6.ちょっといいかな
コタロとリラが起きるまでの間、これからどうするかをネーナとしっかり話し合った。
とにかく何よりも優先すべきは、この物騒な森を抜けて人のいる街に出ることだ。
ネーナもコタロもリラも、奴隷商人の連中に持物を全て奪われてしまい、身に纏っている襤褸しか持ち物が残っていないという。
つまり、俺たちはお金を一円も持っていないということ。お金がなければ、服も買えなければ寝る場所を確保することもできない。
……いや、頑張ればこの倉庫でいくらでも寝泊まりできるんだろうけど、こんなところで寝泊まりなんて精神衛生上も、コタロとリラの教育上でもよろしくない。
一刻も早く人のいる街に向かうこと。
そして、その街でお金を得て、居住する場所を確保すること。
話し合いをしていると、コタロとリラが二人同時に大欠伸とともに目を覚ました。目をこすりながら耳をペタンとする二人、動きがシンクロしていて何か微笑ましい。
目覚めたコタロとリラに、ネーナがこれからのことを優しく説明する。
まあ、出会ったばかりの俺がするよりもネーナから言ってくれるほうが安心するだろう。
家族と再会するために、俺にお世話になろうというネーナの言葉に、コタロは元気よく頷いて、リラは少し遠慮がちにこくんと首を縦に振った。
了承してくれた二人に安堵して、俺は改めて笑って二人に声をかけた。笑顔、ひきつってないといいけど。
「そういうわけで、これからよろしくな。コタロ、リラ」
「よろしくね、兄ちゃん!」
「おっと」
俺の言葉にコタロは満面の笑みを浮かべて、胸の中に飛び込んできた。
わお、凄い尻尾振ってる。右に左にバタバタと動くコタロの尻尾。可愛いなあ、こいつ。
人懐っこいワンワンの頭を撫でていると、リラはネーナの後ろからその光景をじっと見つめていた。リラはちょっと人見知りするタイプみたい。
……というか、そっちが普通の反応だよな。ゆっくり俺に慣れてくれるといいなあ。
コタロの頭をワシワシと撫でながら、俺はふとした疑問をみんなに訊ねかける。
「そう言えばネーナとコタロとリラって歳はいくつなんだ? 俺は十五歳なんだけど……あ、年齢って概念はこの世界にあるのかな。一年が三百六十五日じゃないとか……」
「一年は三百六十五日であっていますよ。私の年齢もリツキ様と同じ十五になります」
「僕六歳! リラのお兄ちゃん!」
「……六歳」
「ネーナは同じ年齢なんだ。よかった、敬語使ってなかったけど年上だったらどうしようかと。コタロとリラは双子なんだな」
「うん!」
褒めて褒めてと元気よく答えるコタロ。本当に可愛いなあ、子犬みたいだ。
とりあえず、言葉遣いとかに気をつけたりする必要はないみたいでよかった。三人ともこの異世界の貴族とか王族とかでもないみたいだし、ほっと一息。
コタロの犬耳をふにふに触りながら、早速俺は三人にこれからのことを話し始めた。
「まずは、何をするにもこの森を抜けることが大事だと思うんだ。『魔の森』だっけ」
「そうです。ヴェルージェ地方、北部に位置する『魔の森』。獰猛な魔獣が多数生息しているので、冒険者でもなかなか近寄らない場所ですね」
「……いくら人目に付きたくなかったからって、よくそんな危険なところを行こうとしてたな、連中」
「道中は危険ですが、ここを抜けてしまえば自由都市マルシェリアへの近道ですからね。私たちが目指すべきはその街がいいと思います」
「そうなの?」
「マルシェリアはこのグラオード王国きっての交易地点で大きく発展を遂げた街です。そこで商売を始める人も多く、私たちが拠点を得てお金を稼ぐには一番適した場所だと思います」
ネーナ先生の授業を真剣に聞き入る俺とコタロとリラ。
……いや、コタロは俺の真似をしてるだけで、話は全く頭に入っていないらしい。
何度も俺に『兄ちゃんの真似!』なんて言っては笑っていた。おばか可愛いなあ、こいつ。
「交易によって成り立っている商業都市ですので、人間以外の他種族も沢山住んでいることも大きいです。そこならコタロとリラも目立つことはないでしょう」
「なるほど……俺たちにとってはうってつけの場所って訳だ。よし、頑張ってそこを目指そう」
「ただ、問題はどうやって森を抜けるかですね……森自体の距離はそれほどないのですが、この森には獰猛な魔獣が沢山生息してますので、武装もせずに森を歩くのは大変危険かと」
「それに関しては俺にアイディアがあるんだ」
「あいでぃあ、ですか?」
「良い考えってことね。まあ任せて」
そう言って、俺は倉庫の扉を開いて外を眺めた。
進路確認、獣なし。安全を確かめたうえで、俺はネーナに振り返って説明をした。
「今、俺たちのいる倉庫なんだけど、これって不思議なことに、俺の後ろをついて回るんだよね。俺が外を歩けば、この倉庫の入り口も俺に追従して動くんだ。この性質を利用して森を踏破しようかと」
「と言うと?」
「森を歩いて進みながら、もし魔獣がいたら、この中に逃げ隠れて避難する。魔獣がいなくなったらまた進んでいく、みたいな感じを繰り返そう。倉庫の入り口は常に俺の後ろにあるから、逃げるのも容易だし」
俺の説明に納得したらしく、ネーナは深々と頭を下げてお礼を言う。
