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また逢う日まで、さようなら  作者: 澪ナギ


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1/2

また逢う日まで、さようなら。今度はきっと、”初めまして”ね


「……別れたい……?」


 目を見開いて反復する言葉に、頷いた。




 四人で新たな村に来て二年近く。

 その間、たくさんのことが変わった。嫌なことを言う人たちもいなくなったし、クリスティア以外に友達もできたし。

 恋人も、できた。


 オトハ=クルーシュト。

 穏やかで、勉強が大好きで、いろんな知識を得ては、よく私に話をしてくれた。

 初めて愛されて、愛して。このまま、きっとこの人と歩いていくんだろうなと思っていたけれど。




 私は今、その愛しい人に別れを告げている。



 いつも通り家へ来て、なんの前触れもなく「さよなら」を言われた赤紫の瞳は、少しだけ視線を下に向けて。


 また、私を見た。

 いつもの、穏やかな優しい笑みを浮かべて。


「理由を聞いても?」

「……」

「嫌になったかな、僕のこと」

「ちがっ──」


 即座に出た否定に、オトハは別れを告げられているのに「よかった」と笑う。

 そうして、家の入り口に突っ立ったままだった彼は、ゆっくりとこちらにやってきた。


 ほんの少ししんどい体には気づかない振りをして。床に座ったオトハと対面するように、正座をする。

 緊張している私とは相反して、彼は優しい声で尋ねてきた。


「理由は言えない?」

「……」


 問いには、沈黙を返してしまう。


「言いたくないのであればあまり追求もしないけれど」

「……っ」


 言いたくないわけでは、なかった。

 けれどとうしても怖くて、口が開いてはまた閉じて。最終的には、俯く。



 言いたくないわけじゃない。それは本当。でも、簡単にも言えない。



 だってこんなの、我が儘だもの。

 別れを告げているくせに、嫌われたくないと自分勝手な思いが頭でせめぎ合う。



「言えるなら、ゆっくりでいいよ」


 そんな私を見透かしているのか、オトハの手が背に回った。ゆっくり、安心させるように撫でられて。


「……」


 少しだけ、ほっとする。

 顔を上げたら、変わらない優しい笑みと合った。


「……」


 包み込むような瞳は、いつだって私を安心させる。段々と緊張もほぐれて、今度は自然と、口が開いた。


「……わがままなんです」

「カリナが?」


 こくり、頷く。


「どうしてかな」

「……自分勝手な理由で、あなたに別れを告げている」

「その理由が我が儘かどうか、判断するのは僕だよ」


 促すように、背を優しく叩かれた。

 とん、とんと、心地よい振動に、まだ躊躇いがあったけれど。


「……ゎ、たし」


 俯いて、小さな声で、紡ぐ。



「病気、だと、言われました」



 背を叩く手が、止まった。




「この前、家で、倒れて……レグナが、話してくれたんです」


 原因もわからない病だということ。




 そして、




「も、う……ながく、ないかも、って……」




 段々と小さくなる声。

 喉が、熱くなってきた気がした。


 オトハまだ、喋らない。沈黙が怖くて、さっきまでが嘘みたいに口が動く。



「今も、ちょっと辛いんです。くらくらしたり、外には、出れなくて。もう、長くないから……たぶんこれから、もっと悪くなって……、動けなくなるかもしれないの。それで、あなたの──」


