13.そいつはごめんだな
あの日の成功から一週間が過ぎた。
今朝も早朝から俺とネーナは魔物討伐斡旋所の近くでメロンパンとチョコレートをせっせと販売していた。
朝の通勤ラッシュの時間帯は過ぎ、太陽がぐんぐんと高く昇り始めた時間ということもあり、客はまばらになったが、それでも人が完全に途絶えてしまうということはない。
そう、俺たちはあの日の賭けに勝った。
メロンパンやチョコレートの良さを食べて知ってくれた人たちの何割かがリピーターとなって足を運んでくれるようになった。
その客層はやはり討伐者の人たちがメイン層で、彼らが魔物討伐に向かう前にリリネコ商店によって携帯食や朝食として購入するというのが多かった。
今日も冒険者がウチに足を運び、俺たちへ気軽に声をかけてくれる。そのことが俺には何よりも嬉しく感じられた。
「よ、坊主、嬢ちゃん。また来たぜ」
「いらっしゃい、ベルマーダさん」
露店に顔を出し、気さくに挨拶をしてくれた人は討伐者のベルマーダさん。
あちこち傷ついた軽鎧をまとい、如何にも無骨な討伐者という空気を身に纏っているけれど、その外見とは裏腹にとても気さくで親しみやすい。
無料キャンペーン初日から毎日ウチに足を運んでくれて、今ではこうして挨拶どころか世間話すらできる仲だ。
ベルマーダさんは指を十本立てて俺たちに注文を告げる。
「『めろんぱん』と『ちょこれーと』をそれぞれ十個ずつ頼むわ。この袋に頼むぜ」
「ありがとうございますっ」
注文を受け、ネーナが袋を受け取ってそれにメロンパンとチョコレートを入れていく。
俺はベルマーダさんから料金の五千リリルを受け取った。俺とネーナの役割は特に決まっておらず、交代したりもする。
「今日はやけに数が多いですね。何かあるんですか?」
「一緒に組んでる連中も『めろんぱん』と『ちょこれーと』を気に入ってな。自分たちの分も買ってこいってうるせえんだ。特に女どもは買ってこなきゃ許さないって脅迫してくるしよ。勘弁してほしいぜ」
「それは……ご愁傷様です」
「昨日、ウチの連中が来なかったか? 赤い鎧で金髪の女と青いローブで鳥族の女」
「ああ、プリームさんとレリダさん。ベルマーダさんのお仲間だったんですね」
「そうなんだよ。あんの小娘ども、俺をおっさん呼ばわりしやがって……俺はまだ三十二だっつーの! おっさんじゃねえよな?」
「おまたせしました! 『めろんぱん』と『ちょこれーと』、それぞれ十個になります!」
どう答えたものかと困る俺に、ネーナが袋に入った商品をベルマーダさんに渡してくれた。ナイスアシスト、ネーナさん。
礼を言いながらベルマーダさんは受け取り、ネーナとも雑談を行ってくれる。
「そういや今日はあいつらいねえんだな、ちびすけども」
「コタロとリラはまだ眠っていますよ。朝はどうしても一緒にいくってついて来たんですけれど、ここに来るまでが限界だったみたいで」
「ははっ、店は朝っぱらから始めるからな。しかし、子どもの世話をしながら店をやるっていうのもなかなか大変だろ? 俺の親父とお袋も昔はこの街に店を構えた商売人だったんだが、お前の世話をしながら店をやるのは苦労したってよく言われたもんだ。今では店を畳んで楽隠居、息子の俺は必死に魔物を叩いて日銭を稼いでるってのによ」
「二人とも、とてもいい子で助かってますよ。それに、二人に感じさせてもらえる大変さなら、私にとっては喜びですから」
「良いこと言うじゃねえか! 坊主、良い奥さんもらったな! ちびすけ共々幸せにしてやれよ! 頑張れ若夫婦!」
「いや、夫婦じゃないんですけど……」
俺の背中をバシバシと叩き、ベルマーダさんは豪快に笑って去って行った。
