30.メルのアイディアって何だろうな
太陽が落ち切り、完全に夜となった時刻。店内の時計は六時を指している。
この前、召喚された時間を正午として時計を合わせ直したから、時間は正確に合っているはずだ。
……いや、どこの時間に合っているのかは分からないんだけどね。タヌマールの言う正午が異世界の正午なのか、日本時間の正午なのか。多分前者なのかなあ。
今日も閉店時間を既に迎え、俺はせっせと掃除機タイム。
ネーナは夕食の買い出しから帰ってきて、既に料理を始めてくれている。
最近のネーナは店が閉まると同時に、店内のお仕事から主婦業に切り替われるようになった。人が増えたという理由もあるし、俺たちがコツというか、段取りを覚え始めたのが大きいのかもしれないね。
ネーナの料理は日に日に上達していき、コタロとリラは大喜びだ。
俺は言わずもがな。ネーナのような超絶美少女の手料理が毎日食べられるなんて、元の世界じゃ考えられなかったもんな。可愛くて性格も最高、まさに天使。幸せ過ぎてたまりません。
寝るときなんか、一緒に寝ているコタロに『兄ちゃん胸がドンドコ言ってるね』って指摘されたこと、数え切れません。ごめんよコタロ、兄ちゃん、ネーナと同じ部屋で眠る限り、ずっとドンドコ言っていると思うんだ。
そんな感じで、閉店からはネーナは店員ではなく一家のお母さんに早変わり。
真剣に料理に取り組むネーナの横で、ストップウォッチ片手に料理の助言を送るのはルシエラだ。この家の中で一番料理が上手なの、ルシエラなんだよね……本人は別に料理が好きな訳ではなく、作れるだけと言うんだけども。
ちなみにストップウォッチを持っているのは、別に料理の作業時間を計っているという訳ではない。全ての数字を同じ数字で止める遊びを行っているだけらしい。
ルシエラは十回やって十回コンマ二桁まで同じ数字で確実に止めることができる。五秒五五とか七秒七七とか。何気に凄い一発芸だよね、多分学校でやったら大人気だね。
ストップウォッチと時計のおかげで、俺たちの世界の0から9までの数字は読めるようになったそうだ。
ネーナとルシエラが料理をする中、今日は俺一人で掃除。メルはお休みだからね。
タヌ子さんもいるんだけど、タヌ子さんには片づけじゃなくてリラと一緒に遊んでもらっている。ずっとお店のことでタヌ子さんを独占するのも悪いからね。先ほどから二階よりタヌ子さんの悲鳴が何度も聞こえるのは……多分、リラの腕の中で色々激しいことが起こっているんだろう。頑張れ、タヌ子さん。
二階から掃除機の音を聞きつけ、目を輝かせたコタロが。かけたいのね、掃除機。
俺は素直に掃除機をコタロに渡して、最後の仕上げに台拭き片手にカウンター回りや棚を拭いて回った。今日も一日お疲れ様とお店に感謝の意を込めて。
そうこうしている内に、二階から『夕飯できたぞ』というルシエラの声とおいしそうな匂いが。コタロ、嬉しいのは分かるけど、掃除機持ったまま二階に行こうとしないの。
掃除機の電源を切り、倉庫に収納して、俺はコタロを抱きあげて二階へと向かうのだった。今日もネーナのご飯が楽しみだ。
本日の売り上げ、十八万七千二百リリルなり。一日二十万リリル稼げるのも視野に入ってきた。
本当にお客様のご愛顧と店員みんなの頑張りに感謝だね。
「それでは私の案を聞いてもらいますわ……って、あなたたち、何をしていますの?」
夕食を終え、リビングでのんびりしていると、自室から戻ってきたメルが胸を張って俺たちに言い切ろうとしたが、俺たちの姿を見て困惑する。
現在、俺とネーナとルシエラ、そしてコタロとリラはリビングでそれぞれ横になっていた。天井に届くほどの大きさになってちょこんと座っている巨大クッション……もとい、タヌ子さんに背中を預けて。
「いや、タヌ子さんがもっともっと大きくなれるっていうから……コタロとリラが気持ち良い気持ち良いって連呼するから、つい……」
『いいんです、リツキ様! 私、感じます! 今、私が皆様に心から必要とされている、愛を感じます! 私の体を好きに使って下さい! 皆さんで私をどうぞ楽しんで下さい! 思う存分私を感じて下さい!』
「ネーナ、あなたまで何を流されていますの……しっかりなさいな」
「タヌコさん、とても肌触りがもこもこで素敵です。メルもどうですか?」
「結構です! コタロとリラとルシエラさんとタヌコさんはそのままで構いませんから、リツキさんとネーナは私の話を真面目に聞いて下さいな!」
