33.ちょっとメルの様子が変じゃないかな
異世界生活五十八日目。
売上競争も中盤、残り十五日となった。
現在のランキングでは、リリネコ商店は七十二位。この一週間でかなり上位にあがってきているね。
店の売り上げが順調なのも理由の一つだけど、一気に上までいけたのはやっぱりメルの働きが大きい。
ラナリー商会との契約を勝ち取って以来、この一週間でメルは水を得た魚のように次々と四件もの新たな新規契約を色んなお店と結んできた。
商品はコーヒー、コピー用紙、針金ハンガー、マヨネーズの四点。
契約相手は小さな商店だったり飲食店だったり服屋だったり様々だ。全ての契約を合わせると、月々百十万リリルの儲けとなる。
つまり、メルはラナリー商店も合わせると、既に月百七十万の利益を確定させている。
契約が更新されれば、これが毎月リリネコ商店の売り上げとしてプラスされることになる。
現在の貯金額は六百八十一万七千リリルなので、おおよそ四分の一がメルの契約による力ってことになる。これ、本当にとんでもないことだよ……毎月百七十万確定なのは、本当に大き過ぎるね。
ただ、嬉しい半面、少しばかり心配なこともある。
メルが頑張り過ぎている気がする。初めて契約を取った日から、メルは新しい契約を取ることにとにかく夢中になっている。
リリネコ商店は週に二回かならず店員にお休みを作っているんだけど、その休みすらメルは返上して外回りに出てしまった。いや、止めたんだけども、本人が絶対に行くと言って聞かなかった。
最近のメルは食事の時間以外、仕事のことに完全に没頭している。
仕事を詰め過ぎじゃないかと、手伝うと言っても大丈夫だ、私がするんだと言ってきかない。
本人がやる気になっていて、さらにリリネコ商店に利益をもたらしてくれているから、俺たちは誰も強く言えない。
ルシエラなんか『好きでやっているんだから、ぶっ倒れるまで好きにさせる方がいい。メルはコタロやリラのような子どもじゃないんだぞ』なんて言う始末。いや、ぶっ倒れるのが心配だから言っているんだよ……
ラナリー商店と取引が成立したあの日から、とにかくメルの様子が少し変わった気がする。だけど、それが良いことなのか悪いことなのか俺やネーナでは分からず、結局本人の望むままにさせている。
ずっとこういう仕事を夢見てきたって言われると、強く止めるように言えないんだよね……とにかく、今はメルのやりたいようにさせて、何かあってもすぐに対応できるように準備だけはしておこう。それが俺たちの結論だった。あんまり過保護過ぎるのも問題だとルシエラに言われたばかりだしね……過保護かな、俺。
そんな風にメルのことを心配しつつ、今日もカウンターで接客業務。
今日はネーナがお休みで、コタロやリラを連れて街に遊びに行っている。
お店の常連である討伐者のプリームさんとレリダさんの二人と一緒に行ったから、身の安全もばっちりだね。プリームさんとレリダさんはお店を貸してくれたベルマーダさんのお仲間で、若い女討伐者さんだ。ネーナと仲が良く、よくお店でワイワイとお話している。
ただ、その話の内容が未だにベルマーダさんが気持ちに気付いてくれないだの、鈍感だのという愚痴なのは勘弁してほしい。ベルマーダさん、モテるんだな……羨ましい。
そういう訳で、今日は俺とタヌ子さんの勤務。
メルはいつものように昼前には外回りに出かけた。さきほどタヌ子さんが『最近あまりメルさんと会話できていないからさびしいですね』なんて零していた。俺も仕事以外のことをメルと全然話せてないな……忙しさを過ぎれば、この状況も変わるのかな。
人の少なくなった昼下がり。のんびりタヌ子さんとカウンターに並んでいると、お店の扉が開かれる。お客さんだと思って俺は『いらっしゃいませ』と挨拶をかけると、そこには驚きの人が。
「……水上さん?」
「こんにちは、リツキ君。お邪魔するよ」
店に現れたのは、糸目が特徴的な同郷の青年――水上さんだった。
驚きの来店に、俺は慌てて水上さんに駆け寄って興奮を押さえながら言葉をかける。
「いや、本当にびっくりしました。まさか水上さんと店で会うなんて。よくこのお店が分かりましたね」
「君がマルシェリアにいることや店の名前は事前に聞いていたし、倉庫の紙にも君の名前や居場所が書かれているからね。見つけるのは割と簡単だったよ。売上順位、今日付けで七十二位だったね。凄いじゃないか」
「ありがとうございます……って、水上さんの方がもっと凄いじゃないですか!」
俺の突っ込みに水上さんは笑って返した。
水上さん、現時点でランキング四位まで上がっているんだよね……売上金額が六千万リリルを超えていて、三位と二位も射程内にとらえていた。
旅をしながら商売をしているって言っていたけれど、何をどう売ればこんなに稼げるんだろう。本当に凄い、それ以上に不思議な人だ。
「今日はどうしてマルシェリアに?」
「君に会いに来た、なんて言えたらいいんだけど、仕事の途中で寄ったんだ。折角この街に来たんだから、リツキ君と会っておこうと思ってね」
「仕事、ですか?」
