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23.説明会の開幕ってとこかな

 



 異世界生活四十四日目。



 とうとう倉庫の紙に書かれていた『説明会』の当日を迎えた。

 というか、未だに何に対する説明会なのかも分かっていないんだけどね……この世界に送った理由なのか、それともあの意味不明な順位についてなのか。

 とりあえず、このことは店のみんなには伝えてある。

 『俺、今日の昼ぐらいに強制転移されるみたいなんだ』。この発言の後、メルが爆発したのは言うまでもない。

 いや、俺だって滅茶苦茶意味不明だって分かっているんだよ、でも仕方ないんだよ、強制転移するって書いているんだもん……


 お昼前の時刻、俺はカウンターをメルに任せて二階へと上がった。

 いつ転移されるか正確な時間も分からないので、店は一時的にメルとルシエラに任せている。ネーナだけはコタロとリラと一緒にお見送りに来てくれた。

 いつもの私服からこの世界に来たときに来ていた学ランへと着替える。もしかしたら、転移先で同じ境遇の人と会えるかもしれないからね。この服装なら一発で俺もそうだって分かってもらえるだろうしね。

 そして、ネーナとコタロ、リラに一時の別れを告げる。


「それじゃ、もうすぐ転移されると思うから行ってくるね。多分今日中には帰ってくると思うんだけど……いや、帰してもらわないと困るんだけど」

「はい、私も困ります。リツキ様がいないと寂しくて泣いちゃいますよ」


 そう言ってネーナはコタロとリラの頭を優しく撫でる。

 ちょっとドキっとした。なるほど、コタロとリラが泣くってことね。心臓に悪いよ。

 ただ、俺たちの会話が少し不安に感じたのか、コタロが眉をハの字にして俺に訊ねかけてくる。


「兄ちゃん、どっかいっちゃうの?」

「うん、ちょっと用事で出るよ。すぐに戻るからコタロもリラも良い子で待っていてね」

「僕も一緒に行っちゃ駄目?」


 上目づかいで見上げてこられましても。思わず良いよと言ってしまいそうになる。

 くいくいと俺の服をひっぱるリラもヤバい。本当に二人とも可愛いなあ……いや、駄目なんだけども。

 二人の頭を良い子良い子と撫でて我慢してもらう。

 俺は二人を抱き締めながら、ネーナに店と二人のことをお願いする。


「色々お願いしっぱなしになるけど、店や二人のことをお願いするね。やっぱりネーナが頼りだから」

「気になさらないで下さい。嬉しいものですよ、大切な方に頼って頂けるということは」


 にっこり微笑んでやんわりと言ってくれるネーナ。うーん、本当に天使だ。

 こういうことはメルやルシエラには流石にお願いできないし、何だかんだ言ってやっぱり俺はネーナに依存しているなあ……いつかこの恩をしっかり返さなきゃな。


 コタロとリラを腕から解放して、俺は時計の針を見る。

 時計の針は十一時半。太陽見ながら適当に時間を合わせたので、この時間は勿論正確じゃない。下手すれば一時間も後に転移なんてことも考えられる。

 そういう訳で、俺はこれからしばらくの間、二階でのんびりしているという訳だ。

 倉庫での棚卸の仕事も終わったし、あとはいつ転移されてもいいように客の目の届かない二階にいるだけだ。


 やることもないので、コーヒーでも飲もうかと思っていたとき、俺の体が淡い緑の光に包まれた。

 その光景にコタロは目を輝かせて感嘆、リラは怖がってネーナの背中に隠れた。久々にリラに怖がられてちょっと傷つく。

 しかし、強制転移はハッタリじゃなかったんだね。俺はネーナに顔を向けて声をかけた。


「それじゃ行ってきます。晩御飯までには戻れる……と、いいなあ……」

「いつまでもお待ちしていますよ。絶対に戻ってきてくださいね?」

「兄ちゃん! 兄ちゃん! いってらしゃ!」


 ぴょんぴょんととび跳ねて手を振るコタロ、ネーナの後ろから小さく手を振るリラ。そして、いつものように温かく微笑んでくれるネーナ。

 ……なんか、こういうの、良いな。前は当たり前過ぎて感じていなかったけれど、これが『家族』の温もりなのかもしれないね。

 俺はみんなに笑ってただ一言、『行ってきます』と告げて転移したのだった。













 

 眩い光が収まったかと思ったら、見慣れた倉庫の中だった。

 どんな凄い場所に連れて行かれるのかと思っていただけに、少し拍子抜けした。

 ただ、もちろんそこは俺の普段活用している倉庫とは異なる場所だ。


 まず初めに商品が何一つ置かれていない。

 そして、俺以外の人間が数名存在しているということ。

 部屋の中心に輪を囲むように集まった五人の男女。男が四人で女が一人だ。

 彼らもまた俺と同じように強制転移されてきた人たちなのだろうか。話しかけるか迷っていると、俺より早く一人の男が言葉にした。


「あの、いきなりで申し訳ないんですけど、皆さんも日本から異世界に呼びだされたみたいな境遇だったりします……?」


 その男――茶髪に染めた短髪が特徴的な、俺と同世代くらいの少年がおずおずと訊ねかけてきた。服装は少しボロがかってる冒険者の服って感じかな。よくこういうのを討伐者の人が着てるね。

