26.説明会の終わりかな
早野さんが出ていき、残った俺たち三人は倉庫や商品について情報を交換し合っていた。
やはりというか、当然というか、消耗品の十秒量産や破損品の一日再生のことを水上さんは知っていた。高宮さんは食べ物飲み物だけが再生すると思っていたとのこと。
そのことを話し合っていると、水上さんが俺たちに更に知らない情報をくれる。
「消耗品の十秒量産、消耗品にあたらない一品物の一日再生は神楽君の言う通りだね。ただ、補足をいくつか加えさせてもらうよ」
「補足ですか?」
「一品物の再生、この現象についてだね。この再生現象は少し面白い特性があるんだ」
そして、水上さんは次のように説明してくれた。
まず、破損した一品物、例えば割れた花瓶などを全て倉庫内に放置すると、一日経てば全ての破片が消えて元の形に戻る。これはまさに俺の知る再生、修復現象だ。
ただ、そこから水上さんが見つけた『抜け道』がある。
花瓶をバラバラに割り、一番大きな破片だけを残して、全てを足しても大きな破片の大きさを超えられないような細かい破片を倉庫の外に置くとすると、二十四時間後には、倉庫の外の破片を残して倉庫内の花瓶は再生されるらしい。
逆に、小さな破片だけを残して大きな破片を倉庫の外に置いても、二十四時間経っても再生されない。
倉庫外と倉庫内の花瓶の割合を次々と変化させて実験を繰り返し、結論として導かれたのが倉庫内の破片の総質量が倉庫外の破片の総質量を上回ったとき、再生される条件を満たすということだ。
この説明に、俺は驚きながら、水上さんに訊ねかける。
「つまり、『損傷』における倉庫での再生条件は『商品の総質量の二分の一を超える破損品を倉庫に設置する』ということでしょうか」
「恐らくね。つまり、この現象は上手く利用すれば商売に利用できるということだけど、それは分かるかい?」
「はい。つまり、機械なんかは上手く分解して部品だけを外に置いておけば……」
「そういうこと。部品だけを集めて、もう一度組みたてる技術と知識、道具さえあるならば、機械や家電も量産できるってことだね。その全てを揃えるのがとても難しいことではあるけれどね。ただ、逆に言えばそのモノの質量が基準の半分以上残っていないと、再生できないってことだから、そこは気をつけないといけないよ」
……いや、これ、とんでもない情報だぞ。
水上さんは何でも無いように教えてくれたけど、この情報は恐ろしいほどの武器になる可能性がある。食べ物飲み物といった消耗品以外でも、数日かければ量産はできるかもしれないってことだ。
商品そのものは増やせない、だけど、部品を増やしていくことはできるということ。
この実験結果を得るためには相当の試行を繰り返したはず。いや、花瓶の話から実際にしている。これはお金以上の価値があるかもしれないのに。
そんな考えを読みとったのか、水上さんは笑って俺に告げた。
「気にすることはないよ。遅かれ早かれ、倉庫を扱っていれば誰もが気付くことになることさ。たまたま僕が最初に知ることができた、それを伝えただけだよ」
「み、水上さん……マジぱねえっす! 俺、一生水上さんについていきます!」
「本当にありがとうございます、水上さん」
「いいよ、気にしないで」
感激する高宮さん。俺も水上さんに頭を下げてお礼を告げる。
頭を下げ続ける俺たちに、水上さんは苦笑しながら別の話題を提起する。
「消耗品と一品物、商品には二種類のものが存在しているんだけど、その分け方についても色々調べようとしたんだけど……残念ながら、こればかりは分からなかったよ」
「そうなんですか? 食べ物や飲み物は消耗品ですよね」
「バッテリー関係や燃料、ロープやテープもそうだね。極論を言うと、商品が複数入って一つの商品という扱いのものはそうだと思っていいね」
「ああ、確かに」
ネジやヘアゴム、使い捨て手袋なんかもそうだもんな。あれは十秒再生の扱いだ。
水上さんは顎に手を当てながら、考えるように俺たちに問いかけた。
「でも、言ってしまえば全ての商品が消耗品だよね。服だってボロになれば捨てるし、機械だってそうだ」
「いや、それを言われるとまあ……」
「明確な線引きが分からないんだ。減少するものを消耗品とみなすのが一番分かりやすいんだけど、物はなんだって『すり減る』んだ。だいたいこれは消耗品でこれは一品物だろうというのは分かるけど、そこの定義をはっきりさせたいんだけど、なかなか……」
「タヌマールって奴が決めてるんじゃないっすか? これは消耗品っぽいからそれでいいだろー的な」
「……そういう明確な定義の無い曖昧なものは嫌いなんだけどな」
水上さんは糸目を少し吊り上げて不満そうに言い切る。
もしかしなくても、何でもとことん追求しないと気が済まない几帳面な人なのかもしれない。俺なんかは適当過ぎて、メルにジト目で見られるくらいなんだけど……
他にも、この異世界のことや商売の方法について色々と三人で話し合った。
俺は店舗経営、高宮さんは露店を一つの拠点で行うという方式だけど、水上さんは各地をフラフラして旅の商人を一人でやっているらしい。
ちょっと何気に凄いことだと思う。魔物が跋扈するこの世界で一人旅なんて、そうそうやれるもんじゃない。少なくとも俺には無理だな……魔物、やっぱり怖いよ。
