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36.目指したいな

 



 大通りの外れ、人気のない路地裏。

 周りに人がいないことを確認して、プーギリの肉を食べ終えたオードナさんは手を払いながら俺に問いかけてきた。


「それで、どうした? 思いつめたような顔してやがったが、何かあったか?」


 オードナさんの問いかけに、俺は言葉に詰まる。

 何かあったか、という問いかけの答えはもちろんメルのことだと即答できる。

 だけど、そのことをオードナさんに伝える訳にもいかない。

 ラリオさんに伝えたのは、あくまでラリオさんがメルの家族であり、事情を話す必要があると思ったからで、取引先のオードナさんに気軽に話せる内容ではない。

 けれど、オードナさんならもしかしたら何か適切な助言をしてくれるかもしれないという期待もある。

 人生経験も豊富そうで、大人の男のオードナさんなら、メルが元気になる為の方法を発見出来るかもしれない。

 迷いに迷って、俺はメルのことだというのを隠すことにして、遠回りに訊ねることにした。


「あの、実は少し困ったというか、どうしたらいいのか分からないことがありまして……」

「ほう? なんだ、金の無心以外なら何でも聞いてやるぜ。金の無心ならぶっ飛ばすぞ。俺の今月の小遣いはほとんど残ってねえんだ」

「……小遣い制なんですか?」

「……ルシアの奴が財布握ってんだよ、悪いか」


 ギロリと睨んでくるオードナさんにぶんぶんと必死に首を振る。

 ただ、ちょっと意外だった。オードナさんのイメージ的に、商売で稼いだお金は自分の好きなように思うままに使うって感じだったけど……ウチもネーナが財布握ってるし、一緒だね。

 そんなシンパシーを感じながら、俺はオードナさんに訊ねかけてみる。


「あのですね、お金ではなくて……実は、大切な女の子がとても悲しい想いをして泣いていまして」

「あ? なんだなんだ、お前、女を泣かしたのか。女を知らねえガキだと思っていたが、やることやってんじゃねえか。どんなひでえことやらかしたんだ、俺に教えてみろ」

「お、俺が泣かしたんじゃありません! とても悲しいことがあって、今、その女の子が泣いていまして……どうしたらいつもの元気な姿に戻ってくれるのか、良い考えが全然思いつかなくて……」

「ほお。つまりあれか。お前がメルの嬢ちゃんを泣かしちまったから、なんとか機嫌を取り戻したいってことだな」

「だから、俺が泣かしたんじゃなくて……」


 そこまで言って、ふとオードナさんの口からメルの名前が出てきたことに気付く。

 俺、女の子の名前言ってないよな……? どうしてメルって分かったんだ?

 眉を顰める俺に、オードナさんは呆れるように肩を竦めながら理由を語る。


「お前の大切な女って、つまりあの嬢ちゃんのことじゃねえか。お前の恋人なんだろ?」

「ち、違います! メルとはそういう関係じゃなくて……いや、メルが大切な女の子ってことに違いはありませんが、そうじゃなくて……あ、いや、これはあくまで仮の話でメルのことではなくて……」

「ええい、まだるっこしいわ! バレバレなんだから隠さずに話せ! メルの嬢ちゃんを泣かせちまったんだろうが! 嬢ちゃんを元気づけたいけど、その方法が分からないから困ってんだろうが! 違うのか、あ!?」

「ち、違いませんっ!」


 頭に青筋を立てて恫喝するように問いかけるオードナさんに、俺は小さくなって肯定するしかない。人気のない路地裏で首元掴まれるって、いや、普通に怖いからね。

 俺が肯定したことに満足したらしく、それならよしと手を離してオードナさんは話を続ける。


「事情は分かった。しかし、お前も情けねえな。自分の女が泣いているっつーのに、泣き止ますこともできずにオロオロしてんのか。店の経営は順調みてえだが、こっちのほうはガキそのものじゃねえか。しっかりしろよ」

「いや、返す言葉もありません……情けなくて本当にすみません」

「仕方ねえな、本来なら金を取りたいところだが、相談に乗ってやるよ。あの嬢ちゃんが泣いているくらいだ、よっぽどのことがあったんだろう。それで、何があったかは当然把握しているんだよな?」

「はい、大体のことは……」


 俺の返答にオードナさんの表情がしかめっ面になる。

 この空気はあれだ、部活の厳しい先輩に呼び出された時の空気に似ているかもしれない。

 緊張して固まる俺に、オードナさんは眉を寄せて確認する。


「いや、大体ってなんだそれ。嬢ちゃん、泣いているんだよな?」

「はい」

「その理由は当然本人から訊いたんだよな? どうして泣いているのかを訊いたんだよな?」

「いえ……」


 拳骨を落とされた。かなり力の込められた一撃だった。

 あまりの衝撃に目から火花が飛び散りそうになる。頭を押さえて蹲る俺に、オードナさんは呆れるように叱責する。


「アホかお前は。なんで直接理由を訊かねえんだ、そこが一番大事だろうが。泣いている本人に理由を確認しねえと、どうすれば元気になるのかも分からねえだろう」

「す、すみません……でも、大体の理由は分かるんです」

「ほう? どうやって分かったんだ?」

「メルが泣く理由に心当たりがありまして……きっとそうだろう、と」


 再び拳骨が落ちた。いや、もうそろそろ俺の頭が壊れそうだ。

ルシエラにオードナさんに、俺の頭にいったい何発拳が落ちただろう。

 悶える俺に、オードナさんは声を大にして説教する。


「馬鹿かお前は! 『だろう』とか『かもしれない』とか、あやふやなこと言う前に本人に直接訊いてこい! その理由が本当に合っているか分かんねえだろうが! 女の機微なんぞ微塵も分かりそうにねえお前の心当たりがどれだけ頼りになるんだ!」

