61.鍛冶魔法かな
異世界生活八十三日目。
夕食を終え、俺はリビングでのんびりと食後の時間を過ごしていた。
ソファーなんて立派なものではないけれど、ほんのり柔らかい長椅子に腰をかけてリラックス。今日も一日仕事を頑張ったという充実感に溢れている、きっと後で入るお風呂も気持ちいいんだろうな。
そんなオフモードの俺だけれど、何もせずにボーっとしている訳ではない。
先ほどから俺の膝の上にちょこんと座り、動物図鑑とにらめっこをしているリラとのコミュニケーションという、とても大事な任務が任せられているのだから。
「リツキ、これは何ていうの?」
「これはライオンさん。大きくて強い、獣の王様って呼ばれているんだよ」
「お花みたい」
フルカラー動物図鑑のライオンを指さして独特の感想を述べるリラ。子供らしいね。
最近、リラは倉庫で見つけてきた動物図鑑に夢中だ。書かれている文字は日本語なので当然読めないから、こうして夜の時間に俺の上に座って翻訳してもらうのが日課になっている。
こうやってリラに頼られ、コミュニケーションをとってもらうのは正直心から嬉しいことだ。コタロは日中でも店に降りてきて構ってあげられるけれど、リラはそうはいかないから。時間を見つけて、少しでもコタロやリラと遊んであげなきゃね。
ちなみに今、コタロはネーナやルシエラと一緒にお風呂タイム。リラは図鑑の方が大事みたいなので、後に入るとのこと。
後でリラと一緒にお風呂へ行く役目を買って出たのがメル。俺たちの左横に座って、メルも興味深そうに図鑑を覗きこんでいた。まあ、この世界にはこんな動物いないからね。そして、右横に座っているのはタヌ子さん。さっきからウズウズとしているけれど、タヌ子さんも動物好きなのだろうか。あと、リムルさんはいつもどおり倉庫に篭っています。
ふと視線を下げると、いつの間にかリラが次の動物を指さして説明を求めていた。
「ああ、ごめんごめん。ええと、これはレッサーパンダさん。とても可愛くてみんなの人気者な動物だよ」
「強そう」
「強そうかなあ……どちらかというと可愛い系だと思うんだけど」
「異世界の生き物って、本当に面白い生き物が沢山いますのね……魔物みたいにぞっとするような見た目ではありませんし、可愛くていいかも。リラ、あなたの一番好きな生き物はどれですの?」
「ん」
優しい笑顔を浮かべるメルに、リラがお気に入りのページを開いて突きつける。あ、やばいかも。
リラが開いたページには、デカデカと描かれたゴライアスガエルさんがこんにちは。瞬間、顔を真っ青にして悲鳴を上げるメル。ですよね。
「リラ、やっぱり今でも一押しは巨大ガエルなんだねえ……好きな理由はやっぱり」
「おいしそう。ぷにぷに。可愛い」
「ううん……やっぱり独特な感性だねえ」
「い、いいからそれを早く閉じてくださいまし!」
メルの叫びに、俺は苦笑しつつリラと一緒に別のページを開いていく。俺の腕に抱きついた状態で安堵の息をつくメル。ぴったりとくっつくメルから押し当てられてる柔らかな腕への感触、髪の香り……不幸なメルとは対照的に、何だか一人良い思いをしてしまった。リラ、ありがとう、いい子いい子。感謝の意味も込めて、念入りにリラを撫でておこう。
「びっくりしましたわ……異世界にも魔物は存在しますのね」
「いや、魔物ではないんだけど……女の子にあんまり人気はない生き物ではあるね。好きな人は好きみたいだけど」
「私はちょっと……やっぱり、せっかくなら先ほどのような可愛い生き物がいいですわね。あ、ほら、この子とか可愛い」
そう言って、メルはページ内に描かれているペンギンを指さして微笑む。
ペンギンはいいねえ、俺も水族館で何度か見たけど、可愛かったね。『どうです?』と視線でリラに問いかけるメル。どうやら彼女の一押しらしく、リラにも共感してもらいたいのかもしれない。そんなメルに、リラはペンギンをじっと見つめた後、一言。
「鋭そう」
「す、鋭い? 可愛いとか愛らしいではなくて?」
「とても鋭そう」
リラの感想にメルは困ったように首を傾げていた。リラ、本当に感想が独特だからねえ。
