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31.胸の鼓動がうるさくてごめんな

 異世界生活四十六日目。



 お昼の時間となり、メルとネーナは昼食休憩に向かった。

 その間は俺とタヌ子さんの二人で接客。ネーナと入れ替わりで俺、その次はタヌ子さんが昼食休憩だ。ルシエラは基本店内で食べている。

 勤務時間内はきっちり店内で過ごすあたりプロ意識が高いのかと思ったけど、思いっきりエアロバイクの上でゲームしたりしている時点であれだった。でも、仕事には何の支障もないあたり、やっぱりルシエラって凄いなと思う。

 そしてタヌ子さん、ご飯食べるんだよね。本人曰く、寝なくても大丈夫らしいんだけど、食べないのは嫌らしい。

 最初はどうやってご飯を食べるのかと眉を顰めたものだけど、口元に物を運んだら物が消失していて唖然としたね。味も分かるらしい、本当に不思議なタヌ子さんだった。トイレは知らない、女性にそんなこと訊けるはずがない。

 そんなカウンターで横に並ぶタヌ子さんに話しかけてみる。


「どうですか? お店のお仕事には慣れましたか? 大変だったりしません?」

『ええ! とても楽しくお仕事させてもらっていますよ!』


 元気よく両手をぴこぴこあげて答えるタヌ子さん。

 楽しんでくれているなら何よりだ。経緯はアレ過ぎたけど、今ではタヌ子さんも大切なメンバーの一人だ。お店を楽しんでもらえると嬉しいよね。

 お客さんから商品の代金をタヌ子さんが受け取り、お釣りを渡す。二十リリル間違っていたので、追加で渡す俺。謝るタヌ子さん。今日も平和だね。


 そんな風にのんびり過ごしていると、二階からメルが降りてきた。

 小さな鞄を手に持っており、外出の準備は万端といった感じだ。

 そう、今日からメルの午後のお仕事は店外業務に変更になったからね。昨日のメルの話では、今日から色んな店を回って色んな話を聞いてくるらしい。どの店が何を求めていそうか、どれなら話に乗ってくれそうかを押さえておきたいらしい。


「メル、もう行くの?」

「ええ、時間は有限、きびきび動きませんと。私はこの時間を夢見ていたんですもの、もったいなくて休憩なんてしていられませんわ」

「やる気があるのは素敵なことだね。困ったことがあったら店に戻ってきて、何でも言ってね。遠慮なんていらないから」

「ええ、ありがとうございます。タヌ子さんもお店のこと、お願いしますわね」

『はい! メルさんも頑張ってくださいね!』


 送り出す俺たちに笑顔を向けて、メルは店外へと向かって行った。

 メルは本当に心から楽しそうに働いているね。多分、メルが俺たちの世界に生まれていたら、バリバリのキャリアウーマンって感じなんだろうね。眼鏡にスーツとか似合いそう。

 本当、どんな結果でも楽しみだ。メルの作戦が上手くいけば、売り上げも伸びてコタロやリラの帰還費用も早く貯まるかもしれないしね。そしてついでに売上順位も百位以内確定できるかもしれないからね。


