53.ご挨拶かな
異世界生活七十八日目。
静まり返った店内。まだ朝日が差し込み始めてそれほど経っていない時間帯。
いつもより少しばかり早めに準備を始めてくれたみんなに感謝しつつ、俺はみんなを見渡して声をかける。
「えーと、昨日も話したとおり、今日からこのリリネコ商店でリムルさんが働くことになりました。自己紹介……とか、今更のような気もするし、さっき一緒に朝食を済ませているから、顔合わせも終わっているんだけども……一応、形式としてやっておこうかと。そういう訳でリムルさん、一言お願いします」
リムルさんは常連客だし、この場のみんなと面識があった。
さっきも朝食の時、改めて挨拶しあったんだけど、それはあくまで家族としてのリムルさんということで、ここでの挨拶は店員としてのリムルさんなんだ。
……いや、これ全部メルの受け売りというか、そうしたほうがいいというアドバイスに従ったんだけども。でも、確かにその通りだと思う。
俺に頷き返して、リムルさんはみんなに改めて自己紹介を始めてくれた。
「リムル・ラダツと申しますなの。今日からリリネコ商店でお世話になりますなの。お店の力になれるよう頑張りますので、ご指導ご鞭撻のほど何卒よろしくお願いしますなの」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げるリムルさん。そんなリムルさんに降り注ぐみんなからの拍手。うん、とても素敵な光景だと思う。店長として笑顔になってしまうね。
ネーナもメルもタヌ子さんもみんな面倒見がよくて優しいから、すぐに溶け込めると思うんだ。ルシエラはまあ……気まぐれだからなあ。
というよりも、リムルさんがルシエラに対して既に苦手意識を持っているような気がする。
昨日の夜、お風呂でのぼせたあと深夜に目が覚めたらしいんだけど、ルシエラにがっちり抱き枕にされていたらしくて、離れようにも離れられなかったらしい。
今朝、リムルさんが疲れ切った顔で『もう二度とルシエラと一緒のベドで寝ないの』と呟いていた姿は記憶に新しい。ごめんね、リムルさん、早急にリムルさんの分のベッドを準備するからね。
しかし、リムルさん、フルネームはリムル・ラダツって言うのか。初めて知ったな。
……いや、待て。ラダツって、もしかしなくてもラダッツ工房のラダッツなんじゃないだろうか。この街一番の武器鍛冶職人が仕切る工房で、鍛冶組合の長も務めているあの。
気になった俺は、少し迷ったものの、素直にリムルさんに問いかけてみることにした。
「あの、リムルさん。ラダツってもしかして、ラダッツ? あのラダッツ工房?」
「そうなの」
「……マルシェリア一番の武器職人、アルバラルダって、リムルさんのお父さん?」
「父なの。口うるさいの」
ちょっとムスッとした感じでリムルさんはきっぱり言い切った。
……いやいやいや、それじゃ、リムルさんってもしかしなくても、とんでもないところのお嬢さんなんじゃないのか。街一番の武器職人で組合の長って、下手な貴族よりもよっぽど力を持っているんじゃないのか。
貴族のお嬢様方に、八階級討伐者に、組合の長の娘に、よくわからないぬいぐるみに……今更だけど、ウチの店はもしかしてとんでもない人員で構成されているんじゃないだろうか。
驚く俺に、リムルさんより早くメルがジト目を向けてくる。やばい、ひしひしとメルの心が伝わってくる。『どうして知らなかったんですの』という視線だ。
いや、本当にすみません……面接の時にそういうこと訊くの完全に忘れてた。リムルさんは常連客で顔なじみだから、その質問が頭からすっぽり抜け落ちていました。
夜に絶対メルからのお説教が待っているんだろうな……恐恐としつつ、俺は先日大通りでラダッツ工房の人から聞かされた愚痴を思い出す。
ラダッツ工房は毎日のように親方とその娘が口喧嘩をし続けて空気が悪いことこの上ないと言っていた。その喧嘩の理由は、娘が武器を作ることを止めて、意味不明な物ばかり作ろうとしていたからだとか。
