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28.このタヌキは何なんだろうな

 



 ネーナの掌の上でくるりんぱ。

 胸を張って高らかに辞職宣言を行ったタヌキに否応なしにみんなの注目が集まる。

 ……いや、集まる集まらないという問題じゃないよね。誰だって見るよね、人形がいきなり一人で立ちあがって叫び出したんだもん。

 誰もが困惑する中……前言撤回、コタロとリラはキラキラと目を輝かせる中、俺は何とか我を取り戻してビシッとポーズをとり続けるタヌキ人形に声をかけた。


「あの……タヌレットさん、でしたよね。復活されたんですか?」

『ええ、そうです神楽様! 早野様に首を切られ、動くことも言葉を発することもできずにいた私を救って頂き、本当にありがとうございます!』

「いや、それはどうも……じゃなくて、首切られると動けなくなったり喋れなくなるんですか」

『いやですね、当たり前じゃないですか! 首を切られて動き回れる筈がありませんよ! あのままだと私、確実に燃えるゴミに出されていました! 神楽様は本当に私の命の恩人です! ネーナ様でしたか、私の首を縫って頂き本当にありがとうございます! おかげで私の人生、首の皮一枚つながりました!』

「まあまあ、可愛らしい。いえいえ、どういたしまして、お人形さん」


 突っ込みどころしかない。言動全てに突っ込んでくれと言わんばかりだ。

 当たり前なのか。人形はそういうものなのか。人形界の常識は分からない。

 ネーナにもぺこりとお礼を言うタヌキ。ネーナも微笑んで礼儀正しく一礼。

 ……ネーナってあれだよね、こういう突然の状況に本当に動じないね。見習わないといけないかもしれない。

 そこでようやく我が家の突っ込み係のメルが再起動した。

 ワナワナと体を震わせ、絶叫突っ込み。


「どうして人形が動いていますの!? 喋っていますの!? 何なんですのあなた!?」

『これは申し遅れました。私、タヌレットと申します。今日この時点で無職の第一歩を踏み出しました! いえ、ちょっと待って下さい、タヌレットという名前すら残すのが嫌です! 奴に付けられた名前なんてもう要りません! 今は名無しの美人形です!』

「美人形って自分で言っちゃうのか……あの、タヌレットさん」

『タヌレットではありません! 二度とその名で呼ばないでくださいませ!』


 えええ……最初に会った時、タヌレットって名乗ったの自分じゃないか。

 というかこのタヌキ、説明会会場の時と全然キャラが違うじゃないか。あのときは猫の皮を被っていたのか、タヌキなのに……

 困惑しきりの俺に、タヌレットもとい名無しのタヌキは未だ怒り冷めやらずといった感じで語り続けた。


『私はもうタヌマール商店で働くつもりはありません! 奴のために身を粉にして働いてきた私ですが、その結果がこれです! 奴の傍仕えという出世を目指して、同期の中でも誰よりもバリバリ働いてきたのにこの扱いです!』

「はあ……」

『気付けば婚期も逃して未だ独り身! あんまりです、酷すぎます! 彼氏の一人も作らず、こんなにも仕事一筋で頑張ってきたのに!』

「はあ……」


 同期って何だろう。同じ時期に生産されたぬいぐるみでもいるのだろうか。

 婚期って何だろう。ぬいぐるみも結婚するのか。そもそも彼氏ってことは、このタヌキ、メスなのか。タキシード着ているのにメスなのか。彼氏の一人って、一匹の間違いじゃないだろうか。