 負担になるかもしれない。


 その言葉は、出なかった。

 オトハが、指で私の口を塞いだから。驚いて顔を上げると、やっぱりいつも通りの優しい笑み。


 その弧を描いた口が開くのが見えて、言葉の恐怖に、体に力が入る。


 生まなきゃ良かったと泣いたあの人みたいに、言うんだろうか。



 恋仲にならなければよかったと。


 飛躍しすぎた考えにそんなことないと思いつつも、昔のトラウマがよみがえって。ぎゅっと手を握る。



 けれど、彼から出たのは予想したどんな言葉とも違った。


「……まず、話してくれてありがとう」

「……」


 拍子抜けてしまって、すぐに体の力が抜けてしまう。


「そしてカリナ」

「……はい」

「君が言うほど、それは我が儘ではないよ」

「……我が身かわいさに、あなたに別れを告げているのに?」


 薬師として兄の手伝いをしてきて、病気によって周りに面倒を見てもらうことになるというのはよく知っている。

 人によっては日常生活すべてを委ねることになる人だっている。


「ただでさえ、愛しい兄や親友たちにそんな負担を掛け始めていることで辛いんです……あなたにまで負担を掛けるとなったら、私は罪悪感で死んでしまうわ」


 自分を楽にしたくて、愛する人に別れを告げている。

 その思いの、どこが我が儘でないと言うの。


 けれど目の前の人は、笑った。


「僕はそれを我が儘とは思わないよ。君がとても優しい人だと思ってしまう」


 目を見開いて驚いたら、「愛は盲目だね」なんて肩をすくめられた。


 思わず綻んだ私に、ふっと笑って。


「……本当は、」


 その人は、さっきまでとは違って、寂しげに私を見た。


「……最期まで、君を支えたいと……別れを拒みたいんだけれどね」

「……」

「残り短い、大事な人たちとの大切な時間も割きたくない」

「……あなただって、大切よ」


 あぁ、今それを言うのはずるかったかしら。

 ぐっと、オトハが歯を食いしばった。でも、すぐになかったかのように笑う。


「……君の思いを、……尊重したい」


 そう言ったオトハの声は、少しだけ震えている気がした。目も、心なしか潤んでいるように見える。



 ──一年半くらいかしら。


 出逢って、たくさんの知識と愛を私にくれた日々は。



「……それじゃあ、さよならね」



 濃密な毎日が、たったの一言で終わろうとしている。


 目頭が熱くなってきて、まばたきしたら今にも滴がこぼれ落ちそうだった。



 それを、目の前の人が。


 首を振って、阻止する。



「さよならではないよ」



 と。

 ずっと目が合っているはずなのに、またその人を見たら。きっと私もそうなのでしょう。目に涙を溜めて、微笑んでいる。



「……最後に、君にいつか話そうと思っていた話をしても?」



 穏やかな声に、頷いた。

 ありがとうと笑って、そのきれいな口が言葉を紡いでいく。


「輪廻転生というのがあってね。人は、死してもまた転生していく、というような話」



 この世界に生まれ落ちて。魂は肉体を借り、様々な勉強をして天へと還る。そうして、また再び降りてきて肉体を借り、役目を終えれば天へ。

 そんな繰り返しがあるというもの。



「人によって解釈がいろいろと異なっているんだけれどね。生まれ変わりの回数には限りがあるだとか、人は人にしか生まれ変われないだとか」


 興味深い話だろう? そう言う顔は、出逢ったあの頃、惹かれていった無邪気なあなただった。

 学ぶことが楽しくて、大好きで。


 話を聞いているのに、見ているのは昔のあなた。

 不思議な感覚が続きながら、「それでね」と続ける声に耳を傾ける。


「これも興味深い話で、ソウルメイトと言って、魂が惹かれあうというような話があるんだ」

「惹かれ、あう……?」

「そう。今世ではこうして恋人だけれど。前世では……そうだな、たとえば兄妹だったとか。来世では親友だったり」

「不思議な話ね」

「そうだろう? 姿形は変わっても、何度も出逢う……そんな話があると、君に伝えたかったんだ」



 ”いつかどちらかが、この人生を終えるときに。”