あいかわらず突き抜けて気持ち良い人だと思う。俺は苦笑して背をさすりながらネーナに話しかけた。
「良い人だね、ベルマーダさんは。相変わらず俺たちのこと夫婦、コタロとリラをその子どもって勘違いしているけど……というか、お客のほとんどがそう思っているよね。昨日も別の人から子育ての大事なコツとか教えられたし」
「訂正しないほうがいいかもしれませんね。そちらのほうがお客様も私たちと気軽に接しやすくなるかもしれませんからね。実際、私はコタロとリラを家族同然だと思っていますから」
「それじゃ、俺のことも夫同然とみてもらっているってことかな」
「それは秘密です」
にっこり微笑むネーナさん。うーん、天使だ。
でも、そういう方向に勘違いしてくれたほうがいいのかもしれないね。
若い夫婦が子どもを連れて、子どもを養うために商売頑張っているって思ったら、購入してやろうかなって気持ちも少なからず芽生えるかもしれないし。
……まあ、コタロとリラが犬耳生えてるから、気付く人はすぐに気付くんだけども。
むしろ気付かないベルマーダさんや他の討伐者さんが豪快過ぎる。ルシエラといい、討伐者の人は本当に気持ち良い人ばかりだ。言葉は荒かったりするけれど。
それから何人もの顔見知りのリピーターさんに商品を売りつつ雑談をして、午前の波は完全に終わることになる。
ここから昼までは少しゆっくりできる時間だ。
その間にメロンパンとチョコレートを倉庫内で量産しつつ、コタロとリラとコミュニケーションをとっていかないとな。
商売をしてお金を稼ぐのも大事だけど、それ以上に二人とコミュニケーションをとることが大事だ。
商売ばかりに気を取られて、二人を放置してしまっては元も子もない。
何より優先すべきはコタロとリラ。それが俺とネーナの決めたことだった。
ネーナが倉庫の中で眠っている二人の様子を確認に行く。ビニール式バイクガレージの中に入ったネーナが、戻ってきたときには三人に。コタロもリラも起きてたのね。
元気いっぱいになって俺に飛びつくコタロ。そんなコタロを抱きとめて、俺は頭を撫でながら話しかけた。
「沢山眠れた?」
「うん! 元気いっぱい! あそぼ!」
「そうだね、遊ぼうか。今はお客さんも途切れているし」
「わあい!」
嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振るコタロ。子どもは可愛いね。
リラもネーナとお話をして楽しそうにしている。尻尾も小さくだけど揺れている。喜んでいるようで何より。
俺は倉庫から緑のゴムボールを取ってきた。
それを見て、何をするか分かったのかコタロの目が輝きに満ちた。
そして、俺は期待のまなざしを向けるコタロに応えるように、周囲に人がいないのを確認して、そのゴムボールを大空高く投げた。
中学校の頃まで野球のクラブチームに所属していた肩は伊達じゃない。
大空へと上昇していくゴムボールを、コタロは興奮しながら追いかけていく。
そして、斜方落下を始めて速度のついたゴムボールを落下点で両手でナイスキャッチ。
手に持ったゴムボールを俺のところまで持ってくるコタロ。その頭を撫でながら褒める俺。
「ナイスキャッチ。凄いぞ、コタロ」
コタロは俺に撫でられ満開の笑顔を浮かべている。可愛いね、ほっこり。
もう一回とせがむコタロに、俺は再び大空目がけてゴムボールを投げた。
それを再びナイスキャッチしては戻ってくるコタロ。うん、完全に犬みたいだけど、それは口にしないでおこう。
無料期間中は本当に客が引かず、コタロたちに寂しい思いをさせてしまったから、少しでも多くコミュニケーションを取らないとね。
一週間も働けば、流石に一日の流れが理解できる。