 駄目だ、頭が痛くなってきた。何なんだろうね、この意味不明タヌキは。

 とりあえず、当たり障りのない返答をしておくことにする。


「それはまあ、大変でしたね……」

『そうです、大変だったんです! ですが、そんな人生ももう終わり! 私は今日から生まれ変わるのです! そう、あなたの傍でです、神楽様!』

「はあ……はあ!?」


 ネーナの手から大ジャンプして、タヌキは俺へ向かって飛翔しようとした。

 ただ、俺に届くことはない。そのタヌキ目がけてリラが大ジャンプ。そしてキャッチ。

 おお、凄い。コタロの身体能力に負けないくらいの動きだ。性格は違うものの、こういうところはしっかり兄妹なんだねえ。さすが半獣。

 目を輝かせ、タヌキをギューっと抱きしめるリラ。その腕の中でジタバタして助けを求めるたぬき。


『お離しくださいお嬢様! 私は今から神楽様に再就職の直談判をせねばならぬのです!』


 ジタバタとしているらしいんだけど、リラは離すつもりはないらしい。

 リラ、ずっと楽しみにしてたもんね。そのぬいぐるみが動き出したとなっては、もう喜びが我慢できなかったんだろうね。

 あがこうとするタヌキに俺は頬をかきながらお願いしてみる。


「あー……申し訳ないんですが、そのままでいさせてやってくれませんか。リラ、ずっと縫い終わるのを楽しみにしていたんですよ。お話があるなら、このまま聞きますから。リラ、優しくね?」

「うん」

『なんと、私の復活を心待ちにして頂けていたのですか!? 感激です、私でよければどうぞ好きなだけ抱いていて下さいな!』

「ありがとうございます。それでええと……ぬいぐるみさん、再就職の直談判とは」

『はい! この私を是非とも雇って頂きたいのです!』


 元気よくハキハキと言い切るタヌキ。

 その言葉の意味を十数秒考える俺。雇うって何だろう。飼うならまだ分かるんだけど……

 頭を悩ませる俺に、横からネーナが優しい声で話しかけてくれる。


「リリネコ商店で働きたいということではないでしょうか? メルのように」

「ええええ……嘘でしょ?」

『嘘ではございません! 早野様に首を切られた瞬間、己が身を挺して私を助けてくれたこと、忘れておりません! あの瞬間、私は感じたのです! 私のことを大切にしてくれるこの方こそ、本当のご主人様だと! 私の使えるべき本当の主人だと!』

「いや、助かってないですからね。ぬいぐるみさん、普通に死んでいましたからね。俺はその首を拾っただけですからね」

『もう私にタヌマールの元で働くつもりはありません! これまでの人生とは決別し、神楽様のもとで新たな人生を歩み出したいのです! お願いします、神楽様! 私をここで働かせて下さい!』


 リラの腕の中でペコペコと頭を下げるタヌキ。

 いや、働くって……どうやってさ? タヌマールの元を去るだとか、そんな大事なことよりも俺はとにかくそこが気になって仕方がなかった。

 三十センチのぬいぐるみが、店でどんな仕事ができるというのか。

 メルのように接客やレジをしようにも、三十センチのぬいぐるみだし……裏方の仕事をしようにも、やっぱり三十センチのぬいぐるみだし……

 そんな俺の視線に気付いたのか、タヌキは必死に自己アピールを始めた。


『私が使えるかどうかが不安なのですね!? ご安心ください、こう見えても私、同期の中では一番仕事のできる者として評判でした! みなさんのお店のお話は首をつなげてもらう中でしっかりとお聞きしておりました! 接客に棚卸に店の護衛、なんでもできます! 眠る必要もありませんし、疲れもたまりませんから常に働き続けられます!』

