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27.方針を語りあわないとな

 



 説明会会場の扉を抜けた先は、強制転移させられた店二階のリビングだった。

 再び俺が突然現れたため、リビングでうたた寝していたコタロとリラはびっくりしていた。

 俺が戻ってきたと分かると、とてとてと近づいて来てくれた。


「兄ちゃんお帰り!」

「……おかえり」

「ただいま、コタロ、リラ」


 二人の頭を撫でて一息。

 この子たちを見ると、我が家に戻ってきたんだなって気がするね。

 コタロの大声が聞こえたのか、一階からネーナが上がってきてくれた。

 俺の姿を見て微笑んでくれるネーナに、俺も笑って挨拶する。


「ただいま、ネーナ。予定より遥かに早く戻れたみたいだ」

「おかえりなさい、リツキ様。お帰りを心よりお待ちしていました」


 ネーナにそう言ってもらえると、本当に心が嬉しくなるね。

 俺はネーナに店のことを確認する。


「何か店のことで問題はあった?」

「いいえ、特には。メルがしっかりお客様に対応してくれましたから」


 本当に頼りになる新人さんだ。というか、ネーナとメル、ルシエラの三人で対応できない問題なんてあるんだろうか。俺がいないと無理な案件ってないんじゃ……

 そんな悲しくなる考えを放り投げ、俺は自室に一度戻って学ランから普通の私服へ着替えた。そして、再びネーナたちの元に戻った。


「それじゃ、店に戻ろうか。ネーナとメルにばかり働かせちゃったから、後は俺が頑張らないとね。説明会の内容は仕事が終わった後、みんな揃ってから報告するよ」

「ふふっ、分かりました。それとリツキ様、その手に持っている人形は?」


 ネーナに指摘され、俺は手の中のタヌレットの存在を思い出した。

 そうだった、これもネーナに直してもらえないか訊かないとね。

 コタロは人形にあまり興味無いみたいだけど、リラの方が興味津々で先ほどからずっとこの人形を眺めている。この感じだと、渡したら喜びそうだね。


「説明会で色々あって持って帰ってきたんだ。これ、顔と胴体が切れちゃったけど、縫い合わせてつなげられないかな。リラにあげようと思って」


 その言葉を聞いた瞬間、ペタンとなっていたリラの耳がきゅぴんと立った。

 そして、小さな尻尾を右に左にパタパタ。リラがこうやって喜びを表現するのは珍しいね。やっぱりぬいぐるみが欲しいらしい。

 そんな様子に優しく微笑みながら、ネーナは俺の問いに答えを返してくれた。


「分かりました。仕事が終わって、リツキ様の話を聞きながら縫いたいと思います。リラ、リツキ様にお礼を言わないとね」

「リツキ、ありがとう」

「どういたしまして」

「兄ちゃん、僕も僕も!」

「……お店終わったら、コタロにも何か買ってあげるね」


 わーいと大喜びするコタロ。露店で何か美味しい物でも買ってこよう。

 温かい家族たちに囲まれながら、俺はお仕事へと戻るのだった。












 夕食を終え、リビングにみんなが集まる中、俺は今日のことを全て話した。

 この世界に、俺と同じ境遇である人間が千人ほどいるということ。その誰もが元の世界に戻るための条件が十億リリル商売で稼ぐことであること。

 そして、今回行われる三十日間の売り上げレースとその景品。

 全てを話し終え、俺はみんなに自分の意見を伝える。


「まあ、そういうことなんだけど、何か訊きたいこととかある?」

「訊きたいことというよりも、思わず叫びたくなる点が山積みになってしまいましたわ。異世界に無理矢理連れてこられて、商売を強制されて、同郷者同士で競わされて……それではタヌマールという者にいいように遊ばれているだけではありませんか」

「いや、きっついね……」

「十億リリル貯めたら帰してくれるというのも怪しい物ですわ。貯める直前に全て回収されてまた初めから、なんて言われるんじゃありませんの?」

「いや、それなんて賽ノ河原」


 メルの意見は早野さんに近い物だった。

 まあ、普通はそう思うよね。タヌマールの言うことに保証なんて何もない。

 ただ、逆に信じずに完全に無視する選択も取れないということも事実。

 僅かでも可能性があるなら、それに縋ってしまうのが人間。他に手がない以上、俺は頑張ってアウトレット品を売ってお金を貯めるしかない。

 それに、元の世界に戻るにしても、この世界で生きていくにしてもお金は必要だ。コタロとリラの件もあるしね。


「そんな訳で、今後の方針を簡単にまとめたいと思うんだ。個人的な意見として、俺はこの『異世界商売ゲーム』というのに参加しない方向でいきたいと思う」

「不参加ですの?」

「うん。一位の商品が俺にとって必要なものだとは感じられないし、順位が悪かったら罰則がある訳でもないし。今まで通り、焦ることなく一歩ずつ商売をしていければって考えているよ」


