51.理由を訊かないとな
リムルさんの大荷物から解放され、一息なんてつく暇もない。
彼女が俺にお願いしてきた内容があまりに唐突過ぎて、それを理解するのに脳を必死で回転させなければいけなかったからだ。
家出した。住むところがない。住み込みで働きたい。面接してくれ。
……いや、何もかもがいきなり過ぎる。家出って、どうしてそんなことを。
俺は頭を軽く押さえながら、リムルさんに声をかける。
「と、とりあえず上にいきましょうか。ここで立ち話で終わるような内容じゃなさそうですし……」
「お願いしますなの」
再びぺこりと頭を下げるリムルさん。今、彼女の大荷物は床に置かれているから俺に降り注ぐ心配はないので一安心だ。
俺は彼女の代わりに、荷物を持ち上げようとしてみたけれど……微塵も持ち上がらない。
一応、中学までは野球していたし、最近は裏方の仕事で重い物を沢山持ち上げたりして鍛えていたんだけど……いや、そんなレベルじゃないくらいに重たすぎる。中に何が入っているんだろう。
そんな荷物を軽々と片手で持ち上げるリムルさん。力、強いんですね……身長は百四十センチ弱くらいなのに、どこにそんな力があるんだろう。
この異世界の不思議を考えないことにしつつ、俺は彼女を二階の応接室まで案内する。
ただ、少し驚いたのが、ルシエラが応接室まで一緒についてきたことだ。相手がリムルさんだと分かったから、早々にリビングに戻るかと思っていたんだけど……
もしかして、気を遣ってくれているんだろうか。俺はルシエラに一言声をかける。
「ルシエラ、一緒に来てくれるの?」
「興味が少しわいた。退屈な話になったら部屋に戻る、それだけだ」
「そうですか……」
やっぱり彼女はどこまでもルシエラだった。
応接室にたどりつき、俺とリムルさんは向かい合うように長椅子に座りあう。
ルシエラは部屋の入り口側の壁に背を預け、腕を組んで俺たちの話に耳を傾けている。以前、露店を警備してくれていた時のルシエラと同じ格好だ。なんだかんだ言って、ちゃんとこうしてもしもの時に備えてくれるからこそ、みんなルシエラを信頼するんだね。
軽く息を吐き出し、俺はリムルさんに改めて問いかけてみる。
「ええっと……とりあえずリムルさん、家出したんですか?」
「そうなの。家出したの」
「家出しちゃったんですか……」
胸を張ってきっぱり言い切るリムルさん。
体は小さいけれど、リムルさんって出るところは出ているから、胸が強調されて何とも言えない。ちょっと視線をそらしつつ、俺は再び口を開く。
「家出は流石に拙いんじゃないですかね……親御さん、心配していると思うんですよ」
「いいの。最近ずと口論ばかりしてたけど、いい加減限界なの。それに私はもう十八歳で立派な成人なの。本当なら、もと早くに家を出ているのが普通なの」
「十八って成人なんだ……でも、親子喧嘩はよくないと……」
「安心しろ、リツキ。私も母親と喧嘩して故郷を離れているぞ。里を出るとき、本気で殺しあったものだ」
「その話で何をどう安心すればいいのさ……逆に不安だよ、ルシエラの家庭環境が不安だよ」
さらりと物騒なことを言うルシエラさんに突っ込みを入れつつ、俺はどうしたもんかと頭を悩ませる。
家出の理由はともあれ、家庭の事情にあまり俺が口出しするのもあれなのかな。
まあ、こればっかりは親とリムルさんの問題だから、何も知らない俺があれこれ言うのも変……というより、無理なんだけど。
とりあえず、このことは置いといて、俺はリムルさんにウチで働きたいということについて訊ねることにした。
「それでリムルさん、ウチで住み込みで働きたいとのことですが、どうしてリリネコ商店を?」