 彼の言葉に、とりあえず俺が返答する。


「俺はそうです。気付いたら異世界にいて、変な倉庫が用意されてて、アウトレット商品を売りさばいて金を稼げみたいな感じで……」

「おおお、よかった! 俺だけじゃなかったんだ!」


 そう言って、彼は俺に近づいて来て俺の手を取りぶんぶんと握手する。

 どうやら気さくな人らしい。フレンドリーだ。

そんな俺たちに、また一人男性が近づいて来て会話に参加する。

 見た目は俺たちより少し上、二十歳前後だろうか。糸目が特徴的な美青年だ。服装は薄灰色の外套を纏っているから詳しくは分からないけど、結構良い物なんじゃないかな。


「僕も同じだね。おそらく、この場にいる全ての人間がそうなんじゃないのかな?」

「良かったあああ……こんな訳の分からない状況、同じ境遇の人間がいるってだけでどれだけ安堵できるか。あ、俺、高宮文彦って言います。歳は十六! 高校二年です」

「これはご丁寧に。俺は神楽立輝って言います。歳は十五、高校一年生です」

「水上裕也だよ。歳は二十、社会人だよ」


 お互いに自己紹介を交わし合い、元の世界の人間であることに安堵し合う。

 高宮さんも言っていたけれど、同じ境遇の人がいるってのは少し安心できるね。


 ただ、残る二人は俺たちに自己紹介をしようとはしない。

 派手な装飾を身に付けた、三十歳くらいの男性は俺たちをなぜか見下すようにして笑っているし、俺と同世代くらいの腰に剣を下げた黒髪のポニーテールの女の子はそっぽを向いている。

 ……剣を持っているのか。魔物がでる世界では当たり前といえば当たり前なのかもしれないけれど、現代の日本人、それも同世代の女の子が帯剣をしているというのは不思議な感じだ。

 どうやら二人には会話参加の意思はないらしく、俺たち三人は仕方なしに三人で会話を続けた。


「今日は説明会とかいう理由で強制転移されてきたんですけれど、人数って五人だけなんですかね。訳の分からない順位とかいう表示に千人って出ていたから、それくらい集まるのかと」

「あ、俺もそう思った! そもそも何の説明してくれるのかも書いてないし、適当にも程があるだろって感じだよな!」

「もしかしたら、別の場所でも同じようなことが行われているということも考えられるね。五人単位で集められているのかもしれないよ」


 水上さんの説明に俺と高宮さんはなるほどと納得する。

 確かに、一つのフロアに千人もの人間が集まったら説明どころじゃないかもしれないね。

 こんな訳の分からない状況にされたんだから、全員が暴徒と化しても不思議じゃない。

 それを避けるための処置かもしれないね。まあ、憶測なんだけれども。


「説明会って言うくらいだし、当然俺たちがどうしてここに連れてこられたのかをきっちり説明して貰わないとな。つーか、十億なんて貯められるか! さっさと元の世界に帰らせてくれ!」

「ですよねえ……帰らせて貰えるかどうかはさておき、説明はちゃんとしてほしいです」

「この世界に来て俺が必死に商品売った金なんて、ほとんど残ってねえんだぞ! 生活費でバカバカ消えるから、手持ちなんざ二十万も残ってねえし! この調子でいけば何年たっても十億なんて夢また夢だ!」

「ちなみに高宮君の順位は?」

「あ、俺はさっきの時点で四百三十九位らしいっす。高校生に商売になんて無理っすよ! やり方も何も分かんねえし、適当に街の人捕まえてこの商品を買いませんかって体当たりするしかできねえし!」


 ……貯金二十万リリル以下で四百位強? そんな馬鹿な。

 千人が同じように商売をしていると仮定して、二十万の貯金で半分以上の売上順位になれるなんて。

 高宮さんが嘘を言っているようには思えないし、何よりそんなことをで嘘をつく理由もないし……不思議だね。

 そして、高宮さんは興味津々に俺の順位を訊いてくるので、素直に答える。


「俺は今日付けで九十一位でした。手持ちは確か三百万リリルくらいだったような……」

「ちょ……頼む! 商売のコツを俺に伝授してくれ! 物が売れねえんだ! 明日の飯がかかっているんだよ!」

「明日の飯って、倉庫に食料品があれば大丈夫なような……」

「俺の倉庫の食べ物飲み物はチロリンポンチョコと青汁しかねえんだよおおお!」


 俺の肩をがくがくと揺らして必死に縋りついてくる高宮さん。なんというか、本当に可哀想だ。

 もしかしたら、俺の倉庫の中身は比較的恵まれている方なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、水上さんに順位を訊ねようとしたその時だった。


 ぼふん。


 そんな間抜けな音とともに、部屋の中央に現れた一体のぬいぐるみ。

 それはまさしくタヌキ。タキシードとシルクハットに身を包んだ、身の丈にして三十センチほどのタヌキのぬいぐるみだった。

 そのタヌキのぬいぐるみはむくりと起き上がり、俺たちに対して語りかけてきた。


『本日は説明会に参加して頂き、誠にありがとうございます。私は店主タヌマールより皆様への説明係を任命されております、社員番号58番、タヌレットと申します』


 男とも女ともとれる、珍妙な甲高い声を発して名乗ったタヌキは、ぺこりと頭を下げて一礼。

 ……参ったな。人間が出てくるどころか、ぬいぐるみが出てきてしゃべりだすなんて想定外だ。

 不思議の国にでも迷い込んでしまったかのように、俺たちは絶句するしかできなかった。

 さて、このタヌキくんは俺たちの知りたいことを素直に説明してくれるのだろうか。

 不安を感じずにはいられない……というよりも、不安しかないこの説明会に、俺は小さく溜息を吐き出すのだった。




 

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