40 閑話 魔術局のアイドル
「お嬢様今日分のお手紙ですわ」
「ありがとうミーチェ」
イリーナは手紙の束を受け取るとパラパラと確認を始める。
「ヒナツ、魔術局からいつもの来てるわよ」
「もうそんな季節なの〜?」
とてとてと歩く黄緑色のふわふわはイリーナの元にたどり着くと彼女が読んでいる手紙を覗き込んだ。
イリーナはヒナツにあてられた内容である2枚目の紙を渡す。
「またいつものおてつだいみたい。今期はどうしよう〜」
「ヒナツの好きなようにすればいいのよ。誰も文句なんて言えないんだから」
そう言ってイリーナはヒナツを撫でる。
「けっこーかんがえるの大変なんだよ?これ。えーんユミエル〜たすけてー」
「今回もですか?仕方ないですね」
やれやれというふうに本を閉じ席を立つユミエルはチャキリと眼鏡を直した。実はこういう考える仕事がユミエルは大好物なのだ。
―――
レン・アスフォードは拍子抜けしていた。
アーライル王国の、最高峰の魔術師称号であるSSランク魔術師試験。その試験会場でずっとうろちょろとしている子供がいるのだ。
彼は40人近い試験者の間を飛び回ったりべろべろばぁとからかいながら、空を舞ったり試験官の後ろから変な踊りをしながら出てきたり好き放題に暴れていた。
お化けでも見ているのかと錯覚しそうになるが、隠蔽魔術をかけた普通の子供だ。先程からうろちょろとしていて鬱陶しいことこの上ない。おかげで魔術局長の話が全く入ってこない。この国最高ランクの魔術師を選別する神聖な場にふさわしくない。
「以上を持って冬期のSSランク魔術師試験の開始を宣言する。まずはなにか質問はあるかね」
真面目な試験者が質問していく中で、レンは不思議に思っていた。
誰も少年の事を言及しないのだ。
まぁかなりきつい隠蔽魔術だが、気づいてしまえばなんてものないものだ。
(まてよ?もう試験は始まっていたりするのだろうか?)
慌ててレンが手を上げると、すぐに当てられた。
「……では。そこの少年はなんでしょうか。」
レンは至極当然な疑問をぶつけた。半ば回答の気持ちだった。
「えーコホン。レン・アスフォード君だったね少年というのは?」
「……ずっとうろちょろしてるじゃないですか……そこの黄緑色の……」
途端試験官達がザワザワと話し始める。
「まさか……いるのか?」
「……あの子のことだ充分にありうる」
試験官が反応しないからてっきり仕込みの試験だと思っていた。魔導師局長なんて耳の横で手をピロピロされていたのに。
黄緑色の少年は目をぱちくりとさせると飛び上がって手を叩く。
「すごいねぇお兄さん。ぼくの髪の色までわかるなんて」
パチパチと黄緑色のふわふわとした髪の少年はそう言って隠蔽魔術を解いた。
どよっと驚愕する声が響く。
「このおにいさんが合格!でおわりでいいとおもうよ。ほかのひとは視線動いてなかったし、ぼくがみえてないよ」
それは試験官達にも刺さってないか?とレンは思った。
「そんなぁ」と試験者達から悲鳴が上がった。
「でもねぇヒナツ君合格者が1人って言うのはちょっとダメなんだよォ」
「そうなんですか?」
「そうよぉヒナツ君。もう少し見てあげてくれないかしら」
試験官のSS級魔導師達はまるで孫を諌める祖父母のように腰を屈めて少年に言い聞かせる。
「うーん。そうですか。わかりました。ちゃんとしけんないよーかんがえてきたので頑張ります!」
―――
「こんにちはヒナツといいます。今日はみなさんの、たんとうしけんかんとしてきました」
ちょこんと大きな椅子に座る可愛らしい黄緑色の髪に同じ色の瞳をしたヒナツ君は貴族の少年のようなヒラヒラとした豪奢な服を着ていた。水色のチェックのハーフパンツに、胸元のリボンにはサファイアというのだろうかとりあえず紺碧の宝石の着いた銀細工が飾られている。
「あらためてSSランク魔術師試験をおこないたいとおもいます」
ゆらゆらと少し左右に揺れながらヒナツ君はゴソゴソと紙を取り出し、読み上げる。
「しけんの内容はかんたんです。ぼくは隠蔽魔術をつかって魔力を隠蔽してるのでだいたい隠蔽前の魔力がどれくらいかあててください」
「それだけ?」と後ろの方で声がした。レンも同様の意見だった。そんなの考えるまでもない。こんなもので試験などできるのだろうかとレンは少し不思議に思った。
「では分かった人から順番に別室にどうぞ。あ、ちゃんと試験してない時はそとにいるので!ゆっくりかんがえてくださいね」
ヒナツ君はそう言って試験者がよく見えるようにかぐるぐると席を回り始めた。