「この店には私の知らない未知の技術で作られた商品がいぱい置いてるの! どうやて作られてるのか、どんな過程を経ているのか、考えても考えても答えが出ないの! 使い道も、リツキに話を聞けば聞くほど驚くばかりで、モノ作りの思想に感動するばかりだたの!」
「そ、そうですか」
目をキラキラと輝かせて力説するリムルさんに、俺はなるほどと納得する。
リムルさん、この店の常連客の中で誰よりも商品に夢中だったからなあ。彼女ほど俺に商品について質問をしてきた人は他にいないってくらいだ。
お店の商品についてここまで熱を入れてもらえると、本当に嬉しくなるね。
そんな感じで心をホクホクさせていたんだけど、一瞬にしてリムルさんによって水をぶっかけられることになった。
リムルさん、物凄く冷たいジト目を俺に向けて、恨みをこめてぶつぶつと呟き始めた。
「本当は、もと早くにお願いしたかたの。でも、リツキは店員募集なんて言てないのに、どんどんいつの間にか店員増やしていたの。そんな告知、一度もしなかたのに」
「あ、いや、すみません……」
多分、いや、間違いなくリムルさんはメルやタヌ子さんのことを言っているんだろうね。
メルはラリオさんの紹介、タヌ子さんはある意味突発的アクシデントみたいなものだからね……でも、前からリリネコ商店で働きたかったという言葉は、やっぱり嬉しいね。
ジト目を止めて、リムルさんは背筋を伸ばして俺に改めてお願いをする。
「お世話になれるなら、どんな仕事でも全力で頑張りますなの。だからお願いしますなの」
ペコリと頭を下げるリムルさん。流石年上の女性というか、礼儀や筋を通すところはしっかりしていて凄いと思う。
そんなリムルさんに頭を下げ返しながら、俺はリムルさんの雇用について考えてみる。
現在、リリネコ商店の人員状況として、正直に言うなら、表の仕事はそこまで人手に困っている訳ではない。
メルというエース、ネーナというリーダー、タヌ子さんという癒し。この三人のうち最低二人が入ることで、しっかり回してくれているから、俺の出番すらほとんどない状況だ。
つまり、接客仕事の人手は正直そこまで必要としていないんだね。
では、人が要らないかというと、そんなことはない。現在、リリネコ商店は裏方の仕事ができる人を心から欲していた。
量産品の生産やら、契約している商品の生産梱包やら、倉庫での仕事は結構存在している。その仕事を今、俺一人で捌いている状況なので、正直言うなら人は欲しい。
ただ、問題はその仕事をリムルさんに任せていいものかどうか、だ。
はっきり言って、倉庫の仕事は表の仕事と違って篭りっきりだ。ひたすら物を触り続け、力仕事だってある。笑顔でお客様に接する、華のある仕事ではないんだよね……
どうしよう。でも、それしかリムルさんに提示できる仕事が現在ないわけで。
迷ったものの、俺はリムルさんに正直にリリネコ商店の状況を伝えることにした。変に隠すのも不誠実だ。
「あー、リムルさん。まず初めにウチの状況を聞いてもらいたいんですが……現在、ウチは表の接客の人員は募集してません」
俺の言葉に、リムルさんが明らかにガックリきている。
いや、本当に申し訳ない。これから俺はさらにリムルさんに追い打ちをかけるようなことを伝えないといけないのか……嫌だなあ、気が重いけど、これも店長の仕事だ。
「それで、ウチとして現在募集しようと思っていた仕事が、裏方の仕事しかなくて……」
「裏方?」
「はい。実はリリネコ商店で扱っている製品は本当に特殊で、余所の商人から取り寄せてるんじゃなくて、店内で生産しているんです」
「そ、そうなの!?」
「は、はいい!」
身を乗り出して訊ねてきたリムルさん。近い近い近い顔が近い美少女の顔が近い!
