18話:恋の消滅は新たな始まりだったりしてね…。
先に階段を降りていってしまった氷室川を追いかけることもなく、数分遅れて教室に向かった。
一緒にいるところを見られたくないという気持ちは常にあるが、それ以上に彼女の子どもじみた理想とその信念を目の当たりにして足が重くなった。
俺には到底理解できない。いや、誰にも理解されないような夢物語を氷室川雪音という少女は思い描いている。
心の中にもやっとした不快感を覚えつつも代わり映えない教室へ踏み入れる。すると、目の前に人が飛び出してきて一二歩交代してしまう。
ぶつからなかったのは俺の反射神経が死んでいなかったからだ。感謝してもらいたいね。
思ったよりも動けたことで満足してしていると、目の前で大袈裟に転んだ暴走車が「痛った〜い」と膝を刺すっていた。
どういう転び方をしたらそんな転び方をするのか、と呆れていると、その女子生徒は俺の顔を見てから「空木〜聞いてよ〜」と馴れ馴れしく話しかけてくる。
「あ、昨日の」
俺がそう声を漏らしたタイミングで自分がどれだけ乱れた格好をしているのかに気がつき、頬を赤ながらすっと立ち上がりスカートについた誇りを払い始める。
さて、俺はこの茶番に付き合わなくてはいけないのだろうか。答えは否、さっさと席につこう。
「ちょっと待ってよ!」
「ぐへぇッ」
彼女とのすれ違いざまに制服の首根っこを思い切り引っ張られて俺は呼吸という生きるために必要な行為を略奪された。
でも、すぐに離してくれたおかげで俺が不機嫌になったくらいでことは済みそうだ。
「で?何のようだ。依頼ならもう終わってんだろ」
「そう。そうなの。もう全部終わってしまったの」
やけに深刻な声音で呟く桜井を見て、厄介なことに巻き込まれるようなそんな予感がした。適当に話を聞いてから逃げるのが正解なのか、何も言わずに逃げるのが正解のなのか。
これは非常に難しい選択だ。
前者を選んだ場合いはなし崩し的に関わらされて背負わなくていい責任まで押し付けられたり。
確か、三ヶ月前に同じ系統のクライアントにあたって適当に話を聞いていたら最後まで仕事に付き合わされたよな。それなら、今回は後者を選ぶまでだ。
何も逃げなくていい。
俺が感じの悪いやつだと嫌われれば丸く治る。
「お前みたいな脳内花畑のような女は元から終わってるようなもんだ。バカは死んでもバカだから、気にするな」
よし、この嫌味ったらしい言葉を向けられた女子は必ず嫌悪する。女子高生とはただでさえ気難しく、噂によるとお父さんの服と分けて洗濯をしないとダメな奴もいるらしいからな。
これでキレないのならこいつはお父さんと同じ洗濯機で洗濯しているってことだ。
結果など見るまでもないと思い、自席の方へ歩き始めるといきなり手を取られた。
勿論、桜井だ。
クラスで影の薄かった男子が同学年の女子に手を握られているという謎のシチュエーションに教室内の至る所から視線を感じるようになった。
「ほんと、理人はいい奴だな〜。彼氏に振られた私のことを何も聞かずに慰めてくれるなんて、いい奴すぎる」
「は?何言って…」
昨日、その彼氏のためにと真剣に動画を作ったじゃないか。それなのにフラれたなんて報告を翌日に聞くとは思わなかった。
俺をおちょくっているのか?でも、そうだとしてらこんなっぴらなところでは言わない。
いや待て、どんな思惑があったとしてもなかったとしても普通大っぴらなところでは言わねーよな。
やっぱり、こいつは本物のアホなのかもしれない。
「え?桜井さん、今フリーってこと?」
「熱くね!お前慰めてワンチャン狙ってこいよ。可愛いって言ってただろ」
「バカっ。聞こえんだろ」
どこからともなくそんな会話が聞こえてきたこともあり、これ以上ここでこの危険物と一緒にいるわけにはいかないと思い時計に視線を向けた。
まだ、八時過ぎか。
ホームルームまでを考えても二十分くらいは余裕あるか。
「おい、ここじゃ目立つから出るぞ」
俺の言葉を聞いてあからさまにしょんぼりと落ち込んでいる桜井が頷いた。
もう俺の手は握っていないにしろ、袖を掴んで離してはくれないようなので、そのまま引っ張り出すことにした。
これはこれでちょうど良かったのかもしれない。
それからクラスメイトからの刺すような視線を掻い潜り、訪れたのはよろず商業部の部室前の廊下だ。
鍵は氷室川が持っているので中には入れないが、こんな時間に人がやってくることはまずないので適した場所だろう。
「で、別れたって何だよ。ウキウキで動画作ってたじゃんか」
慰めることも回りくどく詮索することも俺にはあっていない。だから、ストレートに尋ねてみたのだが、ひどく重いため息が返ってきた。
そして、やけにゆっくりとした口調で「ずっと浮気されてたみたい」と話し始めた。
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