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閑話 じゅうわめ

 

 ……ゆ…りっ

 ……ゆ…だ…っ




 真っ黒い闇の中の渦に巻き込まれて、それでもお姫様たちから逃げ出そうともがいていた柚里の頬に、ぺしぺしと柔らかいものがあたっていました。

 

 「……柚里っ!!!柚里ってば!」


 いきなり耳を覆いたくなるような大声が、柚里の耳に響きました。

 その声はアキくんの、真っ白ゴスロリお姫様の声でした。


 「いやあああっ!」


 手をバタバタとばたつかせてお姫様を遠ざけようとしたら、何かにヒットしたようでむぐっという音が声が聞こえました。


 「痛いがなっ!柚里、なにすんねんな!!」


 現実から逃避しようとぎゅっと目をつぶっていた柚里でしたが、自分の名を呼ばれたので驚いて目を見開きました。

 するとそこには鼻を両手で押さえて痛みを逃がしていたうさぎのアキくんが涙目になってぐずぐずとしていました。

 

 アキくん……?うさぎだぁ……


 本当にアキくんなのか確かめようとそっとアキくんをなでると、アキくんはいつものように軽く柚里に寄り添います。


 「あー……本当に、アキくんだ」


 呆けたように呟く柚里に、アキくんは鼻を押さえながらも心配になりました。

 だって柚里がうたた寝をしていたときに、小声でしたがうんうんと唸っていたのです。


 「柚里、大丈夫か?なんやえろううなされてたし」

 「え?」


 うなされてた?

 違う違う。あのお姫様たちから逃げてたんだよ。

 

 そう言いたくて身体を起こそうと地面に手をついて起き上がろうとしたら、目のはじに人間の手が見えました。それはとーっても見慣れた自分の手です。

 そしてさっきアキくんを撫でたときも自分の手は人間の手だったことを思い当りました。

 

 え?もとに戻ってる?


 空に手をかざしてまじまじと手を見ていると、横で不思議そうにアキくんが首をかしげていました。

 

 アキくんも、戻ってる、よね?うさぎだし


 「あっ。アキくんっ!?女王様はっ?お兄ちゃんはっ??」

 「はあ?何ゆうてんのん?……もしかして寝ぼけてる?それにお兄ちゃんって、誰のこと?」


 初めのほうは訳が分からず、最後には不機嫌に答えて、アキくんは柚里に詰め寄りました。

 だって『おにいちゃん』という柚里の声には優しさがにじみ出ていたからです。

 

 「寝ぼけてる……?あれが?」

 「お兄ちゃんって、誰?」

 「だって……だって。お姫様のアキくんが私を嫁にって……」

 「え”?」


 何その俺の願望が詰まった夢って!? 


 柚里の不用意な言葉に、アキくんは真っ赤になって俯きました。


 「だから逃げてたのに……女王様とか……」

 「はあっ?もしかして日陰で寝てへんかったから、ちょっとおかしなってもうたん?」

 

 なんでそこで逃げんねんな


 一瞬でも喜んでしまった自分がアホみたやと落ち込んだアキくんでしたが、それとは別に柚里の言動があまりにも奇抜すぎてとーっても不安になってしまい、柚里の膝にのって背伸びして、柚里のほっぺたを両手でぺたりと触りました。

 そのとたん、柚里はびくっと顔を震わせて、アキくんの小さな手から逃れようとしました。


 な……なんで?俺、そんなに嫌がるほどなんかした?


 アキくんの大きな黒い瞳にはショックの色が見えました。

 柚里に避けられるほど何かした覚えがまったくなかったので、この柚里の行動にアキくんは凹みました。

 

 あれ?やっぱりいつものアキくんだあ

 とすると、今のあれは夢だったんだ……


 柚里は心からほっとしました。

 うさぎのままでお嫁さんになんてなりたくはなかったからです。

 膝の上で凹んで俯いているアキくんの背中を優しくなでながら、それでもさっきの真っ白ゴスロリお姫様を思い出しました。


 似あってたよ、アキくん

 そうだ!今度アキくんに着せてみよう!!


 柚里はアキくんが人間になったときにゴスロリ衣装を着せようと心に誓いました。

 だってそのほうがだんぜん面白いと気付いたのです。

 

 うふふと不敵な笑い声に膝の上でアキくんは身震いをしました。

 何気に自分に危機が訪れたような気がして、思わず柚里を見てみました。すると何やら思案顔でアキくんを見下ろす柚里の瞳がきらりと光ったように思いました。そうしてゆっくりと諭すようにアキくんに語りかけます。 




 「アキくん。お願いがあるんだけれど……」




 ☆おしまい☆


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