そしてレンの前で足を止める。
「おにーさんはもう合格なのではいってもはいらなくてもいいですけど……そうですね、入るならさいごにしてください」
「わ、分かりました」
にこりと笑ってヒナツ君はまた席を回り始めるのだった。
合格出来たのは嬉しいには嬉しいが、何故か釈然としない思いがレンの心をしめていた。
―――
「今回こそ試験合格!」
エルク・ヴァイザーの場合
―――
「測定器は一般的なものです。自分でつかってみて感触を確かめてもらってもだいじょーぶです。これには細工してないので」
ヒナツ君は手元の紙を見ながら一生懸命に試験内容を読み上げる。
ヒナツ君のことは前回のSSランク魔術師試験で知っていた。SS魔導師のジジババに可愛がられるバケモノじみた魔術師。前回は攻撃魔法がテーマとか何とか言って試験者をそれはもう阿鼻叫喚の渦に叩き込んだ。それがヒナツ君だ。
エルクは測定器に魔力を注いで感触を確かめる。
50くらいまでが一般人、100くらいまでが新人魔術師、150を超えてくると熟練の魔術師と言ったくらいか。エルクの魔力は170で止まった。
200を超えてくるともうバケモノと言われる領域だが、この測定器は人間の魔力以外も測れるようにか300まで測定できるものだった。
エルクは自信があった。ヒナツ君の魔力は前回から見ている。
「210くらいでしょうか……!」
「正解です!けど、不合格です」
ヒナツ君が隠蔽魔術を解除して魔力測定器に手をかざすと、針はぴんっと210あたりの数値で止まった。
「う、嘘だ!どうして!?当てたのに!?」
「どうしてか分からないのなら、やっぱり不合格です」
しゅんと眉を下げるヒナツ君を見てエルクは思い出す。去年の化け物じみた攻撃魔法の嵐を巻き起こしたこの少年を。とてもとてもじゃないが210くらいの魔力量で収まるものではなかった。
「そ、そうだ、魔力を制限をしているからでは?」
そういうと見るからにヒナツ君はぱぁあっと顔を輝かせる。
「お見事!では制限後の魔力は?」
エルクにはそこまでの判別はつかなかっただが、推測はできる。
「250です」
エルクはごくりと唾を飲みながらヒナツの反応を待った。
「ぶぶー不正解です〜。不合格!」
ヒナツの魔力自体の制限が解除されていくにつれ魔力測定器は数値を増し、制限が全て解除されると270で止まった。
―――
「初受験頑張りましゅ!!」
ミレーナ・クレリスの場合
―――
「えーっと、これはどういうことでしょうか……」
ミレーナは泣きそうだった。プルプルと震え魔術に使う杖を握りしめる。
回答しようと部屋に入ると、変な魔力が満ちていた。流れを追ってよくよく見てみると、隠蔽魔術にかけられた攻撃魔法陣がいくつもミレーナを囲っているのだ。
「どういうことって、どういうことでしょうか?」
途端に攻撃魔法が発動直前まで展開される。
ヒィッとミレーナは防御結界を張った。
「あはは大丈夫ですよ。本当にこうげきしたりしませんから。これも試験の一貫です。今回のテーマは隠蔽魔術なので。お姉さんすごいねぇ!けっこーきつく魔術かけてたんだよ〜よくわかったね」
サッとヒナツ君が手を振ると攻撃魔法陣は一気に霧散した。
「えーっと、測定器は一般的なものです。自分でつかってみて感触を確かめてもらってもだいじょーぶです。これには細工してないので」
ヒナツ君はちょこちょこと試験の流れが書かれた紙だろうか?を見ながらそう言った。
軽く魔力を通し、大体の当たりをつけたミレーナは目の前の小さな少年に向き合う。
(うーんこれ、でも隠蔽魔術の試験っていってたし)
少し引っ掛かりがあったミレーナは悶々と考えた末に答えを出す。
「に、210!です」
ヒナツが隠蔽魔術を解除すると、針はぴんっと210当たりを差した。
「合格です!」
「良かった。でも魔力自体にも制限をかけてますよねさっきまでは、270くらいあったけど……今は250くらい、かな?」
「すごい!そこまでわかったんですか?……内緒ですよ」
しーっと人差し指を口元にあてながら、ヒナツ君はコウッと隠蔽魔術を解除した。ヒナツの魔力は真っ直ぐ210を差したが、ヒナツの魔力自体の制限が解除されていくにつれ魔力測定器は数値を増し、制限が全て解除されると寸分の狂いもなく250で止まった。
「文句なしの合格です。おめでとうございます」
「ありがとうございます〜」
ペコペコと頭を下げながらミレーナは別室から出る。
(あれ?でも、そういえば結界魔術って、誰が魔力維持してたんだろう?)
