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とりあえず話だけ聞くとリーガルが言ったため、イリーナは彼を王都にあるサーシェス辺境伯家の別邸へと連れていった。
サーシェス辺境伯家の別邸は比較的高級住宅地にある3階建ての建物だ。王都にある建物ということで、あまり広い土地はないが、それでも持ち主の裕福さが伺える程度には大きな建物になっている。
「ようこそ、サーシェス辺境伯家の王都別邸へ〜」
先に馬車から降りたヒナツが元気に案内口上を述べている。4人が建物に入ると、奥から初老の執事服を身にまとった男性と、メイド服を着た2人の少女が出てきた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。お早いおかえりでしたな」
「ええ。コースト、部屋を1つ用意してくれる?談話室でいいわ」
かしこまりましたと、執事服の男性――コーストは部屋の用意のために屋敷の奥に行ってしまった。
イリーナは、居心地悪そうにしているリーガルの背中を押す。
「リーガル、お話したいところだけど、まずは身だしなみを整えてからよ。もちろんお代なんかは取らないから、新しい服が貰えるくらいの気持ちでお風呂に入ってきてくれる?」
リーガルは宿無しの孤児なのだろう、ボロボロの服に穴があきそうでサイズの合わない靴を履いており、お世辞にも綺麗とは言い難い格好をしていた。黒く汚れた姿だったが、意思の強そうな赤い瞳だけがやけに目立っている。
リーガルは特に抵抗もなかったのでコーストと共に奥から出てきたメイド、パティとミーチェに預けお風呂に入ってもらうことにした。
「ヒナツ。ちょっとユミエルの所に行ってくるから、あなたもリーガルの様子を見ていてくれる?」
「はぁい」
ヒナツに指示を出し、イリーナは2階の奥、図書室に向かう。もちろんシェンも一緒だ。
「ユミエル、いる?」
図書室の中に声をかけると、大きな丸メガネをかけた少年が出でくる。肩まである金髪を後ろでひとつに括り、オレンジとも黄色とも言えない蜂蜜色の瞳をしたこの少年は、ヒナツと同じ、イリーナの従僕見習いをしているユミエルだ。
「おかえりなさい、お嬢様、シェン様。なにか仕事ですか?」
「違うわ、貴方の市井に出る用の服を1式貰いたくって。新しい子が……あ、昨日言った印付きね。あなたと同じくらいの背格好だったの。堅苦しい服より、少しラフな服の方が気がほぐれるかと思って。まぁ、最初はね」
ユミエルはなるほどと顎に手を当てて納得してくれた様子だった
「いいですけど、また新しいの用意してくださいね」
「それはもちろんよ。いまお風呂に入ってもらってるから、ミーチェに渡してもらえるかしら?」
「分かりました。あ、靴もですか?」
「もちろん」
分かりましたと再度頷いて、ユミエルは自室に服を取りに行ってくれたようだ。
「それにしても、また、ユミエル年代のみよりのない子が増えるかもしれないんだね」
「そうね、そうなってくるとまた私の従僕見習いが増えちゃうから困りものなんだけど……」
「でも、放ってはおけないんでしょ?」
「ええ、もちろん。それに、まだそうなるって決まった訳じゃないしね」
「ふふっ。イリーナのそういう所ボクは気に入っているよ。じゃあボクはそろそろ帰るから、なにか面白そうな事があったらまた呼んでよ。茶化しに来るから」
「別に呼ばなくたって自由にみにこれるでしょ。分かったわ、今回はありがとうシェン」
「どーいたしまして」
そう言うと、シェンの姿は光の粒子に囲まれて霧散する。
実は元々シェンはあまり住処から出たがらない精霊だ。
離れていても、シェンとイリーナは契約で繋がっているので、お互いの様子は大体わかるが基本的にシェンはサーシェス辺境伯領にある森に住んでいる。
用事がある時はイリーナが呼び出したり、暇になった時にシェンが気まぐれに様子を見に来ることもあるがそういう緩い関係なのだ。
「さて、リーガルの様子でも見に行くかな」
シェンと別れたあと、イリーナは風呂場の方面に向かった。
途中、リーガルのものと思われる絶叫が聞こえた気がしたが、大丈夫だろうかと思いながら歩みを進める。
風呂場まで来ると、ちょうど赤髪ツインテールのメイドミーチェが風呂場からしずしずと出てきて後ろ手で扉を閉めたところだった。
「ガキが喚きおるわ」
「何かあったのミーチェ?すごい声したけれど」
「まぁ、イリーナ様、コホン失礼しましたわ」
若干でた口の悪さを隠すように咳払いをしたミーチェは、あまりにもきたなったので磨いてやったのだと説明した。
「それで、あの絶叫ってわけね……まぁ、リーガルも男の子だし……仕方ないというか、ご愁傷さまというか……」
「そういえば、背中に聖印らしきものを確認しました。判別までは出来ないのですが」
「こんな形じゃなかった?」
風呂場の鏡にイリーナが模様を描くと、その通りだとミーチェは頷いた。
「やっぱり、ドラゴンの聖印ね。うふふ、これは使えるわね」
「どうかされましたの?」
「いえ、もしかしたらリーガルは神様が用意した私の恋のキューピットなのかもしれないと思ってね」
悪い顔をしたイリーナを、ミーチェは呆れ顔で見返すのだった。