58.問題解決にはお話、かな
椅子の上に座る俺とルシエラ、そしてレイ。
そんな俺たちの眼前、床の上で正座をする小柄な若者三人衆。いや、どうしてこうなった。
ルシエラの殺人パンチによって悶絶していた三人。
痛みが消えるまで話はできないだろうと、椅子に座って待っていたんだけど……痛みが治まるなり、座っていた椅子から下りてなぜか自発的にこの状況に。
困った俺は三人に席に着くように話してみるものの。
「あの、正座とか全然望んでいませんから……とりあえず、席についてお話しましょう。お嬢を誑かしたとか、そのあたりの話をちゃんとお聞きしたいので」
「いや、それは……あの、本当にすみませんでした。自分たち、ちょっと浮ついていたというか、調子に乗っていたというか……ですので、その、一緒の席に座るのだけはどうか、勘弁して頂けないかと」
「えええ……」
リーダー格の男性がチラチラと視線を向けながら必死に懇願してくる。
彼の視線の先には、椅子に座って相変わらずプラモデルを改造しているルシエラの姿がある。ルシエラ、完全にこの人たちへの興味ゼロ状態だよね。でも、護衛のために俺の横に座ってくれているのは……やっぱり嬉しいよね。後でちゃんとお礼を言おう。
しかし、ルシエラの鳩尾パンチで完全に戦意喪失してしまってる。店に怒鳴りこんできた勢いはいったいなんだったんだ。俺はため息を一つついて、男たちに訊ねかけてみた。
「それじゃ、このままお話をさせていただきますが……リリネコ商店に怒鳴りこんでたきた理由を教えて頂けますか? お嬢を無理矢理働かせているとか言っていましたが」
「その、それは……」
「ふむ? 歯切れが悪いね、先ほどの君たちの姿からは考えられない、まるでプレシュアリーニャッフのようだ! 先ほどの君たちは『正義は我にあり』と言わんばかり、それこそリツキが悪の権化であるかのような振る舞いだったというのに!」
後で聞いた話なんだけど、プレシュアリーニャッフっていうのはお偉い貴族が愛玩動物として飼っている動物らしい。人見知りが激しく、家族以外相手には怖がって丸くなる可愛い犬と猫の合いの子みたいなペットなのだそうだ。いつか見てみたいね。
レイの追い打ちにも、男三人衆は顔を俯けて下を向くだけ。困ったな、ルシエラの一撃で完全に冷や水をぶっかけられたような状態になっちゃったみたいだ。
どうしたものかと困っていると、横に座っていたルシエラが可愛い声で恐ろしいことを言い放つ。
「おい、リツキの質問には間を開けずに答えろ。リツキとこの店に悪意を向けた奴相手に私は容赦するつもりはないぞ」
「ひい!? い、いや、俺たちは決してそんなつもりじゃ……」
「害意が風に乗っていた。私が何もしなければお前たちはリツキに手を出すつもりだった、それは明白だ。あまり下らない言葉を並べて、これ以上私を苛立たせるなよ。本気で蹴り飛ばすぞ」
……びっくりした。何も興味ない風に見えていたけど、ルシエラ、不機嫌だったんだ。
ルシエラは俺に手を出そうとした彼らに対し、しっかり怒ってくれているんだ。やばい、ルシエラの気分を害している状態だからこういうのはいけないと分かっているんだけど、やっぱり嬉しい。自分のために怒ってくれるというのは、こんなに嬉しいことなんだね。
ルシエラだけに聞こえるように、そっと『怒ってくれて、心配してくれてありがとう』と口にすると、ふくらはぎを軽く蹴られた。痛い、なんでさ。
ふくらはぎの痛みに悶絶していると、やがて観念したようにリーダー格の男がポツポツと事情を話し始めた。
「あの、お嬢っていうのは、リムルお嬢のことです。リムル・ラダッツお嬢」
「ですよね……皆さんも大地の民ということは、おそらくそうかと」
お嬢様、ウチにはいっぱいいるんだけど、大地の民がお嬢って呼ぶのはリムル嬢だからね。この人たちはリムルさん、というよりもラダッツ工房の関係者ってことになるのかな。
俺の推測はほぼ正解で、リーダー格の男は説明を続けていく。
「俺たちはラダッツ工房で働いているんです」
「ラダッツ工房の職人さんですか」
「いや、職人なんて名乗るのもおこがましい、ペーペーの駆け出しなんですけども……最近、ラダッツ工房内で大事件がおきまして」
「……リムルさんの家出、ですか」
俺の確認に男は頷いて肯定した。ですよね……それしかないですよね。
リムルさん、親と喧嘩して出て行って行くところがないって言っていたからね。その理由から住み込み希望で面接してほしいって申し出たんだっけ。
いや、でも待ってほしい。リムルさんはあくまで親子喧嘩で家を飛び出して、自分の意思でウチで働いている訳で、決して無理矢理働かせているとかそんなことがあるはずもない。そんな強権なんて俺にはないし、そんなことをするつもりもない……というか、できないからね。ネーナをはじめとして、みんなと一緒に住んでいるのに、どうやってそんなことするんだろうね。
