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17.後悔させてやらないとな

 



「リツキ様! 頭から血がっ!」

「大丈夫、少し切れているだけだから見た目ほど大怪我じゃないよ」

「ですが……」

「それよりも今はリラだ」


 心配の声を上げるネーナに、俺は優先すべきはリラの救助であることを伝えた。

 今にも泣きそうなコタロの頭をガシガシと撫でながら、俺はすぐにルシエラと合流することを伝えた。


「リラを取り戻すにはルシエラの力が必要だ。今度は連中も本気だろうし、俺のハッタリが通用するとは思えない。ルシエラと合流して、連中を追いかけよう」

「……分かりました。ですが、無理だけは絶対にしないでください」


 難しい注文をされちゃったな。

 今、無理をしなければ俺は絶対後悔する。後でぶっ倒れてもいいから、今は無理を通してリラを救わなきゃ。

 俺は倉庫の扉を開き、二人に中に入るように指示を出した。

 人々の目が集まってしまっているけれど、もう目立たないようになんて贅沢を言っていられない。今は一分一秒が惜しい。

 倉庫の中に入り、俺は中からバギーを出してエンジンをかける。

 そして、前方の人たちに声を張り上げた。


「すみませーん! 道をあけてくださーい! そこ危ないですよー!」


 俺の声に人々は慌てて道を開けていく。

 人々が開けてくれた道に感謝しつつ、俺はアクセルを回してバギーを加速させた。

 ネーナとコタロも倉庫の扉を開けたまま、バギーに引っ張られるように加速する。

 合流すべきルシエラはどこにいるのかだけど……魔物討伐斡旋所の前を当たってみよう。もし街の入り口なら、きっとリラを奪い返してくれているはずだ。

 ハンドルを切って、俺は魔物討伐斡旋所までバギーを走らせた。

 走ること数分、魔物討伐斡旋所の前に討伐者の集団がいて、俺のバギー登場に何事かとざわつき始めた。そりゃそうだよね、メロンパン屋の店主がこんなもんに乗って走ってきたら驚くよね。

 ただ、ルシエラだけは違った。

 俺たちの様子に、何かが起こったのだと即座に気付き、駆けだして俺へと近づいてくれた。

 バギーをその場に止め、俺はルシエラに端的に先ほどの出来事を説明した。


「リラが攫われた! 追いかけるから力を貸してほしい!」

「リラが……? 今すぐ追いかけるぞ! 街の外に向かえ!」

「分かった!」


 倉庫に飛び乗ったルシエラを確認し、俺は今度は街の入口へ向けてバギーを爆走させた。

 頭は相変わらずズキズキするけど、そんなこと構っちゃいられない。

 頬に一筋の血が流れていくのを感じながら、俺はバギーのアクセルを回し続ける。

 そして、街の入り口に辿り着き、困惑する衛兵に俺は声を大にして訊ねかけた。


「あの! 半獣の女の子が男たちに担がれているのを見ませんでしたか!? これくらいの小さな銀髪の女の子なんですが!」

「あ、ああ、さっき変な集団が騎獣に乗って街の外に駆けだしていったよ。その先頭の男が女の子を担いでいたような……」

「そいつらはどっちに向かいました!?」

「確かケレオ平野の方に向かっていたな」

「向こうに向かって走れ!」


 衛兵の人の話を聞いて、背後からルシエラが指をさして俺に方向を指示してくれた。

 その方向に向かって、俺は迷わずバギーを突き進ませた。

 エンジン音を抑えつけるように、ルシエラが俺に連中の動きについて説明してくれた。


「連中がケレオ平野に向かっているということは、王都の方へ向かっているということだ! 騎獣に乗っているなら、追いつくのは容易なことじゃない!」

「そうなの!? だったらどうすれば!」

「近道をする! 私の指示通りに走れ! 連中より先回りして道を塞ぐんだ!」

「了解!」


 ルシエラの言葉を信じ、俺は草原をひたすらバギーで走らせていく。

 とにかく今は頭の中がリラのことでいっぱいだ。

 今頃リラは大泣きしているだろう。リラを泣かせるなんて絶対に許せない。

 一秒でも早く助けてやらなきゃ、そんな思いで俺の心はいっぱいだったのだが……バギーを走らせる道がだんだんと坂道になってきたことに、一抹の不安を感じ始めた。あれ、なんでこれ、どんどん山に上っているんだろう。

 角度のついた草原をバギーで走り続けるが、その坂道は全然終わらない。

 あの、連中が向かったのは平野なんだよね? 俺たち、どうして山登り?


