5.どうしたもんかな
食事を終え、何度も感謝をするネーナに俺は手を振って気にしないでと返した。
実際、この食べ物は俺が用意した訳でもないし、俺の手柄だと胸を張れるはずもない。
空腹を満たし、コタロとリラはあっという間に夢の中だ。
ネーナの膝枕で気持ちよさそうに眠っている。うちのペットのぽち丸みたいで可愛いなあ。
そんな二人を優しく見つめながら、ネーナは二人を起こさないように口を開く。
「安心して眠っちゃったみたいです。怖い思いばかりで、こんな風に満足そうに眠ることなんて昨日までは考えられませんでした」
「そっか。二人はそのまま寝かせてあげよう。これからの話はあんまり二人が起きているときにしたくない内容も含まれるだろうし」
俺の言葉に少しだけ体を固くするネーナ。
……うん、変な言い回しになっちゃったな。手を振りながら、俺はネーナに苦笑して言い直した。
「君たちがどうして奴隷として売られそうになっていたのか、とか。その子たちのご両親はどこにいるのか、とか。そういう話は二人が起きている間にしたくないってことね。不安に感じさせちゃうかもしれないから」
「す、すみません……ご配慮、心から感謝いたします」
「いいよ、いいよ。気にしないで」
頭を下げながら、ネーナは青く澄んだ瞳をこちらに向けながら事情を語り始めた。
「私とコタロ、リラの事情は全く別物です。二人は今から半年ほど前、北のヴェーグレオ王国にある家の庭で遊んでいるところを見知らぬ人間たちに攫われたそうです」
ヴェーグレオ王国……当たり前だけど、異世界の国なんか分かる訳がない。
しまったな。先にネーナにこちらの事情、異世界人であることを言うべきだった。
今更横から説明を邪魔できるはずもなく、俺はネーナの話をじっと聞くことにした。
「攫われた理由は二人にも分からないそうですが、恐らくは二人の容姿が理由ではないかと思います。銀毛の半獣人は見目麗しく稀少だと聞いたことがありますから……」
「なるほど。それじゃネーナはどうして連中に?」
「……二人を救出するのに失敗したのです。私は旅の途中で、ヴェニテーアの街に滞在していました。そこでひと月ほど前に『半獣人の子どもが売りに出されている』という裏情報を得たのです」
彼女はなんと冒険者さんだったらしい。意外だ。
俺の中で冒険者のイメージはリュック背負って断崖絶壁をHAHAHAと笑いながら昇るムキムキマッチョメンだったのだけれど……本当に意外だ。
彼女はどちらかというと、お姫様とかそういうふんわりした感じなのにね。異世界って凄い。
「当然ながら、奴隷の売買は国の法で固く禁じられています。私はなんとか二人を助けられないかと行動に起こしたのですが……」
「捕まってしまった、と」
俺の言葉にネーナは肩を力なく落とした。あ、やばい、余計なこと言った。
慌ててフォローを入れなければと、俺は慌てて言葉を続けた。
「や、でも凄いよ、あんな連中を相手に一人で助けに入ろうとするなんて! 見ず知らずの人のために命がけで戦おうとするなんて偉い!」
俺の必死の言葉に、ぽかんとしたネーナだが、やがてクスクスと微笑んでくれた。
本当に可愛いと思う。まるでテレビの中のアイドルみたいだ。
そして、ネーナは小さく頭を下げながら俺の言葉に突っ込みを入れた。
「ありがとうございます、リツキ様。ですが、その言葉はそっくりそのまま返させて頂きます。見ず知らずの私たちを救うために命がけで戦ってくださった勇者様に」
「……うわ、自画自賛の台詞になっちゃった。ま、まあとにかく三人が無事で何より」
顔が羞恥で染まるのを隠すように、俺は両手を振って言った。
しかし、二人を助けるために危険を顧みず突撃するなんて、ネーナは本当に凄いな。まるで正義の味方だ。
消極的正義というチキンな理由で行動した俺とは違う。格好良い、可愛い、性格も良い、天は二物どころか百物くらい与えるんだなあ。
「三人がこの森にいたのは、さしづめネーナたちを輸送中だったのかな」
「お察しの通りです。奴隷の売買は法で禁止されていますから、人目の届かない『魔の森』を彼らは抜けようとしていたらしいのです。その道中で森の獣と交戦状態になり、私たちが捕われていた馬車が横転しまして」
「その隙に二人を連れて逃げだしたってことか……見事な大立ち回りだ、凄いね、本当」
俺のつぶやきにネーナは澄んだ瞳を向けて微笑むだけ。
さて、ネーナにいつまでも見とれている訳にもいかない。
ネーナは俺に事情を説明してくれた。彼女も俺側の事情の説明を待っている。
さて、どこから説明したものか。どこを説明したものか。
ちゃんと説明できるといいのだけれど。
そんな不安を胸に抱きながら、俺はネーナに全ての事情を曝け出すことにする。
「あー、俺のことなんだけど……笑わないで聞いてくれる?」
「命の恩人であるリツキ様のお話をどうして笑うことがありましょう。この命を賭しまして、絶対に」
「えっと……実は俺、この世界の住人じゃないんだ」
俺の言葉に、ネーナは笑うことはなかった。