「確かにリムルさんはウチで働いています。ですが、あくまで彼女の意思によるもので、リリネコ商店が無理矢理強制したりといったことは一切ありません。というか、どこをどうしたらそんな結論に至ったんですか。誰かに聞いたりしたんですか?」
「ええと、実はリリネコ商店で飯を買っているウチの者がいて、そこでお嬢が働いているのを見たって連中が何人もいまして……」
大地の民のお客さんは確かに何人も常連がいる。ラダッツ工房で働いている人も。
でも、その人たち……職人じゃないマダムやお姉様方がリムルさんと話をしているのは見たことがある。だけど、みんなリムルさんと笑顔で話していたから、てっきりラダッツ工房側は了承というか、問題視していないと思ってると判断したんだけども。
あの人たちはリムルさんの味方みたいな感じだし、この人たちに悪く言うとは思えないんだけど。首をかしげる俺に、リーダー格の男はぶっとんだ答えを与えてくれた。
「その、女連中が『お嬢が家出をした理由は間違いなく駆け落ち、リリネコ商店の店主と大恋愛の末に同棲生活をしているから絶対に邪魔するな』なんて言うもんだから……これは弱みを握られて、無理矢理させられているんだとばかり」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
「なんと! それは素晴らしいね! 愛とは力であり絆だ! 人と人の想いは決して他人の手で邪魔されるものではないからね! 僕は愛を何より美しく誇るべき力だと考えているよ!」
「レイは黙ってて下さい、ややこしくなります。ありませんから、俺とリムルさんは何もありませんから」
「そうだな、リツキがやったことと言えばリムルの裸を見たくらいか」
「見てないからね、あれは全部ルシエラのせいだからね、本当に余計なことを言わないでね、大地の民の皆さんの目が恐ろしく怖いことになってるからね」
レイとルシエラを沈黙させて、俺は身の潔白を大地の民の若人衆に説明した。
しかし、女性はそういう話が好きだとは聞いていたけれど、まさかリムルさんの家出理由がそんな風に変換されてしまうとは思わなかった。リムルさんがこのこと知ったら、俺、視線で射殺されそうだ。
俺の必死の説明が届いてくれたのか、若人衆は何とか納得してくれたらしい。
大きく肩を落としながら、頭を下げた。
「本当にすみませんでした……お嬢、俺らにとって憧れの人なんですよ。そのお嬢がどこの誰とも分からない、ぽっと出の野郎に奪われたかと思うと、悔しくて悔しくて……」
「いや、ぽっと出の野郎、何もしてませんからね?」
「ぽっと出の野郎は一緒の部屋で寝ているネーナすら未だに抱けていないからな」
「何!? それは男としてどうなんだい、リツキ! ナティのどこがいけないというんだい!? ことと場合によっては君を許せなくなってしまいそうだよ!」
「ルシエラは本当に余計なことを言わないでね? レイも怒る方向が間違っているからね? とにかく、リムルさんは住み込みでお仕事をして頂いてはいますが、そんな噂は全て嘘ですから」
「本当ですか? お嬢の裸を見たってのも絶対に嘘っすよね?」
沈黙。見てないよ。ちらっとしか見てないよ、本当だよ。
とにかく、これ以上俺の言うことを信じてもらえないなら、リムルさん本人に直接訊いてもらうしかない。本人の口から否定してもらえれば、彼らの疑いも晴れるだろう。
そのことを告げると、若人衆はとたんに及び腰になる。いや、なんでさ。一番早いじゃないか。そう訴えると、若人衆のリーダーから情けない理由が飛び出してきた。
「もし本人に確認して、リツキさんの言ってることが本当だったら、俺たち最低なことしていてお嬢に確実に嫌われてしまいますよ……お嬢に嫌われたら、俺たち生きていけないんで」
「ええええ……いやいやいや、でも俺を疑う以上、リムルさんに確認しないと」
「いや、疑ってないです。リツキさん、紳士ですからお嬢にそういうことしないって十分に分かりましたから。一緒の部屋で寝ている女性にすら手出ししてないんですから、お嬢に手を出すなんて考えにくいですし。リツキさん、まじ聖人っす」
やだ、何だろう、この悔しさ。褒められているのに悔しくて悔しくて仕方ない。
だって、仕方ないじゃないか。そりゃ俺だってネーナに触れたいよ、もっと傍で感じたいよ。でも、コタロとリラだっているんだし、俺はまだネーナに告白だって……あああもう俺は何を考えているんだ。顔が熱くなる、駄目だ、こういうの考えちゃ駄目だ。またネーナの顔が見れなくなってしまう。
