第14話:正しい青春の作り方ってやつを教えてやる(2-1)
通い慣れた校舎の中。けれど、冷気が伝わるほどの静寂を感じることはあまりなかった。
氷室川との約束時間よりも早くよろず商業部の部室にやってきた俺はドアに手をかけ、鍵がかかっていることに気がついた。
これまではただの空き教室だったからか、施錠されることなんてなかった。
四階に位置しているここから一階に降りて職員室まで足を運ぶには遠い。それなら氷室川が来るまで廊下で待っていればいいか、と思ったその時。
「空木」
その声に反応して振り向いた先には後藤先生がいた。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
後藤先生はそう言いながら俺の横を通り過ぎて部室の鍵を開けた。
「少し、話さないか?」
普段なら決して見ることが出来ない後藤先生の神妙な面持ちを目の当たりにした。
「はい」と呟き、中に入るといつもの席に座るよう合図され俺は腰を下ろす。
後藤先生もすぐ隣に腰掛けてから、ニヤリと笑みを浮かべて話し出した。
「今日は随分と早いじゃないか?幽霊部員の空木理人くん」
「そういう態度を取られるなら帰ります」
揶揄われることに多少の苛立ちを覚えたので対抗してみると、後藤先生は慌てて腕を掴んできた。
「待て、それは困る」
「冗談です」
そう伝えたところで俺の腕を拘束し続けているので、余程信用がないんだろうなと思い鼻で笑ってしまう。すると、一瞬睨まれたが後藤先生も呆れたようにため息を漏らして笑みを浮かべる。
「私はな。やはり君がここにいてくれると良いなと思うんだ」
「そう思うのは俺の持ってるスキルがここでは役に立つから…ですか」
皮肉めいたような、どこかいじけているような、そんな言葉が自分の口から出てくるとは思っていなかったので少し驚いた。でも、後藤先生は優しく微笑みながら「違うよ」と静かに首を横に振る。
「君とオンラインミーティングで鉢合わせしたのは、もう三ヶ月も前か?」
「はい?まあ、そのくらいっすね」
「ふふっ。あの時たまげたのは私の生徒がフリーランスとして働いていたからだけじゃないんだ。むしろ、私が一番驚かされ、君と関わらずにはいられないと思ったのはその後なんだ」
やけにまわりくどい言い方だ。
そういうのは後藤先生本人が一番嫌うというのに、今日の先生はらしくない一面をよく見せる。だが、それは俺も同じか、と思い少し頬が緩んだ。
そんな俺をまっすぐ見つめたまま後藤先生は言葉を紡ぐ。
「君は高校一年生のくせにその辺の大人よりも社会を知ってる。業務委託の契約書作成や仕事を受けるにあたっての秘密保持契約。依頼主が担任教師だというのに一人のクライアントと割り切っての対応。これだけの奴が今更高校生と楽しい青春を送れるとは到底思えなかった」
「そりゃ、まあ。俺は社会に。大人に大人として怒られてきた経験が少なからずあるのでクラスの奴らをどこか見下してしまってるのは事実です」
「そういう、包み隠さないところも可愛くないな」
ニヤリと笑みを浮かべてこちらに揶揄うよな視線を向けながら後藤先生は俺の肩を小さな拳で小突き、空気に溶け込んで消えてしまうよな声で言った。
「この部は、君を高校生にするために作り上げた部なんだ」
「は?」
言っている事の意味がよく理解できなくて、それ以上の言葉は出なかった。
そんな俺をみかねて後藤先生は話を続けた。
「勿論、氷室川はそのことを知らない。彼女は彼女の正義の為にこの部を必要とした。そこに手を差し伸べたいと思っているのも事実だが、君がここを自分の居場所にしてくれたら良いな、と思っているのも事実」
そんなのただの後付けだ。
俺がフリーランスとして働いているのを知ってから三ヶ月という短い期間で俺のために部を設立?
ありえない。意味がわからない。
「あんたは…。あんたは俺に何をさせたいんだ」
疑心暗鬼。
そんな言葉が適切なんだろう。
後藤先生とはこの三ヶ月間でかなり距離が縮まった。でも、あくまでも教師と生徒の中での関係である以上、こんなものは偽りであり、そんな相手のために部を作るなんてありえない。
「そうか。部を作ってた氷室川に乗っかる形でちょうど良い俺を…」
言いかけて、後藤先生の儚げな表情が目に入って口を結んだ。
「信じなくてもいい。疑っててもいい。どう思われるかなんて私は考えられるタイプじゃないからな。猪突猛進がモットーの主人公タイプだからな」
後藤先生は表情一つ変えない癖して、いつも通りのくだらないギャグに自身で呆れるように笑みを浮かべていた。
普段なら俺もつい笑ってしまって、一気に空気が軽くなって日常に戻っていくパターンだ。
そうなればこの針を刺されたような胸の痛みも消えてくれるんだ。だけど、痛み以上に引っかかるもどかしさを解消するにはこのまま流されてはいけないと思った。
「答えてください。後藤先生は俺に何をさせたいんですか…」
発した言葉が室内に響いてから、自分が声を荒げているんだと気がついた。
どんな時でも感情的にならず、冷静に物事を俯瞰していく。対話の中で感情的になった瞬間、一方通行になってしまうから。そう思ってきたはずなのに、少し取り乱した。
後藤先生も目を丸くしてやや驚いているようだった。でも、すぐにいつもみたいな俺をあしらうようなニヤついた笑みを浮かべていた。
そんな普段通りの、俺の知っている後藤先生は席を立ちぐうーっと背伸びをしてから質問に答えた。
「私が君を高校生にしてやる。正しい青春ってやつの作り方を教えてやる。みっちりしごいてやる。ただ、それだけだよ」
第2章、開幕早々アクセル全開です! 果たして「正しい青春」とは何なのか。
次回、第15話は明日【18:00】に更新予定です!
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