21.凄い新人を雇っちゃったな
異世界生活四十二日目。
翌日、メルが早朝から一人で店を訪れてくれた。
昼過ぎからでも構わないって言ったんだけど、一刻も早く結果が知りたかったらしい。本当にやる気まんまんで嬉しいね。
結果はもちろん合格採用。今日から働き始めてもらうということを伝えたら、ぺこりと一礼。絶対に受かるって自信があったんだろうね、その自信はちょっと格好良いなと思った。
「とりあえず、勤務は週六日希望ということなので、最初はその方向でいくね。無理だと感じたらすぐに言って貰えれば日数減らすから。基本は俺かネーナがメルと一緒に働きながら色々仕事を教えていくという形。メルが一通り仕事に慣れ始めたら、ネーナと休日を交互にとるような形で……」
「分かりました。ですが、極力休みは少なめにお願いしますわ」
「ぜ、善処するよ……それと、住み込み希望だって言っていたけれど、本当にいいの? 家に戻らなくても」
「構いませんわ。私は働くために、自分の夢を叶えるためにこの店に来たのですから」
とにかく働きたくて仕方ないらしい。向上心の塊みたいな女の子だ。
でも、メルの提案は実は本当に助かる。
もし、メルがカウンター業務に専念して一人で出来るようになったら、ネーナがコタロやリラと接する時間を確保したり、家事方面プラス事務作業に力を注ぐことができる。
予算管理等も受け持ってくれているし、コタロとリラにも少しさびしい想いをさせているからね。メルが一人立ちすれば、俺とメルで基本店の仕事を回しつつ、ネーナが手の空いた時にそれをフォローという形がとれるかもしれない。
ただ、それをして今度はメルに負担が掛かり過ぎても本末転倒だ。
理想としては週六日の間でネーナが二日、メルが四日くらいの配分が理想だ。
あとは裏の仕事、棚卸や商品量産業務を俺と分けあってくれる相方がいれば言うことなしなんだけど……まあ、それはおいおい探していこう。俺は別にいくら疲れてもいいしね。形だけでも一応店長、責任者なんだから。
「まずは開店前のお仕事なんだけど、やってもらいたいのはメロンパンやチョコレート類の準備かな。とりあえずの分で昨日の夜にそれぞれ五十個ずつ作ったから、倉庫からそれを運んでほしいんだ」
「倉庫ですか?」
「こっちこっち」
そう言って、俺はカウンターの奥に置いてあるバイクガレージの中に案内する。
その中にはチート倉庫が我が物顔で存在していて、口をかっぽりあけて大部屋への入り口を作っていた。何もない筈の空間の中に巨大な倉庫の入り口、それを見てメルは絶句。
そりゃ驚くよね、誰だって驚くよ。
そんなメルの肩をポンとたたきながら、俺は口を開く。
「倉庫の仕組みとかは夜にでも説明するよ。とにかくそういうものなんだって覚えてもらえるといいかな。この中に商品の在庫は整理されてるから、足りないなと思ったら中に入って俺に声をかけてもらえると嬉しい。足りない物はすぐに量産するから」
「すぐに量産するって……その場で生み出せますの?」
「うん、まあ……こんな感じで」
メロンパンの袋からメロンパンを取り出し、十秒再生。
突然複製されたメロンパンに驚き、メルは『ひゃあ』と可愛い悲鳴をあげた。
俺とネーナの視線にハッとなったメルは咳払いをして誤魔化した……まあ、突っ込むのは止めとこう。
「しかし、凄いですわね……この魔法は何か対価を払っている等はありませんの?」
「ないよ。十秒かかるって条件があるけれどね」
その十秒生産の作業が最初は大変だったな……ひたすら袋から取り出して、十秒待って、もう一度取り出してのルーチンワークを繰り返していて死ぬかと思った。
ただ、ある日ふと『袋を逆さにして放置すればいいんじゃ』ということに気付き、今はその方法を採用している。飲料も一緒で、下に大きな容器をおいて逆さになるようガムテープで張り付けて放置すればいい。
一分で6個と効率がいいのか悪いのか分からないけれど、そういう感じで生産を行っている。あとは店の売れ行きを見て、追加生産するかどうかを決めるって感じかな。
俺の説明にメルは頭を押さえている。そして、俺に問いかけてきた。
「リツキさん、あなたはご自分の力の価値を正しく分かっていないみたいですわね。これ、本当にとんでもない代物ですわよ」
「ううん……まあ、凄い力だよね」
「そんな他人事のように。これだけのことができれば店なんてやらなくとも……まあいいですわ。そのおかげで私はこうして働くことが出来た訳ですし、夢への大きな好機が得られた訳ですから」
よく分からないけれど、納得してくれたようでなにより。
俺たちは早速メロンパンやチョコレートといった商品を袋に入れて店へと運んでいく。
二人にパンやチョコは任せて、俺は飲み物だ。
コーヒーやウーロン茶を入れたツボを店内へと運んでいく。
……重たいね。20キロ近いんだから当たり前だけど。これを運ぶときだけは、倉庫を固定させずに目的の場所近くまで移動させる必要がある。今一番欲しいアウトレット品は台車かもしれないね。
