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60.職人かな

 



 レイやラダッツ工房の方々の来訪と、本当に波乱にあふれた一日だったけど、それも終わりを迎える。

 閉店時間を迎え、俺とタヌ子さんは店内の掃除を始めていた。

 今日はネーナもメルもお休みだから、俺がしっかり掃除と片づけを頑張らないとね。ネーナがお休みだから、コタロもリラも存分に甘えているだろうし。

 布巾を濡らして絞り、テーブルを拭いていると、タヌ子さんから悲鳴のような叫びが。


『た、大変ですリツキさん! 一大事です!』

「タヌ子さんは毎日が一大事だね。どうしたの?」

『布巾を濡らそうと桶に手を入れたら、私の手が水を吸ってしまいました! まるで腕に重りをつけられてしまったような状態です! この危機的状況をどうすれば!』

「……この理由でメルはタヌ子さんに水拭きを任せなかったんだね。タヌ子さん、おいで」

『あ、今ちょっと心にキュンときました。今の、とてもいいと思います。もう一回私のこと呼んで頂けませんか? できればもっとぶっきらぼうな感じで『タヌ子』って呼び捨てにして頂けるとうきゃああああ!』


 ちっとも来てくれないタヌ子さんに歩み寄り、そのままタヌ子さんの濡れた腕を雑巾絞り。タヌ子さんの手先から水がいっぱい溢れ出てくる。うん、これで軽くなったかな。

 タヌ子さんは叫んでいるものの、彼女は痛みとか感じないらしいので、今の叫びは驚きの叫びなんだと思う。何にせよ、これで一件落着だ。残りの掃除も頑張ろう。


「それじゃタヌ子さん、俺は倉庫の掃除を手伝ってくるね。リムルさんが一人で頑張ってくれているから」

『はいっ! ここは私に任せて下さいな!』


 ぴこぴこと手を振るタヌ子さんにこの場を任せて、俺は倉庫へと向かった。

 倉庫の中では、リムルさんが明日の朝に店に並べる商品の量産作業を始めてくれている。リムルさんは本当に段取りがしっかりしているね。メルやネーナもそうだけど、きっちり段取りができるひとはやっぱり仕事が早いし正確だ。俺とタヌ子さんは……うん、もっと頑張ろう。

 商品を作っているってことは、既に掃除は終わったのかな。だったら俺も製品量産を手伝わないと。

 メロンパンを量産しているリムルさんの横に座り、俺はビニール手袋をひたすら箱から出す作業を始めた。


「手伝うよ。ビニール手袋を量産するね」

「ありがとうなの。あとは『ぽてとちぷす』と『石鹸』を量産しておきたいの。残りはまだ余裕があるから、明日の朝の商品の売り上げ状況を見てからでも問題ないの」

「さすがにしっかりしてるね。了解」


 リムルさんのテキパキとした言葉に、俺は笑って頷いた。

 しかし、リムルさんも流石は社会人経験者というか、あっという間に仕事になれちゃったな。慣れる速度だけで言えば、店のメンバーでも一番かもしれない。

 真剣にメロンパンを量産し続けるリムルさん。そんな彼女の横顔を見つめながら、俺は手袋を量産しつつ彼女に訊ねてみる。


「リリネコ商店で働いてみて、どうかな? と言っても、まだ一週間も経っていないんだけど」

「とても充実しているの。仕事も楽しいし、みんなは良い人ばかりだし、何より異世界の商品に触れられて、楽しくない訳がないの。私、ここに永久就職するの」

「永久就職の使い方間違っているような……でも、そう言ってもらえるのは本当に嬉しいよ。ありがとう、リムルさん」

「こちらこそ雇てくれてありがとうなの、リツキ。ずとお世話になりますなの」


 ペコリと頭を下げるリムルさん。こちらも頭を下げ返したものの、彼女の『ずっとお世話になります』という言葉で、今日の昼のことを思い出す。

 店に来た大地の民の人たち、一度でいいからリムルさんに戻ってきてって言っていたんだよね……喧嘩した父親と話してほしいって。

 リムルさんが家出して、ラダッツ工房はそれはそれは暗い雰囲気らしい。


 俺は今、それをリムルさんに言いだすかどうか迷っている。正直なところ、こればっかりはリムルさんの家の絡んだ問題だ。

 メルの時のように、彼女からSOSが発信されているならまだしも、リムルさんの中ではどうも完結してしまっているようにすら思える。そんな状況に俺が踏み込んでしまってもいいのか。