コツも分かってきて、コタロたちと遊べる時間も把握でき始めた。これが慣れるってことかな。
収入もかなり良い感じになっている。この一週間、一日に少なくとも三万リリルは稼ぐことが出来ている。多い日で五万リリルのときもあった。
これは相当な収入だ。一カ月毎日働く訳にもいかないから、二十日程度と考えてもひと月で六十万リリルはいけるってことだ。
材料費製造費がかからないから、売り上げがそのまま手元に残るのは本当に大きい。
こればかりはタヌマール商店とかいう怪しい存在に感謝する。
宿代の生活費や月末に商税を納めることを考えても、三十万強は残るはずだ。
ただ、そうなると予定を早めることができるかもしれない。俺とネーナは昨日からそのことを度々会話に出している。その内容とはずばり。
「そろそろ店舗を持つことを考えないとね。いつまでも露店で早朝から夜前までという生活じゃ、いつか無理がくるし、コタロとリラにも負担をかけちゃう」
「そうですね……それに、店舗を持てば他の商品も並べることができますし、宿暮らしからも脱却できますね」
「そうなんだよな……やっぱり自分の城というか、家が欲しいよね。いつまでも宿屋でお客さんしているのも、お金がもったいないし」
そう、ずばりリリネコ商店の正式な『お店』を持つことだ。
これは以前から考えていたことでもあったけれど、やはり倉庫のアウトレット商品を並べて売るためには店が必要だ。
露店でウン十万リリルの商品を並べて買い手がつくとは思えないし、毎回あれだけの数の商品を露店に並べて片づけてをするのもな。
倉庫も新商品が着々とたまっていっているし……もう百個近くになるんじゃないかな。
このままじゃアウトレット店じゃなくて街のパン屋状態だ。アウトレット品を捌くには、やはり店舗が必要だ。
そういう訳で、生活面の意味でも商売的な意味でも、早く自分の店を持ちたい。
金銭面での心配はなくなったので、後は店を手に入れるだけなのだけれど、これが難しい。
「商人組合の人、もうこの辺りの店に空きがないって言っていたよね」
「ですね……予約すら一年先までいっぱいだとも」
俺とネーナは顔を突き合わせて溜息をつくしかない。
店舗を手に入れるには、購入か借用しかない。
ただ、前者の方法は俺たちの資金力では無理だ。分割払いという方法が身分のない俺にはできないので、購入するには一括で店代土地代を払う必要があるのだけれど……最低価格が四千万リリル。どうしようもない。
では店を借りるのはどうかと言えば、これが現状でとても厳しい。
店を借りるには、商人組合というところに空き店舗がないかをまず相談する。
そして、その空きがあれば、月々いくら支払うという契約をして店を借りられるのだけど、その肝心の店に空きがない。
大通りはどこも完全に埋まっており、この魔物討伐斡旋所の通りもアウト。
空きがあると言えば、街の隅に転々とある店だが、そんなところに客が足を運ぶ訳がない。
そういうわけで、俺たちは希望の店舗を手に入れることができずに四苦八苦しているというわけだ。
メロンパンやチョコレートで掴んだ客を離さないためにも、この近隣に店を持つのがベストなんだけどなあ……
「嘆いていても仕方ないよね。きっと良い物件が見つかると信じて、今は商売を頑張ろう」
「おー!」
元気よく返事をするコタロをワシワシと撫でながら、俺は軽く息をつく。
そうだ、一気に焦る必要はない。一歩一歩確実に歩んでいけば、必ず道は開けるはずだ。
今はとにかく手にした『商売』の『流れ』を大切にしよう。
多くのお客に触れ、確固たる基盤を築いて、それからアウトレット品の本格的な販売に移る。言わば今は土台固めの段階なのだから。
ただ、それによる忙しさでネーナに苦労をかけるのが心苦しい。