だけど、目をきょとんとさせて驚いているのはありありと伝わる。
俺はこれまでの事情の詳細を赤裸々にネーナに語った。
気付けばこの場所にいたこと、この世界のことを何も知らないこと、訳の分からない倉庫や倉庫の道具、そして元の世界に戻るための条件。
全てを話し終えるまで、口を挟まず真面目にネーナは聞いてくれた。
そして、何かを納得するようにネーナは頷く。
「リツキ様の事情は分かりました。そのような境遇に陥っているにも関わらず、私たちに救いの手を差し伸べてくださったのですね」
「いや、それは気にしないでいいんだけど……こんな荒唐無稽な話、信じてくれる?」
「もちろんです。逆にリツキ様がこの世界の住人であると言われたほうが、信じにくいかもしれません」
そう言いながら、ネーナは周囲を見回しながら理由を語ってくれた。
それはネーナがこの世界では見たこともない道具の数々。食べたこともない弁当やチョコレート。
そして、俺がネーナたちを助けるために使用した花火や倉庫、再生する食品。これらもこの世界で確立された魔法の系統に心当たりがないのだという。
……というか、やっぱりこの世界って魔法とかあるんだね。ファンタジーだ。
「最初は、リツキ様がどこかの国の最高位魔法使いなのかと考えました。ですが、それらが異界の力によって行使されたものであるならば、納得がいきます」
「異界の力……そう聞くと、自分が特殊な能力者になったように思えるから不思議だ」
軽く冗談をはさみながら、俺は軽く咳払いをして話を戻す。
今、一番大事なのは今後のことだ。俺は三人を見つめながら訊ねかける。
「さて、これからが一番大事な話なんだけど……三人はこれからどうするの?」
「私はコタロとリラを家族のもとへ帰してあげたいです。この子たちとはひと月ほどの付き合いとなりますが、今となっては実の弟や妹のような感情を抱いています。この子たちが喜ぶ顔がみたいのですが……」
そう言いながらネーナは困り果てたような表情になる。
……うん。なんとなく事情は伝わった。俺はその予想を彼女へ口にした。
「遠いんだね。コタロとリラの住んでいた国って」
「……そうです。二人の住んでいたというヴェーグレオ王国は遥か北、海を渡る地にあります。その場所は遠く、何よりも海を渡る術が私たちにはありません」
「そうなの? 船とか出ているんじゃ」
「ヴェーグレオへ渡るには、莫大な渡航費用が必要となりますから……」
「そっか……」
「かといって、私の実家に二人を連れ帰る訳にもいきません。お恥ずかしい話なのですが、私の家は現在色々と問題がありまして……ほぼ家出同然で飛び出した身なのです。家族を頼ることはできません」
厳しい世の中だ。異世界でも元の世界でもそこは変わらないんだね。
肩を落とすネーナを元気づけながらも、俺はこれからのことを考える。
ネーナの目的は分かった。二人を家族の元に送り届けることが彼女の願いだ。
そして、そのためには莫大なお金が必要になるという。ネーナの見た感じだと、そのお金を稼ぐ方法に当てもないようだ。
たぶん、いや、間違いなくコタロとリラも家族のところに戻りたいと思う。
まだ五歳か六歳かそのくらいの年頃だ。何とか二人を家族へ会わせてあげたい。
そして、自分の事情を振りかえる。
俺が元の世界に戻るには、この倉庫内のアウトレット商品をこの世界で売りさばいて十億ものお金を貯めないといけないらしい。
それが本当かどうかは分からないけれど、この世界で生きるためにはお金は必要だ。
だからこそ、今は元の世界に戻れると信じてアウトレット商品を売るしかない。お金を稼がないといけない。
だけど、俺にはこの世界の知識が何もない。
国のルール、常識、決まり、通貨、文字、歴史。
右も左も分からない異世界で、これらの全てを学んでいかなければならない。
そんなことを独力でやっていたら、何年かかることか。
「……あれ、待てよ」
俺は再びネーナと自分の状況を振り返る。
ネーナはコタロとリラを家に帰してあげたい。そのためには莫大なお金がいる。
俺もコタロとリラを家に帰してあげたい。そして、自分が元の世界に帰るために商売を始めたい。そのためには、この世界の情報を知りたい。
二つのことが頭の中で一本の線になり、俺は気付けば顔を上げてネーナに問いかけていた。
「なあ、ネーナ。俺たちって、協力し合えないかな」
「……はい?」
首を小さく傾げるネーナに、俺は一つの提案を行った。
その俺の提案とは――この倉庫内のアウトレット品による商売を一緒に行い、コタロとリラの帰還費用を稼ごうという内容だ。
そんな俺の提案に、ネーナは心から驚くような表情を浮かべながら、真剣に聞いてくれた。
そして最後まで聞き終えたとき、ネーナは俺に深々と頭を下げて感謝の言葉を述べてくれた。
いや、お願いしますと頭下げるのはむしろ俺の方なんだけど……
それからコタロとリラが起きるまで、俺とネーナは必死に頭を下げ合い続けていた。誰が見ても変な二人だった。