商売について話したり、今回の売上順位争いに関して相談したり、自分の身の回りのことを語り合ったり、話し合いは大いに盛り上がった。
途中でポロっとネーナたちと同棲していることを口にしてしまい、高宮さんからチョークスリーパーされた。裏切り者、エロ魔人、煩悩王と連呼された。ひどい。
でも、やっぱりこうして元の世界の人と久しぶりに話すのは楽しかった。元の世界のことの話とかもできたしね。
やがてそんな時間もお開きになる。
水上さんが俺たちに別れの言葉を告げる。
「それじゃ、そろそろ戻ろうかな。色々やらないといけないこともできたしね。今日は君たちに会えて本当によかったよ」
「俺もです! 俺も水上さんに会えてマジよかったっす! 神楽は許さねえ、可愛い女の子にデレデレしやがって!」
「してませんよ……」
ごめんなさい、嘘吐きました、かなりしています。みんな可愛いし綺麗だし、仕方ないと思うんだ。
そんな俺たちに水上さんは笑いながら、確認を取る。
「神楽君はマルシェリア、高宮君はサビニの村にいるんだったね。どちらもグラオード国内で距離も近そうだ。寄った時は挨拶をさせてもらうよ」
「楽しみにしています。マルシェリアでは『リリネコ商店』の名で店をやってますので」
「俺も待ってますよ! 俺はヨーデスって名前のババァ、もとい長老の家に厄介になってますんで!」
俺たちの返答に、水上さんは糸目を更に細めて頷いてくれた。
楽しみだな。遊びに来てくれたときはまた色々話したい。
そして、水上さんは倉庫の入り口の取っ手を掴んで出ていこうとした……んだけど、その足を止めた。
そして、俺たちを振りかえることなく、訊ねかけるように声を漏らした。
「君たちは今回の売り上げ競争、どうするつもりかな。上位を狙うつもりかい?」
「どうするも何も、俺二十万しかありませんし……俺には無縁な話ッスよ」
「俺も正直興味はあんまり……ゆっくりマイペースにお金を稼いでいければと思います」
「そう。それを聞いて安心したよ。君たちはそうした方がいい」
水上さんはゆっくりと俺たちの方を振り返り、真剣な表情できっぱりと告げた。
それは俺たちの身を案じる、水上さんのどこまでも真っ直ぐな声で。
「君たちはまだ学生で、『金を求める人間』の『欲の恐ろしさ』を知らない」
「欲の恐ろしさ、ですか……」
「先ほどの大和田さんを見ただろう? 度を超えた大金は人の心を容易に狂わせる力を持っている。この世の中にはね、金のためなら他人を蹴落とすことに何の躊躇いもない人間なんて数え切れないほど存在するんだ。それこそ――人の命を奪っても、なんて考える人間もね」
ぞくりとした。
水上さんの言葉が、重く、そしてどこまでも冷たく感じた。
それはまるで、夜道を一人で歩いていると、背後からナイフを突き立てられたかのような錯覚。
恐怖に心捕われた俺に、水上さんは先ほどまでの空気を霧散させ、優しく笑って言葉を続けた。
「それじゃ失礼するとしよう。君たちの商売が上手くいくことを願っているよ」
「お、お疲れさまでした!」
高宮さんの言葉に手を振って、水上さんは異世界へと戻っていった。
本当に、不思議な人だ。優しくて博識で、けど、それだけじゃないような気がする。あの笑顔の裏というか奥にもっと別の何かが隠れているような……本当に不思議な人だと思う。
水上さんの姿が見えなくなって、俺と高宮さんは大きく息をつく。
「……最後の水上さん、迫力あったな。俺、ちょっとビビっちまったよ」
「そうですね……俺たちと違って社会人ですから、色々とそういう面を見てきているのかもしれませんね」
「金かあ……やだやだ、そういうのに振り回される人生なんて俺はまっぴらごめんだね」
「まあ、現状十億円貯めないと元の世界に戻れないという時点で、十分俺たちは振り回されている訳なんですけども」
「言うなよ……んじゃ、俺戻るかな。俺の村に来た時は遊びに来てくれよな、歓迎するぜ!」
「もちろんです。また会いましょう」
「たりめーだ! じゃあな!」
気持ちよく笑って、高宮さんも元の意場所へと戻っていった。
誰もいなくなった部屋の中で、俺は軽く息を吐きだした。
本当に、色々あったけど……説明会に参加して良かったと思う。
売上競争とか言うのに興味はないけれど、高宮さんや水上さんと知り合えたこと、情報を共有できたことは大きな財産だ。
お店に戻ったら、みんなに今日のことを話そう。そう考えながら、俺も扉から戻ろうとしたとき、右手にある物を持ちっぱなしだったことに気付く。
それはタヌキのぬいぐるみの生首。
早野さんに一刀両断され、微塵も動かなくなったタヌレット。
つぶらな瞳が俺の方をじっと見つめている。床には倒れ落ちた胴体もある。
「……このまま放置するのも何か可哀想だよな」
床に落ちている半身を拾い上げ、俺はタヌレットを店に持ち帰ることにした。
ネーナかメルにお願いして縫いあわせてもらおう。そして新しいぬいぐるみとしてリラにプレゼントしよう。ぬいぐるみ好きだから、きっと喜ぶに違いない。
こと切れたタヌキのぬいぐるみの有効活用を考えながら、俺は説明会会場を後にするのだった。