彼女にそれを言っても、笑顔で否定するんだろうな。
……もっと頑張らないとな。コタロの、リラの、そして一番苦労をかけてしまっているネーナのためにも。
夕日が沈む頃、今日の商売を終えて俺たちは片づけを開始した。
今日の売り上げはメロンパンが百十三個、チョコレートが九十個。あわせて五万千九百リリル。かなりいい感じだった。明日もこんな調子でありますように。
バイクガレージ以外を片付け終え、最後にそれを折りたたもうとしていたら、俺たちの元に近づく数人の影があった。
最初は客かと思っていたのだけれど、身に纏う空気があまり穏やかじゃないことに遠目でも分かる。
彼らが近づくより早く、俺は小声でネーナに指示を出した。
「倉庫に隠れて。ちょっと面倒な人たちかもしれない。コタロやリラを守ってほしい」
「リツキ様はどうされるのですか?」
「何の用か話してみるよ。やばいと思ったら俺も倉庫に逃げるから」
俺の言葉に頷き、ネーナは二人を連れて倉庫の中へと隠れてくれた。
その頃には、近づく人影の姿が浮き彫りになる。
討伐者とも違う、短剣やらを腰に下げた明らかに物騒な人たち。
……なんていうか、元の世界で例えるなら不良と言う言葉がしっくりくる。アウトローに走る若者という感じの人々だ。
こういう方々は苦手……というか、得意な人なんているのだろうか。
あまり関わり合いになりたくないなあと思いつつ、俺は笑顔を作ってそのやんちゃな方々に一応店員として声かけをしてみた。
「ごめんなさい、リリネコ商店はもう本日閉店なんですよ」
「閉店か。好都合じゃねえか、ちょっと顔貸しな」
「あの、それはどういう理由で……」
「いいから貸せっつってんだよ」
話が通じない。ですよね。
俺は深く溜息をつきながら、渋々彼らの言葉に従いついていく。
……まあ、いつかこういう日が来るとは思っていた。
無料キャンペーンやらであれだけ目立ち、人が集まったんだ。それだけ俺たちが利益を叩きだしていると考える人が出てこない筈がない。
ただ、予想以上に早かった。こういう嫌がらせをしてくるのは、一カ月くらい経ってからかなと楽観していたんだけど……さて、この人たちを送ってきたのは、いったいどこの『同業者』さんなんだろうね。
路地裏のような場所に連れ込まれ、複数の男たちは俺に対して予想通りの脅迫を行ってきたんだけど……
「これ以上店を続けるんじゃねえ。どうしても続けたきゃ、『めろんぱん』と『ちょこれーと』の作り方を俺たちにも教えな。もちろん拒否なんてしないよな?」
「お断りします。心からお断りします。誠心誠意お断りします」
「なあっ!?」
即座に背後のミラクル倉庫を開いて、中に飛び込んで脱出。心から謹んで脅迫お断りします。
しかし、お客さんに聞いていたとおり、こういう面はこの異世界って本当にザルだなあ……現行犯じゃないとなかなか警備兵も動いてくれないらしいし、通報しても駄目だよな。
大きな商人は必ず警備の人間を自分で雇って売り上げを守るらしいし、そういう世界なんだな。
大丈夫ですかと心配そうに近寄るネーナたちに笑って返事をしながら、俺は今後のことを考えていた。
きっとこれからも無策でいけば同じことが続くだろう。
俺たちの店の邪魔をするために雇われた人間が次々と現れて、最悪潰されてしまうかもしれない。
店と、売り上げと、ネーナたちを守るために、何とかしないといけないな。
その一手を如何に打つかを考えながら、俺は外の連中が消えるまで倉庫でみんなと時間を潰すのだった。
やっぱり警備の人間を雇うのが一番いいのかもしれないね。強くて頼りになって、俺たちの手持ちのお金で雇えるような……そんな人が、いればいいんだけどな。




