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10.実験してみるもんだな

 



 宿に泊まって一夜が明けた。


 異世界の宿はなんというか、家電製品のないお一人様用のホテルにベッドを無理矢理詰め込んだって感じの部屋だった。

 ただ、二人部屋を取ったので値段は比較的安く済んだ。

 大人一人あたり三千リリル、子どもは千リリル。合計八千リリル。

 朝夕食事つきだというのに、一泊あたりこの値段はなかなか。


 異世界の宿に舞い上がっていたので、比較的ネーナを意識せずに済んだのは良かったかもしれない。

 冷静に考えると、やっぱり同世代の女の子――それも特上の美少女のネーナと同じ部屋で泊まるなんてヤバ過ぎる。

 思春期真っ盛りの人間がすることじゃない。紳士たれ、俺。

 とにかく、水浴びを終えて戻ってきたネーナは本当に色っぽかったです、はい。


「今日一日なんだけど、倉庫の中で色々作業してると思うから、ネーナたちは自由に行動して構わないよ。街を観光したりしててもいいし」


 朝食を終え、今日はどうするかという話になったとき、俺はネーナたちに自分の行動予定を伝えた。

 昨日、宿に向かう前に、四人で『リリネコ商店』の出店届を役所のような場所に提出し終えている。

俺、ほとんど何もしてないんだけれども。ネーナが手続きを終わらせてくれた。

 まだこの世界の文字を読み書きできない俺に変わり、役所の人から渡された紙面に代表者の名前や商店の名前等、色々な記入を行ってくれて、内容を俺に教えてくれた。本当、ネーナ様々だ。


 そういう訳で、最短でもこの街での商売の許可がでるのは明後日だ。

 それまでに俺ができること……というよりやらなきゃいけないのは、倉庫の整理だ。

 昨日は異世界初日でドタバタしていて出来なかったけど、倉庫の中身を整理し、何があるのかちゃんと把握して、どれをどんな値段で売るのかなどを決めなきゃいけない。

 最初は店舗も持てないだろうから、路上で露店を開くことになるだろうし、その辺りも考慮しつつ物を選んだりもしないといけない。考えることいっぱいだな。

 その旨をネーナに伝えると、ネーナは微笑みながら自分の意見を伝えてくれた。


「それでは私もご一緒します。異世界の道具にいったいどのような物があるのか興味がありますし、どういう目的で使用するものか私も把握しなければいけませんから」


 さも当然のように言うネーナに少し感動した。

 異世界人のネーナにとって、倉庫内のアウトレット商品なんて意味不明にもほどがある物ばかりだろう。

 売るのは俺に任せてノータッチでいることだってできるはずなのに。

 本当に良い人に巡り会えたんだなと運命に感謝しつつ、俺はコタロとリラに申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんな、コタロ、リラ。そういう訳で今日はあんまり一緒に遊んであげられないかもしれない」

