第7話:クライアントを喜ばせて及第点だ(1-7)
大きなため息のような深呼吸をしてから俺はそのドアに手をかけた。
「氷室川…」
彼女は驚き、一瞬肩をあげてから落胆するように肩を落として面倒くさそう目を向けて口を開く。
「今、忙しいので後にしてもらえますか?というか、こちらが落ち着くまで話しかけないでもらえますか?いつになるか分かりませんが」
想像していた通り、俺は嫌われているようだ。
まあ、あれだけ意見が食い違った挙句、こんなになるまで傍観していた幽霊部員なのだから歓迎される方が怖い。
そんなのは承知の上で俺は氷室川の隣の席に荷物を置いた。
「今日終わらせなきゃいけないのはどんな依頼なんだ?」
氷室川はこちらに目もくれず荒らしいタイピングを続けていた。
何かの記事を書いている姿を見るあたり生徒会からの記事業務か何かだと思う。こんな堅苦しい業務を依頼してくる生徒なんて生徒会役員くらいなものだ。
無視を決め込む氷室川の意向には構わず話しかけることにした。
「その記事は今日提出って感じか。もう手をつけている以上、それは氷室川がやった方がいい。他のタスクを見せてくれ」
一瞬、視線がぶつかり睨みつけられたかと思えば一台のパソコンを渡された。
「そこに入ってる」
「了解」
パソコンを開くとすぐにタスク表が画面に映る。
忙しいくせに思ったより綺麗にまとまっていることに驚いた。
依頼者名、学年クラス、部活名、依頼内容、納期、必要データ、など各依頼ごとに管理されている。
依頼の混在などは起きないと確信したところで納期が詰まっている業務に目を向けた。
一つは今氷室川が行っているであろう生徒会新聞記事の入稿。本日の十七時。
「一番重そうなのは…。は?彼氏との思い出ムービー?舐めてんのかこいつ」
依頼内容から中庭で文句を言っていた女の顔が浮かんだ。
あの女か。
他の業務においては以外にも明日が納期になっていた。今日締切のタスクは実質生徒会新聞と動画編集の二つだけ。
動画編集についての納期は本日の二十時までに納品時間を延長してもらったと備考欄に記載があった。それで生徒会新聞からやっているというわけか。
確かに生徒個人の依頼の方が融通は聞くだろうし業務の優先順位としては正解だろう。でも、生徒会という組織と違い個人の生徒は不満を抱きやすいとか考えると何が正解かはわからなくもなる。
とはいえ、ひとまずはこの憎たらしい彼氏との思い出ムービーを仕上げることにしよう。
「編集入るぞ」
返答はないだろうと思い、すぐにイヤホンをつけて作業に取り掛かった。
この依頼にはいくつかの要望があった。
一つ目は曲の指定。二人だけの思い出の曲だそうだがよく分からんこだわりだ。
二つ目は画像は曲の歌詞と関連のあるものを適宜しようするというものだ。これは面倒。ただ、今回は偶然にも俺がいつもいくカフェでよく聴く音楽だったのでイメージが湧きやすい。
三つ目は彼氏と付き合った三ヶ月記念なので感動させる動画にしてほしい。
正直、この三つ目の要望を見た時頭に通う血管全てがはち切れそうだった。要望が具体性に欠けるものばかりでいかにも陰口を言っている女という感じで頭の悪い依頼だ。実際、こういうクライアントがいないかといえば嘘になる。
ただ、この手の依頼をしてくるクライアントは漏れなくブラックリストとして二度と受注しないようにしているのが俺のスタンスだ。
何よりも一番ムカつくのは…。三ヶ月記念?付き合うとかよく知らんが最低でも年単位でやれや。誕生日より多いじゃねーか。
こういう奴らは初めて一緒にカフェに行った記念日とか言って自慢してるんだろうな。そう思うとクソみたいな編集をしてやりたくなるのだが仕事とあればクライアントを喜ばせて及第点。
その先の感動を与えて初めて八十点ほど。
まあ、俺が言いたいのは色々思うことがあるけど失望はさせないということ。
必要書類にリンク付けされたフォルダの中から画像を日付順に並べ替えた。
今回指定の曲は付き合うまでの馴れ初めからその後を示唆するような歌詞なので、単純に二人のこれまでの過程を順に流していけば文句はないだろうと思った。あとは作りながら細い部分を埋めるだけ。
作業を始めて一時間とちょっと経った頃だろうか。
氷室川が席を立ち作業室を後にした。
