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35.なにができるかな

 



 異世界生活七十日目。



 メルがダウンしてから四日目。

 それはすなわち、メルが仕事を休み続けて四日目ということになる。

 あの日の出来事以来、リリネコ商店で働く姿をメルは一度も見せていない。

 客と接すること……というよりも、働くということに対して、メルは完全に恐怖するようになってしまっていた。


 メルが俺たちに『働くのが怖い』と訴えたとき、俺たちは彼女の様子に愕然とした。

 いつだって自信に満ち溢れ、誰よりも働くことに喜びを感じて微笑んでいたメルが、まるで迷子になった幼子のように涙目でそう告げてきた。

 メルからそう伝えられたとき、俺はメルに一週間のお休みを命じた。

 理由はまだ体調が戻っていないと店長が判断したため……という名目だ。

 メルが働くのが怖いという状況で、働かせる訳にはいかない。

 こちらから強制的にでも休みを与えたほうがいいと判断し、俺はしばらくメルにゆっくりするように伝えた。

 そんな俺に、メルは本当に小さく、そして儚い声で『ごめんなさい』と謝り、涙を零していた。本当に……胸に痛い、涙だった。



 あの日から、メルには仕事の一切に触れさせていない。

 仕事に触ってしまえば、きっと思い出してしまう。あの日の絶望を、苦しみを。

 かといって、一人に部屋に閉じこもってもそれはきっと同じことだ。

 そのために、俺はネーナも一週間休みになってもらった。メルの親友であるネーナが傍について、色んなお話をすることで気分が少しでも前向きになるように。

 ……メルの心としては、一人になりたいかもしれないけど、不安定な状態の今は一人になんてできないよね。


 そういう訳で、今、店は俺とタヌ子さん、そして臨時店員としてルシエラがカウンターに入ってくれている。

 今はメルのことが最優先だけど、店を完全に閉店するわけにもいかない。自分のために店が休みになっているなんて知れば、メルはもっと傷つくだろうから。

 ルシエラにお願いしたのは、俺がメルの行っていた契約の話し合いで店を抜けるためだ。

 メルが倒れ、働けなくなったからといって、全ての予定がゼロになる訳じゃない。当然、メルが倒れた次の日もその次の日も客先と会う予定が組まれていた。

 それに俺がメルの代わりとして参加しているんだけど……五件の案件のうち、一件が先日と同じ理由で白紙になってしまった。残り四件は、メルの復帰を待って話を進めたいとのことだ。メルの復帰を待ってくれるだけでも、本当にありがたかった。

 そう、メルは絶対に戻ってくるんだ。

 今は色々あって心が弱っているけれど、メルは強い娘だ。きっと、ゆっくり休めば――







「――なんてことを考えているのか、リツキは」



 客がほとんどいない、昼下がりのリリネコ商店。

 俺とともにカウンターに並ぶ少女――ルシエラに鋭く指摘され、俺は驚き体を跳ねさせた。今、タヌ子さんは休憩時間だ。

 そんな俺に、ルシエラは眉を顰めて淡々と言葉を紡ぐ。


「無理だぞ。メルは一人じゃ立ち上がれない。メルは誰かに引っ張り上げてもらわなきゃ立ち上がれない」

「だ、断言するんだね」

「リツキはメルが強い女だと思っているようだが、それは間違いだ。メルはウチの店の中でも誰より繊細で心が弱い」


 そこまで口にした後、ルシエラは少し考えるような仕草を見せて、言葉を改める。


「心が弱いは間違いだな。打たれ弱いんだ。この状況に一人で立ち上がれというのは酷だろう。誰も彼もがネーナのような強い女だと思っていると痛い目をみるぞ」

「思ってないよ……」

「馬鹿、メルはお前が考えている以上に優しくて繊細なんだ。それがメルの良さでもあるし、長所、魅力でもあるんだが、今回はそれが仇になっている。早めに手を打たないと、本当に手遅れになるぞ。何とかしろ、リツキ」