「うう、すみません……」

「いいか、リツキ。女が泣いているなら、まずは本人に理由を訊け。女の話を聞いて、それからどうすればいいかを考えろ。てめえの勝手な想像や思い込みで駆けまわるんじゃねえ、とにかく嬢ちゃんと向き合って話をするんだ」

「話……」

「どうして泣いているのか、涙の理由は何なのかをお前が知るには、直接ぶつかるしかねえんだよ。嫌がられようと、拒まれようと、必死に頭下げて理由を訊いてこい。そして嬢ちゃんの口から訊いてこい。何を悲しいと思い、何につらいと感じたのか。お前の『だろう』なんて適当な理由じゃねえ、嬢ちゃんの『心の声』を受けとめてこい。そこで初めて元気にするために云々って話になるんだよ」


 オードナさんの言葉に、俺は耳を傾け続けた。

 そうだ、オードナさんの言う通りだ。俺はメルの口から何一つ涙の理由を訊いていなかった。

 メルがどうして今回の件で、あれほどまでに傷ついたのか。

 その理由を、俺は全て推測で決めつけていた。こうじゃないか、きっとこうだろうと考え、メルの心の傷を分かった気になっていた。


 オードナさんの言う通り、元気にするための方法を考えるより先にすることがある。

 俺はメルと話さなきゃいけなかった。拒まれても、嫌がられても、必死になって頭を下げてでも、メルの心の傷の理由を教えてもらわなければいけなかった。

 そうしなければ、メルの心を本当に癒すことなんて出来ない。メルが元気になるためにどうすればいいのかなんて分かる訳がないんだ。

 メルを慰めたり、優しい言葉をかけたりするだけでは、会話したことになんてならないんだ。俺が本当にすべきは、メルの心に対して本当の意味で踏み込むことだったんだ。

 

「なんだ、少しはマシな顔になったじゃねえか。自分のやるべきこと、分かったか?」

「どうすればメルが元気になるのかは未だ分かりません。ですが、まず自分が何をすべきかは分かった気がします」

「そうだ。結局、嬢ちゃんが泣いている理由は嬢ちゃんの心にあるんだ。まずはしっかりとそれに触れてこい。あとは嬢ちゃんとお前がしっかりと二人で乗り越えるだけだ」

「二人で乗り越える、ですか?」

「結局、一番大事なのは嬢ちゃんが自分の心の傷をどう割り切るかだろ。それをお前だけ頑張っても完全に解決なんてできねえよ。お前はあくまで嬢ちゃんの力になるだけで、最後に立ちあがるかどうかを決めるのは嬢ちゃん自身なんだからよ。一人が頑張っても意味がねえ、二人で頑張らなきゃ駄目なんだ。そのためにお前は嬢ちゃんとしっかり話をしろってことだよ」


 オードナさんの言葉に俺は頷く。

 俺の反応に満足したのか、オードナさんは軽く伸びをして、空を見上げて言葉を零した。


「ちょっとした休憩時間のつもりが、随分長くなっちまったな」

「お時間をとらせてすみません……ですが、本当にありがとうございます。オードナさんのおかげで、自分がまず何をしなければいけないのか分かった気がします」

「おう、別に構わねえよ。ガキに道を示すのも大人の仕事……ってな。嬢ちゃんが元気になったらまたウチに面出せよ。今回のことをネタに散々からかってやるからよ。『大好きな嬢ちゃんを慰める方法が分かりません、助けて下さい』って俺に泣きついてきたんだって嬢ちゃんの前でばらしてやるからよ」

「そ、それは勘弁して下さいよ……」


 快闊と笑って、オードナさんは俺に背を向けて路地裏を後にした。

 ただ、俺に背を向けたまま、軽く手をひらひらとさせて何でもないように告げるのだった。


「頼むからこんなことで潰れてくれるなよ。俺はお前にも嬢ちゃんにも期待しているんだからよ。『領主の娘だから』なんて小せえこと、笑い飛ばせるくらいに強くなれ。嬢ちゃんも、お前もよ」

「オードナさん、メルの事情を……」

「言っただろ、俺は『商人』だ。大切なのは売れるか売れねえか、それだけだ。そこに私情や下らねえ事情は挟むつもりはねえってな」


 そう言い残して去っていくオードナさんの背中から、俺は目を離すことができなかった。

 確固たる自分の信念を持って道を行くその背中はどこまでも強く、格好良くて。

 ――いつか、俺もあんな風になれるだろうか。そんな羨望を抱いてしまうほどに、オードナさんの背中は大きく見えた。



 

更新時間が遅れに遅れてすみませんでした!

書きためていた内容に納得いかず、今日仕事から帰ったあと、この話をずっと書きなおしてたらこんな時間になりました……

というか、今年の私のクリスマス、オッサンと少年の会話話をひたすら書いて消してを繰り返して終わってしまったんですね……メリークリスマス(白目)


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