袖振り合うも多生の恋
明けましておめでとうございますm(_ _)m
今年もよろしくお願いいたします(「・ω・)「
袖振り合うも多生の恋
駅前のイベントホール前。
休日の昼間だというのに、やけに心臓の音だけがうるさい。
「……落ち着け、僕」
スマホを握りしめ、周囲をきょろきょろと見渡す。
ネットのオフイベント。
毎晩一緒にオンラインゲームをしてきた“シノ”と、今日初めて会う。
――いや、正確には「会う約束をしてしまった」。
身長一八〇センチ。体型は普通。
でも前髪は目元まで伸びていて、人と目を合わせるのが苦手。
声はわりと爽やかだとよく言われるけど、基本は無口で自信がない。
こんな僕が、三つも年上のお姉さんと現実で会うとか、どう考えても分不相応だ。
「……シノさん、来るよな?」
スマホを見る。
《もうすぐ着くよー!》
いつもと変わらない軽い文面。
その時だった。
「あ、いた」
聞き覚えのある声。
でも、ヘッドセット越しよりずっと近い。
顔を上げると、黒髪ボブカットの小さな女性が、にこっと笑って立っていた。
「えっと……もしかして、ユーくん?」
「あ、は、はいっ」
反射的に背筋が伸びる。
シノーー。
ネットで何百時間も一緒に過ごしたお姉さん。
実物は、想像よりずっと表情豊かで、目が大きくて。
服装はシンプルな明るい青のロングスカートに白を基調とした落ち着いた服装だなのに僕は、なぜか目を引く。
「やっぱり! 写真より背高いねぇ。ほら、言ったでしょ、絶対すぐ分かるって」
「え……」
「だってさ、集合場所で不安そうに突っ立ってる高身長男子、他にいないもん」
くすくすと笑われ、耳が熱くなる。
「ご、ごめんなさい……」
「なんで謝るの。可愛いじゃん」
「……っ」
今、何て言った?
思考が追いつかないうちに、シノさんは自然に僕の隣に並んだ。
「じゃ、まずご飯行こっか。予約してあるんだ」
「よ、予約……?」
「今日はお正月でしょ?混むって聞いたから。大人のお姉さんを舐めちゃだめだよ?」
冗談めかしてウインクされ、心臓が跳ねる。
――ネットでもこういうこと言う人だったけど。
現実だと、破壊力が段違いだ。
連れて行かれたのは、少し洒落た定食屋だった。
木目調の落ち着いた店内で、周囲はカップルばかり。
「緊張してる?」
「……してます」
「素直でよろしい」
シノさんは満足そうに笑う。
「でもさ、ゲームの時はあんなに頼もしいのにね。ボス戦とか」
「あれは……画面越しなので……」
「ふふ、現実だとバフ切れかぁ」
そう言って、僕の反応を見るように首を傾げる。
箸を持つ手が震え、味があまり分からない。
それでも、シノさんは楽しそうに話し続ける。
「ユーくんと毎日夜にログインするの、私すごく楽しみだったんだよ?」
「え……?」
「仕事終わってさ、疲れてても『あ、今日もユーくんいる』って思うと元気出て」
それは、ただの仲間として、だよな……?
「……僕も、楽しかったです」
「うん、知ってる」
なぜか即答され、ドキッとする。
食後はカラオケだった。
「え、ユーくん歌うの?」
「は、はい……一応……」
「一応って顔じゃないでしょ、それ」
半信半疑のまま入れた僕の番。
流れ始めたイントロに、自然と息を吸う。
――歌っている間だけは、不思議と怖くない。
歌い終わると、部屋が一瞬静かになった。
「……ちょっと待って」
シノさんが、ぱちぱちと拍手する。
「なにそれ。上手すぎなんだけど」
「そ、そうですか……?」
「そうですかじゃないよ。反則。ギャップで人殺せる」
顔を両手で覆いながら、指の隙間からこちらを見る。耳まで赤くなってこちらまで赤くなる。
「無口でビビりで、背高くて、歌上手いとか……何そのキャラ。可愛すぎ」
「……かわいくはないです」
「はい出た、自己評価低いとこ」
近づいてきて、下から覗き込む。
「ほんと、からかい甲斐あるよねぇ」
楽しそうな笑顔に、胸がきゅっと締め付けられた。
最後はボーリング。
結果は、シノさんの圧勝だった。
「ほらほら、ストライク!」
「す、すごい……」
「でしょ? でもユーくんもフォーム綺麗だよ」
ハイタッチを求められ、戸惑いながら手を合わせる。
触れた瞬間、また心臓が跳ねた。
楽しい時間は、あっという間に過ぎた。
駅のホーム。
電車の到着を告げるアナウンスが響く。
「今日はありがとね」
「い、いえ……こちらこそ」
「……ねぇ」
シノさんが、一歩近づく。
「ユーくんさ」
電車の音が大きくなる。
ドアが開く。
その瞬間、唇に柔らかい感触。
「——っ」
何が起きたか理解する前に、シノさんは電車に乗り込み、振り返った。
ーーーーー……口が動く。
でも、走り出した電車の音にかき消されて、言葉は聞こえない。
ただ、最後に。
「またね!」
それだけは、はっきり聞こえた。
ホームに残された僕は、しばらく動けなかった。
唇が、まだ熱い。
あの口の動き。
きっと、大事な言葉だったんだろう。
でも不思議と、不安はなかった。
毎晩ログインすれば、そこにはシノがいる。
それだけで今の僕には十分だった。
この恋は、まだ実ってはいない。
けれど――。
「……時間の問題、だよな」
そう思えるくらいには、確かな予感と確信があった。
ーーーーー後日ーーーーー
いつもの時間。
いつものログイン音。
『ユーくん、こんばんはー』
ヘッドセット越しに聞こえる声。
数日前と何も変わらないはずなのに、胸が少しだけ落ち着かない。
「……こんばんは、シノさん」
『あれ、ちょっと緊張してる?』
「そ、そんなことは……」
『ふふ、分かりやすいなぁ』
ゲームはいつも通り進む。
雑魚敵を倒しながら、雑談を挟みながら。
でも、どうしても頭から離れないことがあった。
「あの……」
『ん?』
少し、間を置く。
「この前……駅で……その……」
『うんうん』
「……最後に、何て言ったんですか?」
一瞬、VCが静かになる。
次の瞬間。
『……っ、ふふっ』
いたずらっ子みたいな、小さな笑い声。
『なーにそれ。気になってたんだ』
「……はい」
『秘密!』
即答だった。
「え……」
『もう、この鈍感男~』
そう言いながら、声が少しだけ照れている。
『あんなの、本人の前で言わせる気?』
「い、いえ……」
『だーめ。教えない』
楽しそうに、でもどこか優しく。
『分かるまで、自分で考えてなさい』
それ以上、その話題には触れられなかった。
けれど――。
いつもより少しだけ、声が近く感じた夜だった。
こんな恋がしてみたい




