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41.証明するんだ

 



 メルの部屋から出て、リビングに戻ると、そこには既にみんなが勢揃いして俺の戻りを待っていた。

 俺がメルの部屋から出るなり、みんなの視線が俺に集まる。コタロとリラに至っては駆けだして俺に飛びついて来た。張り詰めたような空気を感じてたんだろうね。

 屈んで二人を抱きとめる俺に、みんなを代表してネーナが控えめに訊ねかけてきた。


「メルとのお話、どうでしたか? メルは……」

「うん、ちょっと話そうか。みんなにも聞いて欲しいんだ。メルのこと、そして俺が考えたメルの自信を取り戻すための作戦を」


 俺の言葉に、ネーナとルシエラの表情が変わる。30センチサイズに戻っているタヌ子さんも床でバタバタしながら『是非聞かせて下さい!』と叫んでくれた。……さっきまでリラが抱いていたけど、俺が来てリラが放り投げちゃったから床に転がっているんだね。リラ、タヌ子さんはクマザエモンと違って生きているんだから、大事に扱おうね。


 タヌ子さんを拾い上げてリラに渡して、俺は机の上にメルの描き続けた計画の紙を広げて話を始めた。

先ほどのメルとの会話、メルが自信を完全に失っていること、そしてそのメルの自信を取り戻すために、自分が考えた案――売上争いにて百位以内に入ること。

 この紙面にまとめられたメルの営業計画、この力によって明確な結果を叩きだすこと。それも貴族のメルではなく俺たちが契約を取れたなら、それはメルの貴族としての力ではなく、計画立案、商人としての力だと証明できる。

 そして、百位以内に入ることができれば、それはまさしくメルの功績、メルの自信につながることになるかもしれないんだ。

 俺の考えを語り終え、俺はみんなを見渡しながら、話し続けた。


「これが上手くいけば、必ずメルが元気になる訳じゃない。自信を絶対に取り戻せるとは断言できない。でも、目に見える結果が残れば、絶対にメルの中で何かが変わると思うんだ。少しでもいい、これをきっかけにメルが前を向いてくれる可能性が少しでもあるのなら、やってみる価値はあると思うんだ。そう考えたんだけど……どうかな」

「どうかなも何もないだろう。メルの前にやると誓ったんだろう? なら、やるしかない。それに、少しでも可能性があるなら追うべきだ。剣を握らない者に魔物は倒せない」

「ルシエラさんのおっしゃるとおりです。少しでもメルの力になれるなら、メルの心が立ち直れるのなら」

『やりましょう! メルさんの考えた案件をバシンバシンと契約成立させて、あの性悪の考えたランキングを駆けあがるんです! 百位なんて生温い、夢は大きく頂点、一位を目指すべきです! メルさんの計画なら、絶対にいけます!』


 俺の問いかけに、ルシエラが、ネーナが、タヌ子さんが次々に賛同してくれた。

 みんなの温かな言葉に、俺は目の奥に熱を感じてしまったけれど、それをぐっと堪える。そんなのは、全てが終わってからだ。まだ俺は何もやりとげちゃいないんだから。

 俺の頬をぺちぺち叩いて元気づけようとするリラの頭を撫でつつ、俺は早速具体的なこれからのことをみんなと相談する。


「やることをまとめようか。俺たちはこのメルの書き記したこの紙面を読んで、その通りに商品を売り込んで契約を勝ち取ってくる必要がある。例えば……えっと、る、れーら……はんぎー?」

「ルレーノ商店に『はんがー』を売りこみ、ですね。ルレーノ商店は衣服に強みを持つ商店で、資金力もなかなか潤沢。一つ百リリルを基本線として交渉を進め、数は最低でも月に千単位での販売が望ましい……という感じで書かれていますね」