 不安が段々心の中で大きくなりつつも、俺はルシエラを信じて走り続けた。

 そう、ルシエラが言うんだ。間違いなんてあるはずがない。

 だけど、その坂道を昇り切った先の光景に流石に声を大にせざるをえなくなる。

 俺の視線の先、その数百メートル先は断崖絶壁の見事な崖だった。


「いやいやいや! ルシエラさん! なんかこの先、崖になってるんですけど!?」

「構わん、飛べ!」

「と……飛ぶの!? 本気で!?」

「そうだ、飛べ! 速度を緩めるな!」

「嘘おおおおおお!?」

「私を信じろ! この下には必ずリラがいる!」


 ルシエラ監督、弱気の俺にひたすら厳しくゴーサイン。本気か……本気で飛ぶのか、これ。

 怖いけど、本気で怖いけど、ルシエラがこれだけ言うのだから何か策があるに違いない。

 というか、ないと俺が死ぬ。間違いなくバギーと一緒にお陀仏だ。

 リラを救うためにも、チキン心を殺してルシエラを信じるしかない。


 俺は覚悟を決め、崖に向けてアクセルを全開にした。そして大空にダイブ。

 何もなくなった足元、その下数百メートル下へ向けて落下開始。あ、死んだ、絶対死んだこれ。

 口から魂を抜けさせかけていた俺だが、いつの間にかルシエラが俺のバギーの後ろへ飛び乗っていたことに気付いた。

 そして、彼女が瞳を閉じて何やら詠唱を始めると、バギーともども俺の体が青い光に包まれた。これは以前シャベルを包んでいた輝きと同じものだろうか。

 すると、バギーの落下速度は急速に落ちていき、まるでパラシュートが舞い降りるようにゆっくりと下降を始めた。

 驚き呆然とする俺やネーナに、ルシエラは何でもないように魔法を行使しながら言い放つ。


「落下し終えたら右に向かえ。おそらく連中はそっちから現れるぞ」

「あ、ああ……わ、分かりました」


 あまりのルシエラの偉大さに思わず敬語になってしまった。

 ルシエラ、万能過ぎる。こんな魔法まで使えるのか……本当に彼女を頼って良かった。


 平野に降り、俺は再びバギーを走らせ続けた。

 そして走らせること数分、ルシエラの予想通り、牛のような騎獣に乗った奴隷商人たちが正面からやってきた。

 先頭の男が脇に担いでいるリラの泣き声が聞こえ、俺は頭に血が昇るのを抑えずにはいられなかった。あいつら、リラを泣かせやがって、絶対許さない。

 頭は熱く、しかし心は冷静に。大きく深呼吸をする俺に、ルシエラが再び指示をくれた。


「先頭の男に近づいてくれ! 横をすれ違ってくれれば、あとは私が何とかする!」

「分かった! 俺たちにできるのはそれくらいだけど、どうか……どうかリラのことを頼む!」

「お願いします、ルシエラさん!」

「ルシ姉ちゃん、頑張って!」

「任せておけ!」


 本当に頼りになる一言でルシエラは俺たちを安心させてくれる。

 あとは、俺もルシエラの期待に応えなきゃいけない。

 相当な速度で走ってくる騎獣とすれ違う、それもぎりぎりまで近づけるように走らせなきゃいけない。

 かなり勇気のいることで、失敗すれば正面衝突だ。

 だけど、やらなきゃいけない。ルシエラが絶対成功させると言ってくれたように、俺も自分のできることをしっかりやりきるだけだ。


 覚悟を決め、俺はアクセルを回して連中に向けてバギーを走らせた。

 お互い速度を出し合っているので、近づく速度が尋常じゃないくらい速く感じてしまう。


「リツキっ! リツキっ!」


 だけど、今更ビビったりしない。リラの俺を呼ぶ声がはっきり聞こえた、それだけでちっぽけな勇気を奮い立たせるには十分過ぎる理由だ。

 リラを助けるために、逃げたりなんかしない。

 ハンドルを微調整して、俺はギリギリまでバギーを近づける。そして、俺から逃げようとする騎獣の動きに呼応するように、隣接。


