17話:理想の世界
「そう言えば、空木くんはなんで作業スペースを欲しているの?」
部室を出て教室に向かう最中にそんな質問が寄せられた。
先ほど、部を手伝う条件として俺が提示したものを氷室川はちゃっかり覚えてたようだ。
もう、特に黙っている理由はないと思っていたので素直に答えることにした。
「高校生になってからフリーランス?っていうのかな、そういう働き方してるんだよ」
「フリーランスか。それで色んなスキルを身につけてるってことなのね」
やはり、氷室川はフリーランスという言葉を聞いて疑問一つとして感じていないようだ。勿論、最近はフリーとして働く人にも注目があるまる世の中なだけ言葉として通じやすくはなっている。
でも、俺のスキルとフリーランスだけの情報で察してくれるのは地味にありがたい。
「だから編集もそうだけどポスターとか、まあ広告関係だよね。作ること多くてそれをテンプレートとして溜め込んでるから併用すれば爆速で仕事が片付く」
氷室川は「空木マジックね」と変な命名をして満足げに笑った。だが、突然、ぴたりと足を止めて首を傾げ出す。
「よくこの学校でバイト申請通せたわね。普通のバイトでさえ厳しいのに、フリーランスなんて働き方に理解があるとはとても思えな…」
氷室川は全てを言い切る前に気がついたようだ。
「もしかして、申請通らないから無断で働いて。んで、後藤先生にはそのことがバレて気がついたら入部って流れ?」
「ご明察」
「校則を破る行為は褒められたものじゃないけれど、あなたも苦労しているのね」
校則違反がバレた暁には罵詈雑言を浴びせられると覚悟していたのだが、思っていたよりも氷室川は寛容的だった。
「苦労ならみんなしてるさ。俺だけじゃない」
「ご両親は許してくれてるのよね?流石に」
そう言われた時に亡くなった両親の顔が思い浮かぶ。けれど、今問われているのは保護者という意味合いなのでじいちゃんとばあちゃんに変換しておこう。
「勿論。俺の好きなようにすればいいってさ」
「そうなのね。それで?いくら稼いでいるの?」
ニヤついたように笑みを浮かべて不躾なことを言うもんだ。
それに金のことについて質問をしてくるとは思わなかったので少し驚きもしていた。
「金は嫌いじゃなかったのか?」と尋ねてみると氷室川はため息まじりに答えた。
「それは私を勘違いしてるよ。仕事をしたのなら正当な報酬を受け取るべきだというあなたの主張には頷けるもの。違いがあるとするのなら社会は報酬を一律でお金としている。部活は唯一お金にだけはできない。だから、奉仕活動を命じているの。まあ、それが労働者への対価にはならないって言いたいのはもうわかってるけどさ」
俺の方も氷室川がただの綺麗事だけを論ずるタイプではないとすでに理解している。少なくと半年ちょっとフリーランスとして活動してきた俺よりも博識なんだろう。
その上で奉仕活動を命ずる意味がやはりわからない。
「これは否定とかじゃなく疑問なんだが。氷室川が働いた分は氷室側に支払われる方が良いと思う。でも、お前が選んだのは自身に入る報酬をばら撒いているような、そんな行為に見えてしまう。何故、そんな行動を取るんだ?」
そんな質問をしたタイミングで階段に差し掛かった。ここを降りればすぐ、一年生の教室になるのでこの回答を聞いた後に質問をしている時間はないだろう。
氷室川と一緒にいるところを見られた騒がれるのも鬱陶しいしな。
氷室川はん〜と悩みながらも、一段一段丁寧に階段を降りていく。そんな姿を俺は足を止めてじっと見ていた。
そして、階段を下り終えて踊り場についた氷室川は、はっとなりこちらを振り向いて見上げた。
「世界平和!」
「は…?」
なんだ、俺はまた揶揄われているのか。
でも、結構真剣な顔してるんだよねな。マジなのか?
「皆が皆、自分の隣にいる人のことをほんのちょっとでも思い合える社会になったら素敵だと思わない?」
氷室川の言いたいことはきっと子どもでも分かるし。子どもの方が分かるまである。
でも、そんなのは成長していくにつれて夢みがちなことだと切り捨てていくべき願望で、それは…」
「綺麗事すぎやしないか…」
俺がそう呟くと氷室川は、満面の笑みを浮かべはっきりと答えた。
「だから実現したいんじゃん!」
その言葉が。彼女の表情が脳に焼き付いて離れない。あんな誰でも言えるような綺麗事からそれだけの衝撃を受けたとでもいうのだろうか。
彼女は本気で叶えられると思っているんだろうか。そんな抽象的な目標はきっと身を滅ぼす。
まごうことなき苦難の道だろう。
今回もお読みいただかありがとうござます。
この話では氷室川の馬鹿らしいような想い(世界平和)について語りました。
いや、まだ語れていないので、後々時が来たら彼女に語らせます。
次話本日の21時に投稿します!
(この話は本来は18時投稿予定のものを前倒しで更新しています)