……その娘さん、間違いなく確実にリムルさんなんだろうね。ちょっとそのあたりの事情も、落ち着いたら聞いてみたほうがいいかもしれない。今は多分、熱くなっていて冷静な話も聞けないだろうし。
そんなことを考えいる間に、店員のみんなが各自改めてリムルさんに自己紹介をし始めてくれた。
「改めまして、ネーナと申します。分からないことがあったらなんでも聞いて下さいね」
「よろしくお願いしますなの、ネーナ。いつも美味しい『こーひー』と『ぽてとちぷす』ありがとうなの」
にっこり微笑むネーナとリムルさんは握手する。
リムルさん、コーヒーやポテトチップス購入してたのか。いや、確かに一日中店に張り付いていたから、当然食事は店内になるよね。売上でも貢献してくれていたらしい。
ネーナと入れ替わり、今度はメルがリムルさんに自己紹介。
「メル・レーグエン・ダーシュタルトですわ。リムルさんとご一緒に働けること、とても嬉しく思います」
「こちらこそ嬉しいの。メルは誰かさんよりも丁寧に商品について説明してくれるから、とても頼りにしているの。誰かさんはいつも説明を適当に投げぱなしにして誤魔化すの」
「お客様にそれはいけませんわね……リツキさん、今夜、ゆっくりお話しましょうね?」
「メル、怖いから、本当に怖いから」
リムルさんとメルのダブルジト目が俺を襲う。いや、自分なりに丁寧に説明したつもりだったんですよ……説明下手で本当にすみません。
どうやら俺の夜の時間は全てメルに委ねることになりそうだ。メルの部屋で文字の読み書きの練習をしながらお説教タイムか……お手柔らかにお願いします。
今度はメルと入れ替わり、ルシエラの番になる。その瞬間、リムルさんの表情が少し強張る。いや、もう完全に苦手意識爆発じゃないですかこれ。
そんなリムルさんの反応を気にすることもなく、ルシエラはあくびを噛み殺しながらマイペースに相変わらずの可愛い声で挨拶する。
「ルシエラ・ヴェザードリだ。店内警備をしている。用があったら適当に声をかけてくれ」
「か、かけないの! 昨夜は本当に酷い目にあたの!」
「想像以上に温かく、そして柔らかくて気持ちよかった。大きさも手ごろだしな。コタロやリラと一緒に眠るリツキやネーナの気持ちが少し分かったような気がした。今夜も一緒に寝るぞ」
「お断りなの!」
頑として拒否を申し出るリムルさんだけど、ルシエラ、微塵も聞いちゃいない。
とりあえず、本当に早急にリムルさんのベッドを用意してあげよう。そうしないとリムルさんが色々と危ない気がする。
でも、ネーナとメルが同世代であるように、リムルさんとルシエラって十八と十七でほぼ同世代なんだよね……どんどん仲良くなってくれるといいんだけども。
そして、待ってましたとばかりに、タヌ子さんがどどーんと胸を張ってリムルさんに挨拶をする。
『ふっふっふ! 私はタヌ子と申します! 私のことは気軽にタヌ子先輩と読んでくださいな! リムルさんにとって頼りになる先輩として、時に厳しく時に優しく指導を……』
「タヌコ、最近は床にお金や商品を零したりしなくなたの。最初は見ててハラハラしてたけど、凄く成長したの」
『ほ、本当ですか!? うわあ、ありがとうございますー! 私も最近は少しずつ仕事に慣れてきたのか、自分でも成長を実感すると申しますか!』
「でも油断しちゃ駄目なの。この前、商品を補充したとき、置く場所が間違てたの。一応、私の方で正しい場所に置き直しておいたけれど、分からないときは素直に人に訊くの」
『はうっ、すみませんすみません……』
ぺこぺこと謝って反省するタヌ子さん。どうやら彼女の先輩への道はまだまだ険しそうだ。彼女の指導役を主に担当しているメルも頭を押さえてしまってる。頑張れ、メル。
コタロとリラはまだ夢の中なので、これで一通りみんな挨拶はしたかな。最後に俺がリムルさんに自己紹介をする。
「最後は俺かな。リツキ・カグラ、リリネコ商店の店長をやっています。これからリムルさんが担当する裏方の仕事も担当しているので、指導役も務めさせてもらいます。これからよろしくお願いしますね」