 その一瞬のすれ違いのなかで、ルシエラは躍動した。

 倉庫から飛びだし、スコップに青い光を纏わせて投擲し、男の右肩に突き刺した。うわ、投げナイフみたいだ。ただのガーデニング用スコップなのに。

 急な痛みに男がリラを拘束する手を解放するのを視認して、ルシエラは腕を伸ばしてリラをキャッチ。そして、騎獣を強く蹴り飛ばして、その力で俺の運転するバギーに飛び乗ったのだ。いや、アクション俳優とかそういうレベルじゃない、もう曲芸だこれ。


 リラの救助を確認して、俺はブレーキをかけてその場に止まった。

 そして、ルシエラから泣きじゃくるリラを受け取った。

 リラは俺の腕の中に飛び込んでわんわんと大泣きした。よかった、無事で何よりだ。怪我もないみたいだし、本当に良かった。

 必死にあやしてみるが、全然泣きやんでくれない。まあ、怖かったよね……

 ただ、全部が終わった訳じゃない。俺は倉庫のネーナにリラを渡して、背後を振り返る。

 そこには、騎獣から降りて武器を手に殺気を撒き散らす男たちの姿があった。


 いや、まあ、怒りたいのはこっちのほうだよね。

大切な家族を誘拐して、怖い目にあわせて……もう許さないからな、ルシエラが! 俺は何もできないけどルシエラが!


 邪魔にならないように下がっている俺の代わりに、ルシエラが一歩前に出る。

 彼女はどうやらご立腹の様子で、鋭い目で睨みつけながら、両手に武器を握っている。

 右手にシャベル、左手にスコップという奇妙奇天烈にもほどがある二刀流。

 俺たちの世界の人間が見たら滑稽にもほどがある光景なのだけれど、彼女の場合は『滑稽』じゃ終わらない。彼女がそれらを握れば、シャベルとスコップは恐ろしき武器へと変わるのだから。


「コタロやリラの手前だ、殺しはしないが……相応の痛みは与えてやる。愚かな真似をしたこと、後悔しながら死んでいけ」

「殺してるから! ルシエラさん、それじゃ殺しちゃってるから!」

「クソアマがあ……俺たちはもう失敗するわけにはいかねえんだよ! せめて一匹でも半獣のガキを連れて帰らないと、俺たちの方が消されちまう! お前ら、かかれ!」


 剣やら斧やらを片手に怒号とともに襲いかかってくる連中だったけれど……そこから先は悲惨の一語だった。

 もう、なんていうか、酷い。苛めとか虐殺とか、そういうレベルですらない。

 昔、小学生の頃に蟻の巣に水責めをしているクラスメートがいたけれど、まさしくそんな感じだった。

 感情も何もなく、ただ淡々と作業のように潰していくだけ。

 数分もすれば、その戦場に立っているのはルシエラだけ。男どもは一人残らず失神、白目を剥いて泡を吹いている。顔も原型残っている奴がいない……本当に、悲惨だ。


 全てが終わったことに安堵して、俺は倉庫のみんなへもう大丈夫だと親指を立てた。


「リツキっ、リツキっ、リツキっ!」


 俺の胸に飛び込んでくる、小さなリラの温もりをこうして再び感じることができた。

 本当に、良かった。リラを抱き締めようとすると、再びリラが大号泣。あれ、なんでだ。


「馬鹿。頭から血を流しっぱなしだ。怖いに決まっている」

「……忘れてました」


 頭から血が流れていたら、そりゃ子どもには怖いよね。

 リラにつられてコタロも大泣きしているし、ネーナはオロオロと必死に俺の血を止めようと布で押さえてくれている。

 俺、本当に格好つかないなあ……まあ、これも俺らしくていいのかもしれないね。本当に、リラが無事で良かった。





次話で第二部、出店奔走編はラストになります

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