「接客に棚卸って……その大きさで、接客できるんですか? そもそもどうやってその手でお金を掴んだりするんですか」


 俺の指摘に、みんなの視線がタヌキの手に集まる。

 タヌキの手はよくある人形のお手手。いわゆるデフォルメされた指一つないあれだった。

 そんな俺の不安に、タヌキは自信満々に答えた。


『問題ありません! そうですね、実際に見て頂ければ分かるかと思います! リリルを持ってきて頂けますか?』

「……もってきましたわ」


 頭を押さえながら、メルが近くに置いていた売上金から硬貨を何枚か持ってきてくれた。

 メル、この状況を必死に受け入れようと戦ってくれているんだな……本当はツッコミを入れたくて仕方がないだろうに。頑張れ、メル、頑張って耐えて欲しい。

 メルが両手の中に広げた硬貨、それぞれ五百リリル一枚、百リリル三枚、五十リリル二枚、十リリル四枚、五リリル一枚、一リリル一枚。

 それを確認して、俺はタヌキに簡単な指示を出す。


「それじゃ、五百十一リリルとってもらえます?」

『はい!』


 ……本当に取った。

 まるで手が粘着性でもあるかのように、お金がぺたっと貼り着いている。

 何度か試してみるけれど、取り間違えることはなかった。本当に物が持てる、しかも選別ができるみたいだ。あの手の仕組みはどうなっているんだろう。


 確かにお金や商品は持てるみたいだけれど、それでゴーサインは出せない。

 その身長ではさすがに商売どころではない。そのことを指摘すると、これまたタヌキは自信満々に言い返す。


『大きさの問題も解決できます! お嬢様、少し私を離して床に置いて頂けますか?』

「うん」


 リラから解放され、タヌキは『いきますよ』と合図をして、手と手を胸の前で合わせた。

 その瞬間、とんでもない光景が視界に映し出されることになる。

 簡単に言うと、タヌキが大きくなった。むくむくむくと膨れ上がるように、三十センチ大だったたぬきがあっというまに百五十センチくらいの着ぐるみサイズになってしまった。

 もはや唖然とするしかない俺たち。興奮が最高潮に達するコタロとリラ。

 飛びついてくるコタロとリラを抱き締めながら、巨大タヌキは胸を張って言い切る。


『どうですか! このサイズならば接客も棚卸もどんとこいです! 重い物もガンガン担いでいっちゃいますよ!』

「いや、本当に凄いですね……それ以外言葉が出ないです」

『ふふん、それだけではありませんよ! さらに店の護衛もできる変身が私には残されているのです!』


 そう言って、再び手と手を胸の前で合わせる。もう何が起きても驚かない気がしてきた。

 そして、タヌキは全身を茶色から金色へと毛の色を変えた。黄金ダヌキと化した。


『この状態の私の体はまさしく無敵の体! どんな攻撃を受けても傷つかないし斬れません! そして、私の手から繰り出される拳の威力は太い大木すらも容易にへし折るほど!』

「あの、早野さんに斬られたとき、その状態になればよかったんじゃ……」

『ふふふ、なんなら試してみても構いませんよ? 聞けばルシエラ様、あなたはとても強いそうですね!』

「私か?」


 名前を呼ばれ、ルシエラはゲームから目を上げてタヌキへ訊ね返した。

 ……この状況でもゲームしてたのか。本当にマイペースというか、不思議な人だ。

 ただ、ルシエラはまずい。嫌な予感しかしない俺は、タヌキにやんわりと忠告する。


「いや、何をする気かは分かりませんが、ルシエラは止めておいた方が……」

『いいえいいえ! 私の有能さを神楽様に見てもらう好機です! 安心して見ていてください! さあ、ルシエラ様、遠慮はいりません! 私の体を斬ってみてください! 傷一つつきませんから!』

「ほう? いいのか、本当に」

「いや、いかんでしょ。駄目でしょ。やっちゃ駄目でしょ」

『構いません! さあ、かかってきてください!』


 俺の制止も空しく、タヌキはひたすら調子に乗ってルシエラを挑発。

 ルシエラはゲームの電源を切り、壁に立てかけていたシャベルを右手に、左手にタヌキのお手手を……あれ? なんでお手手がそこに。

 ふと右にいる金色タヌキの右手を見ると、肘から下が綺麗に消失。

 ……もう斬ったのか。相変わらず何も見えなかった。

 早野さんも速かったけど、ルシエラは別格だ。まさしく達人、他の人とは住んでいる世界が違う。

 ルシエラは何事もなかったかのように、タヌキの右手を呆然とするタヌキに返して一言。


「おまえ、笑えるくらいに弱いぞ。もっと頑張れ」


 タヌキは泣いた。

 元の大きさに戻って、リラの腕の中でメソメソと泣いた。

 いや、だから止めたのに……ルシエラはもうあれだよ、住んでいる世界が違うんだよ、異次元なんだよ、本当に……常識にとらわれない存在なんだよ。腕、またネーナに縫ってもらうようお願いしないとあ……

