第6話:正しすぎる俺と、ままごとの限界 (1-6)
一日の授業が全て終わり、下校前のホームルームが開かれていた。
そこではクラス委員からクリスマスイベントについての説明がメインだった。
俺は行事ごとに興味がないので初めて聞いたが周囲の生徒達はこのイベントを心待ちにしていたようだ。ということは俺が嫌いなタイプのイベントなんだろうと思いつつも、その詳細について耳を傾けた。
イベント内容としては、クリスマスの聖なる夜に体育館へ集って出席者で出し物をしたり飲み食いをして過ごそうという企画。
クリスマスイブをイベント日にしなかったのはカップルへの配慮か、もしくは出席人数を増やすための策略か。
どちらにしても、想像通り中身のないイベントだ。
こんなものが生徒会主体で動くというのだから進学校が聞いて呆れる。
そんなことをこと考えながらもこの無駄な時間が過ぎ去ることを願っていると後藤先生が締めの話に入りだしたので視線を向ける。
「最後にクリスマスイベントのことで私から少し頼みがあるのだが。実はな、当日はよろず商業部もイベント運営をするんだが皆も知っている通り人員不足で。もし、可能な生徒がいたら私を助けると思って力を貸して貰いたい」
「はっ」
思わず席を立ってしまった。
すると、一瞬にして困惑の入り混じった空気が教室内に充満されていった。
「空木。何かあったか?」
後藤先生すらも困惑を隠せずにそう問いかけている。
俺はすぐに俯き「いえ」と消え入るような小さな声で呟き腰を下ろした。
「それじゃあ、もし手伝ってくれる人がいたら来月までに私のところまでお願い。それじゃあ、今日はこれで終わろう」
こうしてホームルームが終わるとクラスメイト達はざわめき出す。
今の俺の意味不明な行動に対してではなく、よろず商業部の話題が持ちきりとなっている。
俺のすぐ斜め前の席に屯する女子グループからは少し皮肉めいた会話も聞こえてくる。
「氷室川さんの部もクリスマスイベントの仕事するの?大丈夫?」
「んね〜。全然仕事できないとかよく聞くしね、人手不足なのかな」
「いい顔してなんでも引き受けてるから迷惑かけるんだよ、活動内容的に五人は最低でも必要な内容だと思うけどそれを一人で始めるなんてね」
「男子にでも媚び売って助けてもらおうって魂胆でしょ。実際に様子伺ってる馬鹿な男も多いしね〜」
「すでに助けて貰ってたりしたら失望だね」
「どっちにしろ、もう失望されてるって」
実に痛いところをついてくる。彼女たちの立てた仮説の過程は問わないが結論として失望されているということには俺も同意見だ。
隙が見えれば、嫉妬からくる不確定極まりない風評もしてしまうものだと思うし口コミは嘘も本当もこうして広がっていくんだと外野ながらに学ばせて貰った。
俺は荷物をまとめてから席を立つ。
教室を出るまでの数メートルで男子グループの会話も耳に入ってきた。
「つまり!クリスマスイベントで手伝いに参加したら氷室川さんとの接点出来るってわけか」
「激アツ!」
「激しい業務で疲れ切った彼女を助けて、気がついたら俺が彼氏に…なんてなったらヤバくね!」
ヤバいのはお前のお花畑脳内だろう。
そんな妄想をしている暇があるのなら今すぐにでも助けに行ってやればいい。けれど、そうしない理由は校内からヘイトの集まっている環境に行きたくないとか面倒とか、人によっては既に手伝おうとして断られているとかもありそうだ。
大体、多くの生徒を敵に回してでも構わないという根性のあるような奴は脳筋と相場は決まっている。
ポスター作りとか編集とかそういう業務ができる人材ではないので居たとしても邪魔にしかならない。
勿論、勉強すれば誰だってこなせる業務だと思う。でも、部活動に本気で向き合っている奴らがどうこう出来るものではない。
実際にどんなタスクがあるのかは知らないが氷室川が余程の機械音痴でもない限りここまでパンクしてるのは業務の難易度が高いからだろう。
今の構造上、依頼に一貫性がないためテンプレ化もしにくいんだと思う。こればっかりは経験で決まってくるもので別に氷室川が能力不足というわけじゃない。だから、周囲は評価を落としているかもしれないが分かる人からしたら評価は変わらない。
麻間会長からしてもきっと評価は落ちていないのだろう。
だから、俺にここに行けと…。
教室を出てからも氷室川のことが頭から離れずまたこの作業室へと来てしまった。
中からはパソコンのタイピング音が響いている。
学校が終わるとすぐに部活動を始めるなんて噂に違わない優等生だ。と、考えつつも切羽詰まっているということが荒々しいタイピング音からも酷く伝わってきた。
中の様子を見るか?
でも、今更どんな顔して入ればいいんだ。それに俺自身もこの部のやりからについては納得がいかないし、氷室川自身がこの構造を望んだということにも吐き気がでる。
どうするべきか、悩んでいるとポケットのスマホが振動した。
確認するとクライアントからのメールで俺が作成したウェブページの文字フォントを一部変更して欲しいとのことだった。
今日の業務はこのクライアントからの連絡待ちと修正をするだけだったので手が空いている。
手伝おうと思えば手伝える。でも…。そう迷いながらもフォントの修正をしてから完了していることを報告した。
「少しだけ…」
教室のドアを少しだけ開けてその隙間から中の様子を見た。
当たり前だが氷室川がパソコンを叩いている。
ここからでは横顔しか見えないが目の下に浮かぶ隈と鬼気迫る表情が半年の自分と重なる。
フリーで働き始めた時、業務の単価がゴミすぎて量を増やすことでバイト代の最低ラインを保っていた。あの頃は毎日が納期で仕事を終わらしても明日の納期に間に合うかわからない仕事が複数ある。
それに加え、日中は学校に行かなければいけない。こんな生活をしていた。
時折体調を崩したと嘘をついて一日中仕事をすることもあったりしたがそれでも納期に間に合わず怒られることがあった。
フリーで働く俺にとって納期を破るということはお金を支払われないこと同義。納品物のクオリティーが低いということは支払うがくが低いと同義。
それに気がついてから夏休みの力を借りて立て直した。だから、今は単価もスケジュールも確保して一定のバイトよりも高額な金額を稼げている。
今思うとその苦労なくして現状はありえないと思う。でも、片付けても片付けても消えないタスクを一人で向かいうのは言葉で言い表せないキツさがあった。
何故だか、後藤先生に言われた『正しすぎる』という言葉とその時の儚げな表情が脳裏をよぎる。
後藤先生は俺に何かを期待していた。でも、その期待に応えることはなかった。というよりも俺がその期待に応える必要がないと諦められてしまった…のだろうか。
真意は当人しかわからない。
俺は正しすぎる…か。
大きなため息のような深呼吸をしてから俺はそのドアに手をかけた。
「氷室川…」
最後までお読みいただきありがとうございます!
「正しすぎる」と言われた理人が、かつての自分を重ねて、ついにドアを開けました。
第7話も【同時更新】しております! パンク寸前の『よろ商』を、理人の経験と技術がどう捌いていくのか。 すぐ下の「次のお話」から、理人の真骨頂をぜひご覧ください!