「……そう言えば、売上順位をチェックしてないな」

『あら、駄目ですよリツキ様! 性悪の考えたつまらないゲームとはいえ、一応調べておきませんと! 軽く目を通して鼻で笑ってやりましょう!』


 タヌマールのことになると、とたんに毒舌になるタヌ子さん。

 ……本当に色々と鬱憤がたまっていたんだろうね。好きの反対は無関心と言うけれど、こういう姿を見るとやっぱり好きの反対は嫌いなのかもと思ってしまう。

 そうこうしているうちに、昼食を終えたネーナが戻ってくる。


「お帰り。昼食は終えた?」

「はい。コタロとリラと一緒に済ませて頂きました。お待たせいたしました」

「いやいや、全然待ってないからね。それじゃ入れ替わりで行ってくるから、タヌ子さんのことをお願いするね」


 俺のお願いにネーナは優しく微笑んで頷いてくれた。

 カウンターから出て、二階に上がろうとしたが、その足を止める。

 ふと先ほどタヌ子さんと話していた売上順位が気になり、一度倉庫に向かうことにした。

 倉庫内の壁に貼り出されていた紙には、俺の現在の順位がしっかり表記されている。


「八十九位か。まあ、二日しか経ってないし、二つ上がっただけでもいい感じなのかもしれないね」


 この調子で百位内をキープできるといいんだけどな。

 そんなことを考えていると、ふといつもの見慣れた紙の横に別の紙が貼り出されていることに気付いた。何だこれ。

 紙の内容を確認すると、一位から百位までの人の名前と売上、住んでいる国、街の名前がずらりと並べて表記されていた。


「ああ、そう言えばタヌレット時代のタヌ子さんが追加で百位までの情報を記載するって言っていたっけ」


 説明会のことを思い出しながら、俺はしみじみと呟いた。

 いやあ、完全にこれのことを忘れていた。タヌ子さんがあまりに強烈過ぎて、説明会のことが頭から吹っ飛んでいたというのもあるんだけども。

 そのランキング表を上から順に眺めてみる。一位はやっぱり大和田さん、売り上げは既に二億を突破している。


「凄いなあ……二日間で四千万も上げたのか。大和田さん、優勝賞品に興味ありありだったからブーストかけたのかな」


 現状は完全に大和田さんの独走態勢だ。

 二位が四千万リリルってことから、どれだけ大和田さんの一人勝ちが凄いのかが分かると思う。こりゃ、ちょっと誰も追いつけそうにないね。優勝は確定だと思う。

 そこから知らない人の名前が並んでいく。聞いたこともない国や地名ばかりだね。


 そんななか、八位に水上さんの名前を見つけた。うわ、凄い、水上さんってこんなに上位だったのか。

 確かに凄い人だなとは思っていたけれど、三千万リリルも稼いでいたなんて凄い。

 個人的には大和田さんよりも水上さんに一位をとってほしいところだけど、一億七千万リリルの差は無理かな。これからどんどん差も開くだろうしね。


 そこからずっと並ぶ男女の名前。

 うーん、ぱっと見た限り、二位から六十位くらいまでは本当に混戦だ。

 四千万から二千万の間でひしめき合っている感じで、誰が上位に行ってもおかしくない気がする。

 ただ、六十四位の千九百万リリルから下がガクッと落ちる。

 六十五位が千二百万リリルで、その下が千万リリルと飛んで、七十位から百位までがまた混戦状態。七百万リリルから三百万リリルくらいの間に三十人が詰め込まれている。


「これは完全に順位のグループが別れちゃっているかな……」


 六十位以上のグループは一位を狙う人、つまり我先にと商売をしてきた人たちだと思う。

 そうじゃなきゃ、この異世界でウン千万なんて大金を稼ぐのは容易じゃない。意識が根本から違う人たちだ。おそらくこの順位争いにも積極的に介入するんだろう。

絶対に元の世界に戻るんだという強い意思によるものなのか、お金持ちになる欲求に突き動かされたのかは分からないけれど、確固たる意思でお金稼ぎをしてきた人たちだと思う。


 では、俺のいる七十位から百位までのグループはというと、半分くらいは俺と同じような人ではないだろうか。

つまり、一位を狙うつもりなんて端からない、けれど百位を狙えるなら狙ってみようという感じの人たちだ。

 倉庫で電気が使えるというのは、思いのほか大きい。商売をするにしろ、この異世界で一人生きていくためにしろ、あるとないとでは世界が変わりかねない。

 折角この位置にいるんだから、もらえるものはもらっておきたい。そんな人たちがここに集まっているとしたら。


「……これは、百位に入るのは思ったよりも簡単なことじゃないかもしれないな」


 俺は視線を百位より下へと向けた。

 そこには何も記入されていないけれど、恐らくはこの七十位から百位までの状況と似たような団子状態になっているんじゃないだろうか。

 今はまだ争いがないけれど、残り日数が少なくなってきたとき、この順位がどんな風に変動するのか。


 正直、俺は百位に入れなくてもいいと思っていた。

 電気がなくても、今の生活は何ら困らないし、のんびりいけばいいと考えていた。

 ただ、メルが百位を目指そうと言った。これはリリネコ商店にとってもチャンスだと。

 そのために彼女が今、頑張って色んな場所を回って商談をしてくれている。そのことが俺の考えを少しだけ変えたのかもしれない。


「百位以内、か……」


 その順位に入ることができたら、それは間違いなくメルの案によるものだ。

 苛烈さを増すであろう順位争いの中で、決定打となるのは俺たちにとってメルの力に他ならない。 

 もしも、自身の考えた案によって百位以内に入れたら、メルはどれほど喜ぶだろうか。綺麗に笑う彼女の笑顔を思い出しながら、俺は軽く息を吐いて呟いた。


「報酬に、ちょっとだけ興味が出てきたかな。電気も豪華景品もいらないけれど、その報酬がメルの素敵な笑顔だっていうのなら……ね」


 格好をつけてそんならしくないことを呟いて俺は自嘲する。うん、似合わないね。

 まあ、いいよね。誰も聞いていないし。たまには一人で格好付けたい時もあるんだね、年頃の男の子だしね。


 そんなことを考えながら、店に戻ろうとしたら、俺の後ろにとても素敵な笑顔のネーナさんがこんにちは。

 何でも店頭の商品が切れたらしく、倉庫に取りに来たらしい。そして俺の自分に酔いに酔った台詞もばっちり聞いていたらしい。死にたい。本当にもう、死にたい。

 顔を赤面させてジタバタと床で転がり回る俺に、ネーナさんのトドメの一言。


「差し支えなければ、私にも同じ台詞を言って頂けると嬉しいです。とてもメルが羨ましいです。メルにだけそんな素敵なことを言うのは、ずるいです」


 勘弁して下さい。本当にもう色々と勘弁して下さい。


 その後、タヌ子さんが倉庫内に来てくれるまで、俺は笑顔のネーナに向けて思い出すことも憚られる酔いに酔った言葉を羅列し続けるのだった。

 君は俺の天使だとか、君と出会えて俺の世界は変わったとか、君と一緒にいられるなら世界を敵に回してもとか……ああ、もう、沈まれ、俺の羞恥心。

 やばいくらいに可愛いネーナを見つめてこれらを言うって、本当、心臓爆発して死にそう。ネーナも顔を赤らめて、うっとり見つめ返してくるからさらに性質が悪い。



 ……羞恥心だよな。この心臓の音は、羞恥心によるものなんだよな。


 とりあえず、俺の昼休憩はうるさいほどに高鳴る心臓音と一緒に過ごすことになりそうだよ……本当にチキンだね、俺。




 

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