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39.メルの心に触れるんだ

 



 メルの涙が止まり、落ち着きを取り戻した頃には、少しだけいつものメルが戻ってくれた。

 ベッドに並ぶように腰をかけ、俺とメルは並んで座っていた。ただ、先ほどまでみたいに密着する感じではないけれども。

 俺の胸の中で泣いたことを気にしているのか、メルが人一人分座れるスペースを確保して俺から距離を取っている。まあ、それが普通だよね。さっきまで俺たちがちょっと異常だっただけで。

 俺の体には、先ほどまでメルが寄り添って泣いていたせいか、未だその熱が残っている。

 ……うん、生まれて初めてだったね。同世代の女の子に胸の中で泣きじゃくられたのは。奴隷商人からネーナを助けた時は、流石に知り合ったばかりでそんなことされなかったし、リラを助けた時は……リラ、六歳だからね。


 だから、情けないんだけど、未だ胸はバクバクと心臓音が止まらない状態だ。

 メルが泣きやむまで、落ち着くまで待つことで頭がいっぱいだったけど……俺、さっきまでとんでもないことをメルにしていたんだよね。メルを抱きしめるように背中に手を回したり、頭を撫でたり……何やってんだろうね、俺。

メル、怒ってないだろうか。気まずい。話をしなくちゃいけないのに、話しかけにくいことこの上ない。でも、いかなきゃ。

 軽く深呼吸をして、いざメルに話しかけようと口を開こうとした刹那。


「「あの」」


 被った。

俺とメルの声が見事に重なってしまった。どうやらメルも俺に話しかけてくれようとしたみたいだ。

 そのことにほんのり喜びを感じつつ、俺はメルと顔を見合せながら順番を譲る。レディーファースト、この世界でも似たような概念ってあるのかな。


「ごめん、メルからどうぞ」

「いえ、リツキさんから構いませんわ。私は後で」

「えええ……いやいや、メルの話が大事だからここはメルが先でどうぞどうぞ」

「……それではまるで、リツキさんが私にしようとした話が大したことではないみたいに感じられますわね」

「いやいやいやいやいやいや、そんなことないからね? 滅茶苦茶大事な話だからね? 嘔吐しそうなくらい沢山決心して、みんなにこれでもかってくらい背中蹴り飛ばされてメルに話そうとしているんだからね? オードナさんとルシエラに拳骨山ほどもらったくらい真面目だからね?」

「もう、真剣に話すつもりがあるのかないのか、リツキさんは分かりませんわ」


 そう言ってメルは小さく微笑んでくれた。

 何だか、こうやってメルと些細な会話が出来ること、それがとても懐かしく、嬉しい。

 たった数日まともに会話ができなかっただけなのに、メルの声が恋しくてたまらなかったみたいだ。恥ずかしくて、絶対に口にはできないんだけども……

 やがてメルは小さく溜息をついて、俺に訊ねかけてくれた。


「お店は大丈夫ですか? 休んでいる私がこうして訊ねるのは、非常に情けなくて心苦しいのですけれど……店が回らなかったり、誰かに負担が集まったりしていませんか?」

「うん、店は今のところ大丈夫。タヌ子さんとルシエラが頑張ってくれているから」

「そうですのね……」


 瞳を伏せるメルに、俺は言葉の選択に迷った。

 正直、メルが休んでいるのは本当に厳しい。タヌ子さんとルシエラが入ってくれてはいるけれど、それがいつまでも続けられる訳がない。

 メルが抜け、ネーナが家やメルの身の回りのことでシフトに入れず、言ってしまえば今のリリネコ商店はダブルエースが抜けたボロボロの状態なんだね。

 このことを正直に告げるべきか、それとも嘘でもメルがいなくても大丈夫だと安心させるべきか。

 ……迷う必要なんてないね。嘘を言っても仕方ないし、何よりメルに真っ直ぐぶつかるって決めたんだ。しっかりと伝えなきゃ。


「でも、やっぱり本音を言うと厳しいんだ。メルがいなくなったことは本当に大きくてね……」

「大きい、ですか?」

「大きいよ……メルがいなくなって、涙が出そうになるくらい存在の大切さを実感させられた。メルはてきぱき働きながら、並行してタヌ子さんの指導までして、さらに店の状況を把握して俺に商品補充の指示を出してくれたりしていたよね。俺も同じように頑張ろうとしているんだけど、全然駄目だ。商品が入ってないって客に怒られるし、タヌ子さんの指導と接客を上手く並行してやれないし、ルシエラに商品を説明しても何言っているか分からないって拳骨落とされるし……散々だよ」

「それは私云々じゃなくてリツキさんが駄目なだけだと思いますけれど」

「いや、それを言われると……」

「事前に段取りをしないからそうなるんですのよ。あらかじめ次に何をする、どういう風に行うということを頭の中で思考してまとめていれば、慌てることも困ることもありません」