 でも、リムルさんに話をしておくってあの人たちに言ったからなあ……でも、そのことを話題に出したら、間違いなくリムルさんは不機嫌になりそうだ。

 仕方ない、踏み込もう。リムルさんに一応話をふっておくと約束した以上、何も話をしないのは不誠実だ。俺は軽く咳払いをして、リムルさんにラダッツ工房についての話を試みた。


「あ、あー、あのさ、リムルさん。これはちょっと、お昼にお客さんから聞いた話なんだけどね」

「どしたの、リツキ」

「えっと、リムルさんが家出をしてから、なんだかラダッツ工房の人たちが凄く落ち込んでいて……ええと、職場の雰囲気がとても暗い上に、リムルさんのお父さんが凄く落ち込んでいるらしくて……う」


 俺が口にできるのはそこまでだった。

 必死に話をしていた俺だが、そんな俺を射殺さんばかりのリムルさんの冷たいジト目が真っ直ぐに俺を捉えていたからだ。ああ、久しぶりの『こいつマジなんなの。ありえないの』的な視線だ……ゾクゾクする。

以前は店内でよくこの視線をぶつけられていたものだけど、最近は店長として接してくれていたからなあ……いや、こんな呑気なことを考えている場合じゃなくて。

リムルさんに『ゴミ虫なの』とか『リツキって世界で一番のクズなの』なんて言われる前になんとかしなければ。

必死に次の言葉を考えている俺にリムルさんはやがて大きなため息をついてジト目を解除してくれた。あ、あれ、暴言がこない。その代わりに、俺に確認するように問いかけてきた。


「誰にそう言うように言われたの? リツキ、ラダツ工房の誰かに頼まれたんでしょ。私を一度家に連れ戻して父と話をさせるように」

「うぇ!? そ、それはどうだろう」

「隠さなくてもいいの。この店によく足を運んでくれているラダツの人たちに事情は話しておいたけど、いつかは男連中が店に来るだろうとは思てたの。むしろリツキに迷惑かけて申し訳なかたの。何もされなかた? 年のいた職人ならまだしも、若いのは変に荒ぽいおバカの集まりだから、ちょと心配だたの」

「い、いや、俺は何も。ルシエラがいたしね」

「……つまり、ルシエラがいないと危なかたということなの。本当にごめんなさいなの、今度店に来たら全力で締めておくの。次になにかあたらすぐに言てね、私が対応するの」


 ……しまった、リムルさんの誘導尋問に引っ掛かって、要らないこと言ってしまった。

 大地の民の若人衆、ごめんなさい。俺のせいでリムルさんからの好感度だだ下がりです。

 しかし、参ったな。リムルさん、この話題に関してはとりつく島もないよね。ラダッツ工房の状態を聞いても、完全に家に戻るつもりはないみたいだし……いったいどれだけ激しい親子喧嘩をしてきたのか。

 そういえば親子喧嘩の理由、リムルさんには直接訊いたことなかったかな。ラダッツ工房の人から間接的に彼女が武器作りを止めた云々が原因だって聞いたことはあったけれど……少し、触れてみてもいいのかな。迷ったものの、俺はリムルさんに訊ねてみることにした。もし、嫌な話題だったらすぐに蹴り飛ばしてくれると信じて。


「ねえ、リムルさん。リムルさんの家出の理由……お父さんと喧嘩した理由、訊いてもいいかな? もちろん、話すのが嫌なら話さなくて構わないんだけど……」

「別に深刻な理由なんてないの。私が武器作りをやめてしまたから、そのことでいつも口論していて、怒りの限界がきただけなの。父は私にラダツを継がせようと、小さい頃から武器作りをさせていたから、私の行動が受け入れられなかたんだと思うの」

