1.参ったな
少しでも読みやすく、少しでも楽しくを目指して一生懸命頑張りますっ。
何卒よろしくお願いいたしますっ。
・アウトレット
1.工場直売、出口、はけ口。
2.メーカー等が様々な事情によって自社の売れ残った新品の製品を定価より割引いた価格で販売するもののこと
3.日本では中古品、規格外商品を指すこともある
「参ったな……」
壁に貼り出された紙を見て、俺は大きな溜息をつくしかない。
軽く周囲を見渡せば、右に左に様々な『商品』が転がっていた。
お菓子に水に、動物図鑑にプラモデルに扇風機、あげくのはてにはバギーらしきものまである。
まるで学校の体育館のような建物の中に転がる『商品』を見つめて、俺は再び壁に貼り出されている紙に目を向ける。
何度確認したところで、その紙面に書かれている内容は変わらない。
貼り出された紙に書かれた内容は以下の通り。
・あなたは異世界へと転送されました。
・元の世界に戻るためには、異世界のお金を集めなければなりません。
・この室内にあるアウトレット品を販売することで得たお金を貯めていきましょう。異世界通貨1リリル=1円として換算します。
・アウトレット品は一日一点ずつ新商品が入荷されます。
・ここの商品を販売する以外の手段で得たお金はカウントされませんのでご注意ください。
・あなたが元の世界に戻るためのこの条件を知っている人から得たお金もカウントされません。
・追加の連絡事項は適宜この紙面に記載していきますので、こまめにチェックをお願いします。
突っ込みどころしかない内容、その最後に書かれているのは『元の世界に戻るまでに必要な金額、残り1000000000円』の文字。
十億円。その途方もない数字に俺は溜息をついて同じ言葉を繰り返すしかできない。
「本当に参ったな……」
我ながら語彙が貧困だと思わないでもないけれど、それ以外に言葉が出ないのだから仕方がない。
張り紙の右下には達筆な文字で『タヌマール商店店長 タヌマール』とサインされている。誰だ、タヌマールって。
軽く頭を一度、二度と振り、俺――神楽立輝は心を落ち着かせながら振り返る。
俺は先ほどまで、学校に向かうために通学路を歩いていたはずだ。
時間的には十分間に合うこともあり、安心しきって鼻歌交じりで校門を潜り抜けていた。
学校の敷地へ一歩踏み出した瞬間、気付けば俺はここにいた。
「いや、振り返っても全然訳が分からない。何もかも意味が分からない」
軽く頭をかきながら、俺は壁に貼り出されている紙を再び凝視する。
――異世界へ転送された。
まずこの時点で頭がおかしくなりそうだ。
どこの誰が、どうやって、なんのために俺を異世界とやらに送り出したのか。
そもそも異世界って何なんだ。
そんなものは漫画やアニメや小説だけに存在が許されるものなんじゃないのか。
――元の世界に戻るためにはこの部屋の商品を使って商売を行い、異世界のお金を十億円分も集めなければならない。
全く意味が分からない。
この部屋の中を見渡した限り、品物の数は100もない、せいぜい50点がいいところであり、これを全部売り払っても100万いくかどうか。
それなのに10億円を集めろとは、ぼったくりにぼったくりを重ねても不可能と言わざるを得ない。
一日一商品ずつ追加されるみたいだけれど、気休め以外の何物でもない。
「完全に無理ゲーなんじゃないか、これ……本当に参ったな」
軽く溜息をつき、足元に転がるゴムボールを拾い、壁に投げつけながら俺はこれからどうするかを考える。
とりあえず、この状況に対する裏打ちが欲しい。本当にここは異世界なのかどうか。
もしかしたら、誰かの手による手の込んだドッキリかもしれない。そんなことに期待してしまうのも仕方ないことだと思う。
それを確かめるためにも、今は少しでも情報が欲しい。
俺は視線を体育館のような倉庫の入り口へと向けた。
そして、その扉の取っ手を掴み、そっと引き戸の扉を引いて外の光景を眺めてみた。
『グォォォォォ!』
「あ、駄目だこれ、本当に異世界だ」