「うん。ちょっと隣国、ヴェンセーナに用があってね」
ヴェンセーナ。確か大和田さんがいる、結構荒れているっていう国だったっけ。
そのことを思い出し、俺は水上さんに一応そのことを伝えておく。
「街の人の話じゃ、結構荒れているみたいですよ。一人旅には十分に気をつけて下さいね。盗賊なんて出たりするかもしれませんから」
「大丈夫、逃げ脚には自信ある方だからね。危ないと思ったら素直に逃げるとするよ」
そう言って笑う水上さん。ううん、大人の男って感じだ。
仕事がどんなものかは分からないけど、荒れている国に自分から行くくらいだし、よっぽど大事な仕事なんだろうね。売上が一気に伸びて大和田さんを抜いたりしないかな……無理だろうね、既に大和田さんはランキング一人旅状態だから。
「ヴェンセーナと言えば、大和田さんはランキング本当に凄いですね。今回の一位は完全に確定っぽいですね」
「彼は確かに凄いね。でも、まだ一位が確定とは限らないよ? この世の中に絶対なんてものはないからね、油断していると思わないところから足元をすくわれることだって十分ありえるよ」
「いやあ、ちょっとやそっとで億の売り上げは超えられない気がするんですけど……でも、俺としては水上さんが一位になってほしいなと応援していますよ。ここから億を稼いで抜いちゃいましょう」
「はは、リツキ君の期待に応えられるといいんだけどね。君はどうなんだい? 今、七十二位の位置につけているけれど、五十位内を狙うのかい?」
「いや、それはちょっと厳しいかと。あくまで可能なら百位を狙うって感じですね。電気があると嬉しいなあって感じで」
「うん、それがいいね。百位狙いなら、人も団子状態だから入れ替わりも激しい。君一人を狙う人間も出てきたりなんてしないはずだし、君はそのペースのままいくほうがいい」
「はあ」
うん、ちょっと分からない。
水上さんの言いたいことがよく分からず、俺は曖昧な返事を返した。
そんな俺の反応が分かっていたかのように、水上さんは何でもないと笑って、最後に言葉を紡ぐ。
「それじゃ、そろそろお暇させてもらおうかな。君と会って会話できてよかったよ、リツキ君」
「もう行かれるんですか?」
「うん、急ぐ旅だし、何よりこのまま店に居座ると君の後ろのお嬢さんに怒られそうだ」
水上さんの指摘に、俺は首を傾げながら後ろを振り返った。
そこには、いつの間にかルシエラが俺の後ろに控えていた。スコップを片手で握り、紅の双眼でなぜか水上さんを睨みつけながら……え、なんでさ。
訳が分からず混乱している俺に、水上さんは別れを告げて店を出て行った。
水上さんの姿が消えると、ルシエラはいつもの表情に戻り、エアロバイクの上へ戻っていった。
俺は慌ててルシエラの傍に駆け寄り、先ほどの行動の理由を訊ねた。
「ルシエラ、さっきのはいったい……なんで水上さんを睨みつけていたの?」
「あの男は知り合いか、リツキ」
「前に説明会のことで話したと思うけれど、俺と同じこの世界に連れてこられた同郷さん」
「そうか。リツキにとって敵になる相手か?」
「なんで敵対するのさ……仲間だよ、水上さんと敵対する理由なんてないじゃない」
俺の返答を聞きながら、ルシエラはエアロバイクを漕ぎ始めた。本当にマイペースを貫くよね、ルシエラって……なんだか猫みたいだ。
そんな俺の気持ちを知るよしもなく、ルシエラは相変わらずの可愛い声で、要領を得ない言葉を続けていく。
「体を動かされた。奴に反応して、気付けばリツキを守るためにあそこにいた」
「いや、ごめん、全く意味が分からないよ……」
「私を無意識に動かす人間に会ったのは初めてだ。リツキといい、異世界の人間はみんな面白い奴ばかりだな」
「俺は面白くないからね、普通だからね、どこにでもいる人間だからね」
ルシエラさん、可愛い欠伸を一つ。俺の話を全然聞いちゃいない。
しかし、ルシエラが面白いと感じる人なんて珍しいね。水上さんという人間の謎が今日、更に深まった気がした。
売り上げも凄いし、本当に何者なんだろうね……ヴェンセーナで商売って言ってたけど、水上さんは何をするつもりなんだろう。
まさか本当に今から大和田さんを抜いて一位の座を狙うのかな、それはちょっと無理だろうなあ……残り半月でそれは厳しい。何か大逆転の秘策でもあるのかな。ちょっと楽しみだ。
しかし、自分の順位よりも上位争いが気になっている時点で駄目だな。
メルも頑張り過ぎなくらい頑張っているんだ。少しでもメルに応えられるように、俺もこのお店の売り上げをしっかり伸ばさないとな。契約ばかりに気を緩めて、こっちがおろそかになったら本末転倒だ。
店の売り上げとメルの契約で、この調子なら問題なく百位にいけるはずだ。百位に入ったら、お祝いしないとね。
そんな能天気なことを考えていた俺だが、こんな余裕は間もなく失われることになる。
わずかばかり感じていた胸の中の不安が……『大丈夫だろう』『問題ないだろう』と考えていた小さな気泡が知らぬ間に膨れ上がり、一気に爆発することになってしまうのだから。
その日が訪れるのは、今より更に九日後のことだった。