大きく深呼吸をして、俺は話を終わらせるためにも三人に最終判断を伝えた。
「リムルさんと俺……リリネコ商店との誤解は解けたと考えて構わないんですね?」
「はい。今日は本当に済みませんでした。でも、お嬢のいなくなったラダッツ工房、本当に寂しいんですよ……お嬢、みんなにとって天使のような存在で。そんなお嬢が消えて、工房は火が消えたように静かになっちゃって……親方も口では強がってますけど、落ち込んでいるのは誰が見ても分かりますし……」
「お気持ちは分かりますが、それを俺に伝えられましても……とりあえず、今日のことは無しにして、リムルさんにラダッツ工房の現状はお伝えします。そのうえでどうするかはリムルさんの判断に任せます。それでよろしいですか?」
「はい、お願いします。一度だけ、一度だけでいいんで工房に足を運んで親方と話をしてもらえるようにお願いします。お嬢のこと、本当によろしくお願いします。今日は本当に済みませんでした」
「君たちがやったことは非常によろしくないことだよ! 君たちはラダッツ工房という組織に属している以上、君たちの振る舞いはそのままラダッツ工房の評価へとつながるんだからね! 今日のことはしっかり反省しなきゃいけないよ!」
「おっしゃるとおりです……後日改めて謝罪に向かわせてもらいます」
しっかりと頭を下げて詫び、店を後にする三人。
誤解さえなければ、流石にしっかりしているね。筋を通してきっちり謝ってくれる。駆け出しとは言え、街を代表するラダッツ工房の職人ってことだね。
しかし、レイは締めるときはきちんと締めるんだね。レイの言うとおり、彼らがラダッツ工房で働いている以上、今日のことは褒められた行為じゃない。
休み中であっても俺がリリネコ商店の店長であることは変わらないように、あの人たちも常にラダッツ工房の人間として見られるんだから、そのように振舞わないといけないね。俺、この三カ月で本当に社会の常識みたいなのを教えられている気がするね……異世界で社会人のイロハを学べるとは思わなかったけれど。
「入店時とは人が変わったかのように礼を尽くしているね。あれが本来の彼らの姿なんだろうね。お嬢とやらを奪われた怒りの炎は彼らの理性すら燃やしつくしてしまったんだね。人を豹変させるほどの力になる、それが愛! 実に素晴らしい感情だよ!」
「まあ、誤解が解けたようで何よりです。リムルさんも昼頃には一度帰ってくると思うし、彼らの伝言を伝えないとなあ……入店時のことはぼかして、懇願されたことだけを伝えよう」
「それがいいね! しかしリツキ、これまでの君の姿を横からずっと見つめていたけれど、実にしっかりしているね! 大きな問題、理不尽な状況に直面しても落ち着いて話を進められるものだと感心したよ!」
「ルシエラが彼らを冷静にしてくれたおかげですよ。彼らが冷静だから、こっちも理屈で会話できただけで……感情が昂ぶっている状態だったら、俺はきっと宥めるくらいしかできなかったでしょうし」
「理屈ではなく感情を振りまわす相手ほど厄介なものはないからね! しかし、君は謙虚だね! 慎ましいその性格、実に僕好みだ! ますます愛おしいよ、リツキ!」
「それはどうも、ありがとう、ございます」
愛おしいと言う前に抱き締められる俺。いや、本当にこの人抱きついてばっかだな。
身にまとう鎧が押しつけられてちょっと痛いけど、俺はなされるがまま状態だ。
良い気分になっている相手に水を注すのもなんだかなあ……とにかくレイから離れて仕事に戻ろう。ずっとカウンター業務をタヌ子さんに任せちゃってるし、本当にタヌ子さんには後でお礼言わないと。
そうして、俺はレイから離れて仕事に戻ろうとした、そんな時だった。
入り口の扉が開かれ、そこから姿を見せたのは買い物帰りのネーナたちだ。
ネーナとコタロは俺の姿を見つけて笑顔に。リラはいつもの眠そうな表情を。そしてメルは大きなため息を。いや、ごめんね、仕事中に誰かに抱きつかれている状況、明らかにこれ仕事サボってるよね。また俺の夜の時間はメルの説教に費やされるのか……そんなことを考えていると、横からレイの声が店内へと響き渡った。
「ああ、僕の可愛いナティ! メル嬢! 君たちが戻るのを待っていたよ!」
「……レイ様?」
レイの声に、ネーナは吃驚といった表情を浮かべている。ネーナがこんな表情になるのは本当に珍しいことだ。
俺は駆け寄ってくるコタロとリラを抱きしめながら、そんなネーナを見つめるのだった。
……あと、メルのこんな表情を見るのも本当に珍しい気がした。今のメルの表情はなんだろう……一言で言うなら、『勘弁して下さい』みたいな……メル、もしかしなくても、レイが苦手なのだろうか。レイ、あなたはメルに過去に何をしたんですかね。