「……うん、こんな感じでね」


 横から紙面を覗きこんで読み上げてくれたネーナに感謝する。俺、まだメルやネーナに基本的な文字しか教わってないんだった……自分の名前は書けるようになったんだけど。

 こんな風に、メルはどこの店に何が必要かをリサーチして、それを売り込む計画をこと細かに描いてくれている。そのメルの努力の結晶を無駄にせず、しっかり売り込んで利益を叩きだす必要がある。メルがやってきたことを、今度は俺たちでやるんだね。

 どうかなと再び視線をみんなに走らせると、ルシエラが俺の目を見つめてきっぱりと言い放つ。


「先に行っておくが、私とネーナは参加できないぞ。私たちの役割は必然的に店に残る仕事になる」

「へ? どうして?」


 ルシエラからの冷たいジト目。いや、本当に察しが悪くてすみません。

 小さく溜息をつき、ルシエラは理由を説明する。


「まず私だが、お前は私の種族を忘れたのか」

「種族……ああ、冥府の民」

「そうだ。私の紅い目を見て、少しも怖がらずに対応する連中なんて稀だ。その私が売り込みにいったところで、怖がられるか押し込み強盗と勘違いされるのがオチだ」

「そうかな……ルシエラ、店でみんなから愛されていて、全然そんな感じがしなくて」

「ここの客がおかしいんだ。普通は忌み嫌うものだぞ。メルの問題がある以上、こんなくだらないことで悪評を立てても仕方ないだろう。私は微塵も気にしないが、メルが気にしたら困るんだ」


 サバサバとそう言い切るルシエラ。……本当に心が強いね、ルシエラは。

 でも、ルシエラの意見は一理ある。俺たちはそんなことないと思っても、ルシエラが出ていくことで怖がらせたりしては本末転倒だ。

 もともと最低でも二人は店に残ってもらって仕事をすることになるんだ。ルシエラが残ることに、何の問題もない。

 納得した俺に、ルシエラは視線をネーナに向けてきっぱり言う。


「ネーナが駄目な理由はもっと簡単だ。メルの貴族という立場関係無しに売上を証明しようとしているのに、『同じ立場』のネーナが出て行く訳にはいかないだろう」


 ルシエラの言葉に、その室内の空気が少し張り詰める。

 ……薄々は感じていた。だけど、こうしてネーナに誰かが直接突きつけたのは初めてかもしれない。

 自身の素性を隠しているネーナが、普通の平民ではなく貴族の人間だということを。

 ルシエラの指摘に、覚悟をしていたのか、ネーナは瞳を閉じて申し訳なさそうに口を開いた。


「……ルシエラさんのおっしゃる通りです。私はメルと同じ立場側の人間ですから、私が売り込みをしてもリツキ様の望む結果にはなりません。ないとは思いますが、もし何かの拍子で私の素性を知っている誰かにお会いしたら……きっとそれは、メルの望まない結果になってしまいます」

「そっか……そうだね、それは仕方ないね」

「……本当にすみません。できることなら、今すぐにでも皆さんに私の素性を話したい。ですが、それを私は許されていないのです……家族だと言ってくれたのに、大切な仲間だと言ってもらったのに、私は……」

「馬鹿、お前まで落ち込む奴があるか。落ち込むのはメルだけにしてくれ」


 凹むネーナに、困ったようにルシエラが眉をハの字にする。

こんなルシエラは少し珍しいかもしれない。ルシエラは俺に視線を向けて『なんとかしろ』と訴えてくる。いや、何とかと言われても……俺はネーナに自分の正直な想いを告げた。


「ネーナ、気にしないで。ネーナが高貴な出身だろうなってのは分かっていたことだし、無理に追求するつもりなんてないから」

「リツキ様、ですが……」

「ネーナの素性が何であろうと、今ここにいるネーナは俺たちにとって大切な人であることに何も変わらないんだ。な、コタロ、リラ。ネーナのお家がどんな家でも、ネーナのこと好きだよな?」

「大好き! 姉ちゃん大好き!」

「好き」


 コタロとリラの言葉に、ネーナは言葉を失って駆けよる二人を優しく抱きしめた。

 こういうとき、一番心に響くのは真っ直ぐな子どもの声だから。ネーナの素性がどんな偉い貴族様でも関係ない、ネーナは俺たちにとって大切な女の子、誰よりも優しくて温かい女の子なんだから。

