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第13話:嵐の前夜は静かに更ける

 氷室川と別れてから帰宅するとリビングのテーブルの上に晩御飯が用意漁れていた。


「今日はとんかつか。うまそ」


 レンジで温め直してから食べようと思っていると、まだ眠りについていなかったばあちゃんがやってきた。


「今日は随分遅かったね〜」


「うん。ちょっと部活をね」

 そう告げるとばあちゃんの口角があからさまに吊り上がって「そうか、そうか」と俺の代わりにとんかつを電子レンジに入れてスイッチを押す。


「ばあちゃん。俺さ、少しだけ仕事減らしてもいいのかな?」

 

 そんな何気ない質問に対してばあちゃんはその笑みを崩さぬまま優しく話し出す。


「理人は考えすぎだね。学生が仕事のことなんか考える方がおかしいんだ。あんたのお母さんもお父さんも高校生の時は目の前のことにしか興味がなくて、沢山両親に迷惑をかけて育ってきたんだよ。理人も同じでいいんだ」


「でも、ばあちゃんはもう迷惑かけられてきただろ。それなのにまた同じことを繰り返さなくたっていいんじゃって思っちゃうんだよ。ここで俺が踏ん張ることで父さんと母さんが死んだことで起きる影響を減らせるんじゃって。二人が死んじまったことにも意味があったんだって胸を張れる自分になれるんじゃって」


 正直、ばあちゃんとじいちゃんは俺に甘いんだ。

 両親が死んでしまった日から十年ほど一緒に暮らしているけれど一度も叱られてない。それどころか俺を褒めて、褒めて、気遣って、そうやって生きている。


 だから、どこまでいっても二人は俺の祖父母なんだ。

 父さんと母さんじゃない。


 俺はばあちゃんとじいちゃんに支えられちゃいけない。二人の残りの人生の中で残された自由をこれ以上奪ってはいけない。

 そんな義務感から俺が二人にしてあげられることは金銭面での負担をかけないこと。それしかない。


 これが俺の存在意義だから。


 電子レンジのチン! という音が部屋の中に響き渡り、ばあちゃんは中から皿を取り出しつつ俺の言葉に返答をした。


「理人は頭が良いからね、その力を追い先短いばーさんとじーさんのために使うんじゃなくて。もっと別の身近な人のために使って欲しいって思うかな。もっというとね、理人が必死に学んで挑戦して手にした今の働き方やその技術は全部あんたのためのもんだよ」


「でもさ…」


「好きに生きな。食べたいもん食べて、やりたいことやって、行きたいところに行って。そうやって理人自身が満足する道を歩めたのならそれが一番いい。迷ったのなら進みなさい、これまでもそうしたきたでしょう」


 優しく、温かく、それでいて強さの籠った言葉達だった。

 それ以上でもそれ以下でもない。これ以外の表現の仕方を分からないような感覚だった。


 それから次々と温められて出揃った晩御飯を見ながら俺は意を決して言葉にする。


「ばあちゃん。俺さ、ずっと友達いなくて。欲しいと思うこともあったんだけどなんか踏み込めなくてさ。高校生になってからフリーランスとして一人で働くことが形になってから、一人でいるからここまでこれたんだって。自分を肯定してた。学校の奴らを見下してた。でもさ、やっぱり俺は普通の高校生だったみたいなんだ」


「うん」


「よろず商業部っていう、ビジネスみたいな部活があって。その部長が同級生なんだけど仕事の対価に校内奉仕活動を求めるような奴で分かり合えないって思ってて、でも、今日。一緒に作業して俺と一緒なんだって思い知らされた。誰かと協力して仕事をすることは非効率だと思ってたのに、想定よりも早く仕事も終わって」


 自分の言いたいことを上手くまとめることが出来ていないにも関わらず、ばあちゃんはうんうんと頷いて俺の話を聞いてくれていた。だから、最後に一言。

 伝わりやすい、俺の本心を。


「俺、部活に入るわ。誰かを助けるとかそういう綺麗事じゃなくてさ、なんか息をするように自然体でいれる場所がよろず商業部だったから」


 ばあちゃんはふふっと笑みを浮かべてから「頑張れ」と呟いた。

 それから晩御飯を食べながらばあちゃんに今日あったことを沢山話す時間が続いた。


 後藤先生の話もしていなかったら、フリーランスとしての仕事の中で鉢合わせた話とか。

 それを弱みに部の名簿に入れられたとか、氷室川と喧嘩? みたいになってたとか。

 でも、今日一緒に作業をした氷室川は優秀で俺なんかよりも仕事のできるやつだってこととか。


 とにかく沢山話した。ご飯を食べ終えても尚、止まらなかった。


 それから幾らかの疲れのあった俺は風呂などを済ませてから自室に戻って眠りにつく準備をした。

 リビングにはまだ灯りが灯っていた。


 いつもは早く眠るばあちゃんが起きていることに珍しさを感じた。すると、そちらからじいちゃんの声も聞こえてきた。

 どうやら、二人して起きているようでますます奇妙に感じて耳を凝らす。


「理人がね、部活動をするんですって」


「そうか、部活動か。そりゃ良いじゃねーか。それなのに、お前…なんで泣いてるんだ」


 耳を疑った。

 え?

 ばあちゃんが泣いてる。聞き間違いではないよな。


 想像すらしていなかった事態に部屋から飛び出そうとしたその時、ばあちゃんの声が聞こえてきて足が止まった。


「嬉しかったんだよ。学校でのことを楽しげに話しているあの子の姿なんて初めて見た」


「あいつは口下手だからな〜。でも、あいつに居場所ができたのならよかったな」


「うん。でも、まだ言いたいことを胸にしまってるんだろうね」


「わはは。まあ、理人はそういう奴だ」


「ふふっ。そうね」


 二人は俺が思っているよりも俺のことをちゃんと見てくれていた。分かっていたつもりなのにそんな会話を聞いてしまうと理解が浅かったんだと心底思わされる。

 

 見慣れた天井を仰いで、もう見慣れたもんだと感じる祖父母の家。 

 小さい頃はここに来るたびにはしゃいでワクワクしていた。自分の家じゃないところにはいろんな発見があって好奇心をくすぐるから特別な場所の一つだった。


 でも、もうここは俺の家なんだ。

 俺の居場所はとっくにここなんだ。


 そうやって想いを言葉にすることは俺にはやはり難しい。

 だから、せめて高校生活を終えるタイミングで精一杯の感謝を伝えよう。


 今は意思決定くらいしかできないけれど、俺はタスクを漏らさない、そういう男だから。

 この気持ちを言語化して絶対に伝えるよ。


 そう思いながら、沢山の温かい思い出とこれまでの苦悩を胸に抱いて瞼を閉じた。

最後までお読みいただきありがとうございます!


「理人がね、部活動をするんですって」 自分のために、誰かのために、必死に走り続けてきた理人。

彼が初めて見つけた「自然体でいられる場所」を一番近くで見守ってきた家族もまた、涙を流して喜んでいました。


理人の居場所。理人の存在意義。 家族の温かさに触れ、本当の意味で「高校生・空木理人」としての時間が動き出します。


次回、第14話は明日【18:00】に更新予定です。

朝七時半。約束の場所へ向かう理人の足取りは、昨日までとは少し違うものになっているはずです。


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