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第10話:夜のカフェにて

 駅まで向かう道中、これまでのこともあり気まずさを感じていると氷室川の方から話しかけてきた。

 流石は学年一の有名人。コミュニケーション能力に長けているだろう。


「なんで、手伝う気になったの?」


 でも、振られた話題は最も好ましくないものだったので一瞬膠着してしまうが俺なりの言葉で出来る限り切実に答えた。


「まだ部としての構造は気に入ってない。やっぱり、氷室川が一人で抱えた依頼は挨拶運動とか草むしりで代替えされるものじゃないし。例え、氷室川自身が全生徒での奉仕活動を望んでいるんだとしてもその報酬は氷室川に、あるいは部に支払われるべきだと思ってる。以前は金だけが対価だと叩きつけた、でも本当は金が全てではないとも思ってる」


「知ってるよ。と言っても、桜井さんの動画編集をしている姿を見て気付かされたというのが本音かな。正直ね、私だって自分が綺麗事だけをかいつまんでいるって分かってる。対価に奉仕を要求してもそれは中身のないただの労働義務でしかない。そこに私の理想はないんだって」


 氷室川は薄く笑みを浮かべながら道端に転がる小石を蹴った。理想を諦めてしまったかのように感じさせるその背中が評判で聞く彼女のものとは思えないくらいに小さく心許なく思えた。

 それでも俺はその背を押すことをしない。


「俺にとっちゃ、理想とか心底どうでもいいし。氷室川が何を諦めようともかまわない。でも、間違えたのなら修正して正せばいい。一見失敗したかに思えた手法が近道のヒントだったなんてことはよくあるしな」


「突き放すようで、意外と優しい言葉をかけてくれるのね」


 納期という最大のピンチを超えたというに何故落ち込んだような声音で話すのか理解できなかった。

 もしかしたら氷室川雪音という女は耳にした評判よりも、俺が想定していたよりも弱い人間なのかも知れない。


 それから特に会話することなく普段から利用させてもらっているカフェの席に着く。


「良い雰囲気のお店ね」


「暖色系の照明と音楽がジャズなのが良い。ランチの時は流行りの曲になったりしているけど」


 氷室川は「そうなのね」と呟きながらメニュー表に目を通していた。

 俺はいつでもどこでもカフェならブラックコーヒーと決めているので早速鞄からパソコンを取り出して作業の準備をする。


 まず、見るべきは俺の記憶しているあまたのテンプレをどの部分に使用するか。

 指定されたテキストの文字数。画像の雰囲気と部のイメージなど。


 例えば剣道部のポスターならチラシを参考にするのではなく、刀を使う漫画の斬撃シーンのコマを参考にしたテンプレにする方が迫力が出る上に部の特色がデザインで伝えられる。

 このようにデザインをする上では様々なところからヒントを得ることができると俺は思っている。


 この要領で依頼のあった全ての部活動ポスターにテンプレ番号を振り分けていると、店員の女性がやっていた。集中し過ぎていると聞こえないくらいにここは呼び鈴の音が小さい。そのおかげで他所のお客さんに集中を遮られることもないのでやはりここはお気に入りだ。


「えっと、私はミルクティーのホットで…」


「ホットコーヒーで」


「かしこまりました。ミルクティーとブレンドコーヒー。それぞれホットですね。ただいまお持ちしますので、少々お待ちください」


 ついでにこのお店の女性店員は物凄くレベルが高い。

 絶対に店長が顔で選んでると思う。これだけは断言できるし、しかも綺麗系な女性を好む癖が出ている。


「今は何をしているの?」


 先ほどまでメニューをニコニコ見つめていたはずなのに切り替えの速さは流石だな。

「各部活のポスターごとにレイアウトのテンプレ番号を振ってた。今、俺がこれまで作成してきたデザインのファイルをメールで送った」


 氷室川はパソコンを開いてから俺の送ったデザインを確認しているようだったのでそのまま話を続けることにした。


「メール本文の方に部活名とテンプレ番号セットでリスト書いてあるから一応確認してくれ。それで問題なければあとはテンプレの通りにレイアウトと写真をはめてテキストを入れるだけだな。フォントはそれぞれが担当するって感じでどうだ?」