「いいよ! 僕たちも兄ちゃんや姉ちゃんと一緒にいるから! みんなで遊ぼ!」


 何がいいのかは分からないけれど、コタロは満面の笑みで許してくれた。

 遊べないかもって言っているのに、一瞬で俺の発言を忘れてしまったらしい。本当におばか可愛いなあ。こんな弟が欲しかった。

 リラも首を横に振って、クマザエモンを抱き締めながらネーナに撫でられている。どうやら二人も俺たちと一緒に倉庫で遊んでいるようだ。

 二人が目の届くところにいてくれるなら有難い。俺は小さく安堵しながら、早速倉庫の扉を開いて物の整理を始めようとした……のだけれど。


「あれ?」

「どうしました、リツキ様」

「あ、いや……ほら、見て」


 そう言いながら、俺は倉庫の床に置いていたメロンパンや板チョコを指差した。

 そこにあったのは、開封済みだったはずなのに、新品同然で未開封状態に戻った食品の数々だった。……いや、なんでさ。

 首を傾げながら、俺たちは食料を集めていた場所へ歩み寄って全てを確認した。

 ペットボトル、弁当、そのどれもが未開封状態に戻ってしまっている。


「梱包が復活している……? 昨日は開けっぱなしで復活していなかったはずなのに」

「不思議ですね……食べ物はすぐに再生するのに、入れ物は再生するのに一日かかるということでしょうか?」

「そうかもしれない。なんで飲料、食料と梱包の再生条件に差があるんだ? いや、梱包が同じように十秒で再生されると逆に困るんだけど……」

「そんなに早く梱包が復活してしまうと、中の物が食べられなくなりますね」


 ネーナと顔を突き合わせ、うーんと首を傾げる。

 横からコタロが『ちょこれいと食べていい? 食べていい?』としきりに確認をとってくる。リラもじっと期待のまなざしを向けてくるので、二人に『いいよ』と許可を出した。

 大喜びして、チョコの封を開けて食べ始める二人。その姿を見つめる俺とネーナ。

 ……うん、封は開いたままで復活しないな。チョコは何度割ってもすぐ再生しているのに。


「とりあえず、実験しておこうかな」

「実験ですか?」

「うん。この現象は解明しておかないと、あとあと困ることになるかもしれないから」


 そう言いながら、俺は弁当を包んでいたビニールの梱包を剥がして放置する。

 そして、封の閉じられているメロンパンを持って倉庫の外へ。一緒に並んで歩きながら首を傾げるネーナに、俺は理由を説明した。


「封を開けて倉庫の中で一日放置してみよう。もし、同じ現象が起きたなら、食べ物以外の商品の『損傷』は二十四時間で再生するってことだよね」

「そういうことになりますね。では、その手に持っている『めろんぱん』は何に?」

「倉庫の外でも同じ現象が起きるのか確認してみようかと。もしかしたら、この再生とか復活が倉庫の中だけでの現象かもしれないから」


 俺はメロンパンの封を開きながら、その手を止めた。ふと疑問が過ったからだ。

 ――倉庫の外でメロンパンを食べたりしたとして、倉庫の中のように再生するのだろうか。

 思い返せば、倉庫の外で飲食を行ったことがない。

 唯一、ペットボトルの水を手洗いに外で使用したけれど、あの時はすぐ復活したかどうか記憶にない。手洗い後にすぐネーナの悲鳴が聞こえて、慌ててペットボトルを倉庫に放り投げたから、中身を確認していなかった。

 ただ、現状ペットボトルの水は満タンだから、外で減っても倉庫内に戻せば再生はするってことだ。

 封を開けた袋からメロンパンを取り出し、俺は意を決してメロンパンを二つに割った。

 倉庫内なら、十秒もすれば元通りに再生するはずなのだけれど……


「……再生、しませんね」

「みたいだね。どうやら無限再生は倉庫内限定みたいだ」


 メロンパンの片割れを物欲しそうに見つめるコタロとリラに半分こにして手渡した。

 昨日から思ってたんだけど、コタロとリラは本当によく食べる。

 よく食べる、というレベルじゃない。ぶっちゃけ俺の十倍は軽く食べている。そのことをネーナにさりげなく訊ねると、半獣族はそういうものらしい。うーんワイルド。

 奴隷商人にはまともに食べさせてもらえていなかったらしいので、今は好きなだけ食べてすくすく大きく育ってほしい。


 半分になったメロンパンを袋に入れて、俺たちは再び倉庫の中へと戻った。

 足を踏み入れて十秒、袋の中のメロンパンは元通りに再生した。


「うん、やっぱり食べ物の十秒復活はこの中だけでしか行われないんだ」

「制約があるのですね」

「何でも思い通りって訳にはいかないんだねえ。当たり前なんだけどね」


 苦笑しながらも、俺の心は更なる好奇心で溢れてくる。

 食べ物や飲み物は十秒で復活して、梱包はおそらく一日経たないと復活しない。それが現状で分かったことだ。

 では、本当にそれだけなのか。十秒復活は食べ物や飲み物限定なのか。

 気になりだしたら止まらない。俺は倉庫を漁ってある商品を探し始めた。確か以前このあたりで見たような……あった。

 小瓶のようなガラス容器を見つめては興味津々のネーナに、俺はそれが何かを教える。


「香水だよ」

「コースイ、ですか?」

「えっと、良い匂いを体に振りまく道具というか……この世界にはないのかな」

「香り付けのようなものでしょうか。生花などを用いてそのようなことをすることはありますが……」

「物は試しに」


 そう言って、ネーナの掌に香水を数滴落としてみる。

 どうすればいいのか戸惑うネーナだが、掌から香る柑橘系の香りに驚いた表情を見せる。


「良い香り……これをどう使うのでしょうか」

「俺も使ったことはないんだけど……手首とかにつける、のかな」


 高校生になったばかりの俺が香水なんて洒落た物を買ったことある訳がない。

 ただ、そんなあやふやな俺の説明にも、ネーナは真剣に聞き入り、自分なりに色々と試していた。何も言わずとも、付け過ぎたりしないのは凄いと思う。

 色々試しながら、ネーナは考えるような仕草をみせて、俺に考えを述べた。


「これは凄い商品ですね。王族貴族の女性がこの商品を知れば、絶対に欲しがることは間違いないと思います。これだけの量で何回ほど使えるのでしょうか?」

「いや、それはちょっと分からないけど……大事に使えば結構持つんじゃないかな」

「貴重品です。大事な社交場でのみ使用するとして、一年で十二回、謁見の際には皆必ず使用するでしょうから年十五回と考えても……百万リリル、いえ、もっと大きくても……ただ、問題は販売経路の確保が……これだけのものを貴族相手に取り扱えば、多くの人に目をつけられてしまって謂れのない……」