……なんかあれだね。ネーナと話していると、自分がおとぎ話の大英雄にでもなったかのように思えてくるね。人に真っ直ぐお礼を言える、見習おう。
ネーナの真似をしてコタロとリラも頭を下げている。本当に可愛いなあ。
いいよいいよと手を振る俺に、ネーナは俺とともに倉庫の外に降りたって、倉庫の入り口を見つめて言った。
「奴隷商人から救っていただいたとき、何もない空間から急に入口が現れたので、びっくりしたのですが……不思議な倉庫ですね、本当に」
「……何もない?」
「ええ、何も。今は扉が開かれていますので視認できますが」
ネーナの言葉に興味がわき、試しに倉庫の扉を閉めてみる。
俺には扉がしっかり見えるのだけど、ネーナは横に首を振った。どうやら何も見えないらしい。
俺以外にこの倉庫の扉は見えないみたいだ。開けてしまえば、入口が視認できるようになるみたいだけど……本当に不思議な倉庫だね。
扉を開け、ネーナが中に戻ったのを確認して、俺は予定通り森を歩いていく。
一応、気休め程度の花火で武装しているけれど、本当に気休めだ。
ネーナの話では、森はそんなに大きくなく、どの方向でも構わないから抜けてしまえば安全になるという。草原に魔獣はあまり生息していないらしい。
その声を信じて、俺は一歩一歩森を歩いていく。
遠くに獣が見えたときは迂回し、こちらに気付かれたときは一目散に倉庫に逃げ込む。
何度もそれらを繰り返すこと一時間。俺たちはなんとか『魔の森』とやらを抜けだすことができた。
「とりあえず、これで一安心かな。後はマルシェリアって街を目指すだけなんだけど……どの方向に向かえばいいか分かる?」
「すみません、地図があれば分かるのですが……ただ、魔の森から視認できるという話を聞いたことがありますので、森沿いに歩いていけばよいかと」
「なるほど、そうしよう」
「もしかしたら、他の冒険者と出会えるかもしれません。もし人と会えたら、詳細な場所をお訊きすることもできますね」
的確なアドバイスをくれるネーナ。本当、異世界で彼女たちと最初に出会えてよかった。
俺一人じゃ、間違いなく今も森の中でひきこもっていただろうし。
ネーナの情報をもとに、俺は草原を歩き始めようとして、その足を止めた。
待てよ。草原なら、あれが使えるんじゃないか?
凹凸のない地面を確認しながら、俺は倉庫の中へと戻り、そのなかのある商品を押して入口へ運んでいった。
その道具は何かと興味津々の三人。
倉庫に転がっていた安全ヘルメットをかぶりながら、俺は三人にその商品――バギーの説明を行う。
「とても早く動くことのできる乗り物だよ。これに乗って進もうかと」
俺はバギーの隅々を見渡して、エンジンを始動した。
小さい頃、何度かレジャーランドの子ども向けバギーに乗っていた経験がここで生きた。楽しかったな、あれ。
その音にネーナは驚き、コタロは大興奮。リラは怖がってネーナに抱きついている。あちゃ、怖がらせちゃった。後で謝ろう。
俺はバギーに乗り込み、周囲を確認してゆっくりとアクセルを回していく。
バギーがノロノロと動き始め、いけると踏んだ俺はその速度を徐々に上げていった。
……いや、勿論全力で上げたりしないけども。調子にのって速度ガンガンあげたときに、運転失敗して転げ落ちたら目も当てられない。
それでも、人が歩くよりも遥かに早い速度で草原を進んでいける。
バギーに引っ張られるように流れる景色に興奮するコタロ。背後なので姿は見えないけど、コタロの大歓声が運転する俺まで聴こえてくる。子供は可愛いね。
バギーを運転すること十数分。
視界の遠くに一人の人影の姿が見えた。
ブレーキを踏みこみ、ネーナにそのことを報告した。
「人がいた。遠目だからどんな人かは分からないけど、あの人に街の場所を訊いてみよう」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」
ネーナの返答に頷き、俺は再びアクセルを回してその人物の方まで突っ走る。
そして、その人物の近くでバギーを停止。車を降りながら、安全ヘルメットを被ったまま、俺はその人物に街の場所を訊ねかけようとした……が。
「すみません、ちょっといいかな。道を訊ねたいん……だ……け、ど……」
そこで俺の声は途切れることになった。
俺が道を訊ねかけようとした人物。それは鋭さを感じさせる黒髪の女剣士だった。
長い髪を背まで伸ばし、体は軽鎧を纏い、腰には一振りの剣を下げている。
背は170cmの俺より少し低いくらいだ。女性的な凹凸がかなり強調されているようなみごとなスタイル。
容貌はまごうことなき美少女。ネーナが可愛さを強調するなら、彼女は綺麗さに特化した容姿と言えるだろう。切れ長の瞳はどこか猫科のハンターを思わせる。
けど、俺が言葉を止めたのはそんな理由じゃない。
その女剣士が右手に持っている物――それはどう見ても、先ほど森にいた羽の生えたタイガーさんの生首だった。
俺は表情をひきつらせたまま、慌ててコタロたちの視線にそれが入らないように背中で遮る。そんな俺を無言のままじっと見つめてくる女剣士。
ヘタレと呼ばれてもいい。情けないと笑われてもいい。素直に感想を言いたい。
魔獣の生首、超怖いんですけど。
声かける相手、絶対間違った……