「そりゃ、俺だって何とかしたいけど……ルシエラ、何か良い案はないかな。メルが元気になってくれる方法」


 拳骨された。超痛い。なんでさ。

 頭を押さえて悶える俺に、ルシエラは顔をぐっと近づけ、眉を顰めて可愛い声で責める。


「その方法を知っていれば自分で何とかしている。それに、私は商売のことなんて分からん。今回、メルがああなったのは、良く分からんが商売のこと絡みなんだろう。だったら事情を理解しているお前じゃないと解決できるわけないだろ、馬鹿」

「ごもっともで……いたた」

「頼むからメルを早く元気にしてくれ。私もメルの元気な顔が見たいんだ」


 頭を摩りながら、ルシエラの呟く言葉を噛み締める。ルシエラの言う通りだ。

 そうだ、みんなメルが元気になってくれるのを待っているんだ。

 それこそ一秒でも早く元気になってほしい状況で、待っていれば戻って来てくれるなんて考えるのは駄目だ。それはある意味、俺の逃げだ。

 メルなら大丈夫、メルなら元気になる、なんて考えはメルに頑張ることを強いているだけで、俺は何もしちゃいない。


 メルの力になりたい。元気なメルがまた戻ってきてほしい。

 そのためには何かをしなくちゃ駄目なんだ。メルのために動かなきゃ駄目だ。

 だけど、そのために何をすればいいのか……今の俺には分からない。


 今回の件はメルの身分、領主の娘であることが絡んでいる。

 メルが心折れた理由、それは契約取引が自分の努力で勝ちとったものではなく、貴族としての地位を理由に脅迫紛いに奪ったものだと思ってしまっている点だ。

 取引先の商人たちの話から、メルが領主の娘であることはほぼ全員が知っていることだろう。それゆえに、先方が望まない契約もメルが相手では飲まざるを得なかった。


 だけど、俺はそれが全てじゃないと思っている。

 確かにそういう事情で契約しようとした商人が沢山いたかもしれない。事実、メルが出てこないと分かると、俺に契約破棄を頼みこむ人が多く出たりした。

 でも、それを踏まえても契約の話をしようと言ってくれた人も沢山いたんだ。

 メルがデータを揃え、売り込んでくれた内容に興味を示して、メルの話をもっと聞きたいと言ってくれた商店だってあったんだ。メルの復帰を待ってくれている店も沢山あるんだ。


