48.色んな悩みがあるんだな
異世界生活七十六日目。
まだ太陽を朝日と呼べる時刻。
俺はリヤカーを引きながら店までの道を戻っていた。そんな俺に道行く人々の視線が集まっているのは気のせいじゃない。
誰も彼もが俺のほうを見ては微笑ましく笑っている。まあ、正確に言うと俺を見てじゃなくて、リヤカーに乗っているちびっ子二人を見て、なんだけどね。
「兄ちゃん! 兄ちゃん! ごろごろ! ごろごろ!」
「うん、タイヤの音が楽しいんだね。コタロ、危ないからちゃんとリラみたいにお座りしてね」
リヤカーの荷台で尻尾をぱたぱたとさせて大はしゃぎするコタロ、そしてちょこんと座って眠たそうな目で街を見渡しているリラ。
どうして二人をリヤカーに乗せて街を歩いているのか、それには深い理由が……微塵もないんだね。
朝、契約を結んでいた商店に品物を納入するためにリヤカーを出したんだけど、それを見てコタロとリラが一緒に行きたいって言い出した。
コタロはともかく、リラがそんなことを言うのは本当に珍しい。リラ、だいぶ緩和されたけれど、まだまだ人見知りするからね。だから、これは良い機会だということで、二人をリヤカーに乗せて一緒に納品に向かったという訳だった。
相手の店長さんも元気な二人を見てニコニコ顔だった。お菓子までくれたんだから、本当に感謝感謝だね。コタロもリラもお礼を告げた次の瞬間には胃の中に納めてしまったから、もう手元には何もないんだけども。
また、余談だけど、現在リリネコ商店……というよりもメルは新規契約の開拓営業を行っていない。メルは一日店のお仕事、必要があれば既に契約しているお店に向かうって感じだ。
営業を止めている理由をメルに訊ねると、メル曰く今は『寝かせる時間』らしい。
あれだけ『契約しませんか』と言ってきていたものがぴたりと止まり、リリネコ商店と契約した他店が利益をどんどん伸ばしているのを見れば、何もせずとも向こうから話が舞い込んでくるというのがメルの談。
それと、今の店の人数でこれ以上契約を増やすと容量オーバーになりかねないことも危惧してくれたらしい。メルは三歩先を読んでくれるねと褒めると、ジト目のメルから『普通はリツキさんも考えなければいけないことですのよ』と怒られた。ごめんなさい、もっと考えるようにします。
そんなわけで、今日は二人と一緒にお仕事帰り。
店はネーナかメルがいれば俺無しでも問題なく回るようになっている。ネーナもメルも店に並んでいる商品で説明できないもの、もうほとんどないからね。唯一理解が難しいであろう機械類を並べてないのも大きい。
ネーナ、メル、タヌ子さんの三人に加えて、臨時のルシエラもいるから、表の仕事はもう問題ないね。店は女性陣に任せていれば安泰だ。
みんなが無理なく休みをとりつつ、店を回すことを考えると、表の人員はばっちりだと思うんだ。ただ、欲を言うならもう一人。裏方の人員が欲しいんだよね。
店の準備、取引先への商品納入の準備、アウトレット品の量産、運搬、管理。このあたりの仕事は現在完全に俺一人の役割となっている。
現状一人でも回っているから大丈夫とは思うんだけど、いざというときのためにも、裏方の仕事ができる人が一人欲しい。
「流石に女性陣に20キロ近いものを持って往復させるわけにもいかないし……ルシエラに頼めば簡単にやりそうだけど、ルシエラはあくまで警備員として仕事を任せたいし……やっぱ男手かな」
「兄ちゃん、兄ちゃん、僕、男の子!」
「うん、コタロはもうちょっと大きくなってからね。ご飯、いっぱい食べるんだよ」
俺の言葉に元気よく返事をするコタロ。流石にコタロに任せるわけにもいかないからね。
ルシエラが魔物討伐斡旋所の仕事で抜ける日があることを考えても、理想なのは屈強な男の人だと思うんだ。ルシエラがいないときは、裏じゃなくて表の警備員としても働けると理想だよね。
俺がルシエラの代わりをできれば一番早いんだけど……俺、涙がでるくらい弱いからね。
一度、討伐者のお客さんに剣を振らせてもらったんだけど、お客さん曰く『致命的に戦う人間としての才能が感じられない』らしい。そりゃ、生まれて一度も戦いなんてしたことないからね……