メルに言われ、俺とネーナはタヌ子さんから離れてテーブルにつく。タヌ子さん、凄く良かったなあ……また後でさせてもらおう。リラが手放さない理由がちょっとだけ分かったような気がした。これはちょっと癖になりそう。
未だ心がタヌ子さんにある俺とネーナに呆れつつ、メルは気分を仕切り直しとばかりに入れ替えて、手に持っていた紙を俺たちに渡してくる。
それは、倉庫の中にあったコピー用紙数十枚。そこには異世界の文字で色々と書かれている、中には図付きのものもある。多分、メルが手書きで書いたんだろう。
それを受け取った俺とネーナに、メルは胸を張って楽しげに語り始める。
「先日お話していた、リリネコ商店の売り上げを伸ばすための案をまとめましたわ。まずは軽く読んで下さいな」
「あの、メル……ちょっといいかな」
「質問ですのね!? どうぞどうぞ、何でも答えますわよ!」
「……ごめん、俺、この世界の字が読めないんだ」
俺のあまりに不甲斐無い言葉に、メルは全力で机に突っ伏した。
いや、本当に申し訳ない……今日一日、いや、昨日の夜からずっと頑張ってくれていたんだという頑張りがヒシヒシと紙面から伝わってくるだけに、本当に申し訳ない。
メルはワナワナと肩を震わせ、そして咆哮。
「どうして読めませんの!? 例え異世界から来たとはいえ、この世界で商売をやっていくなら文字が読めなくては話になりませんわ! 今までどうやって乗り越えてきましたの!?」
「すみません、本当にすみません、全てネーナに読んでもらったり書いてもらったりしていました、情けない店主で本当にすみません」
「ネーナ! あなた、前から思っていたんですけれど、リツキさんを甘やかし過ぎですわ!」
「そんなことないと思います。それに、リツキ様が格好良くて頼りになる、誰よりも素敵な方だと私は知っていますから」
「ネーナ……」
「だーかーらー! そうやって際限なく甘やかすのは止めなさい! いいですか、リツキさん! リツキさんには読み書き習得を日課にしてもらいますからね!」
「はい、すみません……頑張ります……」
メルの怒りの炎は俺が白旗を上げてもなお消えることはなかった。
そうだね、ネーナたちが日本語を読めなくても何の問題もないけど、俺がいつまで経ってもこの世界の文字を読めないのははっきり言ってヤバ過ぎるよね。
明日からネーナ先生、メル先生が日替わりで夜に時間をとって俺に授業をしてくれるらしい。ついでにコタロとリラも参加するらしい。メル曰く、二人にとっても良い機会だと。
……さりげなく、コタロやリラの教育に関しても考えてくれていたあたり、メルも本当に凄いというか。俺はひたすら彼女に感謝しつつも、どうか授業は優しくしてほしいと願うのだった。
ネーナ先生、とろけるくらい優しくしてくれそう……その分メル先生が恐ろしいことになりそうだけれども。
俺の読み書き講義は置いといて、今はメルの案とやらを知らなくちゃいけない。
恥を承知でメルやネーナに紙面の内容を教えてもらうこと一時間。そのメルの考えに俺は成程と納得する。
メルの意見をまとめると、大体以下のようになる。
・リリネコ商店が現在店に並べている商品以外にも、大量生産できる品物は倉庫に山ほど眠っている
・しかし、店に並べている商品や眠っている商品が無駄なく売られているとは思えない
・それらの物を現在のように店頭販売、それも討伐者相手で大量に売るのは難しい
・討伐者の需要の種類はほぼ集束し、その数も日によって変動するため、完全に安定した利益を見込める訳ではない
・よって、それらの問題を解消し売り上げを伸ばすために『同業者への商売』を提案する
・この地区に立ち並ぶ商売人に様々な商品の価値を説明し、大量に仕入れてもらうことを狙う
メルの考えに、俺は納得せざるを得ない。
メルが言っているのは、現在のようなお店の客……消費者相手ではなく、企業相手に商材や事務用品を大量に売りつけることで安定した利益を確保しようということだ。
お店イコールお客という現在の形しか考えてなかった俺やネーナには目から鱗だ。これなら確かに貴族や王族には関わらないし、多額のお金の安定収入が見込める可能性が大きい。
そんな俺たちに、メルは楽しそうに人差し指を立てて説明を続けた。
「例えばこの使わせて貰っている『コピーヨウシ』はどんなお店でも重宝する筈ですわ。こんなにも真っ白で文字の書きやすい紙は、どんな書面書類にも用いられます。これが五百枚を十秒で量産できるのなら、使わない手はありませんわ」