小さく深呼吸を繰り返しつつ、俺は説明を続けた。
「それで、当店のある場所でその生産や商品の梱包作業等を行っているんですけれど、現在そちらの人手が足りていない状況です。ですので、もし、当店がリムルさんにお仕事をお任せすると仮定しますと……本当に申し訳ないのですが、表の接客ではなく、そちらの裏の仕事になってしまうかと……」
「いいの! 全然構わないの! むしろそちがしたいの!」
「え、えええ……倉庫に篭りっきりですよ? 力仕事もあるんですよ? ひたすら物を弄ったり分量を量ったりするようなお仕事ですよ? 忙しい時と暇な時の差も激しくて、やることないときは倉庫の商品を弄るくらいしか……」
「私にとては夢のような職場なの! そのお仕事をさせて下さいなの!」
嫌がるどころか食らいついてきた。
普通、女の子はこういう仕事を嫌がるかと思っていたんだけど……リムルさん、大喜びなんだね。よく考えたら、力も俺より遥かにあるっぽいし、力仕事も余裕なのかもしれない。大地の民だったかな、パワフルな種族なんだね。
しかし、リムルさんがこれだけ希望しているのは助かるかもしれない。俺的にも、正直裏の人員が増えるのは本当にありがたい。俺とリムルさんの二人なら、良い感じで仕事を回せそうだ。
ただ、俺がいいからといってリムルさんの採用が決まるわけじゃない。
一緒に働くだけなら、俺が店長判断で決めてもいいかもしれないんだけど、住み込みもするわけだからね。
一緒に生活する以上、みんなの意見も聞いてから判断しないとね。
俺はそのことをリムルさんに伝える。
「分かりました。リムルさんの合否はこの後、店のみんなと話し合って決めたいと思います。明日の朝には結果をお伝えしますので、判断するためのお時間を下さい」
「お願いしますなの!」
こちらこそと頭を下げ返した後、あることに気づく。
そういえばリムルさん、家出したから行く場所がないって言ってたっけ。明日の朝に結果を伝えるって言ったけど、それまで過ごす場所がないんじゃ拙いな……
どうしよう。ウチで一泊させてあげたいんだけど、もう部屋が余ってないんだよね……俺とネーナの部屋、メルの部屋、ルシエラの部屋。個室は全部これで埋まっちゃってるからね。俺が一人部屋だったら、俺の部屋を渡したんだけど……
頭を悩ませていると、ルシエラが俺に声をかけてくる。
「何を悩んでいるんだリツキは。悩みは口にしないと私には分からないぞ。私はネーナと違ってお前の悩みは感じ取れん。しっかり口にしろ」
「えっと、リムルさんを一泊させたいんだけど、部屋が空いてないからどうしようかと」
「そんなことか。それなら私の部屋を使うといい。ベッドくらいしかない部屋だが、一晩過ごすには十分だろう」
「いいの? でも、ルシエラはどこで寝るのさ。俺がリビングで寝るから、ルシエラは俺のベッドを使っても……」
「私は私のベッドで寝るに決まっているだろう。何を言っているんだお前は」
……うん? あれ、おかしいな。ルシエラ、今、リムルさんにベッドを貸すって話していなかったっけ。
首を傾げる俺に、ルシエラは淡々と酷いことを言ってのける。
「リムルとか言ったか。これだけ小さいならベッドで一緒に寝ても問題ないだろう。コタロやリラと一緒に眠るようなものだ」
「ち、小さいとかはきり言うななの! これでも大地の民では大きいほうなの!」
「私から見れば十分に小さいぞ。それで、どうするんだ。お前はそれでいいのか」
「うう……よろしくお願いしますなの」
色々と言いたいことはあるらしいけれど、ルシエラがリムルさんのために動いてくれているので何も言えないらしい。リムルさんはこくんと頷いていた。
早速リムルさんの荷物をルシエラの部屋に持っていこうと移動するとき、風呂上がりのネーナたちとばったり会う。
リムルさんの姿を見て驚くネーナたちに、俺はこれまでの経緯や事情を改めて説明するのだった。長い夜になりそうだね、本当に……