「リムルさん、武器作りを止めたんだ。ラダッツの職人さん、しかもお父さんがこの国指折りの鍛冶職人なんだから、リムルさんの腕前も相当なものなんじゃないの?」

「私が最後に作た剣は、どこぞの貴族に三千万リリルで売れたの」

「さ……」


 絶句した。桁が違い過ぎる。リリネコ商店のこれまでの売上全部足しても勝てないって。

 いや、改めて認識する。リムルさん、とんでもないレベルの職人じゃないか。武器だけ作っていたら、それこそ一生遊んで暮らせる額の金を簡単に稼げ出せるくらいに。

 びっくりする俺だが、ますます混乱する。それだけ才能があって、リムルさん自身もモノ作りが嫌いじゃない、むしろ好ましく思っている。それなのにどうして武器作りを止めたのか。そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、リムルさんは俺を見つめながら、やがて軽く息を吐き出して、そっと話を始めてくれた。


「私が武器作りを止めたのは、心の中に生まれた『違和感』がどうしても消化できなかたからなの。それを感じる限り、私は職人として父を超えることはおろか、職人として生きることも叶わないと悟たからなの」

「『違和感』……? それはいったい」

「リツキも知ていると思うけれど、私はモノ作りが大好きなの。物心つく頃から父にモノ作りのイロハを叩き込まれて、沢山の武器を作たの。夢中になって何百、何千、何万という物を作てきた。一日に二十本なんてザラだたの」


 いや、それは凄過ぎるんじゃ。俺のイメージでは、武器は長い時間をかけて、火やハンマーでトンテンカンと作る感じだったんだけど、この世界は違うんだろうか。

 そんな俺の疑問をおいて、リムルさんはメロンパンを量産しながら話を続けていく。


「小さい頃は自分が武器を作るのに疑問なんて持たなかたし、父の娘なんだからそれが当たり前だと思てたの。国に認められるほどの職人である父の娘なんだから、私は武器を作て当たり前だと思てた。それが私の人生なんだて考えてた」


 だけど。一度そう言葉を切って、リムルさんは苦笑しながら語った。


「いつからか、武器を作ることに『違和感』を覚え始めたの。できるから作る、嫌いじゃないから作る、父の娘だから作る……そうやて生み出された自分の作品を見て、どうしても『違和感』が拭えなくなてしまたの。これは、私が職人として本当に胸を張れるものなのかて」

「それは……でも、リムルさんの作った武器は、多くの人から絶賛されたんだよね? それこそ、一本三千万リリルで取引されるくらいに」

「見た目や性能だけは整ていた、でもそれだけなの。私の作た武器には、一番大切な職人としての魂が欠けていたの。例えどれだけ綺麗に、上質に作たところで、父の作た『本物』と並べてみると、その差は一目瞭然だたの。私の作たものは、『本物』じゃなかた」


 なるほど……俺には分かりにくいけど、これはきっと、リムルさんの職人として譲れないことなんだろう。高みに駆け上がった職人だからこそ分かる、独自の世界。

 リムルさんやリムルさんのお父さんだけが分かる世界、感じられること。そこがリムルさんにとってどうしても譲れないところなのかもしれない。

 俺はそんなリムルさんに、フォローじみた言葉をかけるが、一蹴されてしまう。


「でも、お父さんがリムルさんの腕を認めてくれているなら、ずっと作り続けていれば、いつか『本物』になれるんじゃ……」

「私もそう考えていたの。だけどリツキ、そうじゃないの。私は武器職人として、一番大切な部分、資質が欠けていたの。それに気づいてしまたら、もう武器作りは続けられなかた」