「なるほど……確かに、コピー用紙は討伐者のお客さんにはほとんど価値がないけれど、事務仕事にはうってつけの商材って訳だ」
「それだけではありません。『ミネラルウォーター』や『タンサンスイ』は飲食店で使ってみたいというところもあるでしょう、『コーヒー』や『ウーロンチャ』は既にウチで販売していますが、他の飲食店で定額以上で販売し、その利益を回収する手もありますわ。食べ物だって同じことができますわね」
なるほど。喫茶店でコーラやコーヒーを出すみたいな感じか。
マヨネーズや塩コショウといった調味料も面白いかもしれないね。
メルの考えてくれた策、アイディアは本当に良いと思う。実際に飲食店はそうやって商人から物を仕入れているんだろうし、策自体は奇抜な博打という訳でもない。そこに俺たちが参加するのも何ら問題はなさそうだ。
「凄く面白いと思う。メルの話を聞いていると、これを売ったら面白いかも、あれを売ったら面白いかもって考えちゃってドキドキしてくるね」
「分かって頂けますか!? 私、絶対にいけると考えておりますの!」
「ネーナはどうかな? メルの話を聞いてみて」
「私も凄く良いと思います。ただ、問題はそれらの仕事をいつどこに組みこむか、ですね。同じ商人や飲食店に物を売るには、そちらに出向いて交渉をする必要があります。当然、その仕事は太陽の出ている間に行わなければいけません。その間はリリネコ商店も開いていますからね」
「それは私が何とかしますわ! 休みの日を用いてでも!」
メルの主張に俺は少し難色を示す。
いや、それだとメルに負担が掛かり過ぎる。彼女としては、この案件は意地でも自分でやり通したいんだろうね。自分で考えたアイディアだし、やる気をひしひしと感じる。
何より、こういう仕事がしたいって店に雇われるとき言ってたもんね。営業や取引の交渉を担当させてほしいって。
メルにとって、まさに望んだ舞台という訳だ。
うん、結果はどうなるかは分からないけど、メルが熱意をもってくれているんだから、やっぱりメルにやりたい仕事をさせてあげたい。
視線でネーナに確認を取ると、ネーナはにっこり笑顔で頷く。以心伝心、ネーナに感謝しつつ、俺はメルに口を開く。
「それじゃ、こうしようか。これから一カ月、売上競争が終わるまでの間、メルの接客仕事は午前中だけにしよう。午後はその案件をお願いしたいんだ」
「そ、それでは店に迷惑をかけてしまうではありませんか! 接客もしっかり担当しますわ! 私が抜けてしまえば、何より人手が足りないではありませんか」
「前だとそうだったんだけど、本当に幸いなことに、今はタヌ子さんが加入してくれたからね。タヌ子さん、そういう訳になるけど、大丈夫かな?」
『もちろんです! お仕事人間タヌ子、ばっちり働かせてもらいますよ!』
コタロとリラとルシエラにモフモフされながら、元気いっぱいにタヌ子さんは相変わらずビッグサイズのまま答えてくれた。お仕事人間というかお仕事人形、お仕事動物じゃないんだろうか。
そんなタヌ子さんにお礼を言って、俺はメルに再び説明を続けた。
「何より、今回の件が上手くいったら、リリネコ商店の売り上げがグンと伸びることになるからね。それはつまり、お店のためになることだよ。だから迷惑なんて思わないでほしいんだ。俺たちはメルに感謝しているんだから」
「リツキさん……」
「メルが思うようにやってほしいんだ。このことで俺たちの手や人員が必要なら、言ってくれればいつだって協力するからね。例え失敗しても構わないから、今回はメルの望むようにやってほしい。メルがやりたいと思い続けていた仕事なんだから、楽しむくらいのつもりでね。大丈夫、何か問題があったら俺が必ず責任を持つから」
いや、責任というか、客先に出向いて必死に土下座するしかできないんだけどね。
名ばかりとはいえ店長だ、こんなときくらいは役に立たなきゃ。みんなの失敗は俺の責任、みんなの成功はみんなの手柄くらいでちょうどいいんだ。
俺の言葉に、メルは一瞬言葉に詰まったものの、やがて深々と一礼してくれた。
それから俺たちは明日からのことについて談笑しながら話し合った。
メルは早速明日から動いて回るとのこと。本当、やる気に溢れていて素敵だね。
仕事のことを語るメルの笑顔がとても綺麗で、そんな頑張るメルの背中をしっかりと支えてあげたいと思う。うん、メルに負けないように俺も色々と頑張ろう。