パソコンを持って出て行ったことから生徒会室にでも行ったんだろうと思いつつ、俺はあらかた完成した動画を見返していた。
「ん〜、これだとクオリティーの高いスライドショーなんだよな」
多分、依頼主が求めている動画としては完成なんだろう。でもまだ及第点レベル。
俺はタスク表から今手をつけていた動画編集の納品先メールアドレスを見つけてメッセージを打った。
内容としては、動画はほとんど完成しているが最後の仕上げと確認をしたいので校内にまだ残っていれば作業室にきて欲しいというものだ。勿論、下校している可能性もあるのでその際は現在できている動画を送った上で明日に最後の仕上げをしたいと付け加えておいた。
メールを送ってからは次に片付けるべきタスク、剣道部の部員募集ポスターの新規デザインに取り掛かろうとした。でも、その作業に入る前に依頼主が作業室を訪ねてきた。
「あの〜、丁度、部活動中だったので急いできました…」
中庭で見かけたあの女で間違いないがどこか困惑している様子だった。
氷室川がいると思ってきてみたら見たこともない男子がいて呆気に取られているとかそんなところだろう。
「桜井さんだよね」
俺が話しかけると「はい」という返事が返ってきた。
うん、無視されないって結構気持ちのいいものなんだな。
「メールでも伝えた通り、動画自体はできてる。こっちにきて一度確認してもらってもいいか?」
「あ、うん」
それから五分弱の動画を流していると、えらく思いため息を漏らしながら戻ってきた氷室川が驚いて少し飛び跳ねた。
飛び跳ねて驚くとか実際にあるんだな、と思いつつも、動画の視聴中だということを伝えるために口元で人差し指を立てて見せた。
納期を遅らせてもらっているクライアントかつ、同学年の相手ということから正直気まずいんだろう。そういう表情を隠せていないぞ。
しばらくして動画が終わった。
すると間髪入れずに氷室川が話し出す。
「あの、桜井さん。ごめんなさい、私のせいで納期の変更をしていただくことになっちゃって」
桜井は氷室川が来ていたことに気がついていなかったらしく「ええっ、氷室川さんいつからいたの!」と驚いていた。というよりも、その表情はどこか興奮気味で声も高鳴っていた。
俺としてはこの動画も依頼である以上迅速かつ最高に仕上げたいので「それで、この動画なんだけど…」と話を切り出すと桜井は俺の言葉に被せるように声を上げた。
「最っ高!こんなに凄いって知ってたなら全然明日でも待てたよ!本当にありがとう!これで喜んでもらえること間違いなしだよ!」
「あ、いや。その。桜井さんはこんなんでいいと思ってるわけ?」
「え?うん。だって凄いクオリティーじゃん。まるで私たちのためのに作られた曲なんじゃないかって思ったもん!」
澱みない笑顔を向けられていると中庭で抱いた印象が上書きされていくようだった。だからこそ、こんなもので満足されては困る。
「これはまだ完成じゃない。だって、これじゃあ彼氏への想いを作ったのは編集者の俺だ」
俺の発言に二人は首を傾げていたので説明をする。
「この動画は二人の思い出を巡るもの。例えば、この遊園地の画像を差し込んだところで二人がまだ付き合っていないなら、想いを伝えたいけど伝えられない恥ずかしさとかそういう当時の想いを文字として視覚的に組み込んだ方が感動する。桜井さんがどれだけ彼氏さんのことをどう好きになって行ったのか、今はどう想っているのか。そういう目に見えない部分の想い出も巡れたら三ヶ月記念で感動させられる動画になると思うんだよね」
二人がポカンと口を開けたまま固まってしまったので一気に話し過ぎてしまったかと思ったその時、桜井がプフッと吹き出してからあはははと笑い出した。
「え、俺結構真剣だけど」
「ごめんごめん。でも、なんか。うん。顔に見合わないこと言うなって思って。あはは」
そう言われると恥ずかしくなって柄にもなく頬が熱くなっていった。すると桜井は「座ってもいい?」と聞いてきたので頷いた。
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「クライアントを喜ばせて及第点だ」 理人が見せた、譲れないこだわり。少しずつ変わり始める『よろ商』の空気……。
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