「分かったわ。それでやりましょう」


 やや不満気…いや悔しそうな顔をしているがやると決めた瞬間からすぐに作業に取り掛かっているようだ。

 やはり、彼女自身は凄く優秀で恐らく数ヶ月もしないうちに俺との立場は逆転するだろう。


 それに今回のこともなんとかなっていたんじゃないかと正直思ってしまう。それだけの何か期待感を感じさせるようなオーラが氷室川からは流れていた。


 聞き慣れたジャズのリズムに乗るようなタイピング音。マウスのカチッと鳴る音は裏拍を取っているように思えて最速での行っている作業の中でも俺自身がジャズのリズムに乗り始めていると自覚してきた頃、ポスター制作は難なく終了した。


 氷室川と分担をしているので正確には俺の受け持った作業が終了した。あちらがどのくらいの進みなのかは把握していないが一先ず集中が途切れる前に終わって良かったと安堵のため息を漏らす。


「そちらは終わったの?」

 氷室川がマウスを動かしながら尋ねてきた。


「うん、多分完璧。そっちの進捗は?」


「こちらももう終わりそう」


「早いな」


「なに、皮肉?自分の方が早く終わったからって…小さい男」


「氷室川って、案外捻くれてるよな。俺の作ったテンプレで作業してんだから俺の方が早く終わって当然だろ」

 思っていることをそのまま伝えると一瞬睨まれて怖かったので一旦コーヒーを啜って心を落ち着けることにした。


「空木くんって、こういう仕事に詳しいけどどこで勉強したの?」


「は?なんだよ。急に」


「急じゃないでしょう。編集スキルにデザイン知識。そしてサイト作りも出来るなんて普通の高校生とは思えない。それに桜井さんに取った行動、あれは紛れもないプロとしての…」


 よく喋る割に手は止めない。マルチタスクが出来る器用なタイプなんだろうと少し羨ましく思った。


「趣味程度に知り合いの仕事手伝ったりしてるだけだよ」


 俺がこういった仕事を個人で行っている、所謂フリーランスだということは後藤先生と家族以外は知らない。


 もし氷室川がここで知ったとしても教師側にチクられたりしなければ特に問題はない。ただ、ビジネスやってますよみたいな顔してる奴らを見てると虫唾が走る。そんな人間になりたくはないというのが隠している最大の理由だ。


 そんな俺の思考を見透かすように彼女は目を細めて様子を伺ってくる。


「なんだよ」


 氷室川は、はあっとあからさまなため息を漏らしてから「まあ良いけど」と言葉を呑んだ。


 それから氷室川がポスターを完成させるまでの時間でウェブサイトの土台を作成していた。


 やる事は簡単でAIにサイトを作る上でのコードをたくさん読み込ませてサイト作りのプロAIを作成する。言葉にすると難しそうに思われるかもしれないがコードなんてものは今の時代ならネットにいくらでも載っているためコピーとペーストで記憶させていく。


 俺自身も最低限の知識はあるが、まあ本当に最低限と言ったところだ。

 そんな中、カフェにいたお客さんが少しずつ減っていきついに残りの客くが俺らだけになった。


「終わった。あとはクリスマスイベントのポスターね」


最後までお読みいただきありがとうございます!


「間違えたのなら修正して正せばいい」 理人の突き放すような、けれど確実な助言。


夜のカフェ、ジャズが流れる静かな空間で、二人のタイピング音だけが重なりました。 少しずつ縮まる、ビジネスパートナーとしての距離。


本当は18時の1日1話投稿予定でしたが、

原稿が溜まってしまうので、1日2話投稿にします!!

朝と夕方の6時にこうかいします!


次回、第11話は本日の【18:00】に更新予定です!


少しずつ変わり始めた二人の関係が気になる方は

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