話は飛ぶんだけど、チート倉庫の仕組みも最近色々分かってきた。
この倉庫は俺の後ろをついて回るんだけど、俺が望めばそれを変更することができた。
例えば今みたいに、店のカウンターの中に固定する事も出来るし、任意の場所に移動したりもできる。本当に便利すぎる倉庫だ。
まあ、現時点での使い道は店のどこにでも倉庫を配置できるくらいしかないんだけどね……小さな便利機能といったところだ。
食べ物の商品を運び終え、時計の針が七時二十分を指した。
そろそろコタロやリラ、ルシエラも起きてくる時間だし、朝食にしないと。
俺はネーナとメルを連れて二階へとあがるのだった。みんなにメルを紹介しないといけないし、朝食前に簡単に話をしておかないとね。
メルはやばいくらいに優秀だった。
朝から早速カウンター業務を始めてもらったんだけど、とにかく凄い。
朝、軽くざっと見渡しただけなのに、商品の値段をきっちり覚えているらしく、俺やネーナに訊ねたり、カウンターに用意してある値段一覧表を眺めたりすることもない。
そして、商品の値段の計算も即座に暗算して諳んじる。俺なんか客に『値段計算間違ってるよ』と未だに笑われるというのに。
接客も問題無し。初めて見る顔に討伐者の皆さんがガンガン話しかけてくるが、それを全て上品に微笑んで楽しげに会話している。
なんていうか、本当に場馴れしている感じだ。ネーナといいメルといい、貴族って凄いな。社交界とかでやっぱり鍛えられたりするのかな。
接客業もそうだけど、他の店内業務も手際が素晴らしい。
時間があけば掃除をしたり、商品をチェックしてなくなりそうなものを早めに俺に伝えてくれる。俺なんか店内の商品切れに気付かず、客に指摘されることがしょっちゅうなのに……あれ、俺ってかなり駄目な店長じゃないか。軽くへこむ。
メルが優秀すぎるおかげで、ネーナの手が空いて、彼女は二階で昼食の準備や家事までする余裕があったほどだ。
いつも昼は外で何か買ってきて食べたりして済ませるかルシエラに作ってもらっていただけに、本当にこれは大きい。ネーナの手料理にコタロとリラも大喜びだ。
そして、メルはコタロやリラといった子どもにも本当に優しい。
空いた時間を見つけては、二人と積極的に話して距離を詰めようとしてくれている。コタロはあんな性格なのですぐに打ち解けている。
人見知りのリラはまだ壁があるけれど、それもルシエラのときのようになくなっていくと思う。
結局、夕方の閉店までの間に俺が彼女に注意したり口出しすることはほとんどなかった。
閉店を迎え、軽く一息をつくメルに俺は労いの言葉をかけた。
「本当にお疲れ様。一日働いてみてどうだった? 何か大変だったり、つらかったりすることはない? 続けられそう?」
「ええ、本当に楽しくて素晴らしい経験ばかりですわ。この時間が永遠に続けばいいと思えるくらい」
そう言って笑うメルは本当に綺麗だと思う。
綺麗で格好良い、まさしく働く女性って感じだ。
ただ、心から楽しんでくれているなら嬉しいな。やっぱり自分の店で働いてくれる人には楽しんで仕事をしてもらいたいから。
俺は安堵の息をつきつつ、ネーナに話しかける。
「それじゃ、今日は後片付けは全部俺がやっておくから、ネーナはメルと一緒に買いだしをお願い」
「ええ、分かりました」
「買い出し? 何か購入しますの?」
「メルの日用品を揃えないとね。これから住み込みで働いてもらうんだから、その辺りのお金もしっかり面倒見させてもらうよ。いわば準備金というか支度金というか、そういう感じで」
「……そんな制度をリリネコ商店は採用していますのね。なるほど、勉強になりますわ」
「いや、採用している訳じゃないんだけど……まあ、そういう訳でお願いね。部屋は既に準備しているから」
ネーナにメルのことを任せて、俺は倉庫から掃除機を取り出して店内で起動させた。
掃除機の音に反応して、二階からコタロがはしゃいで降りてくる。コタロは掃除機の音が好きらしく、掃除機をかけていると『僕にもさせて』と毎回ねだってくる。
逆にリラはこの音が嫌いらしく、掃除機をかけていると絶対に一階に降りてこない。双子だけど、こんなにも違うんだねえ。
掃除機をコタロに任せて、台拭き片手に清掃を始めながら俺はメルのことを考える。
とても気真面目で仕事の覚えも早い優秀な女の子。
彼女がウチで働いてくれるようになったのは、本当に大きいことなのかもしれない。
「ラリオさんが来店したら、ずっと隠している本をプレゼントするのもいいかもね」
決してコタロやリラ、ネーナには見せられないあはんでうふんな本のことを思い出しつつ、俺は最後の清掃業務に勤しむのだった。
……あの、ルシエラさん、台拭きかけたいんで、机の上でプラモデル組み立てる作業は一時中断してもらえませんかね。
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