4.弱ったな
「このたびは私たちを救って下さり、本当にありがとうございました」
薄桃髪の美少女が泣きやむと、彼女は俺に対して膝をついて頭を下げて礼を言ってきた。
もちろん、土下座なんて望んでない俺は慌ててその子に止めるように頼む。
「頭を上げて。助けたというか、運が良くて助かったみたいなもんだしさ」
「いえ、あのままあなたは私たちを見捨てて逃げることだってできたはずです」
「無理だよ。そんなことをしたら一生夢にうなされそうだし。俺はたいしたことしてないから」
「見ず知らずの私たちのために、己が命も省みず戦ってくれた恩人相手に礼を尽くせずして誰に尽くすというのでしょうか」
「弱ったな……とにかくほら、頭を上げよう? このままだと俺が君をいじめてるみたいで、後ろの子たちも怖がっちゃってるからさ」
俺の言葉に、少女はハッと顔を上げて後ろを振り返った。
そこには、白銀の髪をした少年少女がプルプルと震えながら少女の背中に隠れてしまっていた。頭部にある犬耳はペタンと下がってしまっている……いや、犬耳ってなんだ。
見間違いかと思い、俺はその子たちの頭の上へ再び視線を向け、さっと戻した。
そこには確かに犬耳が存在している。ちらりとみたかぎり、尻尾らしきものもある。
……まあ、異世界だしな。こういう種族もいるのかもしれない。それを指摘して大騒ぎされると、いくら子どもとはいえ気分も悪いだろう。
俺は何も見なかったことにして、子どもたちをあやしている少女へ目を向けた。
服装こそ襤褸を纏わされているが、間違いなく美少女だ。
元の世界ではありえない、薄桃色の髪を背中で一つにまとめ、顔立ちはくっきりしてまるで海外のお姫様のようだ。
子どもたちが落ち着いたことに安堵し、少女はあらためて俺へ向き直り、頭を下げた。
またお礼を言おうとしていた少女の言葉を遮り、俺は先んじて自己紹介を始めた。
「俺の名前は神楽立輝。姓が神楽で名が立輝。君たちの名前を聞いてもいいかな?」
「私の名はネーナです。訳あって家名を名乗れないことをお許し下さい」
「うん、名前だけで大丈夫。俺もリツキで構わないよ。よろしく、ネーナ」
少しだけネーナから視線を外して、俺は緊張した笑いを浮かべて挨拶一つ。
やばいな、実際に話してみるとヤバいくらいにネーナの美少女っぷりが理解できた。
まともに目を合わせて会話することすら恥ずかしくなるレベルの美少女だ、この娘。
そんな俺の反応に小さく首を傾げるネーナ。そんな仕草も可愛いな。
ただ、いつまでも見惚れてはいられない。
俺は軽く首を振って、一度屈んで男の子と女の子の目線の高さに合わせて自己紹介を始める。
確か子どもと話すときは目線を合わせるのが良いんだっけ。
「俺の名前はリツキ。君たちの名前を教えてくれるかな?」
俺の問いかけに二人は言葉を返さない。短髪の男の子は困ったような、肩まで髪を伸ばした女の子は怖がっているような顔をみせている。
まあ、仕方のない反応だと思う。さっきまであんな連中に追われていたんだ、見ず知らずの俺を相手に怖いと思うのは当然だろう。
でも、怖がられ続けるのも悲しいものがある。
どうしたものかと周囲を見渡し、ふと良い物があることを思い出して俺は倉庫内を漁った。
そこから取り出したのは板チョコだ。子どもたちの前で板チョコを取り出し、目の前でぱきりと割る。
板チョコが何か分からず、興味津々に見つめる子どもたち。うん、子どもは好奇心の塊だ。
俺はそれを片手に、再び自己紹介を始めた。
「俺の名はリツキ。自己紹介ができた良い子の俺にはチョコのご褒美だ」
そう言って、俺は二人の前でチョコを一欠けら口に運ぶ。
いつも通りの安物の板チョコの味が口に広がり、『甘くておいしい』とわざとらしい反応をみせる。
二人の子どもたちはそんな俺に釘付けだ。さらに駄目押しとばかりに、俺はネーナに対して同じ質問を繰り返した。
「俺の名はリツキ。君の名前を教えてくれるか?」
「わ、私ですか? 私はネーナと申します」
「うん、よくできました。そんな良い子のネーナにはご褒美だ」
ぱきりと板チョコを割って、俺はそれをネーナに渡した。
どうやら俺のしたいことを理解したのか、ネーナは優しく微笑んで、そのチョコを口に運んだ。
そして、こちらがびっくりするくらい驚いたような表情をみせてチョコの感想を告げた。
「甘くて美味しい……こんなに甘い食べ物、今まで食べたことがないくらい」
そのネーナの感想が引き金となった。
これまでじっと見つめていた男の子と女の子が、俺にとことこと近づいてきて、ゆっくりとその口を開いてくれた。
「コタロ。僕の名前はコタロ」
「……リラ。私、リラ」
「コタロにリラか。良い名前だね。よくできました。花丸の二人にもご褒美だ」
そう言って、俺は完全に再生したチョコを再び割ってコタロとリラに渡していく。
チョコの再生に気付いたのか、ネーナが更に驚いたような表情をみせてチョコを見つめているが、その疑問を口にするより早く、二人が声を大にしてチョコの感想を告げるのだった。
「おいしーーーーー! 何これ、凄く甘くて美味しい!」
「甘くてとろとろ……」
目を輝かせ、尻尾を振って、二人は嬉々として感想を紡ぐ。
それはよかったと二人の頭を俺はグリグリと撫でた。
頭を撫でられながらも、遠慮を知らない食欲旺盛な子どもたちは俺を見上げてもっともっととおねだりをした。
「もっと頂戴! 名前、何回でも言うから! 僕、コタロ!」
「私も……リラ、リラ、リラ」
「いや、自己紹介は一度でいいから。チョコならほしいだけあげるからな」
「本当!? やったー! ありがとう、兄ちゃん!」
「ありがとう……」
「おお、お礼をちゃんと言えるなんて凄いな。偉いぞ、二人とも」
良いことをした子どもは褒める、その鉄則を守りながら俺は二人にチョコを渡していく。
どうやら満足に食事をしていなかったのか、二人はがっつくようにチョコを平らげていった。
そんな二人の光景を羨ましそうに眺めているのはネーナだ。
どうやら彼女もお腹がすいているらしい。けれど、それを言い出すのも恥ずかしいようだ。
俺は小さく笑いながら、ネーナたちに提案をした。
「とりあえず、先に飯にしようか。他に食べ物も飲み物もあるしね。話をするのはそれからにしよう」
俺の提案に、コタロとリラは大喜びし、ネーナは顔を真っ赤にしながら深く頭を下げた。
そんなネーナの美少女の前に人間である表情に、俺は初めて彼女を真正面から見ることができたような気がした。