でも、気を取り直して、メルはリラと一緒に楽しそうに図鑑を読み進めていく。リラは人見知りの気があるんだけど、もうメル相手ではそんな素振りは微塵も見せなくなった。メルも初日から沢山コタロやリラとコミュニケーションとりにいっていたからね。こうやって仲睦まじい姿を見ると、やっぱり嬉しいもの。
「メルは本当に良いお母さんになると思うんだ」
しみじみそんなことを言ったら、顔を真っ赤にさせたメルに腕を抓られた。痛いです。
ネーナはもちろんのことだけど、ルシエラもああ見えてコタロやリラ相手には優しいから。タヌ子さんはマスコット的……というか、コタロやリラから見て同格みたいな感じで遊んでる姿をよく見るけど、それも彼女の魅力なんだろうね。リムルさんは来たばかりだから、まだ二人との距離を掴みかねてるって感じかな。それでも、面倒見は良いお姉さんだから、コタロは既に馴染んでいるけれども。
お店を繁盛させるのは大事なことだけど、そのためにコタロやリラに寂しい思いをさせるのは絶対に駄目だから。コタロやリラがいつも笑顔になれるように、店長としても兄ちゃんとしても頑張らないと。
気合いを入れ直してリラをもっふもっふしていると、そんな俺たちを見つめながら、メルが息をついて一言ぽつり。
「そういうリツキさんこそ、とても子煩悩な父親になりそうですわね。リラやコタロに接する姿は、デレデレもいいところですもの」
「いや、反論のしようもない。リラもコタロも大好きだからね。二人とも良い子だし、可愛いし、本当に出会えてよかったと思ってるよ」
「私もリツキ大好きだよ」
「嬉しいなあ。ちなみに兄ちゃんとゴライアスガエル、どっちが大好き?」
「んんん……選べないくらいどっちも大好き」
「兄ちゃんはゴライアスガエルと同格なんだね、嬉しいなあ」
「……それ、喜んでいいのかしら」
後で一番好きなのはと聞いたら、迷わず『ネーナ』と返ってきた。母は強いね……いや、母親じゃないんだけども。でも、少しでも早くコタロやリラを本当の家族に会わせてあげられるといいな。頑張ろう、俺。
そんな会話を繰り広げていると、とうとう我慢の限界が来たとばかりに、タヌ子さんがわざとらしく咳払いをして言葉を挟んできた。
『ごほんっ、あのーう、ゴライアスガエルも良いと思うんですけれど、もっと素敵で可愛らしい動物がいると思うんです! 例えば、茶色くてー、目の周りが黒っぽくてー、ずんぐりむっくりした、イヌ科タヌキ属学名ニクテレウテス・プロキオノイデスと呼ばれる可愛らしい最高の動物が!』
「あー……それを期待していたんだね。ごめん、気づかなかった。リラ、ちょっと図鑑のページをめくるね」
「ん」
どうやらタヌ子さんはリラに自分の元となっている動物、タヌキをアピールしたいらしい。そう言えば、名前を決めるときにタヌ子さんにその由来を教えていた気がするね。タヌキって動物がいるんだって。
……でも、変だな。なんでタヌ子さん、タヌキの詳しい分類や学名なんて知ってるんだろう。そんなの俺は教えていない……というより、初めて知ったくらいなのに。タヌマールにでも教えてもらったのか、最初から知識として与えられていたのだろうか。
タヌキの該当ページを開き、興味深々に眺めるリラとドキドキして反応を待つタヌ子さん。ううん、そのことをタヌ子さんに訊きたいんだけど……後にしようかな。リラの反応に期待してるみたいだし、水を注すのもね。
じーっとタヌキの該当ページを見つめた後、リラは剛速球とも言えるような感想ををタヌ子さんに投げつけた。
「肉」
『……ふぇ!?』
「お肉」
『たたたた、タヌキは食べ物じゃありませえええん! メルさーん!』
「わ、私に泣きつかれましても……ああもう、リラの前で泣くのはおやめくださいまし」
メルの胸に飛び込んで落ち込むタヌ子さんと、それを慰める律儀なメル。先輩後輩コンビ、実は仲が良かったりする。
タヌ子さんが元気を取り戻すのを待ってから、タヌキに関する知識について訊こうとしたんだけど、それより早くリビングに新たな人がご入場。その人物はリムルさんだ。
リムルさんは俺たちを見渡して、口を開く。
「リツキ、メル、タヌコ、リラ、ちょと倉庫に来てほしいの。今からみんなにぜひ見て欲しいものがあるの」
「見て欲しいもの?」