扉の外に広がっていたのは、木々が所狭しと生えるジャングルのような大森林。
そして、扉から50メートルくらい先の場所で、二匹の獣が生きるか死ぬかの死闘を繰り広げていた。
その動物はそれぞれ虎の背中に翼の生えたような生物と、巨大な8本足の牛のような生物だった。こんなものが地球上にいるなんて聞いたことがない。
二匹の喧嘩姿だけで、俺にはこの場所が異世界なんだと信じるには十分過ぎる情報だった。
「というか、あんな化物が外をうろうろしているんじゃ、俺はろくに外にもいけないじゃないか……」
商売をするしない以前の問題だった。
元の世界に戻るためには、この倉庫の中にあるアウトレット品とやらを用いて商売を行う必要がある。
つまり、俺はこの世界で何とか存在するであろうと思われる人類に出会わなければならない。
けれど、そのためにはまず外の大森林を抜けないといけない。
「でも、森を抜けるにはあの化物たちと出会わないようにしなきゃいけないのか……うん、無理だな」
俺は早々に白旗をあげた。
ただの男子高校生である俺には、獣と戦う勇気もなければ知恵もない。
では、これから自分はどうするべきか。
とにかく今は生き延びることを考えよう。遭難と同じで、とにかくこの場所でじっとして生き残っていれば誰かが見つけてくれるかもしれない。
救助隊を待つように、なんとかこの場所で食いつなぐことを考えよう。
「そうと決まれば善は急ごう。食料と飲料がないかを確認しなくちゃ」
倉庫内を必死に探しまわり、俺はアウトレット品の中にある食料の備蓄を確認する。
探しまわること数十分。俺の手元に集まった食料品は以下の通りだった。
・幕の内弁当
・ペットボトル飲料水500ml
・ペットボトルウーロン茶350ml
・板チョコ
・マヨネーズ
・メロンパン
「意外に食べ物があって助かった。これなら頑張って切り詰めれば結構いけるかもしれない。というか、食品にもアウトレット品ってあるんだな。洋服とか家電とかだけだと思ってた」
人間は水だけで一週間生きられるという話を聞いたことがある。
これだけあれば、かなりの時間を耐え凌ぐことができるかもしれない。
あとはいかに俺が自制心で節制ができるか、だ。食料に余裕があっても、それを一気に食べてしまえばすぐに終わってしまう。
「一日どのくらい食べるかをしっかり考えていこう。とりあえず、まだとっていない今日の朝飯分を切り分けておこう」
俺はメロンパンの袋を空け、その四分の一を手でちぎって分ける。
これが今日の朝の分。残りは三日に分けて食べよう。
昼と夜は兼用で、弁当を少しずつ食べる。板チョコは緊急時までとっておこう。
マヨネーズは、最悪食べ物がなくなったときにその辺の野草でも食べるときに活用しよう。
そんな計画を立てながら、四分の一となったメロンパンを頬張る。コンビニに売られている菓子パンと何ら変わらない味だった。
満足な量とは言えないメロンパンを食べ終え、俺は残りのメロンパンを片付けようとそちらに視線を向けたのだけれど。
「あれ?」
そこにあったメロンパンに俺は首を傾げた。
四分の一を千切ったはずのメロンパンは、なぜか未だに満月のように新円を描いているではないか。
新品同然のメロンパンに、俺は困惑を隠せない。
「今、俺、メロンパン食べたよな? 千切って食べたよな?」
誰に訊ねるわけでもなく、独り言をつぶやきながら、俺はメロンパンを手にとってマジマジと眺める。うん、何らおかしくない、普通のメロンパンだ。
首を傾げながら、俺は再びメロンパンを千切ってみる。
欠けたメロンパンに対し、眉を顰めて凝視していると、その瞬間に変化は起きた。
メロンパンを千切って十秒後、メロンパンは瞬きするほどの時間で再生したのだった。
そこにあるのは、元通りの新品同然のメロンパン。袋は開封されたままであるものの、メロンパン自体は再び丸を描いていた。
「……いや、訳が分からないから」
俺の右手には依然として千切ったメロンパンが残っている。
訳の分からない状況の中で、俺はひたすら頭を抱えて悩むしかなかった。