ちなみに、俺の剣を振る姿を見てメルは何とも言えない表情を、ルシエラからは『相変わらず弱いな。守ってやるから安心しろ』と喜んでいいのか分からない励ましをもらった。
ネーナだけは『剣を振るリツキ様も素敵です』と褒めてくれた。ネーナ、本当に天使過ぎる。そんなわけで俺の戦士デビューはとうの昔に諦めたという訳だ。
話を戻そう。
もし、次の追加人員があるとするなら、多分男だと思うんだ。
もちろん、雇う時にはみんなと話し合って決めるけどね。ウチは女所帯の職場だから、いきなり男の人を入れるというのも大変だと思うし。俺は……うん、男としてみられる日がいつかくるといいな。情けない姿しか晒してない自分が不安だよ。
「まあ、今は急いで人を増やす必要もないからね。みんなでゆっくりゆっくり頑張っていきましょう、と」
「いきましょっ!」
「リツキ、『といれ』いきたい」
俺は慌ててリヤカーを近くにあった馴染みの食堂へと止めた。
笑うおばちゃんに頭を下げて、リラを急いでトイレへと送り出すのだった。
リラのトイレを無事済まして、再び俺はリヤカーを引くお仕事へ。
リヤカーの荷台では、コタロがきゃっきゃと騒いでリラに話しかけては、リラがあくびをしながら右から左に聞き流している。
うん、前から思っていたんだけど、コタロとリラって本当に性格が全然違うね。
コタロはまんま犬っぽい感じだけど、リラはなんていうか、猫っぽい気がする。二人でいる時も、コタロが遊ぼう遊ぼうって誘ってリラが気分次第で乗るか反るかって感じだし。
リラの猫っぽさに今まであまり気づかなかったのは、多分ウチにもっと強烈な猫っぽい人がいるからだろうね。猫というか、虎だけど。ルシエラ、また倉庫漁って玩具探してそうだな……
そんなことを考えながら街を歩いていると、ふと視線の先に見慣れない出店があった。
食べ物や飾りの露店の中に存在している不思議なお店。木台の上にずらりと武器を並べた様子は、まさしくゲームの世界の『武器屋』そのものだ。
斧に槍に剣に鉄杖。元の世界では博物館で朽ちた物しか見られないような、そんなロマン溢れる品々に、俺はついついそちらへ向かってしまう。
異世界に来たばかりの頃は余裕がなくてこういうのに興味を持てなかったけれど、やっぱり武器は男のロマンだよね。興味深々で覗いていると、店員の小柄なおっちゃんに声をかけられた。
「よう坊主。気になったなら、そんな遠慮してないでズイっと見てくれや。見ているだけじゃ、武器の良さなんて分からねえだろ。握って振って、初めてグッと感じるもんだ」
「いやあ、お気持ちは嬉しいんですけど、俺が握ったところで良さは分かんないと思うんですが。剣なんて握ったことすらありませんし……」
「なあに、これから握り始めても遅くはねえ。『ラダッツ工房』職人、ビガードお手製の武器は素人にだってお勧めだぜ。ちなみにビガードってのは俺の名前だ」
「『ラダッツ工房』……確か魔物討伐所の道沿いの端にある巨大工房ですよね? そちらの職人さんなんですか?」
「ああ、そうだぜ。マルシェリア一番の鍛冶職人『アルバラルダ』の名前は聞いたことくらいあるだろう?」
あるというか、ウチのお店にメロンパンを買ってラダッツ工房に向かう人が何人もいる。
ただ、それらの人はどちらかというと事務関係を担当する人みたいで、純粋な職人さんがウチに訪れる姿は見たことないかも。ラダッツ工房の人の話だと、職人さんは基本工房にこもりっきりだって話だしね。
だとすると、このビガードさんがこうして外で商品の売り子をしているのは珍しいのかもしれない。少し興味の湧いた俺は、ビガードさんに訊ねてみた。
「職人さんがこうして外に露店で武器を売るなんて珍しいですよね? ラダッツ工房は大きな工房で、確か自前の商品を売る販売店もいくつか持っていましたよね?」
「もちろんそっちでも売っているんだが、月に何度かはこうして露店で売るんだよ。自分の作ったものを直接客に見てもらって、その反応を見たり感想を聞いたりするんだ。大通りは旅人も集まるからな、まさにうってつけってわけだ」
「なるほど」
「ま、そういう訳で触っていきな。おっと、小坊主は駄目だぞ。お前が触るにゃ十年足りねえな」