「あの、ネーナさん?」

「え、あ」


 真剣に悩み抜いていたネーナに俺は横から声をかけた。

 素の表情に戻ったネーナは、恥ずかしそうにぺこぺこと頭を下げた。

 いや、真剣にこれからのことを考えてくれているみたいで何よりです。本当に頼りになる天使だ。

 俺はこほんと小さく咳払いをして、改めてネーナに話しかける。


「まあ香水の説明はこんなもので終わるとして、今やりたいのは香水の売り方を考えるんじゃなくて、別のことね」

「別のことですか?」

「そう。もしかしたら、この香水も食べ物と同じで『再生』するんじゃないかと思って」


 そう言って、俺は宿の部屋から飲み物を飲むための容器を持ってきた。

 そして、香水の中蓋を開けて、その中に目に見えるだけ量が減るように液を流していく。

 倉庫中に溢れかえる香水の香り、あまりの強さにクラクラくるけれど、我慢だ。

 俺の推測が正しければ、多分……俺は視線を香水の小瓶へと向けて、十秒経過した後の光景にホッとした。


「香水が復活していますね。食べ物飲み物じゃないのにどうして?」

「多分、その前提条件が間違っていたんだと思うんだ。おそらく、この倉庫で十秒で復活する物の条件は『それ』じゃないんだ」


 ヒントは手洗いに使ったペットボトル水だ。

 あれは飲料としても使えるが、あのとき俺は手洗い用の水として使った。それでも倉庫に戻せば、中身はしっかり再生されていた。

 それから一つの推測をした。

 もしかしたら、再生されるものの条件は『減少するもの』なのではないか、と。

 もちろん、ペットボトル水が『食料』としてカテゴライズされ、それを手洗い用の水として使ったことは想定外なだけという可能性もあった。

 だからこそ、実験。香水を三割駄目にする覚悟でやってみたけれど、上手くいって良かった。

 俺は安堵に胸をなでおろすが、隣で顔を顰めていたコタロから苦情が入った。


「兄ちゃん、そのお水、捨てよ。お鼻が痛い」

「……そうだね。匂いが強過ぎるね」


 小瓶から解放された容器に移された香水の匂いはあまりに強烈で、倉庫内に充満していた。あまりの匂いの強さにリラは早々に宿へ逃げ出していたほどだった。

 手で容器に封をして、俺は香水を宿の外へと持っていき、地面に捨てた。

 ネーナが何とも言えない表情で『もったいないけれど、仕方ないですね』と口にしていた。もう小瓶には戻せないし、中身は既に満タンだしね……

 

 今回の実験を終え、非常に有意義な結果を得ることができたと思う。


・香水や石鹸、ヘアワックス等の食料品じゃないものも倉庫内なら十秒で再生した

・本類などは破ってみたが、即座に再生はしなかった……破損と見做された?

・倉庫の外では、十秒再生は行われない。倉庫に戻せば復活する


 これらのことをしっかり今後の商売に活かしていこうと誓うのだった。

 まだまだ分からないことは山積みだけど、それは暇なときにゆっくり調べていこう。

 たとえば、使い捨てビニール手袋や皿ねじは複数セットだけど、復活したりするのかどうか。

 電動ドライバーのバッテリーも十秒再生のカテゴリーに入るのか、とか。

 ……ううん、商売が落ち着いたら、真面目に色々調べないとなあ。


 とりあえず、今は頑張って倉庫を整理しよう。

 ……しかし、倉庫内を見渡して思うんだけど、本当にこれ、全部が全部アウトレット品なのだろうか。

 バギーやらリアカーやら、どう考えてもアウトレット品じゃないと思うのだけど……

 でも、これを押し付けてきたタヌマール商店だったか、元凶さんがアウトレット品って言ってるからなあ……本当に意味不明だ。

 疑っても仕方ないし、答えが見つかる訳でもないんだけど……なんか、ひっかかるな。アウトレット……ねえ。


 そもそも、俺が異世界で物を売って、お金を稼いでタヌマールって奴に何の得があるんだろう。

 ルシエラから商品を売ることで支払ってもらった二十五万リリルだけど、一向に徴収される気配もないし。

 一カ月ごととかに一気に徴収されるとかなのだろうか。ううん、全然分からないや。



 まあ考えてもしかたない。細かいことは気にせずに、今はやれることをしっかりやろう。

 さしあたり、本の中にえっちぃな十八禁の本があったんだけど、これどうしよう……

 ネーナにこれがどんな物で、どのように使うのかを俺が口で説明するのか……本当、勘弁して下さい。




 

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