 そのことをそのままメルに伝えたら、メルは元気になってくれるのだろうか。

 言葉だけで動いてくれるほど、メルの傷は浅いのだろうか。

 逆にこの話を聞いて、もっと傷ついたりしないだろうか。契約先が待っているという言葉が負担になったりしないだろうか。


 ……駄目だ、考えがまとまらない。案を思いつく度に不安がそれを否定してしまう。

 はっきり分かる。俺はメルを傷つけることに怯えている。完全に二の足を踏んでしまっている。

 メルの今の精神状態のなか、言葉の選択ミスは大きな失敗を招きかねない。メルを元気づけるつもりが更に傷つけてしまうなんて洒落にならない。


 どうすればメルはもう一度笑ってくれるのだろうか。

 先ほどの言葉をそのまま伝える、契約破棄した商人たちに強引に再契約を約束させる、何もせずに時間が過ぎるのを待つ……そのどれもが正解とは程遠い気がした。

 きっと、どれを選んでもメルの笑顔は戻らない。

 凛としたメルの笑顔に再び会うためには、もっと別の方法が必要だと思った。それが何なのか……今の俺には分からない。


「リツキ、メロンパンが少なくなってきているぞ。補充しておいてくれ」

「ああ、分かった」


 ルシエラの言葉に意識を戻され、俺は倉庫へ向かう。

 ルシエラ、ちゃんと商品の状況とか見てくれているんだな。メルとネーナが動けない今、本当にありがたい存在だ。

 俺は倉庫に入り、メロンパンを十個ほど複製する。

 それをトレーに載せて、店に戻ろうとした時、俺の視界に例のランキング表が入った。

 百位までの順位表、その一覧をざっと眺めて俺は軽く息を吐きだした。


「リリネコ商店、あっという間にランク外……か」


 今日を含めて残り四日と終わりの迫った状況だが、リリネコ商店はあっという間にランキングを落としてしまっていた。

 現在の順位は百十位。前が七十位近くまで来ていたことを考えると、恐ろしい程の急降下だ。


 ただ、この順位低下は何となく予想できていたから、俺に驚きはない。

 残り一週間を切ったとき、百位以下が猛スパートをかけてくることは予期していた。

 この順位表は百位までしか順位と売上が表示されないので、それ以下がどんな状況にあるかは全く分からない。それを逆手に取って、百位以下の百位を基準に張り付いて様子見していた集団が一気にアウトレット品を売りさばいてスパートを駆け始めたのだろう。


 七十位から百位までが団子状態だったのだから、当然その下も同じ状況だろうと察していた。その集団の追い上げと、リリネコ商店の停滞が重なれば、当然こういう結果になる。

 ウチの店の売り上げは現在九百四十八万五千四百リリル。そのうちの二百四十万リリルがメルの勝ち取ってきた契約だった。その加速がなくなれば、他の上位集団に抜かれるのは当たり前だ。


「メルは本当にリリネコ商店の売り上げを支えてくれていたんだ……メル、君の頑張った結果はこうして残っているんだ」

 

 思えば、全ての始まりはこの売り上げ順位争いだった。

 この苛烈な争いを制して百位以内に入ること、それがメルのみんなに提言した目標だった。その目標のためにメルは頑張ってくれていた。

 最初は乗り気じゃなかった俺やネーナたちも、気付けばメルの頑張りに引っ張られていた。百位に入れればいいなという考えから、入ろうという意識に変わった。


 百位に入ったら、きっとメルは大喜びしてくれると思った。

 メルの頑張りをこのランキング争いで形として残せれば、メルの自信になると思った。

 もし百位に入れれば、メルはもっともっと綺麗に笑ってくれると思った。


「だけど、今となっては……」


 全てはメルがいたからこそ、だったんだ。

 メルのいない、メルの想いが存在しない売り上げ争いにもはや意味なんてない。

 今はこんな争いよりも、メルが元気になってくれる方法を探すことが大事なのだから。メルが再び笑ってくれる方法を……


「……なんだ?」


 今、一瞬何かが引っ掛かった気がする。

 何だろう。今、頭の中で何かが……頭を悩ませながら考え込むものの、結局その答えは出ない。

 店の中からルシエラの呼び声が聞こえ、俺は慌てて思考を打ち切り、店へと戻っていった。















「そうか、メルはそんなことになっとるんじゃな」

「はい……」


 俺は向かいあう老人――ラリオさんと街中の飲食店で今の状況を伝えた。

 先ほど来店したラリオさんから、メルの姿を最近みないことを訊ねられたため、俺はラリオさんとともに店の外に出て話し合うことにした。

 店内の応接室ではメルに会う可能性がある。メルも今の状況は家族に知られたくないかもしれない。


 そう言う訳で、二人きりになれる場所……ラリオさんお勧めの少し洒落た個室の飲食店でお茶を飲みながらこれまでのことを話したという訳だ。

 とにかく今はメルを助けるためのヒントが欲しい。藁にもすがる思いでラリオさんとこうして話をしたのだけれど、俺の期待はバラバラに砕け散ることになる。

 お茶を飲み、軽く息をついて、ラリオさんは俺を見つめてハッキリと言い放つ。


「それは仕方のないことじゃな。そうなって当然のことなのじゃから」

「えええ……」

「メルがどう考えていたかは知らんが、メルはダーシュタルト家の一員であることは事実。商人連中の反応も当然じゃろう。税を納めている相手、それもグラオード王国、七家の一つであるダーシュタルト家の娘。権威に怯えて飲み込まざるを得んじゃろうて」