「資質って、でも、リムルさんは凄い剣を作ったりしたって」

「手先の器用さや技術じゃないの。私はお客さんの声に『拒絶』を感じてしまたから……それが全てなの」


 一度言葉を切って、リムルさんは少しだけ昔話をしてくれた。

 それは、今から一年ほど前のこと。リムルさんが作り上げた逸品、大剣を有名な王国の騎士に納品したそうだ。

 その数日後、騎士がラダッツ工房を訪れ、その武器の感想を事細かに語ってくれたらしい。この剣で、どんな強大な魔物の首を落とし、どれだけの犯罪者を叩き斬った、と。

 剣の武勇、剣の素晴らしさを口早に、興奮気味に語る騎士。

 それを聞いて自慢げに目を細めるリムルさんの父親。ただ唯一、リムルさんの心だけが取り残されてしまっていた。


 騎士の話を聞いても、リムルさんの胸は何一つ躍らなかった。


 自分の作った武器が何を切り伏せ、何を傷つけ、何を打倒したと耳にしても嬉しいと思えなかった。

 リムルさんだって年端もいかない子供じゃない。その武器が誰かの身を守るために役立ち、誰かを救うために振るわれたことは理解しているし、それは本当に誇らしいことなのだとは分かっている。だけど、心が少しも反応しなかった。

 その時、リムルさんははっきりと自覚してしまったそうだ。自分には、武器職人として生きるために大切な『心』が欠落しているのだと。

 目的もなく、求めるものもなく、ただ言われるままに、流されるままに剣を作る。そんな自分は、決して『本物』になどなれないのだと。


 リムルさんの話に、俺は口を閉ざしてしまう。

 参った、正直な話、俺なんかじゃ到底触れられない話題だ。これはリムルさんのプロフェッショナルとしての考え、心にある世界の問題で、素人の俺が何を言っても響いたりしない。答えを出せるのは、職人としてのリムルさんだけだから。

 何と声をかけたらいいのか。困り果てる俺だが、そんな俺にリムルさんはくすりと笑って楽しそうに話しかけてくれた。


「でもね、リツキ。最近の私は違うの」

「違う?」

「この店に出会て、リリネコ商店の『異世界の道具』に触れて、私の心はとても感動に打ち震えているの。やと自分が作りたい『何か』に出会えた気がしたから」

「リムルさん……」

「リツキ、私は再現してみたい。私の持つ技術で、この店の『キカイ』を作てみたいの。そして、街の人たちに触れてもらて、その時に驚く顔、楽しそうに喜ぶ顔が見てみたいの。これが今、私の胸にある、私の職人としての『心』なの」


 嬉しそうに語るリムルさん。そんなリムルさんの可愛い笑顔に触れ、俺もつられるように笑う。

 そうか、リムルさんはリムルさんの答えをしっかり手にしているんだね。自分の目指すゴールを見つけ、それに向けて全力で走っている。だから、こんなにも綺麗に笑えるんだ。

 家のこと、職人としてのこと、俺が心配したりする必要なんてなかった。

 リムルさんは真っ直ぐに前だけを見て、自分の答えを見つけているんだから。

 リムルさんがしっかりと答えを出している以上、俺のすべきことはただ一つだ。リムルさんがやりたい、目指したいと思う道を応援しよう。できるなら力を貸そう。

 そう結論を導いて、俺はリムルさんに笑みを浮かべて語りかける。


「そっか。リムルさんがそう決めているなら、俺はしっかり応援するから」

「ありがとうなの、リツキ。これからも末長くよろしくお願いしますなの」

「でも、そのことをお父さんに話してみるのもいいんじゃないかな。リムルさんが『職人』として決めた道なら、お父さんも認めてくれるんじゃないかな」

「それが叶うなら最初からそうしてるの……あの頑固者、私の話を最初から聞くつもりもないの。愛想も尽きたの。もう二度とご飯作てあげないの」

「でも、リムルさんがいなくて落ち込んでるみたいだよ?」

「……今度、ちょことだけ顔見せてくるの」


 少しだけ妥協してくれた優しいリムルさんに感謝しつつ、俺はビニール手袋の量産を終えた。

 時間はもうすぐ六時、さあ、晩御飯の時間だね。俺はリムルさんと並んで、みんなの待つ二階へと向かうのだった。




・八十二日入荷商品

スティックのり





 

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