「よろしくお願いしますなの」
そう言って、俺とリムルさんは握手。
……正直、『リツキは頼りにならないの』くらい毒を吐かれるかと思ったんだけど、しっかり礼儀正しく返してくれたね。多分、今この瞬間は『リツキ』としてだけじゃなく『店長』として接してくれたんだと思う。
リムルさん、本当にこういうところはきっちりしているんだな。唐突ではあったけれど、本当に良い人材をウチは得たのかもしれないね。
それぞれの自己紹介を終え、俺は早速みんなに指示を出す。
「それじゃ、早速ですが開店の準備をお願いします。ネーナ、俺はリムルさんと倉庫に篭っていると思うからみんなのことよろしくね」
俺のお願いにネーナは笑って了承してくれた。
ネーナは副店長で、表の仕事のリーダーの役割を与えているけれど、ネーナがまとめてくれるなら心配は何もいらないね。おっとりして心優しい性格のネーナは、この店で誰よりも人というか集団を取りまとめるのがうまい。
視野が広いというか、作業をしながら並行してみんなの動きが見えているというか……変な言い方だけど、人を動かす力を持っているんだと思う。
じゃあ俺はどんな力があるんだろう……なんてことを考えると、とても悲しくなるので考えないことにする。ネーナに負けないように、俺もしっかり頑張ろう、うん。
「それじゃリムルさんは倉庫に行きましょうか」
「またあの場所にいけるの! とても嬉しいの!」
俺の言葉に目を輝かせるリムルさん。どうやら倉庫にいけるのが嬉しくて嬉しくて仕方ないらしい。
そうか、リムルさんは昨日の夜、ルシエラとお風呂に行くときに倉庫を見ているんだっけ。倉庫内にお風呂があるから、入浴時には絶対目を通すことになるだろうし。
倉庫に置かれている異世界商品の山、お風呂やトイレの設備、どれを見ても驚きの嵐だっただろうな。俺は笑いながらリムルさんに訊いてみる。
「倉庫の中やお風呂は驚いたでしょう? みたこともないようなものばかりで」
「そうなの! もう感動のあまり言葉がでなかたの! ルシエラに引張てもらわなかたら、一日中眠ることなく倉庫にいたと思うの! リツキ、あの倉庫は何なの!? 何もない空間に扉だけあて、中にはあんな凄い空間が広がて見たこともない技術で溢れてて……もう、この想いを言葉にする表現が思いつかないの!」
「ああ、そうか、リムルさんにはまずそこから説明しないといけないんでした。ええっとですね……」
倉庫の中に入りながら、俺はリムルさんにこれまでのことを簡単に説明した。
自分がこの世界の住人ではないこと、この倉庫や道具を与えられた経緯、この倉庫の特異性。
メルの時と同じように、信じてもらえるかは分からない。常人が聞けば、いますぐ医者を紹介されそうな内容だとは分かっていても、俺は何一つ嘘をつくことなくリムルさんに説明した。だって、リムルさんはこれから一緒にリリネコ商店で暮らしながら働くことになるんだ。こうやって何一つ隠さず誤魔化さず伝えることが、俺に出来る誠意の伝え方だと思うから。
「とまあ、そういう訳で俺はこの世界の人間じゃなくて……別の異世界の人間ってことになるんだけど、こんな話、信じてくれる……かな?」
全てを語り終え、俺は恐る恐るリムルさんに問いかけてみる。
けれど、リムルさんからの返事はない。俯いたままの彼女の表情が見えず、俺は不安になる。やっぱり、いきなり信じてもらうってのは無理かな……
どうしたものか、そんなことを考えていると、リムルさんはぽつりと言葉を口にした。
「……しいの」
「え?」
「素晴らしいの! 本当に本当に本当にリツキは凄いの! リツキ、この世界に来てくれて本当にありがとうなの!」
顔をあげたリムルさん、それはもう本当に子供のような満面の笑顔で。
……なんだろう、この反応は予想外だ。異世界に来てくれてありがとうなんて言ってくれたの、ネーナに続いて二人目だ。
驚き呆然とする俺に、リムルさんは両腕を広げてその場で一回転して、嬉々として語っていく。