 水上さんにも伝えたけれど、焦っても良いことなんか何もない気がする。

 これに参加することは、タヌマールって人の何かしらの思惑に乗るってことだ。

 元の世界の大金という餌につられ、無理をして一位争いに食い込もうとすれば、それこそ一位を狙う他の人からどんな妨害が入るのかも分からない。


 ……うん、正直ビビってる。水上さんの最後の言葉じゃないけれど、お金という欲がからんだ大和田さんのような人がもしこの店に何かしてきたら……そんなことを考えるとどうしても及び腰になってしまう。

 高所の何かを得ようとするためには、必死に手を伸ばさなければならない。

 だけど、今はその何かを得る必要性に駆られてもいなければ、無理をする理由もないと思う。その手を思わぬところから鳥に突かれでもして、大怪我でもしたら話にならない。


 そんなチキン……もとい、消極的意見をみんなに伝える。

 俺の意見に、椅子の上でタヌレットを縫い続けながらネーナも意見を述べた。


「私もリツキ様に賛成です。その順位争いのことはさておき、無理に大きなお金を一気に得ようとするのには反対です。一カ月で大金を稼ぐということは、現在の方法だけでは決して届かないでしょう。それこそ、客層を変えて悪目立ちする必要が出てきます」

「客層を変えて目立つ……ああ、そういうことか」


 ネーナの言葉の意味を理解する。

 つまり、上位にくらいつくには、今みたいな町の人相手の商売ではなく、客質の変更……貴族や王族といった金を持つ人相手に商品の価値を説いて売りつけなければならない。


 ネーナはこの売上競争の本質をよく理解していた。

 この勝負で大切なのは、如何に多くの客に物を売るかではなく、常識外れな価格をつけた商品を問題なく買ってくれる顧客を如何に作るかが肝要となる。

 いくら数を売ろうとしても、俺たちの人数は限られていて、倉庫だっていくらでも物を作れるという訳じゃない。

 工場も輸送手段も何もないこの異世界では、安い物を多くの人に売りつけて稼ぐというのは非常に効率が悪い。

 一番効率がいいのは、大和田さんのように、一品物に目玉が飛び出るほどの価格をつけて、金の有り余っている富裕層に売りつけることなのだから。


 ネーナのいうその方法をとれば、まず間違いなくこうやってみんなで店経営なんてやってられない。

 まず、貴族相手の商売ということでルシエラを解雇しなければいけなくなる。

 貴族は冥府の民を嫌っていると聞かされているし、ネーナやメルはあくまで特例だ。

 これまで一緒に頑張ってきたルシエラと別れるなんて考えたくもない。

 それに、ネーナは事情があってこうして貴族の家から離れてここにいるしね。そういう訳で、ネーナの意見は俺の心をますます固めてくれた。


「私に商売のことを訊かれても困る。私は求められる限り、お前たちのことを守るだけだ」


 相変わらず幼い女の子のような可愛い声できっぱりと言い切るルシエラ、声質以外は何と格好良いことか。

 ただ、手元から聴こえる携帯ゲームの間抜けな音楽が頂けない。

 あの、ルシエラさん、こういうときくらい音消そうよ……プレイするなとは言わないけど、ゲームキャラの『五連鎖ですにゃーん! 六連鎖ですにゃーん! 七連鎖ですにゃーん!』って声が響いているんですけど……落ちモノパズルゲームは強いのか……


「私は反対ですわ。折角の好機、この順位争いに積極的に関与していくべきかと思います」

「えええ……」


 ただ、メルは逆に参加すべきだと主張した。いや、なんでさ。

 困惑する俺に、メルは人差し指を立てて説明をする。


「勘違いしないで下さいませ。私はその順位争い自体は不快だと考えていますし、ネーナの言う通り、貴族たちに商売を行って悪目立ちするなど愚の骨頂だと考えていますわ。下手に目をつけられ、訳の分からない理由で店を差し押さえられたりしてはたまりませんもの」

「だよね。それじゃ、売上争いに参加するというのは……」

「決まっていますわ。そのように貴族相手に商売をしたりせずとも、十分に勝算があると考えているからです。順位争いは不快ですが、順位を達成してもらえる物は稀少なのでしょう? 『でんき』でしたか、それは欲しいのでしょう?」