「うん。きとリツキたちは初めて見るものだと思うから、楽しいと思うの。お風呂に行たネーナ、ルシエラ、コタロは既に誘たの」
俺たちとメルは顔を見合わせ、首を傾げながらもリムルさんの言葉に頷いた。
何をするのかは分からないけれど、みんなを集めたってことはそれだけリムルさんにとって是非とも見てもらいたいものなんだろう。リムルさんの楽しげな表情にもそれが現れているし、何だろう、楽しみだね。
図鑑を閉じて、俺はリラを肩車して立ちあがり、みんなで一緒に倉庫へと向かっていく。夜の時間は倉庫を二階に移動させているから、一階に下りる必要がないのは楽だねえ。
そうして、倉庫に足を踏み入れると、そこには既にお風呂上がりのネーナ、ルシエラ、コタロが待ってくれていた。俺の足に抱きついてくるコタロをよしよしと撫でながら、早速俺はリムルさんに訊ねかけてみた。
「これでみんな集まったけれど、リムルさん、俺たちにいったい何を見せてくれるのかな」
「うん。リツキたちに『魔法』を見せるの」
「『魔法』?」
リムルさんの視線の先には、黒っぽい石やら魔物の牙やら皮やら、とにかく大小様々な見たこともない異世界の素材がいっぱい並べられていた。リムルさんが鞄に入れていたものか、休日に購入してきたものかは分からないけれど、結構な量だな。
それらを使って、リムルさんは『魔法』を見せてくれると言った。いったい何の魔法なのか、首を傾げる俺たちだけど、いち早く答えにたどりついたネーナがぽつりとそれを口にした。
「大地の民のリムルさんによる魔法……『鍛冶魔法』、ですか?」
「そうなの。流石ネーナ、博識なの」
「『鍛冶魔法』? あの、リムルさん、それはいったい……」
俺の問いかけに、リムルさんは笑って小さく何か呪文のようなものを呟いた。
瞬間、リムルさんの体が薄黄土色の衣に包まれる。これは確か、前にも見せてくれた体を守る力……『大地の衣』だったっけ。モノ作りをするときに使う、危険から身を守るための特殊能力。それを身に纏い、リムルさんは足元に並べられた材料たちへ向けて手を翳した。
瞬間、目の前の光景に俺の心臓が飛び出そうになる。
リムルさんが手を翳した先にある材料が、ふわふわとその場に浮き出した。その数二十を超える材料たちが、足元に敷かれた布の上から空を飛んでふわふわと。この光景にコタロは大はしゃぎ、リラは感動で尻尾がぶんぶんと揺れている。いや、凄いねこれ、まさしく異世界魔法って感じだ。
思わず拍手をする俺、つられて拍手をするみんな。そんな反応に気を良くしたリムルさんは、楽しげに笑って言い切った。
「それじゃ、少し離れてるの。これから私が見せるのは、大地の民が長年に渡り伝承してきた『鍛冶魔法』、その力によて、この世界の材料のみでリツキの世界の品物を再現してみせるの!」
「え、ええええ、ほ、本当に!? い、いったい何の品物を、どんな凄いものを再現するの!?」
「ふふふ、それは――『ミズデポウ』なの!」
リムルさんの咆哮、驚くみんな。そして一人呆然とする俺。
な、なんてことだ……リムルさんは、この世界最高峰の技術を駆使して、選び抜いた最高の素材を用意して、水鉄砲を再現しようとしているのか! ……ん? 水鉄砲?
「あの、リムルさん、水鉄砲って、水鉄砲?」
「そうなの。倉庫にあた『ミズデポウ』なの。何度も分解して、構造や理論を自分なりに整理したから、きといけると思うの。分からない技術も、代用できそうなものを用意したの」
ちらりと床を見ると、バラバラに分解された玩具の水鉄砲が。それを見て俺は少し不安になる。
これ、ちょっと高いタイプで射程の出る水鉄砲だから、再現するのかなり難しいんじゃ……でも、リムルさんは自信満々だし。これはリムルさんを信じて見守るしかないね。
嬉々としてモノ作りを開始するリムルさん。観戦モードに入る俺たち。リムルさんモノ作りチャレンジ、成功するといいな。どうかきちんと水鉄砲が完成しますように。
でも、リムルさん、本当に楽しそうに笑ってモノ作りするんだね。本当にモノ作りが好きなんだなってこっちに伝わってくるよ。
もしかしたら、これが『本当』のリムルさんの『心から』の笑顔なのかもしれない。リムルさんが楽しそうなら、それが一番だね。




