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3.困ったな

 



「何だ、てめえは」

「困ったな……何だと申されましても。いったい何なんでしょうね、俺」


 剣を向けてくる山賊風の男に、俺は内心冷や汗たらたらで必死に返答する。

 どう見ても本物の剣を向けられているのだ、声が震えていないことだけでも奇跡に近い。

 そんな俺の反応を訝しげな目で男どもは睨みつけてくる。やばい、超怖い。

 必死に恐怖を顔に出さないようにしながら、俺は冷静を取り繕って男たちに訊ねかけてみた。


「嫌がる女の子によってたかって酷いことをしようとしているように見えるんだけど……犯罪はいけないよ、犯罪は」

「酷いこと? 馬鹿言ってんじゃねえ、そんなことをしたら商品として売り渡せなくなるだろうが。俺たちは逃げようとしたこいつらを捕まえようとしただけだ」

「ええっと、それはどういう……」

「この人たちは人攫いなんです! 私やこの子たちを奴隷として売り払おうとしているんです!」

「……奴隷って、いや、それはいかんでしょ。基本的人権の尊重、大事」

「人権だあ? がははははっ! 下らねえことを言うガキだな、おい!」


 なぜかカタコトになってしまった俺の言葉に、男たちは大笑いする。

 いや、通じるなんて思ってなかったけどね。俺の説得に耳を貸すような人たちなら、最初から人攫いなんて酷いことしないよね。

 案の定、悪い顔をした男たちは俺に向かって下種びた笑みをこぼしながら説明し始めた。


「こいつらは俺たちの明日の飯の種だ。綺麗な年頃の女に珍しい髪の色をした半獣のガキどもだ、さぞや良い値で売れるだろうよ」

「いや、人を売り買いしちゃ駄目でしょ……同じ人間、ピーポーなんだから、互いを尊重し合って……」

「突然の闖入者にちと驚いたが、ただのガキなら問題ねえ。残念だが坊主、俺たちも色々とヤバイ橋を渡っていてよ。目撃者は消さなきゃいけねえんだ」


 そう言いながら、男たちはじりじりと俺との距離を詰めてきた。

 身の危険を感じながら、俺は視線を男の背後の少女へと向ける。薄桃色の髪を持つ、俺と同じ歳くらいの少女は心配そうに見つめている。

 少女の背後には、5、6歳くらいの子供二人が泣きながら震えていた。


 ……一人で逃げることはできないよな。

 ここで俺が逃げるのは簡単だ。背後の扉に逃げ込んでしまえばいい。

 でも、それじゃ女の子と子供たちがどんな目にあうのか分かったもんじゃない。

 だから、俺に残された選択肢は残って戦うことしかない。


「……戦いにすら、ならないんだけどな」


 背負っていたリュック型の袋を下ろし、そこから俺は花火を取り出していく。

 準備を進めていく俺に、男たちは警戒をするように足を止めた。それでいい。俺の準備の時間が増える。

 袋から数本の棒花火を取り出し、指に挟んでいく。

 そして右手に百円ライターを用意して準備完了。足元には仕掛け花火や打ち上げ花火がいくつも並べてある。

 眉を顰める男たちに、俺は必死で余裕ぶりながら笑って語りかけた。


「一応、最後通牒をしておこうか。少女と子どもたちを解放してくれるなら、君たちを見逃してあげてもいい」

「んだと……舐めやがって! おい、野郎ども! 一斉にかかれ!」


 俺の言葉に怒りを溢れさせ、今にも突撃しようとする男たち。

 そんな彼らが動くより早く、俺は手に持つ全ての棒花火にライターで点火した。頼む、届いてくれよ、俺の一世一代のハッタリ劇場。

 着火された花火は激しい音とともに、俺の手の先から七色の光を放ちだす。

 それを見て、男たちは飛び退くように下がりながら驚きの声を口にした。


「魔法使いだと!? な、なんで魔法使いがこんなところに!? やべえ、下がれ!」


 ハッタリ大成功。

 どうやら花火はこの世界に存在しないらしく、男たちにはこれが摩訶不思議な現象に見えているらしい。


 これはいけるとばかりに、俺は即座に足元の仕掛け花火に次々と点火を行った。

 俺の足元から次々とあがる火花に驚き、男たちは更に俺から距離をとっていく。それはつまり、少女たちと男たちの距離が離れたということ。

 その隙を逃さない。俺は花火を手にしたまま走りだし、少女たちへと近づいた。

 すぐ傍まで近づき、背後についてきている倉庫への扉を開いて叫んだ。


「中に入って! 早く!」


 俺の指示に、少女は力強く頷いて子どもたちとともに中へと入って行った。

 それを追うように俺も急いで倉庫へ入り、力強く扉を閉めた。

 未使用の花火が外に散らばったままだが、もったいないなどと言ってはいられない。

 倉庫の入り口近くに待機し、俺は再び袋から打ち上げ花火を幾つも取り出して扉に向けて構えた。

 この扉に鍵なんて存在しない。つまり、敵はすぐに追ってくるということ。

 追ってきた瞬間に、打ち上げ花火を惜しみなく撃ちこんで撃退する。そのくらいしか俺には対処法は思いつかない。

 これで駄目だったときは……どうすればいいんだろうね。もうどうしようもない。お手上げだ。


 そんな俺の不安を読み透かしてしまったのか、心配そうに何かを口にしようとする少女に、俺は必死に強がるように笑って意地を張ってみせた。


「大丈夫。連中がきても俺がなんとかするから。君はその子たちを安心させてあげて」

「……はい」


 本当は俺の心も安心させてほしいくらいなのだけれど、それは流石に格好悪過ぎるので口にできない。

 視線を入口から外さないように、俺はライター片手に戦闘態勢を取り続けた。

 10秒、1分、5分、10分。刻一刻と時間が流れていく。

 体感で20分ほど経過したとき、流石におかしいと感じた俺は首を傾げてつぶやいた。


「追手が……こない?」


 眉を顰めながら、俺は恐る恐る扉に近づき、そっと扉を開いて外へ視線を向けた。

 そこには、既に男たちの姿はなかった。

 地面に放り出された武器の数々と、花火の残骸、そしてその周辺をうろうろする翼の生えた虎。


「……なるほど。化物が現れたから逃げたってことか。たぶん、俺たちの大声につられて、出てきたんだろうな」


 心の中で化物に盛大に感謝しつつ、俺はゆっくりと扉を閉め直した。

 虎の化物も時間が経てば再びどこかへ消えるだろう。

 俺は安堵の息をつきつつ、不安そうに見つめてくる少女に教えてあげた。


「もう大丈夫。連中は化物に追われてどこかに逃げちゃったみたいだ」


 俺の一言に、少女の緊張の糸は切れてしまったらしく、涙を零して子どもたちを抱きしめていた。

 その光景を綺麗だなと思いつつ、俺は必死に慰める言葉を頭の中で探していた。

 泣いている女の子を慰めた経験なんて俺にはない。

 何を言えばいいのか分からず、オロオロとしながら泣きやむのを待つことしかできなかった。俺、格好悪いなあ……




 

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