「ずと考えていたの! リツキの店で扱う商品はどれもこれも私の知らない技術や材料で作られたものばかり、発想も全てが異質、まるきり概念が異なていたの! その技術は私たち大地の民ですら再現できないほどで、その事実を突きつけられるたびに胸が熱くなたの!」
「は、はあ」
「この店に足を運ぶたびに、私の中の世界がどんどん変わていたの! これまで親に言われるまま、ただ理由もなく作れるからという理由で物を作ていた私の心に情熱が生まれたの! 私が作りたいもの、探求したいもの、目指すべきものは、きとこのお店にあると思たの! 知りたかたの! この未知なる世界に足を踏み入れたかたの!」
リムルさん、目に炎を灯して熱をこめて語ってくれている。
……なんていうか、凄い。心に夢を熱く燃やした人の熱というか、その炎の余熱がこちらまで伝わってくる。以前、夢を語ってくれたメルと同様、彼女の夢を語る姿は人の心に熱を伝わらせるくらいに力のある姿だった。
そして、リムルさんは俺に対して熱をこめてお願いする。
「リツキ、お願いなの。どうか、どうか私に仕事以外の時間でこの倉庫の商品に触らせてほしいの! ここにある異世界、未知の世界の技術にもともと触れさせてほしいの! もちろん、任されたお仕事はきちんとするし、あくまで私に許された自由時間だけにするの! 決して壊したりしないから、どうかお願いしますなの!」
「いや、それは全然構わないんですが……別に壊してくれていいですよ?」
「え?」
「いや、二十四時間経てばどうせ元通りですから。この倉庫、そういう仕組みなんですよ」
そう告げて、俺は倉庫の特性、量産機能と再生機能について説明した。
俺の話を聞いて、リムルさんのテンション上昇が止まらない。もう目が潤んでる、まるで物語に出てくるような恋する乙女だ。ただ、恋の対象が倉庫の山積み商品なんだけど。
自由時間に倉庫のものをどう扱おうと、別に問題ない。ルシエラだって暇な時に倉庫を漁って遊び道具を勝手に持っていってるし。
ただ、一つだけ気をつけて欲しい点をしっかりと注意しておく。
「弄ったり壊したりするのは全然構わないんですが、安全には気をつけて下さいね? なかには危ない物もあるので、もし分解したりするときは俺に一言声をかけてくれると嬉しいんですけど……」
「危ないの? どういう風に?」
「ええっと、電気で動いてるものとかは感電したり……電気とか感電じゃ伝わらないか。電撃の魔法とかこの世界にありますか?」
「あるの」
「そういう魔法を直撃されるような、そういう感じでしょうか。そういう危険があったりするものもありますので」
「それなら大丈夫なの。私、大地の民なの」
「ええっと、それはどういう……」
瞬間、リムルさんの体を薄黄土色の光が纏った。
唖然とする俺だが、この光景に見覚えがあった。それは確か、以前リラが誘拐された時のこと。
リラを救出する際に、ルシエラが似たような力を使っていた。ルシエラは青い光だったけれど、リムルさんの使う力はその力と非常に似ていた。
驚く俺に、リムルさんは軽く息をついて説明をしてくれた。
「『大地の衣』。私たち大地の民に許された、守りの力なの。これを纏えば、危険から身を守ることができるの」
「そうなんですか……いや、凄いですねこれ。ルシエラも似たようなものを使っていましたが、本当に異世界なんだなって感じがします」
「『冥府の衣』は流石に力の格が違い過ぎるの。戦いに使えないこともないけれど、この力はあくまでモノ作りの際に身を保護するための力、鍛冶職人には欠かせない力なの。これで大丈夫なの。沢山分解して構造を見せてもらうの」
本当に楽しそうに笑うリムルさんに、俺は引きつった笑みを浮かべるしかできなかった。
……一週間後、倉庫内の全ての機械商品がばらばらに分解されていたりしないだろうか。
そんな未来に不安を感じながら、俺は改めてリムルさんに裏方の仕事についての説明を始めるのだった。
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