってしまっているけれど……それもしっかり話を重ねれば、分かってもらえるんじゃないだろうか。

 人は話せば分かりあえる。対話を重ねれば、きっと解決できる。


「それじゃリツキ、いくの」


 リムルさんの合図に頷き、俺は大扉を開いてリムルさんの実家へ足を踏み入れた。

 そう、人は話し合える。目を見て話し合えば、きっと想いは伝わる――


「……ほう? お前が俺の娘を誑かした男か。本当にノコノコと俺の前に来るとは、ずいぶん良い度胸してやがる。その点だけは認めてやる」


 扉を開けたその先にいた人物――リムルさんのお父さんは開口一番にそう告げてきた。

 リムルさんのお父さんの鋭い眼光が俺を睨みつける。俺は息をのんでリムルさんのお父さんを見上げた……そう、見上げたんだね。おかしいよね、リムルさんのお父さん、大地の民なのに、身長あきらかに二メートル超えてるんだよね……

 口元を覆う黒ひげ、阿修羅のような様相、はちきれんばかりの筋肉、右手に持った超巨大ハンマー……それだけで、俺の先ほどまでの楽観思考はどこかへ飛んで行ってしまった。

 誰だ、話せば分かるなんて言った奴は。目を見て話せば伝わる? 目を合わせるだなんてとんでもない、顔すらまともに見れない。怖すぎるんですよ。案の定というか、予想通り、リムルさんのお父さんの中で俺はリムルさんを誑かした最低最悪の男に認定されてる始末。もう人生詰んだとしか思えない。

 そんな俺の心を余所に、リムルさんは得意げにふくよかな胸を反らしてお父さんに言いきる。


「ふふん、待たせたの! この人が私の言てたリリネコ商店の店長、リツキなの! 私が一緒に暮らしたい、働きたいと願う大切な人なの!」


 大切な人、その言葉が出た瞬間、みしりと変な音が聞こえた。

 その後、激しい衝撃音。なんのことはなかった、お父さんが持っていたハンマーが握力でへし折れて床に落ちた音なんだね……どういう握力なんだろうね……

 もはや恐怖のあまり震えて言葉すら発せない俺。そんな俺の上と横で尻尾をぱたぱたと揺らしてマイペースな言葉をつむぐ可愛い妹と弟たち。


「リツキ、あれリツキに教えてもらったよ。クマさんそっくり」

「クマー! クマー! おじちゃークマー!」


 動物図鑑の勉強の成果をこれでもかといかんなく発揮する愛しい二人。いかん、これはいかんですよ、火に油どころじゃないですよ。具体的に言うと俺の命が風前の灯火なんですよ。

 やがて、リムルさんのお父さんは大きく息を吐き出し、右手に持っていたハンマーだったものの柄を片手でねじ曲げながら、俺に向かって重く低い声をぶつけるのだった。


「リツキとか言ったか……俺の部屋に一人で来い。逃げるんじゃねえぞ」


 ゲームとかでボス戦闘が逃げられない理由、分かったような気がした。

 逃げたらもっと酷い目にあうのが分かっているから、逃げても無駄だって分かっているから、きっと逃げられないんだね……俺はにじみ出る涙を拭って、コタロとリラをリムルさんに任せてお父さんと一緒に奥の部屋へ向かうのだった。




 

アウトレット一万ポイント突破、本当に本当にありがとうございます!

ご感想とともに、とても創作の励みになっています! 皆様に心から感謝なのです!

皆様と一緒に、物語を一歩一歩楽しみながら積み上げていけるよう、これからも頑張りますー! ファイトー! おー!



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