 咽び泣く情けないタヌキを置いて、俺はネーナとメルにこれをどうするか相談する。


「どうしよう……ウチで働きたいみたいなんだけど。あまりに必死さが空回りし過ぎて、何だか可哀想になってきた」

「いいのではないでしょうか? とても良い人のようですし、何よりコタロとリラもあんなに懐いていますし」

「懐いているというか、面白い玩具を手に入れたようにしか見えないけども……メルは?」

「私は店主であるあなたの決定に従うだけですわ。ただ、あの方がタヌマールって首謀者とつながっている可能性は……絶対ありませんわね。逆にあれでつながっているのなら、感動モノですわ」

「まあねえ……あれは流石にないよねえ……」


 泣くタヌキにリラが元気づけるために頬をぺちぺちと叩いてくれている。

 それに対して『おやめくださいお嬢様! 私にそんな趣味はございません! ああ、でもこういうのも悪くないかもしれません!』なんて叫んでいるタヌキ。もうなんていうか、本当にあれ過ぎる……

 とりあえず俺は、タヌキに一応雇用の意思を伝えてあげることにした。


「あの、ぬいぐるみさん。話し合ったんですけど、もしぬいぐるみさんさえよろしければ、是非ともウチで働いてもらえないかと……」

『ほ、本当ですか!?』

「え、ええ。ただ、本当にタヌマールさんの元から去っていいんですか? むこうの許可が必要だったりとかは……」

「ありません! どうせ奴のこと、私のことを使い捨ての駒としか思ってないんです! 散々使うだけ使って、ボロボロにしてポイです! あの――」


 何かを言おうとして、タヌキの動きが止まった。あれ、どうしたんだろう。

 待つこと数秒。再び再起動したタヌキは、頭を押さえながら忌々しげに口にした。


『タヌマールの奴、私に情報が漏れないように細工をしていますね……タヌマールの個人情報を伝えようとすると、動けなくなるみたいです』

「情報漏洩を防いでいるのか……本当、謎だらけの人だね、タヌマールって」

『別に構いませんけどね! あんな奴のことなんてこっちだって思い出したくもありませんし、話しても気分が悪くなるだけです! あんな奴忘れることにします!』

 

 タヌキは本当にタヌマールって人に愛想を尽かしたらしい。

 まあ、必死に仕事して首切られて終わりってのもねえ……あれ、これタヌマールじゃなくて早野さんが原因のような……まあ、考えないことにしよう。


「とりあえず、雇用条件等の話し合いをしようと思うんですけど……その前に、新しい名前を教えて頂ければ。いつまでもぬいぐるみさんなんて呼ぶのもアレですし」

『新しい名前は神楽様に是非ともつけて頂きたく思います!』

「え、俺?」

『はい! 私が一生をかけて仕えると決めた新しいご主人様に名前を頂きたいのです! 可愛い女の子の名前でお願いします!』


 可愛い女の子って、婚期逃した年齢なんじゃないのか。

 困り果てた俺は周りのみんなを見渡すが『あなたにお任せします』ムード。完全に俺に投げっぱなしだ。メルに至っては水浴びに行ってしまった。

 可愛い名前なんて思いつく訳がない。タヌレットが元だからタヌレティア……いや、タヌレットを思い出すから嫌がるだろうな。名前、名前……女の子の名前……





「もう、タヌ子でいいんじゃないかな」





 こうしてリリネコ商店に新たな店員、『タヌ子』が誕生したのだった。

 今日の説明会の内容が吹き飛ぶくらい、本当に色々と凄過ぎる新メンバーの加入だった。今日は本当に疲れたよ……説明会よりもこっちが疲れたよ……




 

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