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第8話:動き出す時間(1-8)

 そう言われると恥ずかしくなって柄にもなく頬が熱くなっていった。すると桜井は「座ってもいい?」と聞いてきたので頷いた。


「えっと、この遊園地の時はさ、付き合ってから初めてデートに行ったところなんだよね。だから、駅のホームとかで何度も髪型チェックして盛れてるかな?とかドギマギしてたんだよね」


「おっけい。じゃあ、この遊園地の画像をもう数枚追加して。初デート楽しかった。けど、待ち合わせ前はちゃくちゃ緊張してて。鏡の前で何度もチェックしてたのはナイショね!とか手書きのフォントで追加しようか」


「あ、それ!」


 俺自身はこういう経験がない。だから初めは言い回しとかアイデアとかも出なかった。でも、以前これと似た系統の仕事をした時に死ぬほどボツを食らってありとあらゆるネットにあるショート惚気動画をみてワードセンスは小説やライティング本、最近だと若者用語集なども売っていたのでスキルとして徹底的に磨いていた。


 二度とこんな仕事受けないと決めていたもののこの経験が役立ってよかった。

 それからも依頼主である桜井との擦り合わせを行なっていき、一時間ほどで動画は完成した。


 桜井の頬は赤く染まっていて、かなり熱中して動画作成の仕上げに付き合ってくれていた。


「えっと、そのありがとう!流石にここまでのものできるって思わなかったし、私も一緒に携われたからかプレゼントって感じが凄い出てきた!」


「あの、本当にすみませんでした。今後はこのような遅れがないようにするので…」


 そう言って一人だけ重苦しい空気で頭を下げる氷室川の肩を桜井がポンっと叩いた。


「もう謝らないで。私もさ、よろず商業部の仕事遅いとか散々陰口言っちゃったし」


「それは当然のことです」


「そんなことないよ、おあいこだって。それに私としては一人の生徒の依頼にここまで向き合ってくれるって思ってなかったから、この学校に入ってから彼氏に出会えたことを除いて一番嬉しい!」


 ん?それは二番なのでは?

 と、思いながらも次のタスクに取り掛からなくては明日こそ本当の地獄を見ると知っているので俺はパソコンに向き直る。

 なんなら納品したんだからさっさと帰れとまで思っている。


「ねえ!そこの編集してくれた君!」


「只今、業務中なので」


「なんだよ〜。さっきは相手してくれたのに、さては仕事人間だな?」


 仕事人間。そう言われてやけにしっくりきた。

 俺は仕事をして金を作り出すことでしか自分の価値を示すことができない。つまり桜井の前で俺は俺をまっとうしていたと言うことだろう。


 何も言わず、剣道部のポスターレイアウトに取り掛かっていると大きなため息が背後から聞こえた。その後すぐに元気溢れる子供のような声音が響き渡った。


「ありがとうね。空木理人くん!」


「は?」と声を漏らして振り返るとそこに桜井はもういなかった。


「え、なんで俺の名前知ってるんだ…」


 一人呟いたつもりだったが隣の席に腰を下ろした氷室川がため息まじりに話し出す


「一応、先月の生徒会新聞で紹介されたよろず商業部の部員名簿に載ってるから、じゃないかしら?それ以外にあなたを知る方法なんてないものね」


「お前酷くね?もっと別の方法があるかもじゃん」


「そう?たとえばどんな方法があるの?クラスは違うのよね?」


「クソ、嘘でも思い浮かばない…。てか、俺とは話さないんじゃないの?」


 氷室川の方へ視線を向けるもあちらからは目を逸らされてしまった。


「そ、そんなことより次の作業に取り掛かりましょう。次は…」


「剣道の部のポスター新規レイアウト終わってるから見てくれ」


「え、もう?」

 驚きを見せる氷室川に対して冷静な俺はパソコンの画面を彼女に向けて答える。


「こんなもんはテンプレだろ。ゼロから作ろうとするから時間が掛かるんだ」


 俺は断じて格好つけて言っているわけではない。これはあくまでも事実なのだ。

 だが、氷室川は目を細めて冷ややかな視線を向けて口を開く。


「かっこうつけてるでしょ」


「あー、もう。違うんだって。うるさいな、これでいいの?ダメなの?」

 彼女の口元が微かに緩んだ。


「完璧。これで完成させて。それが終わったら剣道部以外のポスターもお願いできる?」


「それはいいんだが、なんでこんな時期に部員募集のポスターなんだ?」


「部の募集ポスターが昇降口の掲示板に貼ってあるでしょう。あれって半年に一回最新のものにするのがルールなの。四月と十一月が変更月とされていて、部長たちにとっても今月が締め切りなの」


「へー、そうなのか」

 そんなことも知らないの?と言いたげな表情を向けられていることには気付いているし、しっかりムカついている。


「レイアウトが被らないようにしてね。一斉に並ぶわけだから被ってると不自然」

「了解」


 依頼の入っている部は十ちょっと。

 そのどれもがマネージャーのいない男子だけの部活で思わず笑ってしまいそうになる。と同時に、こう言うの面倒だもんなと共感もしてしまう。


 その時、せかせかした足音が近づいてきてこの作業室の近くで止まった。途端に、ドアが開き現れたのは後藤先生だった。

「大丈夫か!氷室川!」

最後までお読みいただきありがとうございます!


「ゼロから作ろうとするから時間が掛かるんだ」 淡々と、しかし確実に積み上げてきた技術で現状を打破していく理人。


ぶつかり合っていた二人の「時間」が、ひとつの仕事を通じてようやく重なり、動き出しました。 ようやく見えた解決の兆し。しかし、そこへ飛び込んできた後藤先生の言葉とは……?


次回、第9話は明日【18:00】に更新予定です!


動き出した二人の物語にワクワクした方は、ぜひブックマークや評価【☆☆☆☆☆】で応援をお願いします!

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