 あとで聞いた話だけど、このグラオード王国には王家の次に偉い七つの家の貴族が存在するらしく、そのひとつがメルのダーシュタルト家らしい。

 つまり、メルとラリオさんはとんでもない貴族ってことになるらしい。

 ラリオさんの言葉に、俺は訝しげな瞳を向ける。ラリオさんの話しぶりは、まるでこうなることが分かっていたかのように感じられた。

 俺の視線に気付いたのか、ラリオさんは軽く笑ってあっさりと白状する。


「こうなると思っておったよ。いや、確信しておったと言ってもいい。リツキ君にメルを預けた時から、こうなる未来を想像しておった」

「そんな……だったら、どうしてメルをウチに預けたりしたんですか。メルが傷つくことを分かっていたなら……」

「遅かれ早かれ分かることだからじゃ。分かっていたからこそ、他の商人のもとではなく、ネーナちゃんやリツキ君の傍においておきたかった」


 俺の問いかけに、ラリオさんはきっぱりと言い放つ。

 俺を真っ直ぐに見据え、雰囲気の変わったラリオさんは淡々と言葉を続けた。その様子に普段の飄々とした様子はない。


「メルは幼い頃から商人になることを夢見ておった。また、それを為すだけの才もある。じゃが、メルは現実を何一つ知らなんだ。貴族が商売をするということは、こういうことなのじゃということをな」

「こういうこととは」

「『商人』である前に『貴族』として扱われるということじゃ。メルがどれだけ商人としてあろうとしても、メルの立場を知る者ならば、『貴族』として人間を見る。例えば、今回メルが駆けまわった商談でもそうじゃの。メルの立場を知る人間ならば、メルを見て『恐れる』か『利用しようとする』かの二択じゃろう」

「『恐れる』というのは、これまでの商会の店長のようなことですよね。『利用する』というのは」

「文字通りの意味じゃの。メルとつながりを持つことで、ダーシュタルト家とつながりを持とうとすることじゃ。利用すると決めた商人たちは、メルが持ってきたものなら何でも契約するじゃろうな。商品としての良しあしなど関係ない、メルとつながりがあればそれでいいのじゃから。果たしてそれは、メルの求める商人としての商売かの?」


 違う。そんな風に物が売れても、メルは絶対に喜ばない。

 商品の価値を説いて、相手の心を動かし、交渉の果てに自分の力で契約を勝ち取ること、それがメルの喜びだった。

 そんな家の力を利用して勝ち取った契約をメルは絶対に喜ばない。

 俺の胸の内を見透かすように、ラリオさんは軽く息を吐いて言葉を続けた。


「つまり、メルは最初から『商人』ではいられなかったということじゃ。いや、違うの。『商人』としては在ることができるじゃろう。ダーシュタルト家の権威を利用して、どんな過程でも物さえ売れればそれいいというのなら、これほど優秀な商人はないのう。地位、権力とは交渉の大きな武器じゃからの」

「でも、メルはそんな商人なんて望んでいない……ですよね」

「そうじゃ。『貴族』である以上、『メルの望む商人』ではいられんのじゃよ。自分の身分や立場関係なく、自身の力や努力によって物を売る……そんなメルの望みが叶うことはないんじゃ、メルがダーシュタルト家の人間である限りは」


 はっきりと言い放つラリオさん。

 そう、その言葉の全てが正しく真実なのだろう。だけど、それを俺は受け入れられない。

 では、メルはどんなに頑張ってもその頑張りを認めてもらえないということなのか。

 メルがどれほど必死になって物を売りこんでも、その成果は全て『貴族』だからということなのか。

 俺は拳を握りしめ、必死に声を押し出してラリオさんに問いかける。どうしても訊きたいことがあったから。


「これが……これが、ラリオさんがメルにさせたかった経験なんですか……? こんな悲しい想いをメルにさせることを、ラリオさんは望んでいたんですか……?」


 俺の問いかけに、ラリオさんは答えない。

 静寂が支配する室内に、やがてラリオさんの声が響く。


「ここからじゃよ。ワシがメルに経験させてやりたいのは、ここからのことじゃ」

「ここから……ですか?」

「確かにこの経験はメルにとってつらかったじゃろう。優秀で努力家、本人の素質もあって何一つ挫折を味わうことがなかったメルが初めて大きく転んでしもうた。商人になりたいという夢を否定され、この現実を知った……じゃが、それで終わりかの? 大切なのはここからどうするか、ではないのかの?」