そう言って豪快に笑いながら、ビガードさんは身を乗り出そうとしたコタロを押し戻した。コタロ、武器は流石に危ないから駄目だよ。何にでも興味深々なお年頃だからね。
俺はビガードさんに促されて、とりあえず木の上に置かれていた剣を握ってみる。
……いや、重いな。こんな重たいものをこの世界の人は片手で振りまわしているのか。
俺も中学まで野球をやっていたけど、流石にこれは……マスコットバットなんてレベルじゃないや。
顔を顰める俺に、ビガードさんは笑ってフォローしてくれた。
「魔物と戦ったこともない坊主にゃその剣はまだ早過ぎたか」
「流石に重たいですね……でも、凄く綺麗でなんとなく良いものなんだろうなというのは思います。こんな陳腐な言葉で申し訳ないのですが……」
「なあに、そう言ってもらえるだけ嬉しいもんよ。だが、このくらいの剣で驚いてちゃ、ウチの親方やお嬢の作った剣を見たら腰を抜かすぞ」
「へえ、そんなに凄いんですか?」
「ありゃあ芸術だわな。見ているだけで魂を吸われそうになる、人の心を惹きつけてやまない武器だ。一本あたり数千万リリルの値が当たり前のようにつくくらいだぜ」
「すうせんまん……」
なんだろうね。毎日のリリネコ商店の稼ぎが一瞬で吹き飛ぶレベルの世界があるんだね。
でも、それは元の世界も同じだね。俺たちには理解できないレベルの芸術品が数億とかで取引されるんだから。きっと俺たちじゃ足を踏み入れられない領域なんだろう。
そんな話を嬉しげに語っていたビガードさんだが、突然その表情が少し暗くなる。
どうしたのかと首をかしげていると、やがてビガードさんがため息をつきながら語り始めてくれた。
「だけど、最近ウチの工房があまりよくなくてな……」
「よくないって……モノが売れないんですか?」
「そうじゃねえ、悪いのは店じゃなくて店の空気だよ。親方とお嬢が毎日のように喧嘩しているから、俺たちも参ってしかたねえんだ」
「喧嘩ですか?」
お嬢ってのはよくわからないけれど、店長と誰かの喧嘩が絶えない状態っていうのは店員としてつらいだろうね。俺だと……喧嘩する前に降参するからなあ。
「喧嘩の原因は、お嬢が最近武器を全く作らなくなっちまったことなんだ。お嬢の作る武器は、それはそれはすげえもんでよ。さすが親方の一人娘ってくらい良い物を作っていたんだが、一カ月くらい前から急に武器作りを止めちまったんだ」
「そうなんですか……不調とか、そういうのでしょうか。モノ作りを止めたくなったとか」
「それだったら、まだ理由は分かるんだが……そうじゃねえんだ。お嬢は工房に篭っては、ひたすら『意味不明な物』ばかり作っているんだよ。何を作っているか訊いても、何も教えてくれねえし……この前は小さな棒にグルグルと溝のついた訳のわからないモノを作って、親方と口論していたしな」
小さな棒のグルグル溝……まるでネジみたいだな。
でも、この世界の人がネジなんて知るわけがないし、別物とは思うんだけど。
ビガードさんはため息をつきながら、そして小さく笑った。
「悪いな、坊主。何も関係ねえのに、こんなつまらない愚痴を聞かせちまってよ」
「いえ、俺こそ突っ込んだ話を聞いて申し訳ないです」
「何、いいってことよ。ま、暗い話は終わりだ。さあ坊主、男なら武器を持って戦うことを夢見るもんだ。今ならこの剣を一本五十万リリルでどうだ?」
「すみません、戦士になるのはまたの機会に……」
「またの機会だあ? それはいつの話だよ」
「そうですね、来世くらいでしょうか」
ビガードさんに爆笑された。
とりあえず、俺が戦士デビューすることはないという意思が伝わったようで何よりだ。
ビガードさんに頭を下げて、俺はコタロとリラと一緒に店へと戻っていく。
しかし、武器を作らなくなった腕利きの鍛冶職人、か。
百の種類のお店があれば、百の種類の悩みが存在するものなんだね。
そんなことを考えながら、俺はリリネコ商店へとリヤカーを引いて行くのだった。
「兄ちゃん! 兄ちゃん! もれそう!」
前言撤回。
俺は慌てて顔見知りの店長が経営する服屋へと飛び込んで頭を下げるのだった。
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