あと3人もいる試験者を見ながらミレーナは不思議に思うのだった。
―――
「期待の新人!魔術師界の新星!」
レン・アスフォードの場合
―――
レン以外の試験者の合否が終わり、40人近くいた試験者はレンを含め5人の合格者を出すのみになった。
「レン・アスフォードは合格との事だったが、どうするかね?」
魔術局長に尋ねられ、レンは迷わず「同じ試験を受けます」と答えた。
レンが部屋に入るとでかでかと淡い魔力の文字で「この部屋に張られた攻撃魔法陣は何個でしょう」と書かれていた。
レンはサッと部屋を見渡すと攻撃魔法陣がいくつ張られているか数える。いくつかダミーもあったが難なく数えられた。
「8個」
「はい」
ヒナツが、手を振ると攻撃魔法陣は全て消えた。そのくせこの部屋に貼られている防音結界と魔力隠蔽結界ヒナツ自身の隠蔽魔術はゆらぎすらしない。
緻密な魔術制御だ。相当綺麗な魔法陣が組まれているのだろう。真似できる気すらわかない。
「測定器は一般的なものです。自分でつかってみて感触を確かめてもらってもだいじょーぶです。これには細工してないので」
軽く魔力を流してみるとレンが全力で力を注いでも200行くか行かないかだった。結論を出す。
「測定できません」
「うん?こわれてないと思うんだけど」
「隠蔽魔術の裏だけなら210で調整されてるから分かります。魔力制限は最大値300くらいに見えるように徐々に減らしてるみたいですが……いまは250くらいでしょうかね?正直君の魔力が膨大すぎてこの測定器だけじゃ測定できません。推測だけならたてられますけど、5000?6000とかですかね?分かりません」
レンはもうやけくそ気味にそういった。
キョトンとヒナツ君はレンを見上げる。
ヒナツ少年は疲れている素振りなど一切見せず、最初から隠蔽魔術の裏の魔力210に、制限解除後の魔力が300からどんどん減っているに見えるように保ち続けている。
40人近くの試験者に対して同じ試験内容を続けられていることだけで意味不明だ。これだけ手の込んだ試験内容、ゆうに5時間は魔力を使い続けているはずの彼の消費魔力が50かそこらなわけが無いだろう。この試験内容のを考えたら1時間あたり50は魔力消費している。
魔術的にありえない。
その上今この部屋に展開している結界魔術にも常に魔力を注いでいるようだ。
となるともー考えるのもアホらしくなってくる。
間違いなくバケモノ。
「あっはっ!」
その表情はまさに面白い玩具を見つけた子どもだ。レンは薄ら寒さすら覚えた。
「おにいさんはすごくすごい才能がありますね!こんどぼくのおじょーさまに紹介してあげたいです!おじょーさまゆうしゅーな人が大好きなので!」
コウッと隠蔽魔術を解除したヒナツの魔力は真っ直ぐ210を差したが、ヒナツの魔力自体の制限が解除されていくにつれ魔力測定器は数値を増しす。やがては300を振り切っていた。
「ひゃくてんまんてんの合格です!凄いですおにいさん!」
ヒナツはぴょんと魔力で浮かび上がるといい子いい子とまるで良い事をした子供を褒めるようにレンの頭を撫でるのだった。
―――
「これでおわりましたか?」
ヒナツは自分の頭の位置にあるドアノブを頑張って押して外に出る。危なっかしいので代わりにドアを開けてやった。
「このおにいさんはすごいです!ぼくこんなひとにあえるなんて思ってませんでした!」
きゃっきゃっと手を叩く少年に、自分は間違いなく魔術局長に名前を覚えてもらえると確信できた。
「久しぶりに魔力いっぱいつかったのでぼくつかれちゃいました」
そう言って魔術隠蔽の裏の数値を300に切り替えた。
他の合格者もヒナツの魔力想定値がありえない事実に気づいたのだろう。もう諦めてみんな天を仰いでいた。
「なんなのですか?この少年は……」
レンは魔術局長に尋ねる。
「この国唯一のSSS級魔導師。魔術局のアイドル、ヒナツ君さ!」
返ってきたのはそんな言葉だったが、そんな称号は聞いたこともなかった。
激ヤバすぎてS1個増やさざるを得なかったヒナツ君。作者にとってもアイドルです。頑張って慣れない敬語を使いこなしていますウッ健気かわいい。
おまけ―――
「ハァハァ……ヒナツキュンハァハァおじさんとお菓子たべ…ドゴッバキッグシヤァ
「ヒナツ君こんなものは見なくていいのよ」
「さぁヒナツ君こっちで今回の試験内容について詳しく教えておくれ。お菓子もあるぞい」
「わぁ。みなさんありがとうございます!じつは、、、試験はしましたけど問題をかんがえてくれたのはユミエルなんです!」