 そう言って、メルは俺に仕事の入り方から指導の方法まで教えてくれた。

 そのことを語るメルは、以前のメルそのままだ。とてもイキイキしていて、本当に仕事に熱意を持って、何よりも心から楽しんでいることが伝わってくる。

 ……やっぱり、仕事は大好きなんだ。その気持ちは今も変わっていないんだ。今のメルの表情を見て、仕事が嫌だ、嫌いだなんて絶対に思えない。

 こんなにも情熱を持って語ってくれるメルが仕事を続けられないほど、心傷ついたんだ。

 何とかしたい。いや、何とかするんだ。俺は心の奥底で改めて覚悟をし直した。


「……こんな感じですわね。あとは適宜失敗したら反省改善の繰り返しで駄目な部分を塗りつぶしていけば問題ありませんわ」

「ありがとう、メル。こうやって教えてもらえると、本当に助かる。俺、分かったよ」

「分かった、ですか?」

「うん。俺、メルがいないと駄目だ」


 自分でも驚くくらい、その言葉はすんなり出てくれた。

 俺の言葉に驚き、釣り目気味の瞳をまんまると見開くメル。そんな彼女に、俺は思ったことをしっかりと伝える。


「さっきみたいに、メルにはこれからも俺の悪いところや駄目駄目なところをガンガン指摘してほしい。メルが傍にいないと、メルと一緒じゃなければ駄目なんだ」

「な、な、な、り、リツキさん、そ、それは」


 なぜか顔を真っ赤に染め上げたメル。

 そのメルに、俺は必死に自分の想いを伝え切ろうと足掻いた。

 メルが大切だと、必要だと、店でまた笑顔で働いて欲しいという気持ちを少しでも伝えるために。


「メル、お願いだ。これから先もずっと俺を怒り続けてくれ。怒鳴り続けてくれ。リリネコ商店で働きながら、駄目駄目な俺を叱咤し続けてくれ。メルに怒られたいんだ。罵声を浴びたいんだ」


 俺のその言葉で、メルの緊張したような表情が一気に崩れ去った。

 その表情は本当に複雑そうな顔で。あれ、おかしいな……何か変なこと言っただろうか。

 やがて、メルは心底呆れるような大きな溜息をついて、俺にジト目を向けてぽつりと呟いた。


「ネーナの気持ち、少し分かったような気がしていましたのに……リツキさんのばか」

「そう、そんな感じで怒られたいんだ。だから頼むよ、メル。メルがまたこれまでのように楽しく店で働けるようになるために、メルの心の傷に触れさせてほしい」

「心の傷……」

「今回の取引の件でメルが傷ついたことは分かってる。理由も『なんとなく』こうじゃないかって思うことはある。でも、『なんとなく』じゃ駄目なんだ。それじゃ、本当にメルの心の傷を理解したことになんてならないから」


 目を伏せるメルに、俺は懇願する。

 これはメルにとってきついことかもしれない。耐えがたいことかもしれない。

 でも、踏み込まなきゃ駄目だ。メルの心の傷に触れて、その痛みを分かち合わなければ、力になんてなれっこないんだ。


「メルが泣くほどつらかった理由を教えて欲しい。メルが悔しいと感じた想いを教えて欲しい。メルが何に泣き、何に苦しみ、何に絶望を感じたのか、『本当の声』を俺は知りたいんだ」

「リツキさん……」

「お願いだ、メル。君の涙の理由を一緒に背負わせてくれ。情けなくて頼りない俺でも、必死になれば、メルの力になれるかもしれないから……いや、なるんだ。絶対にメルの力になりたいんだ」

「どうしてそこまで……」

「メルの笑顔が好きなんだ。メルの働いている時に見せてくれる笑顔は本当に心から楽しそうで、イキイキとしていて、綺麗で……メルの笑顔を取り戻したいから、また元気なメルと一緒にリリネコ商店で働きたいんだ。それは俺だけの気持ちじゃない、リリネコ商店みんなの想いなんだ」


 メルを真っ直ぐ見つめて俺は自分の想いを言い切った。

 メルのため……そう言ったけれど、一番の理由は違うのかもしれない。一番の理由は自分のためなんだと思う。

 彼女の働く姿、取引成功を喜ぶ姿、真剣に悩む姿、その全てに俺は目を奪われた。

 自分の夢が叶ったと語り、毎日働くメルは本当に眩い程に綺麗で、そんなメルの姿を俺は見ていたいんだ。みんなだってそうだ、楽しそうなメルと一緒に働きたいと願っているから。

 俺の声を聞き、やがてメルは瞳を閉じて口を開いた。


「……大した理由ではありませんのよ。人が聞いたら下らないと笑って終わるような、そんな些細な理由ですわ」

「そんなことあるもんか。理由の大小は他人が決めることじゃない、メルが決めることなんだ。メルがこうして泣いて苦しんでいる、それだけで大き過ぎる理由だよ。少なくとも俺は、絶対に笑ったりしないから」

「……本当に、リツキさんはネーナの話してくれる通りの人ですのね」


 いや、ネーナは俺のことを美化し過ぎていてえらいことになっているんですけど……いったいメルにネーナはどんなことを話していたんだろうか。恐々とするなか、メルは話を続けていく。


「リツキさん、少し昔話を聞いてくれませんか」

「昔話?」

「ええ、本当にどこにでもあるようなありふれた女の子のお話。他人にとっては陳腐で下らない内容でしょうけれど……私にとっては何よりも大切な『夢』のお話ですわ」




 

文字数がちょっと多くなりそうでしたので、前部分を先に投稿しました。

後半はいつも通り18時になるよう頑張りますっ。

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