「そうだね、それが倉庫に引ければ、やれることはぐっと広がると思うけど……」

「では最低でも百位以内は目指すべきですわ。もらえるものは貰っておくに限ります。現時点で三百万リリルで九十一位、ならば十分に勝算はあります。その勝利を掴み取る為の策、私は色々と考えていましてよ」


 胸を張って自信ありげに話すメル。

 ……なぜだろう、不安だ。メルは優秀なのはこの数日で分かっている、彼女がそれだけ言い切るのだから良い方法があるんだろう。

 でも、なぜか不安を覚えずにはいられない。人は新しいことを始めようとするときには臆病になりがちだって何かで見た気がするけど、それなのかもしれないね。


 悩む俺の姿がメルは少し気に食わなかったのか、ちょっとムッとした感じで俺に力説を続ける。


「何を悩む必要がありますの。別に一位を狙うという訳ではありません、あくまで無理することなく百位以内を狙うというだけですわ。案件は全て私が責任を持って担当しますから、リツキさんやネーナたちの仕事が増えたりもしません。お店にだって迷惑はかけません、むしろ利益全てをお渡しするのですから良いことしかありませんわ」

「ううん……」

「どうしてそこですぐに決断を下してくれませんの! お約束します、お店に迷惑をかけたら、リツキさんの言うことを何でも聞きます! それくらい自信がありますの! お願いします、私を信じてくださいまし! 店に必ず利益をもたらしてみせますわ!」


 いや、別にメルを信じていないって訳じゃない。

 メルの言っていることは合理的でごく当たり前のことだ。

 百位を狙えるのは確かだし、電気は可能なら欲しい。そしてメルには独自の策があるという。それもこの街の人を相手にした商売で、だ。

 ……水上さんの忠告が頭に残り過ぎているのかな。メルができる、やりたいと自主的に言っているのだから、信じて任せてみるのも店主の役目なのかもしれない。

 メルの言う通り、すぐに決断できないのは情けない限りで申し訳ないけど、俺は時間をかけて熟考し、そして答えを出した。


「分かった。とりあえず、メルの意見を採用しようと思う」

「本当ですの!? ありがとうございます、リツキさん!」

「ただ、やる前に内容を俺とネーナに教えてね。それが拙いようなら指摘するし、止めるからね。それと逆に、一人で大変なようなら俺たちも力を貸したいから。メル一人に負担を押し付けるつもりはないからさ……それでいいかな、ネーナ」


 俺の確認にネーナはタヌレットを縫いながら笑顔で頷いてくれた。

 いや、ネーナに意思決定をしてもらっているわけじゃなくて、あくまで最終確認をしているだけだからね。決して俺がネーナの尻に敷かれている訳ではなくて……いや、ネーナの尻になら敷かれてみたい気持ちもなくないというか、いや俺何を言っているんだ。


 そんなアホな俺に対し、ゴーサインがでたことが嬉しいのか、メルは大喜びしてお礼を言ってくれた。

 メルも本当に綺麗に笑うんだね。本当、思わず見とれそうになるよ。

 こほんと咳払いを一つして、俺は最終的な結論を伝えた。


「それじゃ、明日からはいつも通り店を運営しつつ、メルの案でいいものがあれば色々試してみよう。売上争いは消極的参加ということで、上位じゃなくて百位以内を目標に……それでいいかな?」


 俺の問いかけに三人は元気よく返事してくれた。メル、ネーナ、コタロである。

 リラはそんな性格じゃないし、ルシエラはゲームに夢中だし……ルシエラ、階段積みなんてテクニックをいつの間に習得したんだろう。

 話し合いはそこまでで、後はいつもの雑談タイムが始まる。

 のんびりした時間を過ごしている中、ネーナがタヌレットの裁縫を終えたらしい。

 しっかり首が元の形につながり、三十センチほどのタヌキ姿が復活していた。

 リラが期待の視線を向ける中、ネーナはそれをニコニコと笑顔で渡そうとした――その刹那だった。


『もー! 本当に頭にきました! あんな最低最悪劣悪な場所で働くのなんかこちらからお断りです! 辞職させて頂きます! 辞表叩きつけさせてもらいます! 今日限りで辞めさせてもらいますから!』


 タヌキが、喋った。


 ネーナの腕の中でむくりと起き上がり、甲高い間の抜けた声で激怒するタヌキ。

 その光景にこの場の誰もが唖然とするしかない。人形が突然自立し、会社への不平不満のような内容を愚痴りだせば誰だって驚くしかない。



 ……いや、何でいきなり復活してるのさ、このタヌキは。




 

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