閑話 いちわめ
日曜日の朝のことです。
いつものようにピクニックに向かった柚里とアキくんは、いつものように河原の橋の下を陣取ってゆっくりとした一日の始まりを楽しんでいました。
柚里が小春日和にうつらうつらとしていると、さっきまでどこかに遊びに出かけていたアキくんがうさぎの姿に戻ってぴょんと現れました。
けれどもアキくんは柚里のことなどお構いなしに、なにやらあわただしげにあたりを見回して、そして何かを見つけたようでそちらのほうに一目散に走り始めました。
「あ、アキくん。まって!」
日も高くなってきたことだし、もうそろそろ帰ろうかと思っていたので、柚里はアキくんを呼び止めたのですが、アキくんは柚里の言葉などまるで聞こえなかったように走り去っていきました。
こんなことは、初めてです。
いつもならどんな小さな独り言でもアキくんは柚里の言葉を拾ってくれます。
それなのに今は柚里の顔すら見ようともしませんでした。
柚里はおかしくおもって、アキくんの後を急いで追いかけました。
するとどうでしょう。
あともうちょっとで追いつくという時に、アキくんがくるりと振り向いて柚里を見てにまっと笑ったのです。
―――――――え?
柚里が驚く間もなく、アキくんは目の前にあった大きな木の、ちょうどアキくんが入れるくらいの大きさの洞に飛び込みました。
「アキくん?!」
確かに洞の大きさはアキくんが入れる大きさの入り口ですが、、木の大きさからみてアキくんが中に入りきるとは思えません。それなのにアキくんのしっぽも耳も洞からはみ出さずにすっぽりとおさまっているようなのです。
洞の中で身動きがとれないでいるのかな?
急いで洞を覗くと、真っ黒くて先がまったく見えません。
仕方なしに手を入れてアキくんを引っ張りだそうとしました。
――――――ええっ!?
中に入れた腕が、内側から誰かに引っ張られて、柚里は洞の中にしゅるしゅると入って行ってしまいました。
「ええええええええええええっっっ!!??」
洞の中に入ったかと思うと、いきなり暗闇の中に落ちていく感覚に襲われました。
どんどんどんどんと闇の中に落ちていくと
ぼとん
綺麗に着地しました。衝撃も何もなく。
怪我もしていないし、痛みもない。
結構な高さから落ちたような感覚だけはあるのに、痛みがないってどういうこと?
痛みの全くない腕をさすろうと右腕を上げようとした柚里は、自分の腕の動き方がおかしいことに気がつきました。
どうも肘のあたりからまっすぐ腕を伸ばすことができないのです。
暗闇の中では、腕の状態をみることもできません。
何かあたりに落ちていないかと、手を地面に這わせてみました。
すると
ぱふっ
「きゃああああああああぁぁぁぁぁっっっっ!!!!???」
自分の手が毛むくじゃらになっていたのです。
そして尖った爪の痛みも感じました。
あまりにも驚いて、わたわた足踏みをしたら
たんっ
聞きなれた音が耳に届きました。
「……え?アキくん……?」
でもその音は自分の足が出した音です。
足の裏には地面の土の感触も感じました。
―――――土の感触?
なんとなく、柚里は判ってしまいました。
そしてそのことを確かめようと、肘の伸びない手を頭に伸ばして触ってみました。
あたりです。
嫌なことが当たってしまいました。
柚里はうさぎになっていたのです。
「なんでっ?!
どうして私がうさぎになってるのーっ!」