 しかし、これでルシエラとネーナの二人に店のことを任せることは確定だ。二人には三日後の正午まで、店のことを任せっきりになってしまう。

 店のことをお願いしますと頭を下げると、二人は力強く頷いてくれた。本当に頼りになるコンビだね。

 そして、残るメンバーは契約を取りに一日中外回りをすることになる。残るメンバーと言えば、俺と……


『頑張りますよ! 営業の鬼と呼ばれたこの私が、体当たり営業でビシビシっとメキメキ契約を取りまくってきますからね!』

「タヌ子さん……外回り、行くんだ」

『当たり前じゃないですか! 二人が店のことで離れられない今、営業に出るのは私とリツキさんしかいません! メルさんの自信を取り戻すために、ガンガン新規開拓営業に励もうではありませんか! 飛び込み営業、どんとこいです!』


 リラの腕の中で自信満々に語るタヌ子さん。

 ……外回り、するんだ。百五十センチ大のぬいぐるみが、ぴょこぴょこと街を歩いて、商店にアポ無し営業するんだ。その光景を想像しようとして、止めた。

 うん、今は猫の手でも借りたいときだ。例え、タヌ子さんが外回りをする光景があまりに異様でも、今は力を借りるべきだ。俺とタヌ子さんの二人で、メルと同じ……いや、それ以上の契約を結ぶんだ。

 シャドーボクシングのような動きをしては『動かないで』とリラに怒られてしょんぼりするたぬ子さんの姿に不安を覚えつつも、こうして俺たちの役割分担は決まる。

 ただ、コタロとリラが目を輝かせて俺を見上げ続けている。もしかして、自分たちの役割を伝えられるのを待っているんだろうか。どうしよう、流石に二人を外回りや店の接客に立たせる訳には……あ、そうだ。


「コタロとリラには特別任務を与えます。これから二人は、メル姉ちゃんのお話し相手になること」

「いいの!?」

「うん。メルも一番つらいところからは出られたみたいだしね。メル姉ちゃんと一緒に色々遊んであげてほしいんだ。メルもきっと喜ぶから」


 俺のお願いに、コタロは両手をあげて大喜び。リラもまんざらでもなさそうだ。

 ……メルも二人に文字を教えたり、ネーナと一緒に遊んだりしていたから、懐いたんだよね。リラもいつのまにかメルのこと怖がらなくなったしね。きっと二人と話すことで、メルの気も少しは紛れると思うから。


「ところでリツキ様、売上争いなのですが現在の順位はどのくらいなのでしょうか? できれば百位との差も知りたいのですが……」

「ああ、そうだね。ちょっと確認してくるよ」


 ネーナに問われて、俺は倉庫にダッシュで行って確認してみた。

 現在の順位は百十九位。昼から更に九位も順位を落としている。

 分かってはいたことだけど、団子集団が揃ってラストスパートをかけているみたいだから、ぐんぐん追い抜かれているね。百位以下にいったいどれだけの人が虎視眈々と隙を窺っていたんだろうか。


 現在のリリネコ商店の売り上げは九百七十三万四千四百リリル。

 対して、百位の人の売り上げは千六十二万リリル。


 つまり、およそ百万リリルは離れているってことだ。三日間でこの百万を詰めるのは、本当に大変なことだな……今の店の売り上げを保っても引き離されているってことは、他の人たちはそれこそ倉庫を空にする勢いで物を売っているに違いない。


 残り三日間でこの差を埋めるどころか、抜き返す必要がある。簡単じゃないけれど、もうやるしかないんだ。

 どんなに大変でも、困難でも、メルは泣き事一つ言わずにやってのけてみせたんだ。

 拳を強く握り締め直し、俺はリビングへと戻るのだった。


 メル、見ててくれよ。俺たち、頑張るから。

 メルの頑張りは嘘なんかじゃないって、絶対に証明してみせるから。




 

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