 席から立ち上がり、ラリオさんは千リリル札を机の上に置いた。

 そして、俺に背を向けたまま、片手を上げて最後に言葉を告げた。


「楽しみにしておるよ、メルの選ぶ道を。悩み抜いた選択の果てに、『本当の覚悟』の上で選んだ道ならば、ワシはどんな選択でもメルを応援するつもりじゃ。家に戻るならそれも良い。けれど、この苦しみを乗り越えてそれでも夢に生きるというのなら……メルの生き方を否定などさせんよ、誰にもな」


 そう言ってラリオさんは店から去って行った。

 ラリオさんがメルに抱いている想い、その片鱗に触れた気がした。

 きっと、ラリオさんは俺なんかが思う以上にメルのことを思い、考え、そして行動してくれているんだろう。


 大切なのは、ここからどうするか。

 ラリオさんの言葉が酷く胸に残る。そうだ、大事なのはここからどうするかなんだ。

 俺は飲食店を出て、リリネコ商店へ戻りながら、その言葉を考え続ける。

 メルが再び立ち上がるためには、俺はここから何をすべきなのか。

 そう、何かをすべきなんだ。ラリオさんはメルに立ち上がって選択を期待しているけれど、その立ち上がるためにきっと俺にも何かできることはあるはずだ。


 俺は自分の拳を見つめ、強く握り締める。

 力になりたい。メルの、彼女の力になりたい。

 またメルに笑って欲しい。そして叶うなら、またメルが商売をする姿がみたい。

 店で、取引先で仕事を楽しむ彼女の姿は本当にいきいきとして、とても輝いていたから。

 あんなに幸せそうに仕事をするメルの姿を、もっともっと傍で見つめていたい。

 けれど、そのための行動、その正解が見つからない。何をすればメルは元気になる、どうすればメルは立ち上がってくれる。俺に何ができる。


「よう、リツキじゃねえか」


 そんなことを必死に答えを探しながら、街を歩いていると、突然背後から俺の名が呼ばれた。

 後ろを振り返ると、そこにはラナリー商店の店長、オードナさんの姿があった。

 今日は一人らしく、両手いっぱいに屋台の食べ物を持って食い歩きをしているらしい。

 豪快な笑みを零しながら、オードナさんは俺に話しかけてくる。


「なんだ、今日は店が休みか? 夕方くらいに塩コショウの追加注文を頼みにいこうと思っていたんだが」

「いえ、店はやっていますから大丈夫ですよ。用があって出ていただけで……って、追加注文ですか!?」

「ああ、悪いが納めてもらった分の百カルラは既に売り切っちまった。良い物は迅速に売りさばくのが俺の流儀だ。つう訳で、追加で四百カルラほど頼むぜ。契約内容が変わっちまうが、その代わりに前は一カルラあたり六千リリルの相場だったものを八千リリルに引き上げる。もし、ウチに独占供給してくれるなら倍の一万二千リリルまで出すぜ。それでどうだ?」


 鶏肉のようなものを頬張りながら、俺に何でもないことのように言ってのけるオードナさん。

 それはまさに、メルの頑張りが結果になった形だった。初めてメルが勝ちとった契約、『塩コショウ』。それがこうしてオードナさんに良い物として認められ、さらに大きく取引を追加してくれると言ってくれている。そのことが本当に嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「お、おい、どうしたんだよ。今にも泣きそうな顔しやがって、腹でも減ってんのか。食いかけでよければ、プーギリの肉でも食うか? うまいぞ?」


 感極まり過ぎて、現在の俺の顔は人様にはあまり見せられない感じのようだった。

 オードナさんに肉を分けてもらいながら、俺はオードナさんに『とりあえず落ち着けるところで話すか』と、大通りから外れた場所へ連れて行かれるのだった。




 

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