 弾かれたように、あなたを見た。



「……ずっと、傍にいたいと思っていたよ」



 そこにいるのは、あの頃の無邪気なオトハじゃなくて。

 目に涙を溜めて、それでも微笑むあなただった。



「僕の方が少し年上だから……きっと僕が先にと思っていたけれどね」


 ずいぶん早い別れになってしまったね、なんて。

 言われた言葉に、ぽつり。滴がこぼれた気がした。


 私からこぼれたそれを、あたたかい指ですくう。


「……そしてその、いつか来た別れのときに……単に”さよなら”だけじゃなくて、言おうとしていた言葉があるんだ」

「さよならじゃ、なく……?」



 頷いたときにこぼれた涙は、気にならなかった。



「”また逢う日まで”」



 目の前の人が、とてもとても、きれいに笑うから。



「……また、……」

「そう、また逢う日まで。僕らは何度も生まれ変わって、またどこかで逢うかもしれないだろう?」


 だから、”また逢う日まで、さようなら”と。

 その人は、優しく言った。



「……逢う……」


 こんな、自分勝手な別れを告げているのに。


 あなたは──。



 また私と出逢ってくれるの──。


 そんな言葉は、喉が熱くて言えなくて。

 落ちてくる声に、頷いていくしかできなかった。


「……カリナ」

「……」

「次、いつか生まれ変わって出逢ったとき……また恋をしようとは言わないよ」

「……」


 私も、きっと言わないわ。


「……どうか、幸せでいてほしい。僕が願うのは、それだけ」

「……うん」


 私だって、あなたの幸せを願ってる。

 どうか今度は、こんな私じゃなくて、もっと幸せになれる人と一緒になって。



「けれど一つだけ、我が儘を言うのなら──」



 なぁに? 聞こうとした口は、あなたの口でふさがれて。


 驚いて見開いた目に映ったのは、あなたの頬を伝う涙だった。



「、カリナ」

「……うん」

「いつか、出逢ったとき……もしも、僕を覚えていたのなら」




 ──大好きな君の満開の笑顔を、また見せて。





 声は、震えていた。

 強く抱きしめてきた腕は、まるで離したくないというようで。


 どうしたって、涙が止まらなくなる。




 ねぇオトハ、



「……っ、……」


 私だってずっと、一緒にいたいと思ったよ。


 大好きなあなたに愛されて、愛して、このまま、ずっと。

 それこそ、死が二人を分かつまで。親友や大好きな兄たちとも笑いながら、平凡で、幸せな日々を。


 歩いていきたかった。




 終わってしまうね。

 あなたがその手を離したら、すべて。



 このまま時が止まればいいのに、なんて思うのは、やっぱりずるいかしら。


 別れを告げたはずなのに、離れたくないと。手を伸ばして、抱きしめたくなってしまう。





「……オトハ」



 名前を呼べば、また抱きしめる力が強くなった。

 喉が痛くて、目の前は見えなくて。こんな、何も見えない状態なら、あなたを抱きしめてもいい?



 そう、思うけれど。



 伸ばし掛けた手は、抱きしめることはせず。



 ごめんねと、伝えるように背を叩く。




 そうして、あなたに、答えた。



「……忘れないわ、ずっと」



 あなたのことも、あなたと過ごした日々も。



「ずっと、覚えてる。どんなに姿形が変わっても、忘れないから」



 きっとお互い、探すことはしないでしょう。

 けれど本当に、ふと、どこかで出逢ったら。



「いつかまた逢ったときには、」




 笑顔で、あなたと挨拶をしよう。





 震えた声は、届いたかしら。


 大丈夫よね。

 緩まった腕が、きっと大丈夫だと、そう言っている。




 ゆっくりゆっくり、終わっていく。



 あなたとの愛しい日々。



 思い返せないほどの時間が、離れていくぬくもりと一緒にあふれてくる。



 最後に滲んだ視界で映ったのは、思い出の中と同じ。いつもの穏やかな笑みだった。



 けれどいつも通りでないのは、纏う空気の悲しさ。



 震えた口が、ゆっくりと動く。



「……カリナ」

「うん」

「今まで、ありがとう」

「こちらこそ、たくさん、ありがとう」



 ──最後だよ。



 さぁ、笑いましょう?




「「また逢う日まで」」







 


 ♦





 賑やかな街を、歩く。


 誰に向けるでもない笑みを携えて、たった一人。




 コツリ、コツリ。ヒールをならしながら、ゆったりと露天や店が並ぶ街を歩いていた。




 いつも笑顔だね、なんて。

 お店のよく見知ったおばさまに言われる。そうですかねって笑って、その店を後にした。


 速度をゆるめた店の店主には、また「今日も笑顔が素敵だね」と言われる。

 もう癖なんですよと困ったように言った。



 昔、大嫌いな男に言われてから癖になった笑み。

 どんなに悲しいことがあっても、なるべく崩さないようにしていれば、もうそれが普通のように。私の口角はいつだって上がっていた。



 どうしてそんなにいつも笑っていられるの。



 聞いてきたのは誰だったかしら。

 人を思い出せはしないけれど、理由を挙げるならば、やっぱりみんなが笑うから。


 それと、もう一つ。



「あの、」




 トンッと、肩を叩かれた。




 知らない声。誰でしょうか。変な人だったら嫌だけれど。




 振り向く前に、また笑みを作る。





 だって、




「なんでしょう?」





 振り向いた先に、もしかしたら。






 ──大好きだった、あなたがいるかもしれないから。





『また逢う日まで、さようなら。今度はきっと、”初めまして”ね』/カリナ









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